親友から贈られた、瞳色の宝石
「ん~、お前、今日の調子はどうなんだよ?」
一頻り笑いあった後、羊にせっつかれたゾアが不意に話題をかえた。
エリンとは違って、少しだけタイトなスケジュールで生きているのだ。
「ン? 見てみる?」
ゾアがエリンの努力を知っているように、エリンもゾアが苦労していることを知っていた。
例えば、誰からも笑われる『傑作』だが、半分ほどは節制の意識が含まれていたし、明け方近くに何十頭もの羊を率いる仕事も、誰もが好む仕事ではない。
それでもそのお仕事をする理由は、お金を稼ぐ為だ。
同い年でここまで頑張っている者をエリンは他に知らなかった。
そんな倹約家な親友が、安いと言いつつも、わざわざ自分の瞳の色に合わせた宝石を贈ってくれたのだ。心配する気持ちに精一杯、応えたくなった。感謝の気持で剣を振るいたくなった。
ただ、本来、冒険者は奥の手を見せびらかしたりはしないものだ。
その道理を曲げてでも、と思うくらいに嬉しかったのだ。
――きっと、一欠片も伝わらないと思うけど。
全てに明け透けだったら親友なんてやってられない。
自己満足の延長で十分だった。
すぐさま元いた場所まで移動し、白い腰掛岩に立てかけた木剣を手に取った。
そして、腰に木剣を佩く動作から始めて、抜刀した。
あくまで木剣だ、鞘なんてない。此処ぞという時のルーティーンだ。
ゾアが視線を向けていることを肩越しに感じつつ、集中を高めて中段の構えに入った。
腰掛岩に正対する。
木剣を大きく振り上げ、天を衝く上段の構えで静止。
チカラを入れすぎない握りのまま、小柄で華奢な身体に気力を滾らせた。
――気構えは……明鏡止水。
「ふッ!」
一呼吸の間もない静と動の逡巡。
一切音のない世界であらゆるものが時を刻むことを忘れた刹那。
弩から放たれた矢の如く、エリンだけが解き放たれ、全てを置き去りにした。
天高く掲げられた木剣が、落雷のように墜ち、霞のように姿を消した。
再びその姿を現したのは、大岩をすり抜けた後だった。
眼の前の腰掛岩は沈黙していた。
何事もなかったかのように、ただそこに聳えていた。
だが、そよ風が岩肌を撫でた瞬間にその沈黙が破られた。腰掛岩は、ずずっと擦れ合う音を響かせ、少しずつ重心をずらし、やがて倒れ込んだ。
轟音と振動が二人を揺らした。
「おお⁉ すげーな、すごすぎてよく見えなかったけど、断面が鏡みたいじゃねぇか! オレと同い年でよくそんな剣技が身につくもんだ! 普通斬れるか? 木刀で岩を?」
「ふふん。そりゃあ物心付く前から毎日素振りしてるから当然だよ。ただでさえ筋肉がつかない身体なんだから、せめて技を磨かないとね」
自身の何十倍も重い巨岩を、木刀の一振りで両断したのだ。
期待した通り、感嘆の声は上がった。そこには感無量だった。
「努力家だねぇ~。悲しいかな、腕相撲じゃあ、うちのミルハにも負けるぐらいなのにな、ははっ」
なのに、一番気にしている部分を逆撫でされた。
持ち上げられて叩き落とされたから、気分が一気にささくれ立った。
「…………うるさい」
「そう怒んなって……これならすぐだな、高ランク冒険者は」
「まだ、ジェイコブさんに勝ったことないケド……」
「いやいや、どこの誰がギルマスに勝てっつったよ。お前の努力は誰もが認めてる。入団試験なんか軽く、絶対に受かるさ。素人目を侮んじゃねぇぞ。この二つの赤い瞳に誓ってやる」
――ゾアはやはり大人なのかもしれない。ズボラが全てを台無しにしているけど。
失言こそあるが、こちらの機微を察してすぐさま軌道修正に乗り出してくれた。
苦労しているだけあるのかもしれないと思った。
お陰でわだかまりはすぐさま霧散して気安くなれたから、申し訳程度に冗談を添えつつ抱負を語ることにした。
「うん、ありがとう! 落ちたら美味しくいただくよ。今日から三年間で駆け上がってみせるさ」
「おう、先は長いようで短いな。三年後にはSランク冒険者な騎士エリン様だ! おっと、そろそろ羊を戻さなきゃ。ちょっくら行ってくる。そろそろギルドも手隙の時間だぜ。いい報告、期待してるからな」
「ゾアもとっとと独立しなよ、じゃね!」
「ああ、またな!」
親友からの激励で心に闘志がふつふつと湧いてきた。
だが、湧き上がってきたものはそれだけじゃなかった。
青いマーブル模様のターコイズを朝日に透かして、ニヤニヤと笑みをこぼす。
「よし行こう。五柱の女神様、どうかボクを見守っていてください」
口に馴染んだ言葉は訂正されることもなかった。
浮足立って、その場を後にするエリンだった。
◇
駆け出したのは、十二歳になったばかりの少年『エリン』。
瞳の色は、青と緑が入り混じった『ターコイズ』ブルー。
髪は緩やかな癖っ毛で、今は月色に加えて朝日の輝きを宿している。
その容貌は、果てしない美しさと愛くるしさを見るもの全てに振りまいていた。
そんなエリンの宝物は、最高の親友ゾアから贈られた瞳と同じ色の宝石『ターコイズ』。
今しがた手に入れた最初の宝石に宿った想いは――そのうち調べる予定だ。
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