010 ルーカスに刺客を派遣してみる
グリムヒルでの一件後。
血みどろ紳士ブルーノ様との偶然なる出会いを完全に邪魔され、「打倒ルーカス」に燃えるナターシャと私は、奴を懲らしめようと作戦を練った。
そしてナターシャが「良い考えを閃いた」と口にし、ブラック・ローズ科の中でも際立つ美人として有名な女子生徒、アデル先輩に協力を仰ぐ事に決まる。
アデル先輩は妖艶な魅力に満ちた美しい女性だ。しかも彼女は男子生徒を誘惑し、その気にさせたのち、手ひどく振る事に学生生活を捧げているという、めちゃくちゃダークでクールな先輩ときている。
そんな尊敬でしかないアデル先輩は、有名なおとぎ話「いばら姫」において、のけものとされた十三番目の賢い魔女のご子孫だということ。
『私達、いにしえのおとぎ話界隈は歴史ある分、横の繋がりが強いのよ。だから五年生のアデル先輩ともわりと小さい頃から、家族ぐるみの付き合いがあるってわけ』
普段、私を出汁に男性を容赦なく釣りがちなナターシャ。この時ばかりは、彼女が由緒正しい悪役名家出身で良かったと、彼女を拝む気持ちになった。
「あの植物マニア君だって、男には変わりない」
「そうだよね」
「よって、アデル先輩の毒牙にかかれば、きっとルシアの周囲をうろつく事はなくなるはず」
「うん」
「そして、晴れてフリーになったルシアも、もちろん私にだって彼氏ができるわけ」
「最高!!」
私とナターシャは中庭の茂みに隠れつつ、ヒソヒソと会話を交わしながらも辺りをうかがう。
予定では魔法剣技の授業を終えた、ホワイト・ローズ科の男子連中がこの中庭を通る筈なのである。そして私達と反対側にある柱の陰に待ち構えるのは、我らがヒロインアデル先輩だ。
(公衆の面前で名指しされたら、騎士道精神溢れるホワイトな連中は無下にできないはず)
勿論それはルーカスにも当てはまるわけで。
私はアデル先輩に骨抜きにされるルーカスの哀れな姿を想像する。そしてわくわくした気持ちを抱えながら、ルーカスの登場を待つ。
「あっ、奴がきた!!」
運動着代わりの、白いシャツと青いパンツに身を包むルーカスが友人らしき青年達と共に、中庭に侵入してきた。
「ルーカス・アディントン、お待ちなさい」
ぬっと柱から飛び出すアデル先輩。今日も今日とて、禍々しい魔力のオーラを発している。そして艶やかに波打つ黒髪がゾクゾクするほど怪しく輝いて見える。
「アデル先輩。体調良好っぽい。ホワイトのへなちょこ王子なんてやっちまえーー!!」
ナターシャがはしゃいだ声をあげる。
「コンディション抜群なのがここまで伝わってくるよね。先輩ファイト」
私も負けじと応援する。
ルーカスと共に歩いていたホワイト・ローズ科の男子生徒が紳士らしく、アデル先輩に小さく礼をする。
(流石品行方正な王子軍団)
ブラック科の男子ならば目があった瞬間、誘拐する、もしくはアデル先輩をナンパする方に全力で傾くであろう。しかしホワイト科の王子連中は、アデル先輩に適度な距離感を持って挨拶をしたのち、その場から優雅に立ち去った。
その結果、残されたのは絶好調オーラを発するアデル先輩とルーカスだ。
「ふふ、時間の問題ね」
ナターシャの嬉しそうな声に私は頷く。
しかし。
「ねぇ、あんたの彼。畏れ多くもアデル先輩に首を振ってるように見えるのだけど」
「私の彼じゃないし。でも確かに断っているように見えなくもないような」
私の視線の先にいるルーカスは、困り果てたような顔をアデル先輩に向けているように見える。
けれど男を落とす事にかけては百戦錬磨のアデル先輩は、しなしなとよろけたふりをして、ルーカスの方に倒れ込む。
(実力行使からの、既成事実ね)
欲しいものは奪ってこそ価値がある。そう躾けられたブラック・ローズ科こその方法だ。けれど、期待虚しく、アデル先輩がルーカスに触れるよりも先に、何故かルーカスが突然その場に倒れ込んでしまった。
「え、どういうこと?」
ナターシャが困惑した声をあげる。その声を聞きながら、私は慌てて茂みから飛び出し、地面に倒れ込んだルーカスに駆け寄る。
「アデル先輩、一体何を」
私は地面にうつ伏せに倒れ込むルーカスの側にしゃがみ込みながら、アデル先輩にたずねる。
「何もしてない。むしろこの子は女性に興味がないと思う。私にちっともいやらしい視線をよこさなかったもの」
アデル先輩は、少しだけ憤慨した様子で私に告げる。
「稀に見る潔癖感溢れる紳士的な視線を浴びて、吐き気がするんだけど。他の男で浄化しないといけないレベルで」
言い切ると、アデル先輩は両手でその身を抱え、ブルリと背筋を震わせた。
「悪いけど、流石の私も趣味嗜好が合わない人間には興味ないから。悪いわね。うう、早く他の男を捕まえないと」
アデル先輩はヒラヒラと手を振ると、颯爽とその場を立ち去る。
ピンと伸びたその背中はひたすら格好いい。けれど、残された側としては大変困る状況だ。
「やだ、死んだの?」
ナターシャが状況から察する、一番最悪な事態を先回りして口にする。
「さ、流石にそれはないと思うけど」
私はツンツンとルーカスの肩を指でつついてみる。しかし、全く反応がない。
「まさか美女アレルギーとか?だからアデル先輩を見てアナフラキーショックが起きたとか?」
「え、そんな事もあるの?」
私はそんなパターンは初耳だと目を丸くする。しかしすぐにその可能性も捨てきれないと思い直す。何故ならルーカスの首元に、赤く蕁麻疹のような発疹が見て取れたからだ。
「とにかく、あんたの彼氏なんだから、医務室に連れて行ってあげなよ」
「全くもって彼氏じゃないけど、でもまぁ……」
ナターシャと言い合っている場合ではないと、私はぐったりと青ざめた顔で横たわるルーカスに向かって「フロー」と唱え、浮遊魔法をかけた。
「相変わらず、ルシアの魔法捌きは手際が良いよねー」
「そう?」
「うん。いにしえの家系だと大抵魔法をかけるためには、長ったらしい呪文を唱えたり、触媒が必要だったり、魔力を杖に込めるだけでも色々と大変じゃない?」
「あー」
そもそも魔力を魔法に変換するためには、それぞれ適した方法があるため、人によってやり方が違う。そしてナターシャが口を尖らせた通り、確かに古き良き魔法使いは、手順を踏みがちだ。
「新たな物語が続々と誕生する現代社会において、いちいち長ったらしい呪文を唱えるとかナンセンスだと思うんだよね。そもそも詠唱している間にやられちゃうだろうし」
「確かに」
「じゃ、私はアデル先輩の様子を確かめてくるね!」
言いたい事を吐き出したらしいナターシャはアデル先輩同様、私の前から走り去って行く。
さすが名のある名家出身の悪役お嬢様。魔法発動の仕方はいにしえ系でありながら、逃げ足の速さだけは一級品なようだ。
「とりあえず、ルーカスを何とかしないと」
私は空にあげた凧のように、ふわふわと宙に浮くルーカスを杖で操り、ひとまず医務室に急いだのであった。
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