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第六話 一途な想い

「殿下、そのお姿は……!」


 まさに吃驚仰天。

 彼女は予想外すぎる格好をしていた。


 ――おいおいおい、ちょっと待て。この場所でこの姿……さすがにまずいだろうが!


 身に着けている濃紺のドレスは襟ぐりが大きく開き、肩から手首までの袖が透けている。

 おかげで彼女の白い肌が、きわどいほどに露わになってしまっている。


 スカート部分には、深めのスリットが。

 足は見えないものの、もしや、と、どきどきしてしまうような装いだった。


 ノエルは珍しく慌てた。


 露出度が高いドレスを着た女の姿など、正直、見慣れている。

 けれど彼女がそういった格好をするとなると、話は別だ。


 そもそも女性が肌を出すことをよしとしない風潮があるこの国で、彼女が――王女がこのような姿を見せることは、かなりの大問題だった。


「殿下……」


 ノエルはごくりと息を飲んだ。

 そして気づけばまじまじと彼女の姿を眺めてしまっていた。


 ドレスの袖から透けて見える、華奢な肩。

 襟ぐりからのぞく、きめの細かい白い胸元。

 ふれてみればどんなにか柔らかく、滑らかなのかと、つい想像してしまう。


 ――恥ずかしさに赤らんだ頬と、潤んだ蒼い瞳がきれいで。


 無意識のうちに、ノエルは彼女の頬に指をのばしていた。


「あ……」


 ふれた瞬間、彼女がぴくりと身じろいだ。

 震える唇が、ノエルの名をつぶやく。


 ――ああ、ちきしょう。食っちまいたいな、この唇。


 いつしか火が付いてしまっていた。

 彼女の両頬に手を添えたノエルは、ゆっくりと顔を傾ける。


 味わってみたら、どんなに美味だろうか。

 舌なめずりし、瞼を閉じながら、少しずつ距離を詰めていく。


 しかし。

「あれ? アストレイ隊長? そこで何をしていらっしゃるんですか?」

 背後から響いた声に、正気を取り戻した。


 ――あっぶねー! あと少しで口づけちまうところだった!


 ノエルは即座にリュシールを抱き寄せ、頭からマントをかぶせた。

 声をかけてきた者の目に、彼女の姿が映ってしまうことは避けなければいけない。


「隊長? これから会議ですよね?」


 リュシールを抱きしめたまま顔だけ振り返ってみれば、そこには別の隊の騎士が立っていた。

 今回の会議で書記役を命じられた男だ。

 どうやらノエルの姿を見つけて、近寄ってきたらしい。


「ああ、ベルナールか」

 ノエルは平静を装い微笑んだ。


「実は今、大事な用事の最中でね。悪いが席を外してくれるか?」

「大事な……?」


 そこでベルナールは、ノエルが誰かを抱きしめていることにようやく気づいたようだった。


「も、申し訳ございません……! 野暮な真似をいたしまして!」

「いや、気にする必要は無い」

「ええと、隊長はこのあと、会議のご予定では?」

「もちろん遅れずに参加するつもりだ。……が、どうにも彼女と離れがたくてね。もうしばらくこうしてから行くよ」

「では私は先に会議の場に向かっております!」

「ああ、またのちほど」


 くすりと笑ったノエルは、リュシールの髪に見せつけるようなキスをした。

 するとベルナールは、顔を赤らめながら、そそくさとこの場から去っていく。


 ――さて、ここからどうするかな。


 まったくもって面倒だと、ノエルは小さく溜息を吐いた。

 そしてリュシールの身体を隠すようにマントを巻き直し、彼女の手をひいて、庭園の植栽の陰へと向かったのだ。



「あの、ノエルさま……っ」

「静かに。こちらにおいでください」


 植栽の陰に、石造りのベンチがあった。

 リュシールをそこに座らせ、ノエルはほっと息をつく。


「さあ、よく結んで」

 ひざまずき、王女のマントの端についているリボンを結び合わせる。


「まったく、なぜこのようなことを……」

 つい本音をもらしてしまうと、王女がびくりと肩を震わせた。


「も、もうしわけございません……あの、決してあなた様を困らせるつもりでは……」


 気づけば彼女の手や足までもが、小刻みに震えている。


「ごめんなさい……本当に申し訳ございません。何度でも、何度でも謝りますわ……! もう二度とこのような、はしたない真似はしないと神に誓います。ですからどうか……」


 嫌いにならないで。


 消え入りそうな声でそう言った彼女の瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。


 ――ああ、もう、まじでなんだっていうんだ。


 胸の奥から衝き上げるような感情があった。


 可憐に震える彼女。

 その姿を目にし、ひとりでに身体が動いてしまう。


 ――こいつ……危険だ。無自覚に俺のツボをついてきやがる。


 ノエルは衝動のまま、彼女の身体をかき抱いた。


「ノエルさま……!?」

 戸惑う声が、鼓膜にふれる。


 ――なぜこんなことをした? なんて、こいつに問うのは愚行だ。


 なぜならリュシールの行動は、とにかくノエルに好かれたいがゆえのもの。

 昨夜、変装したノエルに教えられたままのことを、実行しただけなのだから。


 ――バカだろ、こいつ。


 いったいどれだけ単純で一途なのか。

 ノエルはすっかり呆れてしまっていた。


 ――昔、飼ってた犬に似てるな。


 ノエルが幼かった頃、母と一緒に飼っていた大きな犬。

 あまり利口ではなかったが、ノエルはその犬のことを、とても愛おしく思っていた。

 なぜならその犬から、ノエルのことがどうしようもなく好きだという想いが、わかりやすく伝わってきたからだ。


 ――困ったことに、単純で馬鹿なやつほどかわいいと思っちまう性格なんだよな……。


「王女殿下」


 呼びかければ、彼女はすぐさま顔を上げた。

 その瞳はまだ、涙で濡れている。


「あの、ノエル様……本当に申し訳ございません。本当に、本当に……」

 うつむく顔は、後悔に歪む。


 ――だから困るんだよ、そんな顔をされると。


 ノエルの心の奥のほうが、ぎゅうっとしめつけられた。


「王女殿下」

 彼女の耳元に唇を寄せた。

「このような場所でこのような格好、もう二度としないとお約束してください」


「ええ、それはもちろん……神に誓っていたしませんわ。ですからどうかわたくしのことを嫌いにならないでいただきたいのです……!」

「誰にも見られたくないのです」

「え?」

「私以外のどの男にも、あなたのこの美しいお姿を見られたくないのです」

「…………!」


 王女が驚きに顔を上げる。

 涙に濡れる蒼い瞳が綺麗だった。


「今後は、どうかあなたのお部屋か私の部屋で。しかも私と二人きりの時のみ、とお約束してください」

「あの、このようなはしたない格好、ノエル様はお嫌いなのでは……?」

「まさか」


 ノエルはふっと笑って、彼女の前髪をかきあげた。


「先ほどの私の態度で、誤解を抱かせてしまったのならば申し訳ございません。あなたのこの装い……私のためにしてくださったのでしょう? そのお気持ちを嬉しく思いますよ」

「ほ、本当に……?」


 彼女の手をとって、囁く。


「できるならこの場であなたを好きにしてしまいたいくらいだ」


「わ、わたくしを?」

 リュシールの頬が朱に染まった。


「けれどそうするわけにもいかないでしょう? ですから今後は私と二人きりの時にだけ。そしてそのような装いをされるのなら、きちんと覚悟をしておいてほしいのです」


 かくご、と、彼女の唇から吐息混じりの声が漏れる。


「私に抱かれる覚悟ですよ」


 彼女の丸い額に、そっとふれるだけのキス。

 そしてノエルは、ふたたび彼女の細い身体を抱き寄せた。

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