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5話

 それからのこと。連絡先を交換し合った三人はちょこちょことやり取りを重ねたが、菜月と里穂は時折楓子の店でかち合う以外で会うことはなく日々を過ごした。

 ばっさり切った髪が馴染み、カジュアル方面に戻したファッションを周りが見慣れた頃、里穂からの「直近の予定を教えろ」のメッセージと共に送られてきた画像は絵画大賞展のチラシ。詳細を聞くと、「審査員特別賞をもらった」とのこと。絵の詳細は訊いても語らなかったが、わざわざ誘ってくれたのだからそれだけ見せたいと思ってくれているのだ、と嬉しくなって菜月はすぐに予定を教える。

 そして当日、同じく里穂から誘われた楓子と待ち合わせ、会場にいた里穂と合流した。

「里穂どんな絵描いたの?」

 楓子につられて名前呼びして以来、意地になって呼び続けた呼び方はすっかり定着している。最初こそ「馴れ馴れしい」と文句を言っていた里穂も、今では菜月を呼び捨てするようになった。

「見れば分かる」

 久々にあった里穂は相変わらずの塩対応だが、受賞が嬉しいのかいつもよりは声が弾んでいる。会うたび何がしかの理由で喧嘩になる菜月だが、まあ今日はいいか、とつられるように笑顔になり案内されるがままに里穂の背中を追った。

「この向こう。あ。あんたは目つぶって。手引いたげるから。女将さんはそのまま来てもいいんで、菜月が目開くまでこれで」

 菜月には手を伸ばし、もう片方の手は人差し指を立てて口元に当てられる。ええー、と文句を言いつつも菜月は里穂の手を取って目をつぶり、楓子は「分かったわ」とウキウキした調子で了解を伝えた。

 目を瞑ったまま手を引かれるままに歩き出す。わざわざ菜月に目を瞑っていろ、ということは、もしや菜月がモデルなのでは、という期待がどんどん湧いてきた。そんな期待の横で、楓子が「あらあらぁ」と心底楽しそうな声を漏らす。

「うふふふふふ、いい絵ねぇ」

「ありがとうございます。……はい、いいよ」

 もう数歩前に進んでから手が離された。期待はもう最高潮だ。惜しまず目を開け、里穂の作品を視界に映す。そして

「ぎゃっ!?」

 悲鳴を上げた。

 絵のモデルは予想通り菜月だし、ぱっと見でも上手い、と分かった。だが、だが、だからこそ――!

「里穂ーーー! あんた何でこれ? 何でこのモチーフ? 描くにしてももっとあるじゃん!?」

「いやいや、あんたを表すのにこれ以上の物はないでしょ」

「あーーーるーーー! だってこれじゃ」

 必死の形相で叫ぶ菜月を里穂は手を軽く振ってそれをあしらうが、とてもじゃないが納得出来ない。楓子がとても楽しそうに見ていようが関係ない。だってこれでは

「私がご飯だけあればいいみたいじゃんか!!」

 菜月たちの前にある一枚の大きな絵。中央にどんと描かれているのは菜月で、その表情はとても幸せそうな満面の笑み。問題はこれ以外だ。菜月が持っているのはご飯だし、菜月の周りには食べ物がずらりと描かれている。おなかが空きそうになるほど上手いのがまた腹立たしい。

「でもご飯あれば笑うじゃん」

「わ……らわないことはないけど! こんな大勢の目に入る審査に出すことあるぅ!? しかも私この前にいたら自己紹介じゃん! 『私食いしん坊でーす』って! 流石にもうそれは否定しないけど、乙女の恥じらいってあんの分かる!?」

 ただただ恥ずかしがって怒る菜月に、里穂は――大きく噴き出す。それなりの付き合いになってきて、そんな様子は初めて見た。菜月が思わず目を見開き固まると、里穂は腹を抱えて笑い出す。

「あははははははは、それも思ったけどさ、あはは、もういいかなって。だって」

 里穂が、笑った。皮肉気なそれではなく、馬鹿にするそれではなく、控えめなそれではなく、とても自然に、とても楽しそうに。

「楽しいだけで描いたらこうなったんだから」

 初対面の時、あんなに菜月を嫌っていたのに。これまでだって、何度も喧嘩してきたのに。それなのに、彼女の中の「楽しい」に、菜月はなれたのだ。そう思うと、何故だか目が潤む。そう思うと、何故だか頬が緩む。

「も、もー! そんな言い方しても騙されないからね!? 賞金出たんでしょ? モデル代ってことで女将さんのお店で奢ってもらうから! 女将さん次の土曜日二人予約で!」

「はーい。待ってるわね~」

「はは、やっぱりご飯あればいいんじゃん」

「うるっさい!」

 周囲の客や関係者たちから「ああ、あの子がモデルか」という視線が突き刺さるが、気にしない。

 ご飯は美味しい。絵は上手い。しかも可愛く描いてもらえている。外で遊ぶ日々は楽しい。自分らしさはこの手の中。ありのままでいられる彼氏も出来た。喧嘩は多いけどすっきり付き合える友人に恵まれた。ずっと年上の友人はいつも相談に乗ってくれて頼もしい。

 ああなんて、花野 菜月は幸せなんだろう。


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