第二十五話 久々の再会
「ぶちこわしてやりたい気分?」
廊下を歩くノエルの隣に、セドリックが並んだ。
「何の話だ?」
「このあとの顔合わせ」
「べつに」
そんなことをする必要もないと、ノエルは余裕ぶって応える。
「そもそもあいつが俺以外に目を向けるなんてことはありえない」
「って、ずいぶんな自信だね」
「おまえも知ってるだろ? あいつのやばさ」
リュシールの、ノエルに対する異常な執着心や、行動。
それらをセドリックも、間近で見てきたはずだった。
「それはもちろん知っているけど、でも相手はあれだけの美形だ。彼女の心も揺れるんじゃないのかな」
「顔なら俺も負けてないだろ」
「いや、タッチの差で負けてる」
「俺の方が背が高い」
「子供みたいなことを言うね」
「とにかく、あいつは必ず俺を選ぶ。俺はそれに応えてやるだけだ」
ノエルは計画していた。
今日、リュシールとセヴランが出会い、それでもリュシールがノエルとの結婚を望むのなら、徹底的にオリヴィエと闘ってやる、と。
ノエルの武器はアストレイ家の莫大な富。
アストレイ家はこの国一番の裕福な貴族として、ラグランジェ王家に長年、貢献し続けている。
おもに王家運営のための資金援助の役割を担っているのだが、それを交渉の道具に使うのはどうだろうか?
いくら王家だとて、アストレイ家からの援助が無くなれば、今まで通りの運営は望めまい。
――ノワールと仲良くしている場合じゃねえぞ、ってな。
「でもさ、君たち、半月前に微妙な別れ方をしたきり、一度も会ってないんだろう?」
セドリックが心配げに眉を潜めた。
「はたして君が考えているとおりになるのかな」
ノエルの脳裏に、最後に会った際のリュシールの姿が浮かんだ。
オリヴィエの部屋の前で、ショックを受け、うつむいたままの彼女の姿。
そして、「ごめんなさい……」と、急に走り去った悲しげな背中。
――でも、俺は知ってるからな。
揺るぎなく、ノエルに恋するリュシールの一途さを。
「……まあ、見てろよ。あの皇太子に会ったところで、あいつは毛ほどの興味も持たない。むしろ謁見に立ち会う俺のことばかりを目で追って、相手に失礼を働くだろうよ」
ノエルは自信満々に言い切った。
そういう結果になると、わずかも疑っていなかった。
リュシールのことだ。
こちらが困るくらいの熱視線を、終始送り続けてくるのだろうと、確信していたのだ。
――それなのに。
「いやいやいや、ちょっと待て。なんなんだあいつのあの態度は」
二時間後。苛立つあまりに、ノエルは無意識のうちに呟いていた。
それを横に立つ騎士団長――ランヴィエールとセドリックに聞かれなかったのは幸いだった。
「いや、ありえねえだろ……」
まさか、リュシールがあんなにもセヴランに夢中になるなんて。
「あいつ、なんかへんなもんでも食ったのか……?」
おもしろくなくて、ノエルは両の拳をきつく握る。
――って、やべえ。謁見の儀式中だってのに、つい喋っちまった。
気を取り直して姿勢を正すが、それでも苛立ちは収まらない。
――だからなんなんだ、あいつのあの態度。完全に皇太子に見惚れてるじゃねえか……!
場所は王の間。
ラグランジェ国王への、セヴランとクリステルの謁見の儀の最中だ。
跪くセヴランとクリステルの前には、玉座に腰を下ろした王が。その左右にはオリヴィエとリュシールが立っている。
そしてリュシールは、セヴランを前にうっとりとした表情を浮かべている。
美形の彼に、完全に目を奪われているのだろう。
ノエルにしてみれば、とても信じがたい光景だった。
「あれ? たしか、君のことを目で追い続けるって話だったよね?」
セドリックがこそっと皮肉を囁いてきた。
「うるせえぞ、黙れ」
ランヴィエールに気づかれないよう、ノエルも囁き返す。
そうしている間にもリュシールは、セヴランの前で頬を薔薇色に染めている。
――おい……なんでこっちを見ない? おまえはいつだって俺のことを見てたはずだろ?
注意を引きたくて、咳払いを何度か。
すると、はっと我に返った様子で、リュシールがこちらを見た。
――って、なんなんだ……! その態度は。
ノエルと目が会うなり、びくりと身体を震わせる。
なぜか気まずそうな表情で顔をうつむけ、身体まで縮こまらせてしまう。
今までとあまりに違う反応に、ノエルは焦りを覚えた。
「なんだか君に怯えているようにも見えるけれど、どういうことだろう?」
「いや、あれだ、ほら。婚約を破棄しなければならねえかもってことを、俺に知られちまっただろ? だからそれでやべえと思ってんだろ」
そうに違いないと自分自身を納得させるが、セドリックの「ふうん?」という微妙な反応に、不安の種が芽を出す。
「べ、べつにあの皇太子が気に入ったとか、そういうわけじゃねえだろ」
そう、彼女はきっと。
「あの皇太子のことなんて、眼中にないはずだ……! たぶん……! おそらく……!」
けれど翌日、ノエルの願いににも似た予測は、あっさり外れることとなる。
まさかの事態発生。
リュシール本人から、ノエルとの婚約を破棄したいとの申し入れがあったのだ。




