018 早速、誘拐される
ローミュラー王国に到着し、既に修羅場を目撃した私。それから腹ごしらえをしたのち、すぐにルーカスが父親である国王陛下の元をたずねる準備をはじめた。
そしていつもは降ろしている前髪をあげ、新たな黒いスーツに身を包んだルーカスは。
「本当は君も連れていきたいけど」
マンドラゴラに戻った私を切なそうな目で見つめ、名残惜しそうに私の髪。つまり葉の部分をひと撫ですると迎えに来た近衛騎士と、部屋を後にした。
そして残された私はというと。
「土の匂いはともかく、柔らかい感触は意外に悪くないわね」
人生の大半を人里離れた森や林に囲まれた場所で過ごしてきた私。
土に水と細かく千切った藁とを混ぜ、住まいとなるボロ屋の壁を修復するためぬりたくる。そんな懐かしい日々をついうっかり思い出した。
あの頃は今こうして自分がその土の中に体を半身ほど埋もれされる未来が来るなんて思いもしなかったものだ。
けれど土の中にいると両親と過ごした日々を思い出し、悪い気はしない。
「ふわぁぁぁ」
誰もいないのをいいことに、大きな欠伸をする。そしてほどなくして、レースのカーテン越しに窓から射し込む陽の光によって、思わずうつらうつらしたのち、気付けば眠り込んでしまったようだ。
「全く忌々しい草だわ。それにマンドラゴラの癖に、可愛い顔をしているのがムカつく」
不機嫌そうな声が頭上から降り注ぐのと同時に、私は鉢植えごと乱暴に持ち上げられたのを感じ、パチリと目を開ける。
しかし私が状況を確認する隙を与えない勢いで、すぐに籐で編まれたバスケットのようなものに入れられた。そして更に私の頭上に白い綿の布が被される。
「これさえなければ、きっとルーカス様だって、ご自分の愚かな行為に気付くはずだわ」
この時点でようやく、大きな声で独り言を言っているのが、ルーカスの婚約者候補らしいリリアナだと気付く。
(なるほど、そういうことか)
先程の状況をリリアナ視点で振り返ると、確かにルーカスの気持ちを自分に向ける為に、彼が愛するマンドラゴラを盗もうとする。
その行動は至って正しい。
(私だってそうすると思う)
私はゆらゆらと揺れる籠の中で一人納得する。
(ただ、リリアナは既に失敗している)
彼女がこっそり持ち出したそれは、ただのマンドラゴラではない。
一国の未来明るい王子を虜にするほどの美貌を持つ母に、先祖代々、ローミュラー王国を治めていた、フォレスター王家の血筋を持つ、類い稀なる才能持ちの魔法使いである父。
そんな二人を両親に持つ上に、誰もが恐れ、その名を口にするのも憚られる、とてつもなく悪い心を持つ私こと、ルシア・フォレスターなのである。
(って、一体何処に連れて行くつもりなんだろう)
あいにく視界を白い布で塞がれているのでさっぱりわからない。
(というか、どうせ覆うなら黒い布にして欲しいんだけど)
ホワイトな光を浴び、何だか体が痒くなってきた気がする。
(マンドラゴラって、乾燥に強い植物だっけ……)
ポリポリと首元を掻きながら、頃合い見て逃げ出そうと、私は周囲の物音に全神経を集中させたのであった。
***
リリアナの持つバスケットに入れられたまま、何の疑いもなく王城から連れ出された私は馬車に乗せられた。そして現在。ガタゴト、ガタゴトと車輪が音を立て、轍を踏むたび、弾むように揺れる馬車の車内にいた。
「これを恋人だと主張したと」
ペロリと布を捲られた私に訝しげな視線を送るのは、当たり前だが初対面の青年だ。
赤みがかった茶色の髪を後ろに流した髪型で、瞳の色は藍色。つり上がり気味の目元は私のタイプではないが、一般的にはそれなりに端正な顔立ちをしている方だと言えそうではある。
「そう。しかもルシアなんて名前まで付けちゃって、気持ち悪いでしょう?」
ピンクに染めあげた鳥の羽根がつけられた、やたら派手な帽子を頭に乗せたリリアナが、私を忌々しそうな顔で見つめる。
「まぁ、あいつは昔からちょっとおかしかったからな。いまさら驚きもしないが。そもそもグールにもなれない奴だし。それで叔母様は何と?」
(あいつは?グールにもなれない奴?)
ルーカスはああ見えて、一応王子殿下だ。そんな彼に対し、どうみても裕福そうな貴族らしき青年が「あいつ」呼ばわりするのは違和感しかない。
それに「グールにもなれない奴」という言い方は、グール側から述べられた意見のような気もする。
「王妃殿下はこれを始末しろって。ルーカス様が一筋縄にいかないこと。それは想定済みのようよ」
「全く、魔力欠乏症の息子って時点で苦労確定な上に、さらにその出来損ないが植物オタクだなんて、叔母様もつくづくついてないよな」
(叔母様……)
その単語から連想するに、どうやらリリアナを王城に迎えに来た馬車に、待ち構えたように最初から乗車していた赤髪の人物。名もわからぬ彼は、王妃殿下を名乗り、ルーカスの母でもある、ナタリア・アディントンの親族なのかも知れない。
(というか)
先程交わされた会話の内容からするに、ナタリアはどうやら私を「始末しろ」とリリアナに言付けたらしい。
(復讐する、絶対する)
私は胸に秘めた「卒業したら復讐する人」リストの一行目に『ナタリア・アディントン』と、忌々しいその名をしっかりと記しておく。
「王妃殿下が昔から息子の事で頭を悩ませ続けているのは確実ね。ただ、このマンドラゴラにルーカス様が「ルシア」と名を付けたと伝えた時、王妃殿下は一瞬だけど、何かに怯えたような表情で固まっていたの」
「叔母様にしては珍しい反応だ。ルシアか……そんな名の貴族はこの国にいなかったはずだが」
(そりゃそうよ)
私は国外追放された、遊牧民なんだから。
(まぁ、馬も羊も飼ったことはないし、正しくは流浪の民だけど……)
移動民族という点だけは、遊牧民とも共通した事実である事は間違いない。
「私も記憶にないわ。ただ、ルーカス様がこんなにも夢中になるマンドラゴラにつけた名前だから何か意味があるのかも。その女とは、フェアリーテイル魔法学校で知り合ったとか言ってたわ」
勘の鋭いリリアナの発言にギクリとする。
(というか)
そもそもルーカスが私をリリアナに紹介しなければ、こんな風に誘拐される事もなかったはずだ。
(つまり、戦犯は、諸悪の根源はルーカス)
私はルーカスへの復讐心を人知れず高める。
「となると、このマンドラゴラはカモフラージュで、学校内にルーカスが惚れた女が本当にいるのかも知れない」
「どうせ相手にされてないと思うわ。とにかく、私はハーヴィストン侯爵家の名にかけて、絶対にルーカス様を振り向かせてみせる」
リリアナは拳を握りしめながら力説すると、「それにしても忌々しい植物ね」と呟きつつ、私の頭となる緑の葉っぱを指で思い切り弾いた。
(いたっ)
私は声をあげないよう、必死に唇を噛んで堪える。しかし、私の痛みなど知る由もないリリアナは再び、私の頭である緑色の葉の部分をツンと突つく。
「これさえなければ、きっとルーカス様だって、ご自分の愚かな行為に気付くはず」
リリアナが私を睨みつけながら、独り言のようにポツリと零す。
(まだ、疑問に思うことばかりだけど)
リリアナは私を処分するために、連れ出した。
そしてそれを指示したのは、ナタリア・アディントン。それだけは確かなようで。
(絶対に許さない)
先程までルーカスにかき乱されていた私の復讐魂に、メラメラと燃え盛る火が灯る。
(実に誘拐された甲斐があったというもの)
ブラック・ローズ科の生徒らしく、私は一人心でほくそ笑むのであった。
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