~お昼休憩:本戦~ 5
「……ぐぅうう」
――ま……ずい……、片手間……相手……じゃ……駄目……だっ……
この時、エリンの身体にも変化が訪れた。
身体の正中の胃の辺りから根菜のどどめ色が皮膚に広がり、額と臀部に身を引き裂くような痛みが奔る。
「あら、エリンどうしたの? あなたグレたの? 角と尻尾まで生やしちゃって、可愛いっ!」
「がぁあああああ……ざぁあああん……浄化ぉおおお」
残された理性を総動員し、母ルティアに救援の要請を行った。
口を開くだけで、そこから罵声や暴力的な言葉とともに心臓や内臓が飛び出し、全てをぶちまけそうだった。
「あら? ……少し……やっぱり、お塩が逆に足りなかった……かな? ちょっとまっててぇ、杖どこに仕舞ったかしら? もう私も年かもねぇ、物忘れが増えちゃって。どうせなら……いやでも聖女のコスなんて三十路すぎちゃうと~ちょっとねぇ……エリンは見たい?」
母ルティアの声を水中から聞いている様だった。
鼓膜に、意識に、分厚い膜が覆ったようだった。
「ごおおおおおおおおおおおおおお!」
エリンの意識は微睡にあるようにぼやけた。
「あら、ありがとう! じゃあ、ちょっとお洗濯しとくわね、また明日のお楽しみよ、うふふ」
「だ…………だづおおおおおごごご!」
自分ではない何かが巣食い、主導権を奪われる感覚しかなかった。
「あ、杖……そうだった、欲しいって言うから、お隣のミルハちゃんにあげちゃったんだった! ……ん~素手でいっかな?」
「はぁああやぁあああっぐぐぐ」
燃え尽きる前のロウソクの火のように、これが最期と、残された自我を一瞬に凝縮させた。
そして嘆願した。
――その瞬間に、額の角に紫電が奔る。
最期の力を振り絞ったエリンの断末魔と雷光が、家中のガラス、食器、陶器の全てに、響き、反射する。
邪悪な怒声が、音叉のように辺り一帯を震わせた。
「んもう、せっかちな男の子は……エリンなら大丈夫ね! それじゃ、いっくぞぉ! ――我が魂、我が魔力よ、この慟哭に共鳴せよ! 我が拳に神滅の意志を! 必滅の宿命を! 共滅の運命を、滾らせよ! 虚なる真理の永逝!」
母ルティアが、万色に輝く左掌をエリンの額を押し当てた。
すると、あっさりポロッと角が落ちた。
見る見るうちに、エリンの肌がどどめ色から真珠ような白く透き通る肌に変化していった。
――ポンッ!
「ぐあぁああぁ……ぁ……はぁはぁ……あり、がとう、母さん」
ワインボトルの栓が抜けたときのような軽い音が鳴り、エリンは元の姿を取り戻した。
音の出処は胸部だった。
何が弾けたのかエリンにも認識できなかった。
「んもう、慌てて食べるからぁ。よく噛んでね、誰も盗ったりしないから!」
母ルティアが放ったのは、神滅呪――最高位の神官から堕ちた破戒僧のみがその真理に到達できると噂される幻の呪法である。
詠唱があるため魔法であろうと言われる、効果不明・分類不能の代物だった。
「う……ん、ちょっとペースを間違えちゃった。次から気をつけるね……あっ」
この家では週に数回程度、誰かがどうしようもなくなった時に使用されるのである。とある学派とさる学派が喧々諤々の論争を日夜繰り広げているが、一度ホームステイすると良かった。
そしてエリンは発見した。鍋の中の変化を。
「母さん、見て。根菜の色が……うん、これなら根菜だって胸を張って言えるね!」
見るも邪悪な闇鍋だったが、今はコンソメスープのような透き通った黄金色だった。
そして、命をかけざるを得なかった根菜も、透き通る大根のような色合いへ変化していた。
余波でお鍋の中身が浄化されたようだった。
「まぁ! 柔らかそうね。お味は……はい、あ~ん」
「……母さん、ボク、いや、オレ……そろそろ……うん……もぐもぐ……」
「美味しい?」
エリンがこの家で使う食器は皿だけだった。
「……うん。たくさん汗を掻いたから、塩味が身に染みる……」
決して、美味しいとは言ってはならない。
その失態は過去に経験済みだった。
「そう! また見つけたら頑張って獲ってくるわね!」
「……うん。ボク、いや、オレも次は負けない」
エリンの日常はハードだ。
夜が明ける前には湖畔で素振りを始め、夜が明けると家に戻って朝食に挑む。
そこで、残された全ての体力を使い果たすが、ギリギリ回復した頃に、今度は昼食に挑むのだ。朝食よりも重い昼食は、殊更ハードだった。
今回の昼食はちゃっかり過去最高水準だったため、その覚悟が足りなかった。
――せめて、晩ごはんレベルの準備をしておくんだった……。
そう、今しがた「ごちそうさまでした」と気を静めたばかりの死合は、予選のようなものだった。鐘三つ(六時間程度)後に、家族全員で晩ごはん……だ。
前日の晩ごはんの残り物やありあわせの朝食や昼食の献立は、ある程度、傾向と対策が立てられたが、夜は違う。全国各地の初めて目にするような猛者が集うのだ。
そんな、朝・昼・晩の、全ての食事をこなすことが、エリンの仕事でもあった。
犠牲者は少ないほうが良いのだ。
とりわけ、朝食と昼食はエリンと母ルティアの二人だけで済ませることが多かった。
だから、父ベルグリンドや兄グルーノはエリンに頭が上がらない。
誰にも務まらない仕事を任せているからだ。
一家の大黒柱よりも重要で、掛け替えのない存在。
それがエリンだった。
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