第四話 偽りの占い対決
「そのお顔……ノエル様でいらっしゃるの?」
まずい。気づかれた。
ここはなんとか誤魔化さなければ!
ノエルの心臓が激しく暴れ出す。
しかし一方のリュシールは、くすりと笑って首を横に振った。
「わたくしってば、なんてばかなことを……あの高貴な御方とこのようなゴミが似ているなんて、ありえないのに……」
「あ、あんた……」
目、腐ってんのか?
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
今、彼女がゴミ呼ばわりした男こそ、その高貴な御方――婚約者であるノエル・ド・アストレイ当人なのだが。
しかし、とにかく助かった。
そして彼女が、目の前の男の正体に気がつかなかったからこそ、ノエルは大胆になった。
「おい、その占い師はただの詐欺師だ。そんなやつの言葉を信じるのはやめておけ」
するとリュシールと占い師が、揃って反論する。
「何を言う! この私が詐欺師だなどと、失礼だぞ!」
「そうよ! どこのゴミだかわからないけれど、ただちにこの場から消えなさい!」
――いや、俺だってさっさと消えたいんだけどよ。
うさんくさい占い師に王女が税金を貢いでいる、などと噂になったら、さすがに問題だ。
「……そうだな、じゃあ勝負するか」
ノエルは無造作に降ろした前髪を掻き上げると、背後の壁にもたれかかった。
「占いには、俺も自信がある」
もちろん大嘘なのだが。
「一流の占い師なら、彼女の素性、それから婚約相手のことを言い当てるなんて朝飯前だよな? その上で二人の将来を視るのが仕事だもんな?」
ちらりと視線を流せば、占い師は「そ、それはもちろん……」と、口ごもった。
「ならば占い師殿、お先にどうぞ? 彼女の素性をせいぜい言い当ててくれよ?」
「いや、そっちが先に――」
「俺の言葉が理解できなかったのか? 俺は『お先にどうぞ』と言ってやったんだ。――ああ、それとも自信がねえのか」
にこり。場にそぐわない笑みを浮かべて見せれば、占い師は観念したのか、目の前の水晶に手をかざしはじめた。
「ええと……あなたは……そうだな、とても身分の高い御方だ。男爵家、いや伯爵家……それとも侯爵家のご令嬢か……」
言いながら、占い師はリュシールの顔色をちらちらとうかがっている。
彼女の反応を見て、発言を変えるつもりなのだろう。
「それからあなたのお相手は……これまた高貴な身分の方だな。子爵家、男爵家……それとも伯爵家のご令息か――」
「違うな」
最後まで聞かずに、ノエルは口をはさんだ。
「彼女の身分は、男爵家でも伯爵家でも侯爵家でもない、ここでは口に出すことも憚られるほどのものだ。そして彼女の相手は、この国で三指に入る高位の家の者」
「ずいぶんと曖昧ね。もっとはっきり言ったらどう? 本当はわからなくて、憶測で語っているのではなくて?」
胡乱な眼差しを向けてきたリュシールに、ノエルは「ならこっちに来い」と手招きをした。
「なぜわたくしが? 嫌よ、おまえが来なさい」
「あんたのことを言い当ててやるって言ってんだよ」
やがてしぶしぶこちらにやってきた彼女の耳元で、ノエルは囁く。
「あんたの頭上に、五枚の葉を象った宝石が輝くティアラが見える。……これをこの場で明かしたら、あんたは困るんじゃないのか?」
「……!! おまえ……!」
ざまあみろ、と、ノエルはほくそ笑んだ。
五枚の葉を象った形とは、この国の紋章――つまり王家を指すもの。
言い当てられた王女は、さすがに驚いた様子で目を丸くした。
「それから、白い服……制服か? それを身に着けた背の高い男の姿が見える。髪は黒、瞳は紫。……なるほど、そいつがあんたの婚約者か。つまりあんたは、その男と上手くいく方法を知りたいんだな?」
「どうしてそれを……!」
「当ててやるって言っただろ?」
そこで突然、占い師が口をはさんできた。
「それくらい、この私だとてわかっていたさ!」
金持ちの鴨を逃したくないのか、必死の形相だ。
「ふうん……だったら、そうだな、彼女本人から、なにか彼女の相手に関する題を出してもらうか。それを当てられたほうが本物ってことでどうだ?」
「い、いいだろう……!」
ノエルの策略どおりにことが進み始めた。
「ならば、あの御方のお父さまの髪色を当ててちょうだい」
リュシールは即座に問題を出す。
「髪色……? く、黒だ! 黒に決まっている!」
先ほどノエルが、相手の男の髪色が黒である、と言ったからだろう。
その父親も黒で当然、という安易な答えだった。
「違うな」
ノエルはまた笑った。
「白髪……そうだな、もとは金色だったが、ジジイになって白くなったか。あんたの婚約者の黒髪は、母親から受け継いだものじゃねえのか?」
「おまえ……! ああ、なんてことなの、すばらしすぎるわ……!」
ノエルに対する王女の目つきがたちまち変わった。
――すばらしいも何も、俺の親父のことだぞ? わからないわけねえだろうが。
胸中でくつくつと笑いながら、ノエルは「お褒めいただき光栄だ」と、左胸に手をあてた。
「さて、これでわかったろ? この男が嘘八百を並べ立てる詐欺師だと」
「くそっ……! 覚えてろよ!」
占い師はわかりやすい捨て台詞を吐くなり、店から出て行った。
これで一件落着だ。
「じゃあな。これに懲りたら、おかしなことに金をつかうのはやめておけよ」
釘を刺して、ノエルもこの場をあとにする。
「待たせたな、セドリック」
悪友は、この時間を用いて女を口説いていたらしい。
「あれ、終わった? もう少しゆっくりしててくれてもよかったんだけどな」
名残惜しそうに女に手を振ると、ノエルの隣に並んだ。
「――そこのおまえ、待ちなさい!」
突然、黒いシャツの袖をひかれた。
「嫌だわ、さわってしまったわ……! あの方以外の男の服に!」
「って、自分からさわっておいて、さすがに俺に失礼じゃねえか?」
呆れながら振り返れば、そこに立つリュシールは、祈るように両手を組み合わせていた。
「おまえに頼みがあるの!」
と。