016 修羅場を観察する(しかない状況)
突然部屋に乱入してきたのは、ピンクのドレスに身を包むリリアナという少女。
「ルーカス様!!」
リリアナは満面の笑みを浮かべた。そしてそのまま勢いよくルーカスに飛びつく。
「ちょ、やめろよ」
「会いたかったです」
「わかったから、離れてくれ」
「……はい」
素直に返事をしたリリアナはルーカスから渋々といった感じで身を離す。
「お手紙を沢山お送りしたのですよ」
「あー」
「お返事を全然頂けなくて」
「何かとその、忙しくて」
「婚約者を放置しておくだなんて、酷いですわ。でも明日の舞踏会では、私と踊ってくださるのですよね?」
「婚約者……まぁ、舞踏会は……うん」
歯切れの悪い返答をするルーカスに、リリアナは頬を膨らませる。
(なるほど。ルーカスの婚約者なのか)
なんとなく裏切られたような、そんな気分になりつつ。
(でも関係ないし)
私はそっと二人の様子をうかがう事にする。
「まぁ、ルーカス様。浮気ですの!!」
リリアナはルーカスの左手の薬指を凝視したのち、素早く取り出した扇子で口元を覆う。因みに扇子の上から覗く視線はかなり冷気をはらむもの。
(修羅場の予感)
私は今すぐ逃げ出したい気持ちに駆られる。しかし生憎現在私は、マンドラゴラに擬態化中。
ここで植木鉢から飛び出し、それらしく叫びながらスタスタと歩く。それが出来ないわけではないが、更に状況を悪化させそうではある。
(それはそれで、面白いかも?)
私の悪役魂がウズウズとしだし、モゾリと根っことなる手を動かした瞬間。
「ルーカス様、酷いですわ」
今度はハンカチを取り出し、目元にあてるリリアナ。そんなリリアナの不可解な行動に驚き、混乱し、私は固まる。
「これには事情がある。というか、リリアナ嬢。君はいつから僕の婚約者になったんだ?」
「多分あと二時間後くらいかしら?」
涙を流すフリを辞めたのか、しれっとした顔で答えるリリアナ。
「やっぱり。いいか?今回僕が戻ったのは君とは婚約しないと、そう伝えるつもりだったからだ」
「まぁ、どうしてですの?」
「悪いが僕には心に決めた子……この指輪を交換し合った子がいるから」
ルーカスは自分の指にはめられた、私と揃いの金の指輪をうっとりと見つめる。
わりと気持ち悪い感じが良く現れている。
こちらはこちらで、演技力抜群だ。
「一体それはどなたですの?フェアリーテイル魔法学校の人なのですか?」
「そうだ。僕はルシアしか愛さないし、愛せない」
ルーカスは宣言すると、何故か私を鉢植えごと持ち上げた。
「え?」
(観客参加型!?)
突然の展開に目を丸くしていると、ルーカスが真っ直ぐに私を見つめてくる。そしてその澄んだ紫色の瞳に映るのは―――。
「ふぇ!?」
マンドラゴラに擬態化したまま、間抜けな声をあげる私の姿だった。
「ルーカス様が植物を愛でる事がお好きなのは存じ上げております。けれどまさか、名前までつけているだなんて。しかも会話ができるよう改良までされて。王妃殿下がお知りになったら、さぞかしショックを受けると思いますわ」
呆れたような声をあげるリリアナ。
(まぁ、その意見は正しいよ)
私はひっそりとリリアナの肩を持つ。
「母上は関係ない。これは僕の問題だ」
「あら、私も無関係ではありませんわ。議会で私達の婚約は既に承認されましたし、後はルーカス様が婚約証書に捺印をすれば、私はあなたの妻になるのですから」
リリアナは誇らしげに胸を張り、ふふんと鼻を鳴らす。
「悪いが、僕は君とは結婚などするつもりはないし、いくら議会で承認されたとしても、僕が捺印しなければ婚約証書なんて無効。ただの紙切れだ」
「まぁ、困りましたわ。では仕方ありませんわね。お父様にお願いして議会経由で圧力をかけてもらおうかしら」
「そんな事をしたって無駄だ。僕の気持ちは変わらない」
二人のやり取りを聞きながら、私はどうにも居心地の悪さを感じる。
(そもそも私には、全く関係ない話なんだけど)
先程ルーカスは私の名を軽々しく口にした。けれどそれはいつも通り、私の意思が完全に無視された、ルーカスだけの見解だ。
(逃げ出したい)
心からそう思う。しかし、現在私はしがないマンドラゴラ。よってルーカスの腕に抱えられたまま逃げ出す訳にもいかず、困ったものだと肩を落とす。
「ルーカス様はご存知ないのかしら。ルドウィン・フォレスター様が王都に戻った。そんな不穏な噂がまことしやかに囁かれておりますのよ?しかもそのせいで、クリスタルの力が強まっているとも」
突然父の名が飛び出し、私は思わずピクリと体を震わせる。
「何が言いたい」
「つまり、あっさりと敵の侵入を許したランドルフ陛下では力不足だと。そういう意見が議会でも上がっているということですわ」
「父の立場が危うい。そう言いたいのか」
ルーカスの問いかけに、リリアナは意味深な微笑みを返す。
「私に言えるのは、今のお立場を確固たるものにしたければ、議会の議長を務め、国内に、そしてグール達に影響力のある、我がハーヴィストン侯爵家との繋がりを深めるべきではないかということです」
「そのために君と結婚しろというのか」
珍しくルーカスが声を若干荒らげる。
「えぇ。貴族であれば政略結婚は当たり前。ルドウィン様とソフィア様のように一時の感情に身を任せ、その場しのぎで夢見がちな結婚をした結果、多くの者を裏切り、悲しみの渦に巻き込み、混乱のち、不幸にさせたければどうぞご自由に。愛するマンドラゴラとご結婚なさればいいわ」
リリアナの言葉は冷たく、突き放したものだった。
(なんにも知らないくせに)
父と母を諸悪の根源のように口にするリリアナに、怒りがこみ上げる。
「それでも、僕は君と結婚はしない。帰ってくれ。君が出ていかないのであれば僕が出ていく」
ルーカスはきっぱりとリリアナの提案を断り、私を抱えて部屋を出て行こうとする。
「リリアナ様。まぁ、なんてこと。介添人もつけずに男性と二人きりだなんて!!しかも神聖なる殿下の部屋で!!」
突然ルーカスの部屋のドアを塞ぐように現れたのは恰幅の良い女性だ。年の頃は四十代から五十代といったところだろうか。華美すぎず品ある紺色の服装からするに、誰かの侍女といった感じに見える。
「たまたま登城していた時、上空でグリフォンが見えたから……。だからご挨拶にうかがっただけじゃない。そんなに目くじら立てないでよ」
リリアナが忙しなく扇子でパタパタと顔を仰ぎながら、不服そうな声をあげる。扇子で顔を仰ぐほど室内はそこまで暑い気もしない。
(明らかに動揺している)
リリアナの不自然な態度から、私はそれを悟る。
「いいですか?リリアナ様は独身の若いご令嬢なのですよ……って、で、殿下ではないですか!!」
植木鉢を抱えるルーカスに気付いた女性が慌てて淑女の礼を取る。
「あぁ、マージェリー。久しぶりだね」
「は、はい。殿下におかれましてはお変わりなく……いいえ、随分と逞しく成長されて」
マージェリーはぷくぷくとした手で目頭を拭う。
「うん。思いの外背が伸びた気がする。それより君も元気そうで良かった。早速で悪いんだけど彼女をよろしく。私は厨房に軽食を取りに行くからさ」
「なりません。私が用意してまいります」
慌てた様子で告げるマージェリーと呼ばれた女性が戸口を塞いだ。
「あーでも」
ちらりとルークが室内にいるリリアナにわざとらしく視線を送る。
「リリアナ様、申し訳ございませんが殿下は帰宅されたばかりでお疲れです。それに貴方様のような高貴な方が、介添人もつけずに殿方の部屋を訪れたなど、噂にでもなってしまったら、ハーヴィストン侯爵家の家名に傷がつきかねません」
遠回しに出ていけと告げるマージェリー。
(なるほど、彼女は気の利く女性)
そしてどうやらルーカス側につく人間のようだ。
「わかったわ。出ていけばいいんでしょ」
マージェリーの鋭い視線に観念した様子で肩を落とすリリアナ。
「えぇ、お願いいたします」
リリアナの返事に満足げに微笑むと、マージェリーは私を抱えたまま立ち尽くすルーカスへ向き直る。
「殿下、すぐに軽食をお持ち致します。他に御用の際はベルを鳴らし、いつでもお呼び下さい」
「ありがとう」
「それでは失礼いたします」
恭しく一礼すると、マージェリーはリリアナを連れ部屋を後にした。
「君に嫌な思いをさせるために連れて来たんじゃなかったのに。ほんと、ごめん」
ルーカスが心底すまなそうな顔を見せる。
なんとなく複雑な事情を垣間見てしまった私は、いつものように彼をなじる事が出来ず。
「いいよ。ちょっと驚いただけだし。それよりお腹がすいたわ」
幾分明るい声を出し、気にしていない素振りを装うのであった。
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