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復讐の始まり、または終わり  作者: 月食ぱんな
第三章 波乱を含む、サマーバケーション(十四歳)
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014 憂鬱なサマーバケーション

 無事に四年生への進級が決まった。


 ドロップアウトしなかったこと。それ自体は喜ぶべき事でしかない。けれど四年生に進級する準備期間という事で、私達は夏休みに突入した。しかも期間はまるまる一ヶ月。それは私にとって、ひどくつまらない時期の到来でもあった。


「喜んで我が家に招待するのに」


 小脇に忖度上手な魔法の鏡を抱えたナターシャが眉根を下げる。


「大丈夫。丁度調べたいこともあるし。一ヶ月なんてあっと言う間だもん」

「そっか。ま、彼氏もいるしね」


 ナターシャはニヤニヤしながら、視線を私の薬指に落とす。


「違うから」


 私は慌てて後ろ手にし、呪わしきアイテムを隠す。


「ふふ、素直じゃないんだから」

「素直も何も、全然違うし」

「あ、そろそろ行かなきゃ。魔法のはがきを送るからね」

「ありがと。しばしの休暇を楽しんで」

「ルシアもね」


 ナターシャと私は別れを惜しむように抱き合う。

 そしてナターシャが部屋の扉を閉めるまで笑顔で手を振り。


 パタンと扉が閉じた瞬間、私はしょんぼりとした気分に包まれる。


 この学校に入学する事が決まった時。

 まさか自分がこんな気分に浸る日が来るだなんて、思いもしなかった。


「あーあ。この時期は嫌い」


 私は願わずも、一人部屋となった部屋で自分のベッドにポフンとダイブする。


「父さんと母さんに会いたいな」


 世界中の魔法の手紙を管轄する、『ターミナルポストハウス』と呼ばれる施設宛に手紙を送ること早三年。


 一応定期的にやりとりする手紙により、現在も父と母が生きている事は確認できている。


 それによると、どうやらローミュラー王国内に潜伏する王族派によって(かくま)われているようだ。


「ローミュラー王国内を正常な状態に戻すために奮闘している。そんな感じっぽいけど」


 離れた場所にいる私は、心配でたまらない。


「そもそも、自分たちを国外追放した国なんて、どうなったっていいじゃない」


 様々な国を転々とし育った私にとって、祖国という概念は存在しない。

 よって、その場所を特別大事に思う両親の気持ちがさっぱり理解できないでいる。


「とにかくあと二年。そしたら私が父さんと母さんを苦しめた奴らに復讐してやるんだから」


 私はグッと片手を握り、左手の薬指にキラリと光る金色の指輪に目をとめる。マンドラゴラの葉が連なる指輪は、繊細で悪くないデザインだ。


(何してるんだろう、私……)


 無理矢理ルーカスにプレゼントされたのち、しっかりとはめられた指輪を見て、思わずため息をつく。


『深く考えちゃ負けだ。いいか?これは君が僕に魔力を分け与えてくれる、いわゆる賃金みたいなもの。流石にタダで魔力をわけてはもらえないからさ』


 そんなふうにルーカスに言いくるめられ、何だかんだ、はめたままになっている指輪だ。


「だけどこれ、宿敵で、復讐相手でもある人から贈られた指輪なんだよねぇ……」


 ミジンコ程度ではあるが、プレゼントされた事に対し悪い気はしていない。


「だって、産まれて初めて男の人から贈られたものには違いないし」


 それがたまたま憎むべき相手だっただけで。


「って、やば。行かなきゃ」


 私は壁に立てかけられた人体骨格模型の指が示す時間を見て、慌ててベッドから飛び起きる。そして、ささっと髪を(くし)でとかしたのち、大慌てで部屋を飛び出したのであった。



 ***



 まるでジャングルかと見紛うほど、訳の分からない草が所狭しと陳列する温室部屋。その部屋の中央には木製の作業台が設置されている。そして作業台の前には、数個の椅子が用意されていた。


 その用意された椅子に座り、現在私はルーカスの手を取り、向かい合って座っている。


 もちろん好きでルーカスの手を握っているわけではない。週一回という約束で結ばれた契約を果たしているところだからだ。


「君の魔力はあったかい」

「だまって」

「それに、ちょっと甘い」

「気のせいだから」

「あと」

「それ以上何か口にしたらぶつよ」

「ルシアにならぶたれてもいい」


 私は盛大にため息を吐き出した。


 今となっては、魔力を指輪に込める作業中に減らず口を叩けるようになった。しかし最初の数回は、流す魔力の加減がわからず、私はルーカスを魔力過多で失神させていた。


 それでもダゴダ先生いわく。


『やはり同郷だからかしら。思いのほか拒絶反応もなく馴染んでいるわね』


 とのこと。


(全然喜べないけど)


 死なれるよりはマシだし、何よりルーカスが魔力切れで失神する事がなくなった。その事実は、何だかんだ喜ぶべきだと思っている。


「そういえば、今回の休み。どうしても数日ほど僕は帰らなくちゃいけなくなった」

「え?」


 突然の告白に、私は驚き魔力を一気にルーカスに流し込んでしまう。


「うっ、これは効く……」


 ルーカスがガクリと体の力を抜き、私の肩に頭からもたれかかってきた。


「ご、ごめん」


 いつもならルーカスから飛び退くところだ。けれど流石に今のは私のミスでしかない。よって私は、ルーカスに肩を貸したままの状況を渋々受け入れる。


(けど、ルーカスまで実家に帰っちゃうなんて)


 なんだか裏切られた気分だ。


 とは言え、九割以上。つまりほとんどの生徒が、長期休みは実家に帰省する事になっている。


 両親の事情もあって、今まで一度も帰省した事がない私が特異なだけ。そしてルーカスも、私に合わせるかのように、頑なに帰ろうとせず……。


(だからなんとなく、長期休みの間だけは同士って感じに思えたんだけどな)


 自分たちの行動をニヤニヤと見守る生徒もいなかったせいか、いつもよりルーカスに優しく接する事が出来ていた気がする。


「だけど、僕は君を置いて帰るなんて事はしたくないし、できない」

「別にいいよ、私にだってやることがあるし」


 特段やらなければならない事なんてない。けれど気を遣わせてしまうのも悪い。そう思った私は、ナターシャに告げた時のように、敢えて忙しいふりを装う。


「宿題もあるし、邪悪に黒く染まる向日葵(ひまわり)の観察日記も書かなきゃだし、こう見えてわりと忙しいのよ、私は」

「君が良くても僕が駄目。君のいない場所で過ごすなんて無理」

「魔力が枯渇するような事をしなきゃいいのよ」


 魔力欠乏症の観点から弱音を吐いているのだと思った私は、ルーカスに正しく助言する。


「そういう意味じゃないんだけど」


 頭をあげたルーカスがジッと私を見つめる。


「僕は君がいないと、駄目っていう意味で言ったんだけどな」


 意外に近いその距離に、目を逸らすことも出来ずにいると、ルーカスの顔がさらに近づき。


「いたっ」


 私は調子に乗りかけたルーカスに頭突きした。


「こっちだって痛いんだけど」


 握っていたルーカスの手を離し、私は自分のおでこを撫でる。


「もう、傷でもついたらお嫁にいけないじゃない」


 私は涙目でルーカスを睨みつける。


「大丈夫、傷があってもなくても、僕がちゃんと君の面倒を見る。絶対に」

「私はあなたに復讐しようとしてるんだけど」

「あー、確かにそうだね。僕は君に殺されるんだっけ」

「殺すかどうかはまだ決めてないけど、復讐はする。絶対するんだから」

「そっか。ところで君も一緒に来ない?」

「え、どこに?」


 ルーカスの脈略のない誘い言葉に、思わず首を傾げる。


「だから、ローミュラー王国に」


 ニコリと王子スマイルをこちらに向けたまま、あり得ない言葉を発するルーカス。


(この人、今自分が何を言っているのか分かってないんじゃ……)


 私はルーカスの真意を探ろうと、じっとその顔を見つめる。しかしふわりと優しく微笑み返され、一体何を考えているのか、全くうかがい知れない状況だ。


「ねぇ、自分が提案したことの意味、わかってる?」

「もちろん」

「私はあなたの両親を恨んでいるし、何ならローミュラー王国なんて滅びればいいとすら思ってるんだよ?」

「うん。だから滅ぼす前に、一度見てみたらいいんじゃないかなぁって。それに、僕が言うのもなんだけど……」


 言い辛そうな雰囲気全開で、口を開いたルーカスの言葉に、私は静かに耳を傾ける。


「君のルーツを辿るっていうか。あのさ、祖先の墓参りとかしたくない?僕なら案内できるけど」


 思いがけず投げかけられたルーカスの提案を受け、私はハッとする。


(お墓参り……)


 クーデターにより粛清(しゅくせい)されたとされる祖父母。

 私は両親から詳しい話を聞かされていなかったので、詳しいことはわからない。それに言い訳でしかないが、一度も会った事がない人物の死を悔やむほど、余裕のある人生を送ってこなかった。


(日々生きぬく事に必死だったし)


 あちこちを転々とする暮らしは、みんなが想像するより大変だ。


 私は今よりずっと子どもだったから、自分の事ばかり考え、両親と三人。それなりに幸せだと思い込んでいた。けれど、人と関わる人生を歩みだした今、あの頃を振り返ると、両親は決して楽な道を歩んでいなかったと思う。


 生きる為の職を見つける事もそうだし、住まいを探す事だって簡単にはいかない。新たに訪れた人間に対し周囲から受ける、探るような視線は決して居心地の良いものではない。そんな警戒心たっぷりな人達に、こちらは無害な人間だと示すのは、とても骨の折れる作業でしかなかったはずだ。


「……いいのかな」


 ポツリと呟いた私の言葉を拾ったルーカスは、優しい笑みを浮かべながら、ゆっくりと私の手を取る。


「行こうよ、ルシア。復讐する気がもっと起きるかも知れないしさ」

「……わかった。じゃあ、お願いしようかな」


 私はルーカスの手を振り払いながら、自分の選んだ選択に少し驚く。


「ふぅ、良かった。上手くいって」

「え?」

「なんでもない。今日も可愛いなぁと思って」


 ルーカスが私にとって自慢の一つ。母親譲りとなる、ピンクブロンドの髪に手を伸ばす。


「やめて」


 勿論私は懲りもせず伸ばされたその手をかわす。


「ちえっ、ガード硬すぎ」

「当たり前でしょ」


 いつも通り、憎まれ口を叩く私。

 しかし脳裏には、不安な気持ちと共に、一度だけ訪れた真っ白で大きなお城の姿が思い浮かんでいたのであった。

お読みいただきありがとうございました。


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