015 ローミュラー王国へいざ出発
ルーカスと共にローミュラー王国へ、墓参りを兼ねた偵察に向かう事になった私。
『君の容姿は目を惹くだろう?だから魔法で変装してもらう必要がある』
確かに私は誰もが認める可憐な美少女だ。よってルーカスの提案にもうなずける部分があった。
だから「魔法で変装」というもっともらしい、ルーカスの提案に異議を唱える事なく受け入れる事にした。
そしてローミュラー王国へ出発する日。
私はルーカスの手引きにより忍び込むことに成功した、彼の部屋にいた。
もちろんやましい事をするためではない。本日の出発に合わせ、魔法で変装するためである。
(多分魔法で髪色を変えて、それからルーカスの服を借りて男装するんだろうな)
これからする変装にあたりをつけ訪れたルーカスの部屋は、流石ホワイト・ローズに組分けされた王子様と言った感じ。全体的に白を貴重とした清潔感を押し付けた部屋だった。ただ、そこで終わらないのがルーカスクオリティ。
部屋主の完全なる趣味である植物が、部屋の至る場所に所狭しと飾られていたのである。
一言で言えば、やはりジャングルだ。
(半分グールのくせに、何でこんなに植物を育てているんだろう)
密かに肉体改善に取り組むつもりなのだろうかと、部屋に置かれたアロエを眺めている時。
「なんか、君が僕の部屋にいるなんて夢見たいだし、なんというか背徳感を感じて、ついうっかりムラムラしちゃうって言うか、君をベッドにそのまま押し倒し、いてっ」
私の背後に忍び寄り、アダルトな言葉を言いかけたルーカスの脇腹に軽く怪我しない程度、空気の塊をぶつけておいた。
とまぁ、ここまではいつも通り。比較的順調だったのだが。
ルーカスに変身術をかけてもらったところ。
「それで、どうしてこうなるわけ」
「えっと、まぁ、僕が見てみたかったというか、成り行きというか」
「成り行きって、どういう事なの?というか、私は可憐な年頃の乙女なのよ!!」
私は鏡に映る、自分だとは到底認め難い姿に悲鳴をあげる。
現在目の前にある鏡にうつるのは、帰省に合わせたのか黒いスーツにフロックコート姿のルーカスだ。
(それはわかる。誰にだって理解できる)
そして彼が小脇に大事そうに抱えているのは、茶色い鉢植えから飛び出したマンドラゴラ。
まるでドレスを纏ったような見た目をしたマンドラゴラは、可憐なピンクの花を一つ咲かせている。
「嘘だと言って」
私がのそりのそりと動くと、鏡に映るマンドラゴラが動く。右手をあげると、根っこの部分が同じように動いた。これはどうみても……。
「マンドラゴラになっちゃってるし!!」
私は根っこになった手で、髪の毛代わりと言った感じ。葉っぱの生えた頭を抱え、鉢植えの上でしゃがみ込む。
「まさかこんなに可愛く変身してくれるとは思わなかった。やばい、想像以上だ」
頬を染め口元に手を当てながら、まるで雷が落ちたと言った感じで、衝撃を受けたかのように目を見開くルーカス。
「私だってまさかマンドラゴラになるだなんて思わなかったわよ。普通は人間じゃないなら、せめて猫とかを選ぶでしょ」
私は涙目になりながらも、なんとか葉を揺らし抗議の声を上げる。
「ごめん、僕は猫アレルギーなんだ」
「じゃ犬で」
「犬は小さな頃に噛まれてから、ちょっと苦手なんだよね」
「じゃ、小鳥で」
「食用系は万が一があるとまずいからだめ」
「だからって、マンドラゴラだなんて」
「でも、すっごく可愛いよ」
いつも以上に感情が込められた「可愛い」が飛び出し、輝く紫色の瞳で私を見つめるルーカス。
ある意味、目がいっちゃってるという状況だ。
(だめだ。きっと何を言っても採用してくれない)
相手は生粋の植物マニアだ。よってルーカスにとってこれ以上納得の行く変身術などないのだろう。
「わかった。とりあえずこの状況を受け入れる。ただし、誰にも言わない。そして写真も絶対ダメだから」
「言わない。けど写真くらい」
「ぜええええったい、ダメ!!」
ルーカスをこれ以上ないくらい睨みつける。
ただしどこから見てもマンドラゴラな状態で。
「可愛い」
女子顔負けで頬を染めるルーカスに、私は「これはもう手遅れだ」と大きくため息をついたのであった。
***
フェアリーテイル魔法学校の入学式の日に訪れて以来数年ぶり。二度目となる訪問をする事になった、ローミュラー王国。
「当たり前だけど、あんまり変わらないもんだな」
真っ黒なグリフォン。エルマーの背から眼下に広がる街並みを眺め、感想を漏らすルーカス。因みにマンドラゴラになった私はルーカスに大事そうに小脇に抱えられているという状態だ。
「あー、帰って来ちゃった」
空に浮かぶ雲のように白い城壁に囲まれた、ローミュラー王国の象徴ともいえる王城を目にし愚痴っぽく呟くルーカス。
前回は気付く事がなかったが、城を取り囲むように色とりどりのバラ達が植えられている。
(ふーん。わりとキレイなお城じゃない)
今は他人のものとなったお城。ここで父は育ち、運命が意地悪をしなければ、私だってこの場所で悠々自適に暮らしていたかも知れない立派な住まい。
(ま、「もしも」だなんてそんなの、考えるだけ時間の無駄ね)
過ぎ去った時間はいくら戻して欲しいと願ってもかなわないものだから。
「エルマー、申し訳ないけどあの部屋のバルコニーで降ろしてもらえるかな」
ルーカスが指差すのは、彼をエルマーの背に迎えた時と同じ窓だ。
「キューン」
了解とばかり甲高い鳴き声をあげたエルマーは、ルーカスの願い通り、窓の脇で停止する。そしてルーカスは私を小脇に抱えたまま、バルコニーに降り立つ。
「ありがとうエルマー。悪いけど三日後。帰りもよろしく」
「キューン」
エルマーはルーカスの言葉に甘えるように、一度翼を広げた後、ゆっくりと羽ばたき飛び去って行った。
名残惜しそうに小さくなるエルマーを見つめながら、すっかりその姿が雲の合間に消えると、ルーカスがふぅと一つため息をつく。
「さて、しばし退屈で窮屈な生活に戻りますか」
「そうなの?王子様って毎日贅沢三昧で楽しいものだと思ってたけど」
私はマンドラゴラ姿のまま、肩をすくめる。すると、少し困った表情を浮かべたルーカスは私の頭となる葉っぱの部分を撫でた。
「他の国の王子はどうだかわからないけど、少なくともこの場において僕を取り巻く環境は、煩わしく思う事ばかりだよ」
ルーカスは弱々しく微笑むと、マンドラゴラ姿の私を片手で抱え、もう片方の手で部屋へと続く扉を開ける。そして室内に足を踏み入れると、後ろ手に静かに扉を閉めた。
「え、意外なんだけど」
私はルーカスの部屋を見回し、率直な感想を漏らす。
「何が意外なのかな?」
「あ、えっと、ほら。てっきりジャングルになってるかと思ってたから」
私は青い壁紙に、オーク素材であしらえた調度品が並ぶ室内をぐるりと見渡す。
数時間前に訪れたルーカスの男子寮の部屋には、天井まで蔦が張り巡らせ、南国を思わせるような観葉植物が至る所に飾られていた。しかし今目の前にあるのはシックな家具が揃えられた、シンプルかつ上品な空間だ。
「ああ、流石にあんな風にしていたら、母にこっぴどく叱られるから」
「なるほど」
私はヒステリックに「戻りなさい」を連呼する派手な女性を思い出す。
(昔からあんな感じだったとしたら)
私の父が母についうっかり靡いてしまうのが理解できる気がした。
「さてと、まずは腹ごしらえしたい感じだよな」
ルーカスは小脇に抱えていた私を机の上に置く。
「確かにお腹がすいたわ」
変身中とは言え、私は人間だ。よって、光合成ができるわけではないし、土の中から水を吸い喉を潤す事も出来ない。
「君の好き嫌いは?」
「そんな贅沢を言ってる場合じゃなかったから。食べられるものはわりと何でもいけるわ」
特に深く考えず、嘘偽りなく答えてみた。
しかし顔を曇らせたルーカスが私に「申し訳ない」と小さく呟く。
その時、コンコンと部屋をノックする音が響き、私は慌てて自分の体を土の中に埋める。
「誰?」
「お久しぶりです、ルーカス様。リリアナ・ハーヴィストンですわ」
「げっ、なんでもう僕が帰ったって知ってるんだよ」
小さく呟くルーカスの顔がこわばる。
「待ちきれないので、失礼致します」
ルーカスが入室を許可する前に、ゆっくりと扉が開かれる。そこには私達と同年代くらいに見える、美しい金髪碧眼の少女の姿があった。
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