~お昼休憩:前哨戦~
◇
エリンは、少し遅めのランチタイムを迎えていた。
足元には、恐らくギルド職員達の《《厚意》》で立てられた個室の壁だったモノが転がっていた。仮設とは言え個室だったはずだが、相席している彼女たちと彼の《《行為》》によって、瞬く間にオープンスペースと化したのだ。
「エリン君、はい、あ~ん」
「えっとその……」
「エリちゃん、こっちのお肉の方が好きかなぁ? はい、あ~ん」
「えっと……」
「えりぢゃ~ん。あだし、お弁どうづぐっでぎだのよ゛ぉ~」
「皆さん、お気持ちは嬉しいのですが……その……」
ちなみにジェイコブから手渡されたメニュー表だったが、そちらに目を通すことはなかった。既に所狭しと美味しそうな料理の数々が準備されていたからだ。
エリンは満漢全席という言葉を聞いたことがあったが、こちらは砂漠の王国の石積みの墳墓の様相を呈していた。
足元の方から、誰かの腹の虫のようなうめき声と、ご飯を楽しみにチャカチャカ食器を鳴らせるような斬撃の音が断続的に聞こえてきた。
知らないことが良い方の部類に決まっていたから視線は目の前の彼女たちと彼から外せなかった。なので、周囲を見渡すことは出来なかった。
恐らくこのギルドの最強と呼ばれる者たちが集う場所が、この食卓だった。
そんな考察を余所に、次々に一口大の料理が、フォークとともに口元に運ばれてきた。
――困った。こんな時に頼りになる人を……聴覚で探そう。
遠くの方からは、ラティスの叱責と、しきりに頭を下げるジェイコブの謝罪の声が聞こえてくるが、間近の甘い声と野太い甘い声が状況把握を阻害していた。
八方塞がりどころでは無かった。同心円状に何重にも囲まれていた。
どうしたものかと考えていた所に響き渡ったのが、何者かの足音だった。
――――ドッドッドッ、バンッ!
ギルドの玄関扉が叩き開けられたようだ。
――背の高い先輩方とギルド職員に囲まれているから状況が確認でき…………あっ。
玄関の近くにいた、弱そうな冒険者の先輩方が宙を舞ったから見えた。
人混みをかき分けてはいないようだった。こんなことをするのは――
「エリン! なんでママの所に帰ってこないの!」
母ルティアの姿がそこには在った。
「あ、母さん……」
「「「「「あ、ルティアさん」」」」」
皆が、口を揃えて母ルティアの名前を呼んだ。
そんな光景に、エリンは少し感心した。
母ルティアの名をジェイコブから聞くことはあっても、他の人の話題に上る事はないと思っていた。それどころか、こんなにも浸透しているとは思いもよらなかったのだ。
それに、皆が口々に『さん』付けで母ルティアの名を呼んでいることから、尊敬の念らしいモノが含まれていると感じた。微かに声が震えている人もいるようだが……エリンも時折そうなるのだ、その気持は察して余りあった。言及はすまい、そう思った。
母ルティア本人からは、長く冒険者家業に就いていたとは聞いていた。
ジェイコブとの訓練の合間にも、母ルティアの武勇伝を聞かされていた。
過去を振り返ると、少し体が震え、詳細には思い出せなくなるのだが、シルエット的にはドラゴンや、大き過ぎるモンスターたちをバッタバッタとなぎ倒す、血染めの母ルティアの姿が浮かんでいた。
それ以外にも、母ルティアが中心となって引き起こされた不慮の事故の数々。
その度に何度も走馬灯を目にしてきたが、こちらは死にかけているにも拘らずいつだって母は無傷で飄々としていた。
だから、その実力を疑いはしなかったが、いま初めて母ルティアが高名な冒険者であったことを認識できたエリンであった。
「おう、ルティア。ごぶさ――」
その登場とともに地団駄を踏み続け、憤怒の視線を周囲に向けている母ルティアへと声をかけた勇者は、何を隠そうラティスに頭が上がらなかったジェイコ……
――それが契機となった。
「――エリン! こんなとこで油売ってないで早く帰るわよっ!」
「あの、母さん、ボク、いや、オレ――」
「――良いから! 今日は新鮮なアークバッファローの叩きよ! 朝から頑張って見つけてきたのよっ! 早くしないと、食べ頃が過ぎちゃうわっ!」
母ルティアは捲し立てた。物騒なモンスターの名を口にするが、エリンを脅しているわけではない。手作りの昼食をオススメしているだけなのだ。
「……お前、主婦してんのか冒険者してんのかどっちなんだよ! それAランクだぞ……多分、料理の仕方も間違ってると思うぞ?」
再び勇者が現れた。的確に母ルティアの弱点を攻め立てた。だが――
「――ギルドマスター。こうなったら母は何も耳に入りません。一旦帰りますので、適性診断の方はまた…………二時間あれば解放されると思いますので。ご都合いかがでしょう?」
今じゃなかった。このタイミングではその攻めは通用しない。
エリンは問題を棚の上にそっと置いたまま、今日の予定と登録継続の意思を伝えてみた。
「ああ、二時間じゃ足りねぇんじゃねえか? 今日はこうなること見越して、目一杯時間取ってある。お前の都合でいつでも…………ダメそうなら明日でも良い。気にすんな」
バーボンに次ぐ男気を見せてくれたジェイコブは、素晴らしかった。
予定管理を卒なくこなすジェイコブはもっと評価されて良いはずだと真剣に思いつつ、そろそろ問題の時限爆弾が破裂しそうな予感を首筋で感じ、一時的な別れを告げることにした。
「ご迷惑をおかけします。ではまた――」
「――エリン! ウォーエイプに話しかけてる暇があるなら、さっさと行くわよ!」
――――ガシッ、ドタドタ、ドーーーン、バタン!
母ルティアは別れの言葉を最後まで告げさせなかった。
そのまま小脇に抱えられながらその場を後にする。
「「「「「…………」」」」」
母ルティアの健脚は、ギルドの扉を吹き飛ばし、凄まじい速度でギルドを離れていく。エリンの耳は無言の冒険者達の声が少しだけ聞こえたような気がした。
(それにしても、今日はよく担ぎ上げられる日だな……はぁ)
心の中でさえため息を吐く、なかなかに苦労人なエリンだった。
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