第十三話 明かされた真実
公園の西の一角には、作り込まれた庭園があった。
ちょうど開花の時期なのだろう。
赤や薄桃色の木立ちの花や、白や黄色の草花など、色とりどりの美しいそれが視界を埋め尽くすように咲いている。
その中に、いくつか白いベンチが置かれていた。
アナイスたちの騒動に注目が集まっているからか、庭園に人の姿はなかった。
「さあ、こちらにお座りになってください」
ノエルはベンチにリュシールを座らせると、その前にひざまづいた。
「……よかったんですの? お姉様の側を離れてしまわれて」
たしかに、護衛の放棄など、通常ありえない。
けれど今は。
「問題ありません。現場には私の副官もおりますし、なによりアナイス様の御夫君がおいでになられた。あちらの騎士も加わりましたし、大丈夫でしょう」
「そうですの……」
「それよりも今は、殿下とお話することのほうが大切です」
するとリュシールは、戸惑ったように唇を噛んだ。
「……よくわかりませんわ。お姉様は、いったい何をされたかったのか」
――まあ、よくも悪くもまっすぐなあんたにはわからないだろうな。
けれど、それでいいのだとノエルは思う。
駆け引きや策を巡らせることを知らず、ただ直球で自分の想いをぶつけることしかできないリュシール。
普段、ノエルが遊んでいる女たちとはまったく違う性質を持つ彼女は、ある意味、貴重な存在に思えた。
「アナイス様は、御夫君である皇太子殿下にお迎えに来てほしかったのですよ」
「結婚なんてただの契約だと言って……さもお義兄様のことをお好きではないとでも言いたそうだったのに?」
「本当は心から愛しておられるのです。ただ些細な行き違いがあって、皇太子殿下に裏切られたと勘違いをされてしまったのでしょう。それで里帰りしたものの、やはり御夫君に迎えに来てほしかったのだと思いますよ」
「そうなのですか……」
よくわからない、といった表情で、リュシールはうなずいた。
「けれどアナイス様の怒気は収まらない……だから皇太子殿下からの正式な面会要請をはね除け続けた」
「なぜですの?」
「殿下に苦労していただきたかったのでしょう。もしやもう戻ってきてくれないのかもしれない、と不安にさせつつ、アナイス様の存在が重要であることを、あらためて認識してほしかったのでは?」
「そういうものなのでしょうか……」
「しかしいつまでもそうしていては、ことは解決しない。そのため殿下が接触しやすいよう、あえて街へと出られたのだと思います」
「……やはりわたくしにはよくわかりませんわ。なぜそのように回りくどいことをするのか」
「わからなくていいのです。あなたはどうぞそのままでいてください」
そう言われて、なおさらわからなくなってしまったのだろう。
リュシールは小首を傾げた。
「殿下、それよりもお怪我は? どこか痛いところなどはございませんか?」
「いえ、どこも」
「それはよかった」
ノエルはリュシールの両手に自分の手を添えた。
いきなりふれられて戸惑ったのだろう。
リュシールはすぐに頬を赤くするが、一方のノエルはひとつ深呼吸をし、場の空気を変える。
「なぜあのようなことをされたのです」
「あのようなこと?」
「急に飛び出てきて、騎士の前に立ったことですよ」
「それは、ノエル様の身が危ないと思ったので――」
「私は騎士だ。自分の身くらい自分で守れます。逆に殿下に出て来られたほうがよほど危ない」
「そ、それは申し訳ございませんでした……。ですが……あなたに危険が迫っていると思ったら、身体が勝手に動いてしまったのです」
――ほうほう、なるほど。それならしかたねえよな。なーんて思うわけがねえだろうが。
これは口を酸っぱくして教え込む必要がある。
「いいですか、私を監視すること、そして私のあとを追うことは、王宮内に限ってはまあよしとしましょう」
「お気づきになられていたのですか!?」
――あれに気づかなかったとしたら、俺、相当やばいぞ?
「ですが、たとえ私に何があろうと――どのような危機が迫ろうとも、決して先ほどのような行動はとらないとお約束していただきたいのです」
「無理です!」
「なぜ!」
つい強い口調になった。
「あなたは王女だ。私とは身分が違う。あなたの身に傷ひとつでも付くようなことがあってはならないのですよ」
「ですが、わたくしにとってはノエル様に傷ひとつ付くほうが大ごとですわ。もしもあなたに何事かあったらと、想像するだけで、もう……!」
「なぜです?」
ノエルはここにきて疑問に思った。
「なぜそんなにもこの私に執着なされるのです」
そう、どうせ彼女だって。
「この容姿目当てでいらっしゃるのでしょう? その程度のことで、私にそんなにも執着なされる必要はないのではありませんか?」
「お待ちくださいませ! 容姿って、いったいどういうことですの……?」
「ですから、あなたもどうせ、この私の容姿を愛してくださっているだけなのでしょう?」
ほかの数々の女性たちと同様に。
「ただそれだけのことなのに、身を呈してまで私を守ろうだなんて、そんな愚かなこと――」
「違いますわ!」
リュシールはいきなり立ち上がった。
「そのように思われていたなんて、心外です!」
珍しくノエルの手をはらいのけ、眉をつり上げる。
握られた両の拳は、怒りに震えているようだった。
「違う……? ですがこの前、アナイス様がおっしゃっていたではありませんか。あなたは五年前、アナイス様の護衛をする私を見初めてくださったのでしょう? その頃、あなたにお声がけいただいたことは、一度もなかったと記憶しております。つまりこの容姿以外、あなたの目を引くものはないではありませんか」
「わたくしがあなたに恋をしたのは、もっとずっと前のことです!」
「え……」
となると話が変わってくる。
「八年前のことですわ」
――八年前? って、俺が近衛隊に入隊した頃じゃねえか。
しかしその頃、当時九歳と幼かったリュシールと、とくに接触した覚えはない。
「……その頃、わたくしの私室は王宮の西の塔にありました」
「ええ、たしかそうでしたね。ちょうどその時期、ほかの王族の方々は東の塔に移られましたが、あなたはお気に入りの庭園があるとかで、移られるのを拒まれたと記憶しております」
そのため離れた二箇所で王族警護をしなければいけないと、当時の近衛隊長が嘆いていたのを覚えている。
「おっしゃるとおりです。……ですが西の塔を出ることを嫌がったのは、庭園が理由ではありません。その頃、まだいち隊員だったあなたが、勤務後に西の庭園でお一人で訓練をされていらっしゃったから……」
「――っ! なぜそれを……!」
まさか、と、ノエルは顔色を変えた。
――そのことは誰も……セドリックだって知らないはずだぞ!?
「……偶然、ですわ。毎夜、おひとりで努力をされていらっしゃるあなたの姿が、偶然にもわたくしの部屋から見えたのです。……最初は興味本位でしたわ。いつまで練習なされるのだろう? 今日も、また今日も? と、気づけば何日も、何か月も経っていて。……そしていつしか、そのひたむきなお姿に、わたくしは心を奪われていたのです」
リュシールは恥ずかしげにうつむいた。
「あなたのことをずっと見ていたくて……ただそれだけの理由で、あの頃、東の塔に移ることを拒否したのです」
――そんな……あの頃、まさか、そんな理由で?
明かされた真実に、ノエルは驚愕していた。
けれど。
「……なぜ声をかけてくださらなかったのです?」
問いながら、ノエルはリュシールをもう一度ベンチに座らせる。
「窓からただ眺めるだけでなく、お声がけくださればよかったのに。だってあなたはそうできるご身分でしょう?」
望めばなんだって手に入る。
なぜなら彼女は王女なのだから。
「できることならそうしたかったですわ。……けれどその頃、わたくしはまだ九歳の子供でした。だから日々、努力をなされているあなたに、せいぜい手紙を書くことくらいが精一杯で……」
「――っ! 手紙!?」
――まさか、嘘だろ……?
ノエルは一瞬、呼吸することを忘れた。
そして無意識のうちにリュシールの両肩をつかんでいたのだ。
「まさか、あなたがあの白い便箋の手紙の主だというのか……!?」




