「シラフでやっちまった」ジェイコブの失念 ✕ 2
「あ~、やっちまった」
失態を、声に漏らして立ち止まったジェイコブに釣られ、エリンも立ち止まる。
「どうかされました?」
「いや、つい、いつもの要領でシラフでやっちまったが、これは坊主の実力試しだったってことを思い出しちまった」
エリンとジェイコブは長い付き合いだ。
エリンの記憶の中にはジェイコブの足元を付き纏う幼い自分の姿があった。
そこから、五歳になり、訓練を始めて、時折それに付き合ってもらっていた。
常習的に『シラフ』(スキルを使用しない状態)で対戦相手になってもらっていた。
今回はそれが仇となったようだった。
そして、何が問題かと言えば、エリンの冒険者としての実力を測れなかった事にあった。
『スキル無くして、冒険者の実力を語れない』その常識を失念していたのだ。
冒険者は、モンスターや辺境の自然環境、ダンジョンのトラップ等、敵性の存在と向き合う仕事だ。命をかけて相手の魂を奪い合うのだから、あらゆる手段を駆使して必死に生き残ろうとする。当然、スキル込みだ。
ジェイコブは部下全員のお目溢しを得ての『禁じ手(職権濫用)』、『嘘の登録試験』をかこつけてまで実力を測る機会を得た。客観的な判断は元パーティーメンバーからの嘆願でもあった。それにも拘わらず、満足な仕事が出来ていなかったようだった。
そんな内情を露も知らず、エリンは問いかける。
「なにか問題でも?」
無くはないだろう。そう思いつつも、問うてみた。
「いや、問題ないな。坊主なら今の状態で十分通用すると判断できる。それは置いといてだな、さっき使ってたスキルの構成を確認させてくれや。鑑定でも良いんだが、記憶が新鮮なうちにな。言葉でいいからもう一度はちょっと――」
太鼓判を押しつつも、ゴニョゴニョと言葉を濁すジェイコブだったが、「シラフでやっちまった」の言葉の通り、素の状態で先程の対戦を完走してしまった。ジェイコブの鑑定系のスキルは戦闘中にのみ発動するタイプで使い勝手が悪かった。
だから言葉で良いから、と説明を求めたのだ。
エリンとしては再戦も吝かではなかったが、ジェイコブは年齢的に堪えるようだった。
「ボク、いや、オレ、スキルなんて持ってないですよ」
「え?」
「え?」
エリンはスキルを持っていなかった。だから、不安に思いつつ、こちらから切り出した。先に、煙に巻いておくか、大丈夫の言質を取っておこうとしたのだが、思わぬ良好な返答に安堵の表情をひた隠しつつ、告白した。そして目にした。珍しくも唖然とした表情のジェイコブを。
いつも、難しい顔かかニヤニヤした顔しか見たことがなかったので、思わずニヤケ顔でオウム返ししてしまった。そちらの方が印象は悪いのだが、隠せなかった。
エリンは想定外の事態に少し弱い残念な子だった。
「坊主、本当にスキル持ってないのか? さっきのは……マジかよっ⁉ あっ、じゃあ、五歳の洗礼もまだって事か?」
「はい、まだです。ジョブの適性もわかってません。剣術ばっかり訓練してましたけど、ひょっとすると魔法使いかもしれません……母さん曰く、そっちの適性は十分以上……神だと言ってました」
「かぁ~、ルティアのヤツ、お前が生まれると同時に聖女投げ捨てて還俗したからおかしいとは思ってたんだよ。それを坊主にまで…………いや、シラフでそれかよっ⁉」
冒険者になる前段階で、いや、五歳で洗礼を受けることが常識なのだ、一般的には。子供のうちに教会での洗礼を行い、自身のジョブと呼ばれる適性を示す天啓を授かる。そしてジョブに基づくスキルが日常生活や諸々を向上させていく。
民衆の生活に密接に関係する以上、宗教自体にそこまで厳しい戒律は無く、そこいらの子供でさえ諳んじられる程にその教義は広く浸透している。といっても聖書の数節をだが。
生憎、エリンの家庭にまではその教義は届いていなかった。母が教会を……と言うか、女神を毛嫌いしていたためだ。その昔、聖女だったにも拘わらず、だ。
「とは言え、ルティアが魔法系統の適性があるっつってんなら、あるんだろうよ。そういや、剣振るのに腕力使ってなかったな。……想像するだけで凶悪だが、いっそ最強の魔法剣士でも目指せば良いんじゃねぇか? わりとすぐだぞ、最強」
「ボク、いや、オレを煽てても何も出ませんよ。今日はとにかく冒険者になりたくて、お構いなしに走ってきたんです。母が許してくれるかわからないですが……そのうち洗礼は受けるつもりです」
「わかった。俺も申し添えてやる。と言うか、俺が許可する。となると、教会側もすぐとは行かねぇし、略式だがウチで適性診断でもしてみるか? 昼飯の後にでも…………昼……飯………………あああっ!」
「? ……ありがとうございます。ぜひお願いし――」
「――キャッ!」
エリンの言葉を遮るように、短い悲鳴がその場に響いた。
悲鳴の出処にエリンとジェイコブの視線がサッと向けられる。
――バッ、コロコロ、スクッ!
受付に続く扉が開いたと同時、飛び出したのは前回り受け身をとり華麗に立ち上がったラティスだった。残念モードは置いてきたようだった。
「あっ、ラティスさん!」
「…………」
パンっとつややかな額を手で叩き、すぐさま目元を手で覆う仕草をしたジェイコブは、バツの悪そうな、それでいて青ざめた表情をしている。
ギルドマスターという職責が、頭皮の境目をかなり後退させたのかもしれないが、大きく無骨な手のひらを十分に受け止められるだけの度量がある立派な額だった。
そんなエリンの関心を余所にラティスが怒声を発する。
「マスター! なにそんなとこでクッチャベッてんですか! こっちはもう抑えきれません! はやくっ…………押さないで! 押さないでください!」
ここまで歩いてやってきたにも拘わらず、瞬間的に担ぎ上げられたエリンは、またジェイコブの小脇に収まり、押し寄せる人波をかき分けながら、ギルドに併設された酒場……見慣れぬ衝立で囲われたスペースにまで運ばれた。
後ろを振り返ると、吹き飛ばされた冒険者や職員が轍となっていた。
「うわぁ」という憐れみとも嘆息ともつかない声が漏れたが、そんなことはお構いなしと、ジェイコブからメニュー表を受け渡される。
「細かい話は後だ。とりあえず、ゆっくりしとけ」
「あ、はい……あの……」
「ここは俺持ちでいい、食いきれなくてもいい。しばらくそこに居ろ……俺が生きていればまた会おう」
「えと……、承知しました、ご武勇をお祈りしています」
ジェイコブのすぐ脇には、死の女神が佇んでいた。
眉間の皺の深さが、ジェイコブの覚悟の重さを物語っていた。
二の句を告げさせない剣幕に、そのまま従う他無かった。
死地に向かうジェイコブに告別の挨拶を贈った後、その決死の覚悟に報いるべく、こちらも決死の覚悟で昼食に挑むことにした。
もう、新品の個室は跡形もなく叩き壊されていた。
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