019 私を始末する方法を議論する人たち
馬車が停車した途端、バスケットに入った私は、白い布を被せられた。
それから乱暴に揺らされたのち、澄んだ空気を感じた。被された布のせいで辺りを確認する事は出来ない。しかしハッキリと聞こえてくる生活音や空気の匂いから、馬車から外に出された事だけは理解する。
「とにかく燃やす前にお父様に見せないと」
「下手に抜くと叫ぶんだろ?そもそもマンドラゴラって燃やしていいのか?」
「そんなの知るわけないでしょう?」
「確かにな」
石砂利を踏みしめる音をさせながら、リリアナと王妃殿下の親族らしき青年が不穏な会話を交わしている。
それからギギギとドアが開く音がして。
「おかえりなさい、お嬢様。そしてスティーブ様、ようこそお越しくださいました。ハーヴィストン候が書斎でお待ちです。どうぞこちらへ」
聞こえてきた情報から察するに、どうやら私はリリアナの実家につれて来られたようだ。そして、今まで謎に包まれていた青年が「スティーブ」という名を持つという事を知る。
「そちらのお荷物はお預かりいたしましょうか?」
「いや、いい」
ひょいと私が入ったバスケットが揺れる。
(ちょっと、もう少し丁寧に扱いなさいよ)
マンドラゴラと化した私は、頭上に被された白い布越しにバスケットを持っているらしき、スティーブを睨みつけておく。
それから階段を上り始めたのか、バスケットに入れられた私はわさわさと揺らされたまま、目的地へと向かう。
(多分この様子だと、ハーヴィストン候の書斎に向かっているっぽいけど)
一体どんな人物なのだろうかと想像する。
現在知り得たこちらの情報としては、ローミュラー王国の議会とやらの議長を勤めている人物で、王国内でそれなりに影響力を持っていそうだということ。
王城で誇らしげに自分の父について語るリリアナを思い出し、「相当な切れ者ってことなのかな」と私は少しだけ身構えておく。
そしてまたもやドアが開く音がして、今度は私の鼻に独特な香りが漂ってきた。
(何の匂いだろう)
犬のように、クンクンと鼻を動かしていると、私を覆う布が突然バサリと取り払われた。
一気に飛び込んで来た明るさに、私は思わず目を瞑る。それからゆっくりと目を見開き、状況を確認する。
どうやら私は執務机の上に置かれたようだ。そして鉢植えの中から目を凝らし辺りを見回す。
オークブラウンで統一された、落ち着いた雰囲気の部屋。一際目を惹くのは、作り付けの本棚の横にこれ見よがしに壁に飾られている一枚の肖像画だ。成金趣味的に意匠の凝った金の額縁の中心には、威厳ある表情でこちらを見つめる中年男性が描かれている。
「なるほど。お前のライバルはこれなのか」
突然頭上から声がし、私は視線を上に向ける。
すると、おそらく肖像画に描かれた人物そのものであろう男性が、手にしたルーペでジッと私を観察し始めた。
私を見つめる男性は白髪混じりの短髪をオールバックにし、顎髭も整えられて清潔感がある。しかし目つきの悪さだけは隠せておらず、ギュッと不敵な感じで結ばれた口元は感じが良いものではない。
「やめてよお父様。これはただの草だわ」
リリアナが不服そうな声を上げるのと同時に、隣に立つ青年がニヤリと口元を歪ませた。
「ハーヴィストン候、流石にリリアナを草と同等に並べた発言は、いかがなものかと」
「しかし、殿下はお前よりこの草を選んだそうじゃないか」
「それは……!」
ハーヴィストン候の言葉にリリアナは反論しようと試みるが、すぐに俯いて口を閉ざしてしまう。
「まぁいい。とにかく、これを始末しろというわけだな。しかしマンドラゴラというものは、意外にも可憐な花を咲かせるものなのだな」
ハーヴィストン候は興味深げに、再びルーペ越しに私の頭に咲いたピンクの花を観察しはじめる。
「何処かで見たような色だと思ったが、いやはや。このピンク色はソフィアの髪色とそっくりだ」
「ルドウィン・フォレスター様を拐かした女のことでしょうか?」
スティーブが淡々とした声で尋ねる。
「ああ、そうだ。彼女の行いは褒められたものではない。しかしソフィアの美しさは、当時、我が国の男の心を全て奪うほどであったと。それは未だ認めざるを得ない事実だ」
「しっかりとした、帝王教育を受けていたはずのルドウィン様が、我を忘れ国を捨てるほどですからね。ただ、やはり女にうつつを抜かすだなんて、愚かだとは思いますが」
スティーブが苦笑しながら、嫌味たっぷり。私の両親に対する暴言を吐く。
(くっ、スティーブ。あなたの名前もリスト入り決定)
私はしっかり「卒業したら復讐する人リスト」に新たな名前を追加しておいた。
「君はソフィアを知らぬから、そう思えるのだ」
「お父様、冗談でもそんな事を口にするだなんて、最低ですわ」
リリアナが嫌悪感を剥き出しにして、ハーヴィストン候を睨む。
「そう怒るな。それにしてもこの草をどうするかだが。マンドラゴラ自体、めったにお目にかかれぬ貴重な植物だからな。手放すには惜しい気もするが……」
ハーヴィストン侯はルーペを机の上に置くと、脇に置かれたパイプを二つ手に取る。
「燃やすのが一番手っとり早いでしょうね。しかし、もし仮に何かしらの問題が起こり、ルーカスが我らがコレを持ち出したと気付いた場合、ハーヴィストン候の立場が危うくなる可能性もあります」
スティーブがハーヴィストン候から茶色いパイプを受け取りながら、冷静に意見を述べる。
「出来損ないの王子が私に何か仕掛けてくるとは思えない。しかし万が一という事もあるからな。足をすくわれるような事にならぬよう、念には念をという考えは正しい」
「ならばいっそ、秘密裏に国外へ売り払ってしまうというのはどうかしら?」
リリアナが思案顔で提案する。
「そうだな。悪くない考えだ。幸い、この手の草を欲しがる者はいくらでもいる。なんせこれは無駄に保護された危険魔植物だからな」
「確かに、なかなか市場に流通しないと言われていますし。売り捌くというのはいい考えですね。けれどそういった変人達、所謂マニアという者達は横の繋がりが強いと聞きます。しかもこのマンドラゴラは、ピンクの花しかり、意外に整った見た目で特徴的だ。だとすると」
「国外に売られたとしても、王子が気付く可能性があるというわけか」
「えぇ」
ハーヴィストン候とスティーブは同時にパイプをくゆらせた。
「じゃあやっぱり燃やすのがいいんじゃないかしら?」
リリアナが再度私を燃やす方向に話を誘導する。
「ふむ。しかし燃やした途端叫ばれても困る。一先ず私がしばらく預かろう。そして秘密裏に処分するとしようじゃないか」
「今のところ、それが一番いいでしょうね。ルーカスはあなたの事を苦手だと避けていますし」
「随分と嫌われたものだな」
二人は悪巧みをするような顔でパイプを吸うと、ニヤリとしながら口から白いタバコの煙を吐き出した。
「でも王妃殿下は始末しろと」
「リリアナ、折角こうして君と過ごせる貴重な時間だ。そろそろお茶の時間にしないか? 君のお気に入りの美味しいスコーンと共に」
異議を唱えようとしたリリアナをスティーブが巧みに宥める。
「……お父様が許して下さるのなら」
「あぁ、行ってきなさい」
ハーヴィストン候は優しく微笑む。
「では、お嬢様をお借りします」
「よろしく頼む」
ハーヴィストン侯に軽く頭を下げたスティーブ。そんな彼の腕にリリアナが自分の手を添え、二人揃って仲良く部屋を出ていった。
一部始終を、バスケットの中からじっと見つめていた私は「一体二人はどんな関係なんだろう」と不思議に思う。
私の記憶によると数時間前リリアナは、ルーカスに「婚約しろ」と迫っていたはずだ。それなのにスティーブにお茶に誘われ、とても嬉しそうに見えた。
(しかもスティーブの腕に手を添えてたし)
どこか親密に思える二人の様子に私は首を傾げる。
(って、人の事を呑気に探っている場合じゃないんだよね……)
現在私は絶賛誘拐され、囚われの身となっている。よって、なんとか頃合いを見計らい、自力で屋敷から脱出しなければならない。
しかしハーヴィストン侯は私が置かれた執務机に向かい、何やら書き物を始めてしまったという状況。
(うーん。どうしたものかな)
辺りを見回し、置かれた新聞に目をとめる。
『現体制に抗議する市民』
大きな見出しの横に、デモ行進をする大勢の民衆の写真が載っている。どうやらリリアナの言う通り、現国王に対し不満を持つ市民が一定数いるらしい。
下の方に細かく書かれた記事によると、現国王であるランドルフ・アディントンには、いくつか後ろ暗い疑惑が付き纏っているようだ。
新聞には自分の懐を潤すために、公共の利益を私物化している疑惑やら、ローミュラー王国への寄付と引き換えに他国の人間に爵位と市民権を与えているという疑惑などがあげられていた。
そしてそうやって手にしたお金は、慈善団体などに寄付することなく、自らが贅を尽くすために使い込まれていると、記事には書かれている。他にもグール向けに人間の売買を行っているなどなど。黒い噂が多く飛び交っているようで。
(うわぁ……)
私は問題点として羅列された事案の多さにドン引きする。
(もちろん全てを信じる訳じゃないけど)
そのうちの一つでも該当するのであれば、即刻王座から引きずり降ろされてもおかしくはない。
(なんとなく、ルーカスが帰りたくない)
その理由がわかる気がした。もし私が王子だったとしても、親にこんな風に黒い疑惑がまとわりついているのを知ったら早々に逃げ出すと思ったからだ。
(それにもし、こういう市民の不満が爆発すれば)
私の両親が再びその座につくことを、国民が願い出すかも知れない。そしてそうなった場合、両親は戻るのだろうかと自問し。
(戻るだろうな)
私は即答する。
どんなに貧乏な生活を送っていても、父の頭の片隅にはいつだって「ローミュラー王国」という祖国の存在があったからだ。
そして父が王座に返り咲く。
もしそんな日がくるとしたら、私の存在は今のルーカスのように公のものとなるわけで。
(ちょっと無理かも……)
ハーヴィストン侯が吸うパイプたばこの煙が吐き出す独特な甘い香りを吸い込み、少しだけぼんやりとしながら、私は一人、迫り来る未来を勝手に想像し頭を悩ますのであった。
お読みいただきありがとうございました。
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