110 無くした指輪12
久々再会したレイブンは私を恨んでいると口にした。
(しつこいわね……)
幼い頃、ちょっと脅したくらいでずっと根に持つだなんてと、思わなくもない。けれど復讐に囚われている私には彼の気持ちがわかるし、人間とはそういう生き物だとも知っている。
嫌なことを経験した時、脳はその出来事について深く考え込むように出来ている。それは、同じことが再び起こらないようにするためだ。つまり、レイブンが、彼に嫌な事をした私をずっと恨み続けているのは、ある意味当たり前だと言える。
(でもな)
私に復讐する為だけに、ティアナ王国の隠密部隊がやってくるなんて事は、あり得るのだろうか。それに先程、レイブンの口から「コヨーテ」の名が飛び出していたような気がする。
「本当の所はどうなの?」
私の声が、静かな波止場に響き渡る。それは、周囲の静けさをより一層強調するように、妙に響いたものだった。しかし、岸壁に打ち付ける波音にすぐに私の声はかき消されてしまう。
「本当に、私の事を恨んでこの国まで追いかけてきたの?」
真剣な表情で問い、私は答えをジッと待つ。
「俺はコヨーテを追いここまで来た。コヨーテは、人を攫い、魔法で洗脳して操り、他国を混乱させている」
「魔法で洗脳?」
「お前達が国内で争っている間、野放しになっていた連中が、今や近隣諸国で見過ごせないほど、派手に立ち回っているということだ」
どうやら思っていたよりもずっと、コヨーテは大きな犯罪組織らしい。
「つまり、コヨーテを捕まえるために、あなた達はここまで来たってこと?」
確認するようにたずねる。
「そうだ。それと、お前への復讐」
刺すような視線を、私に向けるレイブン。
「……なるほど」
どうやら、レイブンの個人的な恨みは本気のようだ。
「俺はあの時、人生最大の侮辱を受けた。あれから俺は寝ても覚めてもお前に仕返しをしてやると、そればかりに囚われ、今やティファナ王国で隠密部隊の班長を任されるほどになった。その点ではお前に感謝している」
「出世したのね、おめでとう」
以前のレイブンからは想像出来ない、鋭い殺気を感じたため、素直に思った事を口にする。
私が向けた杖の先に怯え、お漏らしをしていた情け無い男。そのまま成長せずに済んだのは、どうやら私のお陰のようだ。
(人知れず良い事をしちゃってるし)
うっかり善行を行ってしまっていた自分に落ち込む。
「俺は今まで、お前に仕返しし、お前を俺の前に傅かせ、一緒こき使ってやると、そう思い生きてきた」
レイブンは、執念こもる視線を私に向ける。そしてふと、レイブンの執拗なまでの私への復讐心を前に気付く。
「あのさ、それはもはや、私の事が好きってことなんじゃない?」
思った事を、そのまま告げる。
「……確かにそう、だったのかもな」
「だよね。でも私は女王になっちゃったから、悪いけど」
身分違いの恋になっちゃうわねと、したり顔で告げようとした。けれどレイブンは、私の言葉を遮るように告げる。
「だがもう違う。今の俺にはお前なんかより、もっと大事な者がいる」
「え」
予想外の返答に戸惑う。
(しかも、お前「なんか」よりって)
さり気なく私を侮辱しているような。
「大事な者って誰よ」
私は彼氏の浮気を問い詰めるかの如く、レイブンに問いかける。
「俺は二年前結婚した。愛する妻と子もいる。今の俺にとってこの世で一番大事なこと。それは、妻と子どもを幸せにすることだ」
力強く語るレイブン。その瞳には、かつてないほどの強い意志を感じる。
「フラれちゃったみたいだね」
ルーカスが意地悪く私に告げる。
「……余計なお世話だから」
「まあまあ、君には俺がいるわけだし」
勘違いをした挙げ句、何故かフラれた形になった惨めな気分の私に、ルーカスは笑顔で呑気に声を掛けてくる。
「あの頃からずっと、復讐に囚われていた俺は間違っていたようだ。本当の幸せは人を恨む事ではない。愛する事だと、妻と子に気付かされた」
レイブンは、私に追い打ちをかけるかのように、晴れやかな顔で告げる。その表情を見て、何故か私の脳裏に父の慈しみ深い、笑顔が思い出された。
「そっか……」
目の前のレイブンの表情が、父に重なって見えてしまうのは、かつて父が私に向けた、無償の愛そのものといった感じ。全てを包み込むじ優しい雰囲気に溢れているからだ。
(愛が世界を救うなんて)
正直、寒気がするし、気持ち悪い。けれど、誰かを愛する人の表情は、案外悪くないなと思えた。
「そして今、やはりお前に負けた訳だが。不思議と悔しくはない。むしろ、情けなく殺さないでくれと願う自分がいる。俺はもう、お前をそこまで恨んではいないようだ」
私に視線を向けつつ、まるで祖国にいる家族を見つめるかのように、遠くを見つめるレイブン。
その表情は憎たらしいほど、清々しく、そして慈愛に満ちたもの。そんな男に対し、何故か父を思い出してしまう私は、彼の見つめる先にいる家族を思い、トドメを刺す事は出来ないだろうと弱気になる。
(なんでよ)
彼に向けていた杖を渋々下ろしながら、唇を噛む。
結果的に私に負けっぱなしのはずであるレイブン。それなのに何故か私は、レイブンに負けた。そんな、敗北感満載な気分で打ちひしがれている。
「お前は今、幸せなんだな」
ルーカスの短い、言葉。
「ああ、これ以上の幸福は無いと思えるほどにな」
故郷に残してきたらしい、家族を想うレイブンの瞳はとても力強く、優しいもの。滲み出る幸福感を前に、私は敗北感を味わうことになっている。
(なんで?)
こんなに悔しくて、やるせない気持ちになるのだろう。
私は下ろした杖の柄を握る右手に力を込める。
「復讐したい気持ちって、生きる原動力になるけどさ。実はその間ずっと受けた痛みを背負い続けている事でもあるんだよね」
ルーカスが偉そうに告げる。その事にイラッとするも、確かにそうかも知れないと思う心が私の中にわいてきてしまう。
(確かに私の生きる原動力は、復讐したいと願う心である事は間違いない)
だけど、そのぶん私は傷ついたまま。その言葉に私は納得させられてしまいそうになる。
「でも……」
反論しようとするも、上手く今の言葉を覆せるような、うまい言い訳が思い浮かばない。
「復讐心から解放されたものが、素晴らしく愛に満ちたものだとしたら、君は人生を損してるってことになるね」
ルーカスが私の心を揺さぶってくる。
「君は、ここまで君を虐げて来た人間への恨みを募らせ、生きてきた。今その恨みの筆頭にいるのは、間違いなく俺だ。だけど、もし今ここで、俺を殺したとして、君の恨みは晴れる?残りの人生を幸せに過ごせる。そんなビジョンが浮かびそう?」
「私は……」
今だって、この先だって幸せになる。そう言いたいのに、言えない。
(だって、人を恨み続けた私に残るのは、もうルーカスだけだから)
今まで私を支え、愛を向けてくれた人の多くは亡き者となってしまった。
(もし、私が誰かを恨むことを手放したら)
レイブンのような、穏やかな笑みを浮かべられるのだろうか。
私が会いたいと願う、父と同じような笑顔を浮かべる事が出来るのだろうか。
私はジッとレイブンの顔を見つめる。するとあろうことかレイブンは優しく私に微笑みかえしてきた。その棘のない笑顔を前に、私は「ずるい」と思う。
私を過去のものとして先に進み、幸せそうなレイブンを羨む気持ちになる。
『俺を殺したとして、君の恨みは晴れる?残りの人生を幸せに過ごせる。そんなビジョンが浮かびそう?』
先程問われたばかりである、ルーカスの言葉が私の頭の中でリフレインする。そして、ルーカスと離れ離れになっていた期間の事を思い出す。
死に向かって一直線だったあの頃の自分。そしてそんな私を支えてくれていた、ロドニールの優しい笑顔が浮かぶ。
やっぱりチクンと私の心は痛む。
けれど、それでも。
(どうしよう、ルーカスがいないなんて、そんなのもう、二度と嫌なんだけど)
私の人生には、どうしてもルーカスが必要だ。
(今も、この先も)
溢れそうな思いに、私は俯き、左手の薬指にはまる指輪をなぞる。
「君はそろそろ、俺というかけがえのない存在に気付いたほうがいい」
偉そうに語るルーカスの声が私に降りかかる。
「……気付いてる」
私ボソリと呟く。
「え?」
「え?」
ルーカスが驚いた声をあげ、私も自分が発した言葉に驚き、固まる。
「えっと、それって。いやまさか。ルシアに限って素直なんてありえないし……」
先程まで偉そうにしていたはずの、ルーカスが戸惑っている。その様子を見て、私はつい吹き出してしまう。
「え、もしかして、俺また、からかわれた?」
ルーカスは、顔を歪める。どうやら私の本音を、冗談だと思ったようだ。
(しめしめ)
素直になりきれない私は、にんまりと笑う。
「ふふ、なんでもない。とにかく、レイブン、あなたをどうするかだけど」
私は話の矛先をレイブンへ戻そうと、地面に座り込む彼を見下ろす。すると、ザザザと地面を擦る音が聞こえ、背後から人影が現れた。
「陛下、大丈夫ですか?一体こいつらは……」
増援とばかり現れた、ローミュラー王国の騎士服に身を包んだ男達。彼らは剣を構え、レイブン達に警戒した表情になる。
「私の旧友。ティファナ王国からの客人よ」
「き、客人ですか?しかしあちらで伸びている奴らは……」
騎士はレイブンの背後に視線を向けながら、困惑気味に問いかけてくる。
「久しぶりに手合わせしたの。そしたらつい、楽しくてやりすぎちゃったってわけ。ね、ルーカス、そうだよね?」
私はルーカスを横目で見つつ、答える。
「はい、陛下の仰る通りです」
私の意図を悟ったらしいルーカスはそれらしく、敬語で肯定をする。
「なるほど、それでこの惨状というわけですか」
納得してくれたのか、騎士は辺りを見渡す。
「彼らは今回、コヨーテの情報を私達に伝える為に秘密裏に来日してくれたの。だから、味方よ。外交問題になりかねないんだから、懇切丁寧に最上級の扱いをして、お城に連れて来てね」
私は女王らしく振る舞う為、毅然と命令を下す。
「はっ!かしこまりました!」
騎士は私に対し、気持ち良い返事をした。そして、床に伸びるレイブンの仲間達に肩を貸し、次々と彼らを運んで行く。
(これでよし)
私は大きく息を吐き、ルーカスを見る。すると彼は笑顔を浮かべ私を見つめている。
「さっきのだけどさ」
「何のこと?」
私はぷいっとルーカスから目をそらす。すると、私がかけた蔦の魔法を解かれ自由になったらしい、レイブンと目が合う。
「ルシア陛下」
私の昔を知る人物に、恭しく敬称で呼ばれ、何となく恥ずかしい気持ちになる。
「恩にきます」
レイブンは深く頭を下げると、すぐに踵を返す。
(幸せになってて、むかつく。けど、奥さんとお子さんと、末永くお幸せに……)
私は久々会えた事を喜びつつも、憎たらしさも同時に感じてしまう複雑な心境のまま、彼の背中を見送ったのであった。
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