第五話 大胆な願い
「占ってちょうだい!」
「何を」
「あの方との……わたくしと婚約者との未来を! そして上手くいくようアドバイスしてほしいの。まじないでも、なんでもいいわ。必要な品があるならいくらでも購入するから!」
「だから、その意識が問題なんだよ!」
ノエルは眉間をおさえた。
「どういうこと?」
「無駄に金を使うな!」
おまえの財布に入っているのは、民から取り立てた税金だろうが!
声に出せずに、胸中で叫ぶ。
「なぜ? 使うのはわたくし自身の金よ。きちんと公務――いえ、仕事の対価として得たものだもの、何に使おうと自由だわ」
たしかに、王都で行われる行事への参加や、各施設への訪問など、時たま彼女が王族としての仕事をしていることは知っている。
「だったらよけいに無駄遣いするな」
「ならばどうすればいいの? どうすればあの方はわたくしを愛してくださる?」
「知るか。そんなもん自分で考えろ」
いよいよ面倒になったノエルは、踵を返して歩き始めた。
しかしリュシールは、またしてもノエルの袖をつかんでくる。
「それがわからないからこうして占い師を訪ね歩いているんじゃない……!」
訪ね歩いている?
「あんた、それでいくら遣った?」
「覚えていないわ、そんな些細なこと」
ならば、と彼女の背後でうろたえている侍女に視線をやれば。
「おおよそですが……すでにこのくらいは」
侍女は片手を開いて見せた。
五指。つまり五百万フラーということだ。
「五百!? ここの店のくっそまずいワインが何千杯飲めると思ってんだ! 阿呆が……もったいないことしやがって……!」
ノエルは頭が痛くなった。
一国の王女や、侯爵家の息子にしてみれば、取るに足りない金額。
けれど慎ましやかな生活をしながら成長したノエルにしてみれば、かなりの大金だ。
「おい、金輪際占い師に頼るのはやめておけ」
「ならばどうすればあの方に愛していただけるの?」
「だからそんなもんは自分で考えろ!」
「お願い、教えてちょうだい! どうしてもあの方と結婚したいのよ!」
「ああ、もううざってえな……! いいか、男なんてのはな、結局、欲には勝てねえんだよ! 露出高めのドレスでも着て、抱いてくれるようねだってみろ! そうしたら上手くいくだろうよ!」
もちろん、彼女がそんなことをするはずがない――できるはずがないとわかった上での発言なのだが。
「露出……?」
リュシールの動きが止まる。
意味がよくわかっていないのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「じゃあな」
そのすきを逃さず、ノエルは店をあとにした。
外に出てあたりの様子をうかがえば、店の横の路地に、数人の人影を見つける。
どうやら最低限の護衛は付けてきたらしい。
――近衛隊のやつじゃねえな……あいつの兄の――皇太子の私兵か?
まあ、とりあえずは安心だと、ノエルは天を仰いだ。
――まったく……なんなんだ、あの王女は。
かなり面倒なことになってしまった。
しかしシャルマン・クレールとして彼女に会うことは、もう二度とないだろう。
そう考えながら吐いた溜息は、夜の闇に紛れて消えた。
* * *
「ノエル、そろそろ会議の時間じゃないのかい?」
翌日、近衛隊の演習場で実技訓練の指揮を執っていると、セドリックに声をかけられた。
白い隊服に身を包んだ彼は、昨夜の遊び人風の変装とは打って変わって、貴公子然としている。
安酒を提供する酒場で、手当たり次第に女を口説くことを趣味としているとは、とても思えない。
――まあ、それは俺も一緒か。
「ああ、そろそろか。ならばあとは君に任せよう」
手にしていた長剣を鞘に戻し、セドリックの肩をぽんと叩く。
「アストレイ隊長、ありがとうございました!」
実技指導をしていた相手の部下三人が、揃って頭を下げた。
「こちらこそ。ここからは副隊長が君たちの相手をするから、このまま続けなさい」
軽く手を挙げ、歩き出す。
背後でセドリックが吹き出す気配がした。
ノエルが行儀良く振る舞っているさまが面白いのだろう。
――さて、問題はねえな。
歩きながら、演習場をぐるりと見回す。
二人ひと組、あるいは三人ひと組となって行われている訓練。
そこかしこで銀色の剣先が光り、剣戟の音が響き渡る。
ノエルは一度、自分の執務室に戻り、新しい上着に替えてから会議の場へと向かった。
本日は、王立騎士団の団長、副団長、各隊の長たちが集まることになっている。
「まだ少し時間があるか……」
騎士団長の長話に付き合わされるのも面倒だ。
東側の入り口から王宮に入ったノエルは、少し遠回りをしようと、外回廊に出た。
と、その時、背後から声をかけられた。
「あの、ノエルさま……!」
振り返ればそこには、金色の髪を風になびかせるリュシールが、ひとりで立っている。
「王女殿下……? なぜここに」
ついどきり――いや、ひやりとしてしまった。
変装をしていたとはいえ、昨夜、酒場で顔を合わせたばかりなのだ。
気付かれたか? と、さぐるように視線をやれば、彼女はすぐさま頬を赤くし、顔をうつむける。
「あの、ご、ごきげんよう。いきなりお声がけしてしまい、申し訳ございません……あの、その、今……! 今、お時間少々よろしいでしょうか?」
昨夜の彼女とは、まるで別人のようにしおらしい態度だ。
――気づかれてはねえな。
「ええ、もちろん。……っと、ご挨拶がまだでしたね。こんにちは、王女殿下。偶然にもあなたにお会いできて、今日の私はとても幸運だ」
にこりと微笑んだノエルは、左胸に手をあて一礼する。
「このようなところで、どうなさいましたか? よく私を見つけてくださいましたね」
「それは、その……ずっとあなたさまを監視――いえ、あなたさまのあとをつけてきたら――い、いえ! あの、偶然お見かけして……!」
なるほど、どこかに潜んで監視し、追跡してきたというわけか。
――立派なストーカーじゃねえか。
「それで、この私に何の御用でしょう? 殿下のお付きの方は?」
「あの、それは、その……」
王女は頬を赤らめたまま、なにやらもじもじし始めた。
ふと気づけば、彼女はかなり謎めいた格好をしている。
下に何か隠しているのだろうか。
肩から羽織ったマントのような布を両手で持ち、首元から足元まですっぽり覆っていた。
「王女殿下?」
「ええと、あの……」
「どうかなさいましたか?」
「い、いえっ、どうもしてはいないのですが……」
「どこかお加減でも悪いのですか? 顔も赤い。もしやお熱があるのかもしれません」
そういうことにして、さっさと追い返してしまおう。
「たいへんだ。急いでお部屋に戻られたほうがいい。殿下のお付きの者はいったいどこに――」
「ノエルさま……! あの……! お話があります!」
王女は急に声を大きくすると、ぎゅうっと目をつぶった。
そして、首元まで覆っていたマントを、ばっと勢いよく取り去る。
「わたくしを……! どうかこのわたくしのことを、抱いてくださいませ!」
「殿下……!?」
ノエルは目を丸くした。