少女の目覚め
数十分経った頃だろうか。
ブランケットの中から一向に出てこなかったミルハだったが、大絶叫を繰り返していたため喉が渇いていたのか、「み……水……」と、小さなうめき声を出した。
すぐさま階下から飲み物を持ってきたエリンは、ベッドの上に腰掛けたミルハと対面していた。
「ごめんなさいでした」
ウッカリ、今しがた持ってきた飲み物を零しそうになったが、開口一番に頭を下げた。
「何事もふぁーすといんぷれっしょんが大事」
と、ご隠居から指導を受けていたので、迅速な対応ができたことにホッと胸をなでおろす。
「いや、問題は受け取り手の反応だ」
とは別のご隠居の反論だったが、そちらはあまり記憶には残っていなかった。
「………………」
ただ、反応があまり芳しく無かった。
差し当って、追加の平謝りを敢行した。
「…………」
それでも、あまり効果は無かったので「どうしよう」と小さく呟く我状況を打開する妙案はついぞ浮かばなかった。
「…………っフンッ!」
(あ、声もとにもどった)
鼻息荒く、憤怒の表情だったが、エリンが持ってきた飲み物をひったくってその場でくぴくぴと一息に飲み干していたおかげか喉の調子は良さそうだった。さっきの嗄声はあまりに珍しかったから少し心配していたのだ。
ここでようやく、彼女の表情をまともに見ることができた。
今まではそこまで正面切って顔を見れなかったし、頭を下げ下げ、足元ばかりを目にしていた。
眼の前のミルハは、兄のゾア同様、赤い瞳に焦げ茶色の癖っ毛だ。ただ兄と違うのはちゃんと櫛を通して手入れを徹底していることがわかる点だ。ただ、今はそうじゃない。今し方掻き乱したようだ。かなりの暴れん坊具合で、正直、ゾアよりも酷い荒れ具合だった。この部屋には鏡など無い。どうやって伝えたものかと謝りながらも思案してたところ――赤い両の瞳は潤み、こちらに非難の視線を向けているのに気付いた。
そして、頬を真っ赤に染め……いや、腫らしていた。
(確か、ポーションなら……)
視線を外さないまま、後退り。後ろ手に机の引き出しを開け、ポーションを……と弄ってみたが、それらしい容器が手に触れなかった。諦めて一旦引き出しを閉める。
(後で兄さんの部屋から拝借してこようかな……わかるかなぁ)
兄グルーノはちゃっかりジョブ適性を得ていた。そこで発源したジョブは『魔道具師』だ。各種『魔道具』の作成や『調剤・調合』関連のスキルを得ている。日夜、家業の農家を勉強しながら魔道具や薬草の栽培に加え、効能の高いポーションや解毒剤の開発を手掛けている、かなりの秀才だ。
そんな兄グルーノの部屋は隣だ。
(眼の前のミルハの目を盗んで……)
と、考え耽っていたところで、ここ一番の強い視線だった。
いや、ずっと目線は合っているのだ、何か思念のようなものを感じた。
「母さんとの修行、確か今日だったっけ?」
「違いますーーっ!」
根負けしたエリンが咄嗟に話しかけるが、強い否定でがすぐさま返ってきた。
ミルハは年頃の女の子だ。もうじき八歳を迎える。
(む……むずかしい……)
「えっと、アレ? じゃあ何で?」
「フンッ!」
そんなミルハがなぜエリンのベッドに潜り込んでいたのか、それなら流石に応えるだろうと暗に返答を期待したのだが、あえなく轟沈。連戦連敗だ。この年頃の女の子は難しいと本気で思った。
(ゾアが空氣を読むのが上手なのも、きっとミルハのお陰だな)
「ごめんっ! あ、そうだ、今度おやつ作ったらプレゼントす……あっ!」
「気付くのが遅い!」
兄弟同然に育ってきたゾアだが、その妹のミルハとも兄妹同然に育ってきた。
一キロ程距離があるとは言え、お隣さん同士だ。
誕生日の祝い合いは両家にとっての恒例行事でもあった。
「せっかくプレゼント渡そうって思って来たのに、何で意地悪するのよ! お陰でうれショ……ちょっとまってて……」
ミルハは突然部屋を飛び出していった……と思ったらまたすぐに戻ってきて、ベッドのシーツを手に取り、階下へと去っていった。
(まだオネショ……治ってなかったんだね……はぁ)
ゾアとは違い、兄しかいないエリンには、少女の行動を理解することが難しかった。
いや、ゾアとて同様だったが、人知れず崇敬の念を集めていた。
某道場主は手と手が触れ合うだけで十分だった。
たとえ、頬にとは言え、エリンの魔手が伸びたのだ、それも一触ではなくずっと。
八歳の少女とは言え、少し……いやかなり早いがビックリ目覚めもするのだった。
ミルハが、戻ってきたのは三十分後だった。
スカート姿がズボン姿に変わっていた。
(え~と、あれはボクの……え? パンツも?)
エリンは少し動揺していた。よく見知ったパンツが短パンの裾から少しはみ出していたからだ。
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