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復讐の始まり、または終わり  作者: 月食ぱんな
第十一章 少しずつ、溶けていく(二十歳)
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100 罪悪感を伴う、癒やしの時間

 私は王城内。自室のクローゼットの中に個人的に設置した、魔法の転移装置を使い毎晩いそいそと、とある場所に出かけている。


「陛下、おやすみなさいませ」

「えぇ、お疲れ様。今日もありがとう。おやすみなさい」


 侍女が私の前から姿を消したのを確認し、寝室と居間を続く部屋の鍵をしっかりとしめる。もちろんその上から絶対に開けられないよう、魔法をかける事も忘れない。


 すっぽりかぶるだけ。楽ちんな白いワンピース型の夜着の上に、クローゼットの中に吊るしてある、黒いフード付きのローブコートを羽織れば、私の準備は完璧だ。


「じゃ、行ってくる」

「まるで、ロミジュリですね」


 最近読んだらしい、立場の違う人間同士の禁じられた恋愛を描いた古典の名作である「ロミオとジュリエット」の名を省略(しょうりゃく)して口にするのは、ドラゴ大佐だ。


「全然、ロミジュリじゃないから」

「そうですか?人目を忍んで会いに行くところなんか、私の脳内では、ルシア陛下とルーカス様そのものでしたが」

「……そんなわけ無いでしょう」


 私はドラゴ大佐に薄目を向ける。


「早く結婚しちゃえばいいのに」


 ドラゴ大佐も薄目で私に返してきた。


 結婚という言葉を耳にした瞬間、私の心にはやはりロドニールに対する罪悪感がわき起こる。


「……行ってくる」


 私は、あえてドラゴ大佐の言葉に触れず、魔法転移装置となる鏡に手を伸ばす。


「はい。行ってらっしゃいませ。ルーカス様によろしくお伝え下さい」


 ドラゴ大佐が深く頭を下げたのを最後に、私は鏡の中に身体と意識を飲み込まれたのであった。



 ***



 転移装置が到着した場所は、ロドニール王国西部にある、モリアティーニ侯爵の領地内。現在ルーカスが住む屋敷の前だ。


 住むと言えば聞こえがいいが、実際のところルーカスはこの場所に幽閉(ゆうへい)されているようなものである。その証拠に彼の住む屋敷……というか小さな小屋は、人里離れた森の中にひっそりと建てられている。


 ルーカスがこのような場所に住んでいる理由はしごく簡単。グールをあおり戦争を誘発したランドルフの息子であり、自我を失い怪物となり、王国に多大な被害をもたらした人物だからだ。それに加え今の彼はBG(ビージー)を投与されてないとは言え、いつ発作が起きるか誰にもわからない。


 そんな状態だからこそ、ルーカスは一人、世俗から隔離されているというわけだ。


 周囲を取り囲む木々の葉が、静かに揺れる音をたてる中。ポツンと立つ小屋は、神秘的な雰囲気を醸し出している。月明かりが木々の間から漏れると、まるで星屑のような光を拡散(かくさん)し、薄闇(うすやみ)の中に浮かぶ小屋に、不思議な魅力を与えている。


 家の明かりが、暗闇の中でぽつりと浮かび上がっているように見え、窓からは柔らかい灯りが外に静かに漏れていた。どこまでも深い静寂(せいじゃく)の中、遠くで鳥の鳴き声が聞こえるたび、大抵の人は不気味に感じ、ドキリとする事間違いなしだ。


 私としては、流浪(るろう)の民時代を思い出し、懐かしさすら感じるルーカスの住まい。けれど、ドラゴ大佐曰く「マンドラゴラならともかく、こんな所に住む人間は正気ではない」そうだ。


 確かにそうかもしれない。ここは世界から隔離された森の奥深く。周囲に民家など無く、あるのはただ木々と草花のみなのだから。当然、人の気配なんて全くしない。普通に考えれば、そんな寂しげな場所に住みたいと願う人はいないだろう。


 そんな事を考えながら、ポキポキと小枝(こえだ)を踏みしめ、私は玄関口へと近づく。そして、来訪を知らせるため、そっと木の扉を叩く。


 しばらくして中から現れたのは、既にオフホワイトの寝間着に着替えているルーカスだ。現在の彼は、王子だった頃の無駄にキラキラしい雰囲気は鳴りを潜め、自然の中で生きる力強さと(たくま)しさを感じる風貌(ふうぼう)となっている。


「おかえり」

「こんばんは」


 いつも通りの挨拶(あいさつ)を交わす。


「そこは『ただいま』だろ?」


 ルーカスは毎日飽きもせず同じ文句を口にし、私の手を引き彼の家へと招き入れる。


 ルーカスが私に「ただいま」と言って欲しい気持ち。それを私は理解している。


 ほとんどの人にとっては、たかが「ただいま」だろう。けれど「ただいま」は戻るべき場所に収まる事を意味する言葉だ。


 正直、ルーカスの居るこの場所を訪れるたび「帰ってきている」と感じなくもない。けれど、その気持ちそのまま、「ただいま」と口に出来ないのは、やはり私の心の中を占める、ロドニールへの罪悪感のせいだ。


 私はルーカスに手を引かれたまま、部屋の中に侵入する。


 ルーカスの家の中は、オンボロな外観からは想像できないほど、きちんと整えられている。木の香りが漂い、モリアティーニ侯爵が「せめてこのくらいは許されるだろう」と用意した、重厚な調度品が置かれているからだ。


 そんな彼の家の中はとても静かで、優雅な空気に包まれている。

 昼間訪れると、大きな窓からは森の緑が明るくのぞき、夜聞くと不気味に感じる鳥たちの鳴き声も「さえずり」と表現できるくらいには、可愛らしいものとして感じる事ができる。


「ルシア、元気だった?」

「元気だったって、昨日も会ってるじゃない」

「今日の君は、元気だったかってこと」


 彼らしい物言いに思わず笑みがこぼれる。


「おかげさまで、私は今日も元気よ」


 私は苦笑しながら彼に告げ、勝手知ったるなんとやら。そのまま部屋の中央へと向かう。そして一人で囲むには大きすぎるテーブルと揃いの椅子に腰をかけた。


「お湯でいい?」

「うん、ありがとう」


 私はルーカスに頷き、今日の彼は一体どうやってここで過ごしていたのか。その痕跡(こんせき)を探るため、部屋の中をぐるりと見回す。すると本棚の横に積まれた紙の束を見つけた。


「それ、父の手記(しゅき)。俺に投与したBGの研究日誌みたいなもの。モリアティーニ侯爵が貸してくれたんだ」


 私が視線を向けた先にあるものに気付いたルーカスは、私の疑問を解消するように答えてくれる。


「研究日誌って、もしかして、まだその、そういう気分になるってこと?」


 私は「人を食べたい」という言葉を(にご)し、問いかける。


「まぁ、本能みたいなものだから。綺麗さっぱりその欲求が無くなる事はないよ。でも、BG漬けにされていた頃よりは、ずっと軽いから大丈夫。それに人を襲いたくても、ここには誰もいないし」


 自嘲的(じちょうてき)に笑いながら、そう話すルーカスの表情は何処か仄暗(ほのぐら)いものだ。


「私がいるじゃない」


 私はルーカスの抱える闇を、少しでも軽くしようと明るく振る舞う。


「もう二度と、君の事は襲わない」


 ルーカスはテーブルの上に白湯を起きながら、真剣な表情で言い切った。彼の言葉は嬉しいはずなのに、何故か心の中にストンと素直に落ちてくれない。


「もう大丈夫だから」


 安心させるようにルーカスが私に告げる。


 戦争を終えた瞬間。あの時に比べればルーカスの症状は、確かに軽くなっているのかもしれない。


 それでも人を捕食し、満たされてしまった気持ち。それをルーカスの身体は覚えてしまっている。よって、自分の理性とは別に本能で、「また人を喰らいたい」と願ってしまう。そして、その衝動は何がキッカケで起こるかわからない。よって、自衛していたとしても、完全に抑え込む事は容易ではない。


 それをお互い理解した上で告げられる「大丈夫だから」は、私を酷く切ない気分にさせる。


「あれを読む限りだと、父が俺の体にBGを投与したキッカケは、確かに俺の中途半端な身体をどうにかしたいと願う気持ちからだったようだ。でも後半に行くにつれ、思考がサイコパス気味で、父こそ、狂っていたんだと思う」


 ルーカスは肩をすくめた。


「そう言えば、フェアリーテイル魔法学校に入学する日。入学許可書にサインをしてくれたのは、あなたのお父さんだったもんね」


 私は王城のバルコニーから、逃げるように飛び出したルーカスを懐かしく思い出す。

 今よりずっと丸い顔で、声も高くて、それでいてお喋りな男の子だった……と一人過去に思いを()せていると、ルーカスが突然、クスリと笑った。


「何? どうしたの?」

「いや、昔を思い出して」

「昔って?」

「ほら、ルシアが僕を助けてくれた日。あの時の君も可愛かったけど、今は可愛いし、綺麗になったなぁと思って」


 ルーカスは私を見ながら目を細めた。


「私はいつだって、世界一なの。今頃ナターシャの家にある魔法の鏡が、私の名前を告げてるはずよ」

「そうだね。でも近ごろ魔法の鏡は、用済みになる事におびえて、(あるじ)忖度(そんたく)しまくるらしいから」


 私はわざとらしくからかう言葉を口にするルーカスに、ムッとする。


「昔のルーカスは可愛かったな。今よりずっと、純粋で可愛かったわ」

「ごめん、冗談だよ」


 ルーカスは楽しそうに笑う。


「あの頃の父は、確かにまだ、俺の幸せを考えてくれる部分が残ってた」


 遠い目をしたルーカスがボソリと呟く。私はそんなルーカスの寂しげな表情に耐えきれず、カップに入った白湯を手にとる。


 そして、部屋の窓辺に飾られた、シロツメクサの花束に目をとめた。


 ルーカスの部屋の窓辺には、以前までは彼が好きそうな、いかにも危険といった感じの植物が並べられていた。しかし最近はそこに、季節ごとの美しい花が添えられるようになった。


 私はその事を、少しは心に余裕が出来た証拠だと、嬉しく思っている。


「母さんが、アレを好きでさ。それで、今日森でみかけたから、飾ってみた」


 私はルーカスの口からナタリアの名が飛び出し、ドキリとする。


 というのも、彼女は現在行方不明中だからだ。王城でルーカスがグールの怪物となった日。あの時の混乱に紛れ、姿を消してしまった。


『他国に逃げのびたのかも知れん。とは言え、あの女は根っからの貴族の娘だ。一人では生きてゆけぬじゃろう。それに、あの女の行方を捜索するよりも、わしらには成すべき事が山積みじゃ』


 モリアティーニ侯爵の意見もあり、現在ナタリアの捜索自体が打ち切られているという状況だ。そしてその事はもちろんルーカスにも伝えてある。


(ルーカスは、あの人に会いたいのかな……)


 私はシロツメクサの花束を、モヤモヤとした気持ちで見つめた。


(あんな酷いことばかりさせられていたのに)


 思い出すような花を飾る意味。それは、恋しく思うからだろうか。


 そもそも、子どもにとって親は親でしかない。しかし親だからこそ、憎んでも、恨んでも、結局はどうしようもなく大切な存在だと思ってしまうのかも知れない。


 結局のところ、戦争が終わり、グールと人間は和解した。けれど、深く関わるルーカスも私も、未だ戦争が残した爪痕(つめあと)から立ち直れずにいる。


「ルシア、そろそろいい?俺の魔力が最低値を叩きそうだ。くらくらする」


 私の横に並ぶ椅子に座ったルーカスが、私に手を差し出す。


「嘘ばっかり。全然元気そうよ?」


 私も仮病を使う彼の手を掴みながら、意地悪を言う。


「本当だって。さっきも言ったけど、俺は君を襲わないと決めた。そのためには、君の魔力で俺の体を浄化してもらう必要がある」

「わかってるって」


 果たして私の魔力に、ルーカスのグールとしての本能を抑える効果があるのかどうか。それは依然(いぜん)として不明だ。けれど私達は何かしら理由がないと、手をつなぐ事が出来ない関係だ。だから、今も昔も変わらない「魔力を分け与えてあげる」というもっともらしい理由をつける必要がある。


 私は伸ばされたルーカスの両手を自分の手でしっかりと包み込む。

 昔はそんなに大きさが変わらない。そんな気がしていたのに、今は包み込む私の手を大きくはみ出している。


「ルシア、愛してる」

「はい、はい」

「魔力を通して君の、俺への愛が伝わってきた」

「伝えてないから」


 私はすかさず指摘する。


「いや、確実に伝わってきた」

「気のせいだから」


 私は魔法学校時代と同じ。彼に軽口を叩くこの時間を幸せだなと感じている。そしてこれから先、たとえどんな結末を迎える事になったとしても、この時間が永遠に続けばいいと、心の奥底で、願わずにいられないのであった。

お読みいただきありがとうございました。


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