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復讐の始まり、または終わり  作者: 月食ぱんな
第一章 フェアリーテイル魔法学校に入学する(十二歳)
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001 プロローグ

お立ち寄りいただき、ありがとうございます。

最後までお付き合い頂けると、嬉しいです。

 ――君との婚約は、破棄とする。


 麗しい王子が婚約者である令嬢に高らかに婚約破棄を言い渡す。


 そんな話がこの世界には掃いて捨てるほどあるらしい。


 恋に溺れ、国を裏切った王子は、これでもかと不幸を背負わされた挙げ句、国外追放やら処刑やらの顛末(てんまつ)を迎え、ひっそりと表舞台からフェイドアウトしていく。


 正義が勝ち、悪が滅び、人々は「これが正しい」と心を落ち着ける。そして新たに政権を握った側の、表を生きる者の人生を追い、追放された王子の人生を辿る事はしない。


 ただ、人々に捨て置かれた王子と令嬢が改心する事もあるだろうし、様々な不遇を乗り越えたのち、新天地で子どもに恵まれる、そんな可能性だって『ない』とは言い切れない。


 死なない限り、誰もが毎日新たな物語を自分の意志とは関係なく紡いでいく。それが現実だ。


 つまり何が言いたいかと言うと。


 現在十二歳になる、私ことルシア・フォレスターは真実の愛を求め、国外追放された両親の間に生まれた娘だということ。


 父の母国から見事、愚か者と烙印を押された両親は、その存在を忌まわしき過去だと封印されつつも、道端の雑草顔負け。枯れ果てる事なく、新たな土地で図太く生き抜いている。


 そしてその証として存在するのが、私というわけだ。



 ***



 人の声が届かない深い森の中。

 我先に光をと競うように、空に向かい枝を伸ばす木々。生い茂る葉により、地上近くの闇は深い。森の中に響く鳥たちの鳴き声や風の音も、どこか遠くの世界から聞こえる気がする。


 木々の葉は、たえず風に揺られては落ち、地面に積み重なっていく。足元に積もる葉を目に入れる度、自然界までもが私の辿った痕跡を、この世から消し去ろうとしているかのよう。


 一歩進み、ブーツの足裏に硬い芽のようなものを感じ、立ち止まる。


 そこには小さな草花たちが、命を繋いでいる姿があった。


 私が何度踏みしめてもなお、生命の輝きを失わない、とてもしぶとい草花達。その姿は両親と私に似ている。


 そんな刹那的な気分満載で、私は顔をあげる。


「レイブン様。あなたが私に蛙を投げた理由が全く理解できないのですが。もう一度、出来れば簡単に説明してくれませんか?」


 私は袖口(そでぐち)で顔を拭い、目の前の少年を見つめる。


 背中を太い木の幹に押しつけ、身体を小刻みに震わせつつ、こちらを見据(みす)える少年。完全に怯えた様子である彼の名はレイブン。この辺りを治める領主の息子だ。


「だ、だから、君の両親は駆け落ちじゃなくて、国外追放されたんだ。「真実の愛を貫いたと言えば聞こえはいいが、結局は国を捨てた裏切り者だ」って、父様は君の両親のことを、そう言ってた」


 若干緊張した様子で私から目をそらしながら、レイブンは先程と同じ言葉を繰り返す。


 確かに私の両親は、王子であった父が婚約者を捨てて国外追放された。けれどその件と、先程起こった事件とは全く関係のないこと。


 それなのに、今ここで父の話を持ってくるレイブンの思考回路はさっぱり理解出来ないし、したいとも思わない。けれど彼が言いたい事はわかった。


「つまり私の両親が日陰者だから、レイブン様は私のことをいじめていいと。そう考えてしまったと。ふむふむ」


 小さく頷きながら、数分前の記憶を(さかのぼ)る。


 先程私はレイブンに無理やりキスをされそうになった。その事を嫌だと感じたから、彼を突き飛ばした。すると怒ったレイブンから蛙を投げつけられた。そして見事、弧を描くように私めがけ宙を滑空した蛙が私の顔に着地した。


 それは紛れもない出来立てホヤホヤの事実だ。


(やっぱり、ギルティだわ)


 私は蛙が顔に張り付いた時の記憶と、ぬめりとした感触を鮮明に思い出し、再度顔を袖口で拭う。


「そもそもお前が生意気だから悪いんだ。そ、それにお前の父親は、元は王子だったかも知れないけど、今は僕の父上の用心棒だろ」

「そうですね」

「それなのに、お前は僕の言う事をきかないから。そもそも一体誰のおかげで、暮らせているのか。それを思い知らせようとしただけだ」

「なるほど。理由はよーく、理解できましたわ。レイブン様」


 私はニコリと微笑む。


「レイブン様は私を襲おうとしただけじゃなく、私の両親にまつわる過去を知っている。これはもう消すしかないわね」


 喋りながら徐々に笑みを消し去り、最後は冷たい視線でレイブンを睨みつけた。そして片手に杖を素早く召喚する。


「残念だけれど、あなたにはここで、死んでもらうしかないようね」


 物語に登場する憧れの悪役達を思い起こし、私は静かに宣言する。


「や、やめてくれ」


 追い詰められた事をようやく理解したらしいレイブンの顔色は、みるみると青ざめた。


 彼は魔法使いではない。よって、今この状況は死ぬほど怖いはずだ。

 対する私は普段禁止されている魔法を使うチャンスを得たと、意気揚々と浮かれた気持ちになる。


「レイブン様は、熱い、冷たい、切り裂ける感じ。どれがいい?」


 私は漏れ出しそうになる笑みを堪え、盛り上がる根に尻もちをついたレイブンの前に立つ。


「ど、どれもいらない!」

「ふぅん。折角選ばせてあげようと思ったのに」

「断るッ!」


 レイブンが半泣きで私を見上げた時だった。


「ルシア、待て。早まるな!」


 背後から父の怒鳴り声が響く。振り返ると父が血相を変えてこちらに向かって来ていた。


「チッ」


 あとちょっとだったのにと、舌打ちする。


 ここでレイブンを始末できなかったとなると、私はプランを変えざるを得ないだろう。

 何故なら、レイブンに襲われかけた。それを知られるのはまずいし、格好悪いことだから。


(となると取るべき行動は一つだわ)


 私は気持ちを切り替え、咄嗟(とっさ)にそれらしい笑顔を貼り付け振り向く。


「父さん!」


 言いながら父の元へと走る。


 父は私の姿を見ると安堵のため息をつく。たぶん父がたった今吐き出したため息は、私が無事で良かったという意味ではない。


「レイブン様、ご無事で良かった」


 予想的中。やはり父は私がレイブンを始末する前に、見つけられて良かった。そう思って安堵したようだ。


「お怪我はございませんか?二人が森に入っていくのを見かけた者がおりました。ですから、みなで心配していたんですよ」

「あ、あぁ……」


 レイブンはあからさまにホッとした表情を浮かべる。


「子どもだけで森に入ってはいけないと、いつも言っているだろう」


 私に向き直った父が、早速小言を口にする。


「ごめんなさい。迷子になっちゃったの」


 私はしおらしく(うつむ)き、形ばかり反省した表情を作っておく。


「それと、レイブン様は悪くないの。私が誘ったから。ごめんなさい、レイブン様」


 これみよがしに、申し訳なさそうな表情を浮かべ、レイブンに頭を下げる。


「えっ……いや……うん」


 レイブンは気まずそうな表情で私から目を逸らす。


「とにかく無事で良かった。詳しい話は後でちゃんと聞くからな」


 父は私の頭を撫でつつ、その瞳は「わかっているな」と、今日このあと、お小言タイムが待ち構えている事を示している。


(さいあく)


 私がうんざりとした表情を浮かべる間に、父はレイブンのほうへ身体を向ける。


「レイブン様、娘が大変失礼を致しました。どうぞ、許してやってください」


 レイブンに申し訳無さそうに頭を下げる父。そんな父の影に隠れつつ、私はレイブンに対し、口パクで「余計な事を喋るな」と視線で訴えかけておく。


 そもそも今回の事が明るみに出れば、困るのは私だけではない。むしろ、領主の息子としての知名度がある分、レイブンの方がダメージを受けるはずだ。


「僕も少し悪かった」


 わずかに備えられた脳みそを働かせたらしきレイブンが、この場を丸く収める最適解を口にした。


「とにかく、皆の元に戻りましよう。歩けますか、レイブン様」


 父の言葉に小さく首を振るレイブン。

 文字通り腰抜け野郎になってしまったらしい。


(いい気味)


 私は父に気付かれない程度、意地悪く口元を緩める。


「わかりました。それでは屋敷まで、一気にテレポートしましょう」


 鍛え上げられた逞しい腕で、父がレイブンを抱きかかえた。


「ほら、ルシアも手を」


 私は伸ばされた父の大きな手のひらをしっかりと握りしめる。


(折角悪に手を染める、チャンスだったのに)


 私は残念に思いつつ、父が呪文を唱え終えるのをジッと待つのであった。

お読みいただきありがとうございました。


更新の励み、次作品への養分になりますので、続きが気になるなー、おもしろいなー等、少しでも何か感じていただけましたら、★★★★★からの評価やブックマーク、いいね等で応援していただけるとうれしいです。

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