正しい国の作り方 オアソビ 2
水の国の神殿は、快適とは程遠い、清廉で潔白な場所だった。
まさに、神を崇め奉るところ!
朝は早くから、真摯に祈りをささげ、粗食を頂き(激辛注意)街の清掃活動、布教活動を経て、お昼に粗食(激辛注意)畑を耕し、牛羊馬の世話をし、孤児院の子供達に勉強を教え、町の雑事をこなし、夕方遅くに軽い軽食(激辛!)を取って、祈りをささげて休む。
めまぐるしく過ぎる毎日は、過酷だけれど、すがすがしかった。
「シスターって職業もいいかもしんない」
そう思って洗濯に勤しんでいると、小高い丘をかけてくる子供達の姿が見えた。
「おねーちゃーん!」
「おねーちゃーん!」
始めて顔を合わせた時、興味ないふりで知らん振りをした子供達も、私が親とはぐれてここにいるんだって言ったら、同情したのか、同じ境遇だったのか、仲良くなれた。
「ね、ね、今日のおやつは何?俺、この間のくっきーがいいな!」
「あら、ダメよ。今日は私のリクエストで、けーきに決まってるんだから!」
いちばん年嵩の二人が言い合いを始める。それを遠巻きにしながら小さい子達がわらわらと、周りを囲む。瞳に期待をのせて見つめてくる。それに、微笑ましく感じて笑うと、みんなの頬がぽっと赤く染まった。
「えへへ。今日はねー。プリン作ってみましたー!」
おおおっと声が返るも、その後はみんな眉を捻って「ぷりん?」とつぶやく。判らなくて当たり前なんだけど、そんな仕草も可愛くてまた笑ってしまった。
みんなと連れ立って歩く。周りを転げ回るように走って我先に孤児院に帰る子もいれば、私に引っ付いて、ぷりんの作り方を聞く子もいた。
そして、みんなとおやつを楽しんでいたら、孤児院の院長先生がやってきた。院長、と言っても下位神殿の祭祀だ。そして、私に来い来いと手招きをした。
「はい、なんでしょう、院長先生」
「ああ、チヒロ。少し、いいかな?相談があるのです」
院長先生の部屋には下位神殿の神官長もいた。
「実は…」
と、彼らが話し始めたことは、もうじき、神殿の感謝祭を行うのだが、その時、街の人たちをもてなしたいので、最近、神官仲間や子供達に評判のお菓子を作ってくれないか、と言う事だった。
「はあ。かまいませんよ」
「本当ですか!」
「はい。でも、どれぐらい必要ですか?量によっては材料が足りないかもしれないので、牧場からミルクを沢山もらってこなきゃならないかもしれませんが」
「それはもう、好きに使ってください」
お墨付きを頂いたので、張り切って作る事にした。
明日が感謝祭という日。神殿の神官さんたちも手伝ってくれて、さまざまなお菓子を作った。
作り方を伝授しながら作業を進める。
力のある男の人は、専ら、生クリームからバターを作る担当で。延々と瓶につめられた生クリームをシェイクしてもらった。その傍らでは、生クリームにといた卵を混ぜいれて、濾しながらカップに入れる子供達。
年長さんはいい助手で、卵白の泡立てを手伝ってくれる。ふんわりとあわ立った卵を見て、神官さんが目を丸くしていた。
「すごいな。まさか、卵がこんな風になるなんて」
「んー。本当はお砂糖入れて泡立てるんですけどねー。でも、ここで…ハチミツ入れてー、粉をこう…混ぜます。なるべくさっくりと!そんで、型に入れて、焼きます!焼きあがったら、真ん中の穴を細長い瓶に逆さまに刺して、冷ますんですよ」
「さかさま?」
「そうです。逆さまにしないとしぼんじゃうんですよ。シフォンケーキは!」
おお。と声が上る。シフォンケーキもカスタードプリンもクッキーもパウンドケーキも作るたび感嘆の溜息と憧憬の眼差しで見つめられてちょっと恥ずかしい。
子供達に至っては、逆らえない人の筆頭に上げられる始末だ。餌付け、ここに極まる!ってな感じ。 …でもねー私としては、このお菓子の型を作ってくれた神官さんの手先の器用さを褒め称えたいよ。 形を紙に書いて大きさを示しただけなのに、次の日には出来上がっていた事に驚愕したのはついこの前。ケーキ焼くには最低限の型はどうしても必要だし、この世界にあったのって、天板くらいだから。
生地を作っては焼くを繰り返し、沢山お菓子が出来上がった。
その後は、バターを使った折パイ生地を作った。
例の獣味木の実を細かく刻んで卵と胡椒と塩で味を調えたフィリングに、潰したジャガイモ味の柿色の果物を乗せ、パイ生地で包み、高温の竈で焦げないように見張ってもらって、焼きあがった「それ」。
……始めてトカの実が美味いと感じた。
神官さんも、子供達も、「おお」と言ったきり黙りこんで食べる。気がついたら、パイひとつが綺麗になくなってて、みんなで「しまったー」な顔を見せ合って笑った。
「これっていけますか?」
の問いには、「そりゃあもう!」との大絶賛で応えてもらった。
あらかた焼き終わった頃、神官さんが一人大きな水袋を抱えてきた。ちゃぷちゃぷと音がする、それ。見た瞬間、走ってしまった。恐る恐る伺う。
「どう、でした……?」
「んー。入れた当初と変わらない気がするんだが、確かに固まっているものの手触りがあるよ」
「おねーちゃん、なにー。なにー?」
「うん。あのね…」
明日の目玉。と言ったら、目を丸くしていた。出来てるといいなあ。チーズ!
原初の記録は動物の胃袋使った水袋に入れておいた牛乳が、チーズになったって話だから、できない事はないだろうと踏んで、頼み込んで分けてもらった牛の胃袋。それに、牛乳入れて、温かいところにおいてもらったんだ。味の保障はない。おなか壊すかもしれないから、これは責任もって製造者である私が試さないと!おそるおそる、袋を傾ける。薄い白の乳清が出てきた。そしてごろんとした感触の塊が。そっとつつくと、ぷるんとしてつやつやしている。
匂いはよし。味は。
小さくちぎって口にえいっと入れた。
ああ……。
「できてる…モッツアレラチーズっぽい味がするう……」
泣けてきた。
ふつふつとやる気が出てくる。腕をまくってぐるんと回す。パン生地を作ろう!薄焼きパンに、タバスコ味の野菜を使って明日は……。
「ピザを焼くぞおおおおおお!!!!」
結論。
感謝祭当日は、めまぐるしい一日でした。
子供達もこの日ばかりは行儀良く、街の人たちに微笑みかけ、神殿の為の寄付を募るんだそうだけど例年集まりにくい寄付金が、あっという間に集まった。
なぜって、お菓子。
神殿の中での、お祈りのあと、信者さんへの軽食にと出した、ピザの香りと、トカの実パイが大うけで。準備した分が一斉になくなった。
と、同時に行っていた、寄付してくださった方へのお返しのお菓子が大反響となって、神殿を揺るがす。
まあ、作り方を聞かれても、まずは牛乳絞りから始めなきゃならないもん。売ってくれ!と言われるのに、さほど時間は要らなかった。
でもね。神殿に仕える人たちがお金はあんまりいらないって言ったから、別の方法をとったの。
今じゃ、生クリームとバターとチーズは、水の神殿の名産品となり、隣接する孤児院では、毎日、生クリームとバターとチーズをふんだんに使ったお菓子をつくり、少量ずつ袋詰めにして、寄付してくださった方にお分けしています!
今日の夜はシェパーズパイもしくはピザだな。うん。




