109 無くした指輪11
隣国ティアナ王国の隠密部隊を名乗る、黒装束に身を包む集団。そんな彼らの狙いは、理由は不明であるが私のようだ。
そしてコンテナに隠れていた隠密部隊が姿を表し、私とルーカスは、彼らに取り囲まれてしまった。
あわや絶体絶命のピンチ――ではなく。
(くくく。飛んで火に入る、夏の虫……今は春だけど)
内心この状況を喜ぶ私。あまりの嬉しさに、杖を持った右手が、早く魔法をぶっ放したいと疼くほど。というのも、女王となった私は、魔法発動の際に口にする、詠唱の言葉を新たに用意したからだ。
そもそも、私くらい上級者になると、魔法は繰り出す技の名をわざわざ公言せずとも、念じるだけで発動出来る。
けれど、悪役たるもの、名乗ってなんぼ。
その存在を世に知らしめるためには、私が私だとわかりやすい詠唱の言葉が必要だと考えた。
よって、中身は以前と変わらぬ、馴染みある魔法のまま。しかし女王らしく新たに考えた詠唱の言葉を、試しに口にしたくてたまらないのである。
(今まで、実地訓練とはご無沙汰だったから)
詠唱するチャンスがなかった。しかしようやく、新たな呪文を口にできる絶好の機会に恵まれ、私の心は自ずと弾んでいたのである。
私はすぅと息を吸い込み、考え抜いた詠唱の言葉を大きな声で告げる。
「マジェスティウォール!」
私の防御魔法が発動し、地面から壁がせり上がる。
こちらに襲いかかってきていた敵は、ひらりとジャンプで避けたが、私はそれを許さない。
「マジェスティボム」
空中にいる敵に向かって、火属性の攻撃魔法を連続で追加した。
「ぐあぁっ」
「ぐほっ」
数人が炎に包まれ、地面に呆気なく倒れ込む。まだ息はあるようなので、致命傷にはならなかったようだ。
「おい、大丈夫か!?」
仲間の安否を気にする男。その背後にルーカスが忍び寄り、魔法をかけたレイピアで斬りかかる。
「うぉっと」
男は咄嵯に振り返り、攻撃をギリギリで避けた。そして、ルーカスとの間合いを取るようにジリジリと後退する。
「くそ、よくも仲間を……」
怒りに満ちた表情の男は、再び攻撃態勢に入る。
「あんまり時間をかける訳にはいかないんだ。ルシアを危険に晒すわけにはいかないから。悪いけど、一気に終わらせる」
「望むところだ」
ルーカスと男が睨み合う。とそこに、仲間が参戦し、ルーカスをぐるりと取り囲んだ。
(なんだか面白い戦いになりそうね)
私はワクワクしながら見守る。しかしそんな私の視界に、新たな敵の姿が映り込む。
「ちょっと邪魔しないで。マジェスティカッター」
「うわぁっ」
私の放った風の刃により、また一人、男が倒れる。
どうやら彼らは、魔法には慣れていないようだ。
(あ、そっか。ティファナ王国には魔法使いっていないんだっけ)
その事を思い出し、私は強そうに見えて、わりと呆気なく私にやられた、隠密部隊の面々を少しだけ哀れに思った。
「くっ、お前ら、何をしている!」
リーダーらしき男が叫ぶと、残りの敵も次々と姿を現し、こちらに向かってくる。
(うわ、めんど)
私は舌打ちをする。
「もう、早く倒しちゃっていいよ!」
私が叫んだ瞬間、ルーカスが素早くレイピアを敵に向かって突き出した。
「うわっ」
ルーカスの鮮やかな剣さばきに、敵の一人が怯む。
「ルシア、こいつらを拘束できる?」
「任せて!」
私は素早く詠唱を行う。
「マジェスティスネア!」
杖の先から出た土属性の魔法の根っこが、敵を捕らえる。
「な、何だこれ!?」
「くそ、動けねぇ!」
「ぐわっ!?」
敵の悲鳴を聞きながら、ルーカスも敵を倒すべくレイピアを振り翳す。彼の華麗な剣捌きにより、一人、また一人と敵の数は減り、残すはあと二人となった。
「くそっ、このままじゃヤバイぞ」
「どうします? 隊長」
二人は焦った様子で会話をしている。登場した時のキザったらしい雰囲気はもはや皆無。わりと間抜けなようだ。
(悪いけど、終わりにするから)
私はチャンスを逃さないよう、すかさず詠唱を始める。
「我は求める。大地の恵み、大いなる力」
(よし、今!)
「我が敵を捕らえよ。マジェスティグランドバインド!!」
私のここぞというとき用。スペシャルな詠唱に反応し、敵二人の足元から、ツタのようなものが無数に伸びてくる。
「な、何だよ、これは」
「く、苦しい」
二人は必死にもがく。しかし動けば動くほど、二人の体めがけ、魔法のツタがどんどん絡みついていく。
「これで終わりだ」
ルーカスは冷静に呟いた後、隊長と呼ばれた方ではない敵を、あっさり気絶させた。
「お疲れ様、ルーカス」
「ルシアもお疲れ様。怪我はない?」
「余裕で元気」
私たちは顔を見合わせ、お互いの無事を確認する。
「お前たちの目的はなんだ?」
ルーカスが隊長と呼ばれた男に問いかける。すると、男は静かに告げる。
「その女に対する個人的な恨みによる、復讐だ」
「え」
焦った感じで告げられた、思いがけない言葉に私は目を丸くする。
「もしかして、貴方の家族はグールなの?」
私は男を見下ろしたずねる。もしもそうだとしたら、先の戦争で私が殺した可能性は充分にある。
みすみすやられるつもりはない。けれど復讐したい気持ちだけは、よく理解できる。
(まぁ、だからどうって事もないけど)
少なくとも恨まれる理由を、自分で理解できる。つまり、私がスッキリするということだ。
「俺はティファナ王国の隠密部隊の兵士だ。グールなどではない!」
「じゃ、フェアリーテイル魔法学校で?えー、何か恨まれるような事したっけかな」
記憶を遡るも、やられたらやり返す程度。卒業してもなお、誰かに恨みを持ち続けられるほど、酷い事はしていないような気がする。
「とりあえず、顔を見たら思い出すかも」
ルーカスが地面に寝転び、蔦でぐるぐる巻きになった男の、フードと顔を覆うマスクを取り外した。現れたのは、ブラウンヘアーにはちみつ色の瞳をした青年だ。歳は二十代半ばくらいに見える。
(もっとおじさんかと思ってたけど)
意外にも若く、私は拍子抜けする。
「ルシア、見覚えある?」
ルーカスに問われ、私はジッと男を見つめる。
「うーん、どこかで見たような気もするし、知らないような気もするし、見た事ないような」
「それは知らないってこと?」
「うん」
私が素直に答えると、男はキッと私を睨みつけた。
「ルシア・フォレスター。俺はかつて、お前のその愛らしい顔面に、カエルを貼り付けた唯一の男だ」
「唯一の男だと?」
キラリとルーカスの瞳が光る。もちろん悪いほうにだ。
「言い方が気に食わないな。殺すか」
「やめてルーカス。カエルを投げつけられたのはいい思い出じゃないし……あ」
私の思考深く眠る記憶が、呼び覚まされる。
忘れもしない。私が十二歳の時のこと。
ティファナ王国に住んでいた時。
母は街の洋品店のお針子を内職でしていて、父はその地を治める領主の用心棒のような仕事をしていた時期があった。その時代、私は領主の息子にキスをされそうになり、魔法を使った。しかもそれがきっかけでフェアリテール魔法学校に入学させられる羽目になったと記憶している。
つまり目の前の男は。
「いたいけな私にキスをしようとした、領主の息子。レイブン!!」
「ふっ、思い出したようだな」
レイブンがニヤリと笑う。
「あの時のセクハラ息子だったとは」
私はすっかり忘却の彼方に放り投げていた、青年の顔をしっかりと確認する。
あの頃のレイブンはもう少しずんぐりむっくり。栄養抜群で、ぷにぷにしていたような気がする。ただ、丸っこい目の形や、髪の色、それから唇の形など。細かい部分の造形は記憶の中にあるレイブンの面影に近いと気付く。
「おい、待て。俺はセクハラなどしてないぞ」
「いや、したわ。だって私は人生に一度きり、貴重なファーストキスを奪われそうになったんだもん」
「は?キス?は?一度きり?」
懐かしのレイブンとの会話に乱入してきたルーカスが、あからさまに困惑した表情になる。
「大丈夫、未遂だから」
ややこしくなる前にと、ルーカスに慌てて補足しておく。
「未遂だとしても、許しがたいな」
「でも十二歳の時で、ルーカスに会う前のことだし」
「本当に、未遂なんだろうな」
ルーカスは険しい表情でこちらを見つめている。
(もし、ここで私がいいえと言ったら)
ルーカスは間違いなく、レイブンを痛い目に合わせるに違いない。
(つまり私の手を汚さずに、成敗できる)
私は悪の心に導かれるまま、チラリとレイブンに視線を送る。するとレイブンは、ルーカスが漂わせる不穏な空気を感じ取ったのか、ふるふると首を振った。
「大丈夫よ。流石にルーカスだって、殺さない程度。ちゃんと手加減すると思うし」
「そういう問題じゃねぇよ」
「じゃ、どういう問題よ」
私は食い下がる。
「おい、仲睦まじく話し込むな」
ルーカスが言い合う、私達の間に割って入る。
「とりあえず、この男の処分についてだが」
「うん」
「ルシアに、忌まわしい過去を思い出させた罪は重い。よって、磔のち、鞭打ちでどうだろうか」
ルーカスが優しく私に微笑みかけた。しかし目がいっちゃってるという状況だ。
(ほんとに、この人は)
私の事が大好きなようだ。
ルーカスの重たすぎる愛に対し、表向き迷惑だという態度を取りつつ、本音の部分では嬉しさが勝る。そんな私の中に沸き起こる、秘密の気持ちを悟られないよう、慌てて口を開く。
「というかさ、レイブンがここにいるって事は、コヨーテと関係があるってこと?」
話題を私の過去から逸らそうと、レイブンに問いかける。
「この魔法を解除してくれれば、話してやってもいい」
「こいつは自分の立場をわかっていないようだな」
ルーカスがせっかく鞘に収めたレイピアを引き抜く。
「まぁまぁ、ここは穏便に。死んだら情報を聞き出せないもの」
「ルシアがそう言うなら……」
ルーカスが渋々と言った感じではあるが納得してくれた。
「逃げないよう、手と足だけは拘束したままにするから」
「それでいい」
レイブンの懇願するような声を聞き、私は杖を振る。そしてレイブンの体を、まるでミイラのように巻いている蔦の、手首と足首だけ残し解いた。
「ほら、解けたわ」
レイブンの体を拘束する蔦が消え去る。すると彼は寝そべっていた体を起こし、地面に座り込む。
「我が国からローミュラー王国へ移民した者が、多数行方不明になっている。その件を調べていたところ、コヨーテの存在に辿り着いた」
「え、そうなの?」
「おいおい。お前の国だろ」
「私はお飾りの女王だもの」
ありのままを答えると、レイブンは顔を曇らせた。
「そういや、ルドウィン様やお前の、やたら綺麗な母親は元気なのか?」
突然問われ、私は固まる。
(そう言えば、そうだった)
レイブンは私の両親を知っている、数少ない人間だ。
「先の戦争で、お亡くなりになられた。手を下したのは、俺だ」
私が答える前にルーカスが淡々と事実を告げる。
「え、お前が殺したのか?」
レイブンはルーカスを見つめ、問い詰めるようにたずねる。
「そうだ」
「どうして」
「俺はグールだからだ」
「……まじかよ」
レイブンが驚きの声をあげる。
「つまりお前は、親を殺した奴と組んでるってことかよ……」
レイブンは呆れたように呟いた。
「ま、お前って、昔からいいのは見た目だけ。変な奴だったしな。そこは変わらないんだな」
レイブンから敵対する気配がなくなった。変人扱いされて、友好的になったのだとしたら、文句の一つも言いたいところだ。けれど、今はそれよりもルーカスへの誤解を解いておくべきだ。
「ルーカスは自分が殺されそうになってたから。仕方なく私の両親に刃を向けたのよ。そもそも戦争なんて、そういうものでしょ?」
私は自嘲気味に笑う。
「ローミュラー王国も何かと大変なんだな」
レイブンが同情するような視線を私に向けた。
「もういいじゃない、私のことは。それより、あなたの話を聞かせなさいよ」
ここで父と母の件を蒸し返した所で、二人は戻ってこない。そしてルーカスが二人を殺したという事実も変わらない。
残された人間は、過去を悔やんでも仕方がない。受け入れて生きて行くしかないのだ。
多分それが、前向きに生きる。
そういう事なのだろうから。
そして私は何だかんだ、ルーカスから離れられない。それは、どうしたって、親を殺されてもなお、彼の事が好きだから。
(好きって気持ちは、本当に厄介よね)
私は苦笑しながら、未だ複雑そうな表情を浮かべているルーカスを見つめたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
レイブン?だれそれ?とみなさま思われたかと思いますが、一話目プロローグに出てきた子です。108話ぶりに登場しました。
更新の励み、次作品への養分になりますので、続きが気になるなー、おもしろいなー等、少しでも何か感じていただけましたら、★★★★★からの評価やブックマーク、いいね等で応援していただけるとうれしいです。




