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復讐の始まり、または終わり  作者: 月食ぱんな
第二章 一部を除けば、楽しい学校生活(十四歳)
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013 高貴なるヒゲ2

 多くの人で賑わうグリムヒルをルーカスと歩く事数分。


「ほらここだよ」


 私達は目的の場所を見つける。


「こんにちは」


 ルーカスが店の扉を押し開けると、中からもわっとした熱気が溢れてきた。そしてカンカンカンと鉄を打つ、軽快な音が店内に大きく響き渡っていた。


「あれ、ドビーがいないや。作業場にいるのかな」


 ルーカスが店の奥に視線を向ける。私もルーカスの真似をして店の奥を覗き込む。


 店の奥にある作業場には、炉の前で汗をかきながら、鉄を叩いているドワーフ達の姿が確認出来た。


 炉からの熱気により汗が滲み、頬を赤く染めたドワーフは、大きな鉄の棒を炉の中に入れ、炎で加熱してから取り出している。その横では、金槌で鉄を叩き、形を整えているドワーフもいた。


 熱い炎と燃えさかる鉄の音が一体となって、鍛冶屋の作業場は非常に活気があるように見える。


(すごい、職人って感じ)


 普段鍛冶屋に足を運ぶ事がない私は、滅多にお目にかかれない光景に胸が高鳴る。


 私がドワーフ達の手仕事にうっかり見惚れていると、作業場にいた一人のドワーフが私達に気付いた。


「いらっしゃいま……げっ、ルーカスじゃねーか」


 店員らしきドワーフの男性は、私たち……というか主にルーカスの姿を見るなり、顔をしかめた。そしてブツブツと呟きながら、首から下げた布で汗を拭きつつ、店先にトボトボと移動してくる。


「やあ、ドビー。久しぶり」


 ルーカスにドビーと呼ばれたドワーフの男性は、長く伸ばしたあごひげを三つ編みに編んだ、なかなかのお洒落さんだ。


「お前、今度は何の園芸洋品を作らせるつもりだ?」


 お洒落ドワーフのドビーさんがルーカスに細めた視線を向ける。


「園芸洋品?」


(さっきは自慢げに模擬剣をどうこうって言ってたよね?)


 私もドビーさんに(なら)い、ルーカスに疑いの眼差しを向けておく。


「ふむふむ、相変わらず君達は素晴らしい腕をしているね」


 壁に飾られた剣を見上げ、わざとらしくルーカスが話を逸らす。


「馬鹿野郎。俺は口だけで褒められても嬉しくねぇんだよ。で、今日は?まさかじょうろを改良しろとか言い出すつもりじゃねーだろうな」

「園芸品ではないよ。実は僕の彼女がこの店で装飾品を作って欲しいそうなんだ」


 ルーカスが息を吐くように、間違った説明を堂々と口にする。


「は?このべっぴんな小娘がお前の彼女だと?しかもどうみたって、この子はブラック・ローズ科じゃねーか」


 訝しげな顔で、私の全身を確認するドビーさん。


 確かにピタリとした詰め襟のジャケットに、黒いチュールスカート。それから膝丈ブーツといった、オールブラックなゴシックスタイルに身を包む学生は、どこからどうみても、ブラック・ローズ科の生徒でしかない。


「はじめまして、私はブラック・ローズ科三年のルシア・フォレスターです」


 私は淑女の挨拶をドビーさんに行う。


「へぇ、礼儀正しいお嬢ちゃんだな。俺の名前はドビー。多少値は張るが、お値打ち以上を提供すること間違いなし、ドワーフの鍛冶屋「高貴なるヒゲ」の店主だ。よろしく頼むぜ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


(なるほど。ドビーさんが店主だったんだ)


 うっかり「店員」などと口にしなくて良かったと胸を撫で下ろしながら、私はドビーさんに笑顔を向ける。


「で、ルーカスの彼女はどんなものをお望みなんだ?」

「あ、言い忘れましたけど。私は彼女じゃありません」


 私はしっかりと訂正を入れておく。


「は?」


 ぽかんと口を開けたドビーさんの表情は、どこか幼く見え、一気に親しみを覚える。


「同郷のよしみです。ただそれだけ。それで私が作って欲しいのは指輪です。それも医療用のやつなんですけど……」


 私は事情を説明するべく、医務室の保険医、ダコダ先生から聞いた話をかいつまんでドビーさんに伝える。


「なるほど。それでわざわざここまで足を運んでくれたのか。確かにうちなら作れるが」


 ドビーさんはチラリと横に立つ、ルーカスに視線を向けた。


「僕のためを思ってなら、悪いけど遠慮する。そもそも僕が病気になってしまったのは、君の両親を追い出した事。その事に対する神からの罰だろうから」


 ルーカスがいつになく真剣な表情で、私の提案を拒否した。


「まるで私の両親のせい。そんな言い方ね。それに前は自分の母親こそ悲劇のヒロインだって言ってたくせに、どういう風の吹き回し?私を好きだから、(ほだ)されたってこと?」


 私は挑発的な視線と共にルーカスを睨む。


「君の事は特別に思っているし、大好きだ。あの時はまさか君がフォレスター家の者だと思わなかったから、嘘をついた。何故なら、僕が自分の意志で、僕たちの両親の間にあったこと。それを色々と調べた事を両親は知らないからだ」


 ルーカスは何処か寂しそうな表情で、目を伏せる。


「だけど僕は罪深い者から生まれた、中途半端な者だ。だから君から魔力をわけてもらう事なんて出来ない」


 ルーカスは私と視線を合わせることなく、小さく首を横にふる。


 魔力欠乏症。そして半グール化。確かにどちらも完璧ではない、中途半端な状態だと言える。そしてその事を、ルーカスは誰よりも後ろめたく思っているようだ。


「馬鹿じゃないの?私が親切であなたに魔力をわけるわけないじゃない」


 私はしょんぼりと肩を落とすルーカスを一喝する。


「まぁ、魔力を他人にタダで与えるのは勿体ないよな。魔石だって値段がつくわけだし。駄賃を貰うってのは、妥当だろう」


 ドビーさんが幾分勘違いした意見を述べる。


 とは言え、勿論私だってタダで魔力を分け与えるつもりはサラサラない。


(全ては死なれたら困るから)


 私がルーカスに復讐を遂げるその日まで、どうしたって生きていてもらう必要があるから。だから仕方なく魔力を分け与える事にしたまでだ。


 それに指輪代なんて、私が払えるわけがない。よって、本人の自腹で購入してもらうつもりでもある。


「これは僕のけじめでもあるんだ。君を頼る事はしない」


 きっぱりと断られてしまった。


(うーん、意外に頑固なところがあるのね)


 どっちにしろ厄介に違いない。

 こうなったらと、私はすぅと息を吸い込む。


「何を勘違いしてるか知らないけど。私はルーカスに死なれちゃ困るの。何故なら私は学校を卒業したら、父と母を追い出したローミュラー王国に復讐するんだもの。その復讐計画の中には、ルーカス・アディントン、あなたもしっかり入っているんだから」


 私は母を真似、ぷくうと頬を膨らませた。


「僕は、君に殺されるのであれば本望だ」


 何故か肩の荷が降りたと言った感じで、ふわりと微笑むルーカス。


「も、もちろん。ちゃんと学校を卒業したら、段階を追って、それでルーカスを追い詰めるつもりよ。でもそれまで勝手に死ぬのは許さない。あなたを殺していいのはあなたでも、あなたを蝕む病気でもない。私なんだから」

「うん」

「そ、それに、この私が魔力をわけてあげるって言ってるんだから、ルーカスは黙って私の言う事を聞けばいいの」


 私はルーカスの片手を強引に掴む。そして有無を言わさぬ勢いで、カウンターの上にルーカスの意外に大きく重たい手をドンと乗せる。


「ドビーさん、悪いけどこの人の指に合う、魔力欠乏症用の指輪をお願いします」


(よし、上手くいったわ)


 多少無理矢理ではあったが任務完了だと、私は心の中でガッツポーズをする。


「お前ら、やっぱ本当は付き合ってるだろ?」


 ドビーさんが疑い深い声をあげる。


「え?何のことですか?とにかく早く計測を」


 私はルーカスが駄々をこねる前に早くとドビーさんを急かす。


「わかった。デリケートな問題には首を突っ込まないに限るからな。で、どの指に合わせるんだ?」

「え?」


(やば、そこまで考えてなかった)


 嫌がるルーカスに「どの指がいい?」などと気軽に尋ねられる状況でもない。となると一体、どの指がマストなのか。


 私はルーカスの骨ばった大きな手を眺め、ううむと悩み抜き、顔をしかめる。


「因みに恋人同士は「愛する相手の心を強固につかみ、結びつける」とかいう理由で、左手の薬指に合わせた指輪を作る事が多いぞ」

「へぇ、そうなんですか」


(なるほど。確かに左手の薬指は心臓と繋がっていると言われているし)


 うっかり感心しかけ、我に返る。


「じゃ、絶対に薬指いが」

「左手のここ。薬指で」


 私が言い終わるより先に、ルーカスが希望を述べる。しかもちゃっかり自分の薬指を右手で指すという動作付き。


「それで、同じものを彼女の左手の薬指にも」


 言い終えるやいなや、あり得ない素早さでルーカスが私の左手を掴むとカウンターの上に乗せた。


「な、なんで私の指輪まで必要なのよ」


 カウンターに乗せられた手を下ろそうと、ひたすらもがきながら、私は文句を口にする。


「君は僕に復讐したい。だから死んで欲しくないんだよね?」

「そ、それはそうだけど」

「それになんだかんだ、君は僕の事がわりと好きだよね?」

「は?同郷のよしみなだけだけど」

「僕たちは復讐者と復讐相手。いわば運命共同体だ。だから、恋人同士のようにペアの指輪をはめても何らおかしくはない」


 何故か達観したような、神が降臨したような。

 そんな清々しくもキラキラしい笑顔を私に向けるルーカス。


「全然おかしくあるから」

「ルシア、君って本当にわがままだね。こんなに可愛い顔をしているのに、中身は悪魔のように恐ろしい」

「そりゃそうよ。私はブラック・ローズ科なんだから」


 ルーカスの口から「悪魔のように」と最上級の褒め言葉が飛び出し、思わず誇らしげに胸を張る。


「そういうことでドビー。ペアの指輪を二つ。そうだな。マンドラゴラの繊細な葉がぐるりと一周しているようなデザインはどうかな」


 しっかりと私の手をカウンターに押さえつけたまま、説明を口にするルーカス。


「ほぉ、随分とお洒落さんだな。でもお前らしいし、悪くない」

「だろう?もちろん代金は色をつける」

「直ぐにサイズを測らねーとな」


 ルーカスとドビーさんがニヤリと悪巧みをする笑顔を向け合う。そしてあれよあれよと言う間に、魔法のメジャーによって私の邪悪なる左手の薬指周りが計測されてしまった。


「ちょっと待って、私の意思は無視なの?ねぇ、私の意見は?」

「大丈夫、実は以前から君のために温めていたデザインがあるんだ。きっと気に入ると思う」


 先程まであんなに嫌がっていたはずのルーカスは、上機嫌で魔法のメジャーに薬指を差し出している。


(しかも左手の!!)


「ルーカス、あなたってほんっとうに、最悪な性格してるわね」

「褒めてくれてありがとう。お礼に君に似合う最高級の素材で作った指輪をプレゼントする」

「いらない、いりません」

「遠慮しないで。これは君への贖罪(しょくざい)でもあるから」

「結構です」


 私はルーカスを睨みつける。けれどルーカスは楽しそうに微笑むだけ。


「やっぱ、お前達、付き合ってるんだな」


 ご機嫌な様子で、指輪のデザイン画を描き始めたドビーさんがボソリと呟いた。


「付き合ってないです!!」


 私は全力で否定したのであった。

お読みいただきありがとうございました。


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