初めて目にした奇行
◇
(奇行だ。変な人がこっち見てる!)
それを初めて目にしたエリンは、当然訝しんだ。
どうしてもその光景が頭を離れず、その日は訓練に身が入らなかった。
だが、訓練を終える頃になってようやくその行動の意味を知る。
「あのぉ、そのぉ……」
「な、なんですか? 誰ですか?」
見ず知らずの男がエリンに声を掛けてきた。
未明に魚を投げ捨てていた新参者の釣り人だった。
「いや、名乗るほどのものじゃないんですが、よかったら受け取ってください!」
「えっ⁉ ちょ、困ります!」
「いや、良いから、受け取ってください!」
訓練終わりに詰め寄ってきて、箱詰めされた高級そうな魚を押し付けてきた。
それもまた奇行だった。
だが、エリンは意を決して尋ねることにした。
気になりすぎていたからだ。
「あのっ! なんでお魚捨ててたんですか、このお魚の意味は何ですかっ!」
「あっ⁉ み、見てたんですか……いやぁ、お、お恥ずかしいぃ」
「えと、あの、何で、ですか!」
「あ……そ……そのぉ~――」
当時五歳児のエリンは、やたらとハキハキしていた。
詰め寄ってきたはずの釣り人は、逆に詰め寄られて……頬を朱に染めた。
そして、動揺しながらも、辿々しく答えていった。
曰く、釣った魚が、見合わないと思った。
曰く、釣り合いそうな高級魚を、買いに走った。
曰く、美味しく召し上がって欲しい。
エリンはその説明にますます困惑した。
『自分と魚を見比べた理由』と『高級魚を食べさせたい理由』がまったくわからなかったからだ。だから、そのまま続けて尋ねるも、一向にその答えは返ってこなかった。
そして、五歳児の純粋なしつこさは、心に疚しいところがある大人をたじろがせた。
「お、お話できて、嬉しかったででです! お、おお応援してままあす!」
――ダッダッダッ、ダッパーーーーン!
「あ……」
朝焼けよりも真赤な顔をしながら、突然、湖へと還っていく釣り人だった。
◇
その後も、同じことが繰り返された。
その都度、同じことを尋ねてみた。
決まって、真っ赤になり、その場を離れていった。
全て別の人だった。だが、すべてワンパターンだった。
行動もプレゼントも、その言い訳も。
誰も何も答えてくれないところまでも。
エリンは「よくこんな時間に魚屋が開いてるよね」と、あえて明後日の方向に関心を向けることにした。
◇
そこから五年ほどが経った。
エリンは十歳となり、多少は心の機微がわかるようまでに成長していた。
とは言え、内外ともにまだまだ子供だった。
そんなある日の月夜、珍しく、ご隠居と会話をする機会があった。
会話の内容は他愛のない世間話から始まり、娘の婿がどうだの、孫がどうだのと、エリンには少々退屈な話が続いていた。
(はやく訓練したいんだけどな……)
そんなことを思った矢先、ご隠居がおもむろに辺りのゴミを拾い始めたのだ。
こんな夜中だ。ランプを灯しているとは言え、あまりよく見えないだろうに、しばらくゴミ回収を続けるご隠居とそれに便乗するエリンだった。
(何で?)
その頃のエリンは、疑問が湧いたらすぐ問いかける、特攻隊長のような変な癖が板についていた。それもこれも奇行を繰り返す新参の釣り人のせいだったが、こんな時には役に立った。
会話の機序や緩急などお構いなしに聞いてみた。
「ご隠居、何で突然ゴミ拾いを始めたんですか?」
「ああ、最近は風がすごいからね。あちこちから飛ばされてくるゴミを少しでも減らさないとまたどこかで飛んで行っちまう。魚や水鳥が間違って呑み込んじまったらコトだからさ」
そこから会話が弾んだ。釣り人がどういう行動理念を掲げているかにまで話が及んだ。
ご隠居たちは一様に、『自然への配慮を欠かさない』『人目につかない場所や時間を選ぶ』『決して騒ぎ立てない』『釣果はご近所さんに配る』等の崇高なルールの中で趣味を愉しんでいると言っていた。
(考えてみると、あの人たちって釣り人だったね。だったら、あの人たちも……そうなの?)
いくつもの疑念が浮上した。
「ひょっとして……ボクは……(魚として見られてた?)」
自分は釣り人たちの養魚精神を駆り立てているのかもしれない。
その考えにたどり着いた時、カチリとなにかが嵌まる音が耳に聞こえた。
(ガリガリでおチビだから、魚を恵んでくれた?)
(ボクを傷つけないように、理由を黙ってくれてた?)
(自分が恥をかいてでも、ボクにかかせまいとしてくれてた?)
「だとすると……ボクは……」
これまでの彼等のはぐらかしてきた部分に察しがついた。
(小魚と『見比べる』のは、『目方をはかられてた』?)
(高級魚を『贈る』のは、『栄養不足』だから?)
(『食べてほしい』のは、『大きくなれ』って意味?)
(『頬を赤らめる』のは、『テレてる……ん?』?)
一部はまだ納得がいかないが、概ね奇行の理由に思い当たった。
つまり、正体不明の『奇行』は、善意からきた『厚意』だと気がついたのだ。
エリンは五年間もこの考えに辿り着かなかった自分の察しの悪さに驚愕した。
だが、心持ちスッキリした。警戒心も一瞬にして飛んでいった。
翌日から、『厚意』のお恵みは骨まで全て平らげることにした。
そして、満面の笑みで「早く成長する」と約束し始めるのだった。
その結果、話題の【美少女】として、釣り業界では人気を博すようになった。
非公式ながらも、ファンクラブ、親衛隊、紳士協定、不可侵条約などの過保護政策が釣り業界内で確約され、各組織で治安維持活動が開始される運びとなった。
だが、そんなことをエリンが知る由もなかった。
◇
エリンの考えは好意的すぎた。それが多くの善意を引き出したのも事実だが、全員が下心を持って近づいて来ていたことも事実だった。
顔を真っ黒にした美少女がお腹を空かせていようとも、顔が見えなければ周囲はそこまで騒がない。エリンが頼りにしていた薄闇は、夜露に濡れた雑草が、いたずらにもズボンにみだ……まだらな染みを作っているのを、隠す程度にしか仕事をしていなかったからだ。
いかに『腰掛岩』が月明かりを受け止めたり、夜闇に桃色の光を放ったとしても、顔は見えず、シルエットを照らすのみだ。むしろ、誘蛾灯のように、不届き者を引き寄せていた。人知れず闇夜に葬られるものは後を絶たず、むしろ増加していた。
つまり、エリンは特殊な――人を狂わせる魔力を有していることを意味していた。
そして、エリンを護るものの存在をも示していた。
釣り人達の治安維持活動が始まるずっと前、訓練を開始した五歳の時からずっと、薄闇ではなく『とある抑止力』が戦っていたのだ。
いつも『腰掛岩』に程近い草葉の陰から見守っている者がいた。
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