表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/34

第十一話 巻き起こるトラブル

「って言ってもなー……あんたの姉と関係を持った過去は変わらねえしなー。俺的にはさっさと婚約破棄することをすすめるけどな」


 どうにかその方向に持って行けないかと、ノエルは努力した。


 しかし一方のリュシールは。

「そうだわ!」

 何を思いついたのか、がばっと勢いよく顔を上げる。


「わたくしが救ってさしあげなければ……!」

 彼女は握った拳をテーブルに叩きつけた。


「あ?」

 なんだって?


「だから、お姉様の毒牙から、わたくしが救ってさしあげるのよ! そしてわたくしがあの方を幸せにしてさしあげるの!」


「ちょっと待て。だからあんたの姉とその男は、もうすでに関係を持っちまってるんだよ。言い方悪いが、姉のお下がりみたいな男と結婚するのか? 本当にそれでいいのか?」

「だって、愛しているもの!」

「あー……そういう感じ?」


 だめだ。頭の中が沸いている。

 おそらく今、自分が何を言っても、彼女には響かないだろう。


 ノエルの闘う気が、完全に削がれた。

 リュシールはもう、自分とは別の世界――空間――時空にいるのでは? とさえ思えてくる。


「わたくしがあの方に、真実の愛を教えてさしあげるの……! そうすればきっと、あの方も目を覚ましてくださるわ!」

「おー……もうわけわかんねえな。わかんねえけど、とにかく頑張ってな。じゃっ」


 これはもう退散するに限る。

 グラスに入ったワインを飲み干すなり、ノエルは立ち上がった。


「あっ、ちょっと、どこに行くのよ! あなたも少しはわたくしに助言しなさい!」


 背後でリュシールの騒ぎ声が聞こえたが、無敵状態に入った今の彼女は、自分の手に負えそうにない。

 ノエルは無言のまま、階段をおりた。


   *   *   *


「ごきげんよう、ノエル。今日はわたくしの護衛に付いてくれるんですって?」

「ええ。なんでも、市中にお出かけになるご予定だとか」

「一日、よろしくお願いするわね」


 翌日の午後、ノエルは急遽、アナイスの警護の任に就くこととなった。


 王族警護は、本来であれば副隊長以下の仕事。

 だが隣国の皇太子妃となったアナイスは、帰郷中とはいえ、客人だ。


 そのためなんとしてでも彼女の身を守らなければと、近衛隊長であるノエルと、副隊長であるセドリックがかり出されることとなったのだ。


「あら、セドリックも一緒なのね。ふふっ、久しぶりね」

「ごきげんよう、王女殿下ーーいや、皇太子妃殿下。ああ、今やあなた様は人妻となられたのでしたね。困ったな……誰かのものになられたあなた様にお会いすることが、こんなにもつらいだなんて」


「セドリック、おまえは一度、死んどけ」

 小声で言って、ぎろりと睨んだ。

 このまま放っておけば、場も身分もわきまえず、アナイスを口説き始めそうだ。


「下がれ」

 命じて、ノエルはアナイスと向き合った。


「さて、アナイス様。目的地はどちらになりましょう」


「まずは二番街の新しくできたという仕立屋をのぞいてみたいの。それからその隣の通りにあるお菓子屋で買い物がしてみたいわ。そのあとには中央公園を散策してみたいし、夕方には一番街のブラッスリーにも行ってみたいわね。そのあとには三番街にある――」

「お待ちください。そのどれもが、あなた様がおいでになるにはふさわしくない場所ですが」


 ちらり、と、アナイスの背後に立つ侍女に視線を向ける。

 侍女は伏し目がちで首を左右に振った。


 つまり「お考えをあらためてくださいませ」と何度も説得したが、聞き入れられなかった、ということなのだろう。


「陛下はなんとおっしゃられましたか?」

「お父さまは、ノエルが付いているのなら心配ないだろうって言っていたけれど?」

「それは……ありがたいお言葉ですが……」


 こうなったらもうどうすることもできないと、ノエルは視線でセドリックに合図を送った。

 アナイスが目指す場所それぞれに先遣隊を送り、周囲の安全を確保しろ、との意味だ。


「しかたがありませんね……本来でしたらおすすめしない場所ですが、私の役目はあくまで護衛。行き先を決定されるのはあなた様です。本日はどうぞお好きな場所へ。どこまでもお供いたしますよ」


 左胸の近衛隊記章に手をあて、一礼。

 差し出されたアナイスの手をとり馬車へと誘導すれば、彼女はにこりと微笑んだ。


「ふふっ、ならば行き先をあなたの部屋に変えてしまおうかしら。どこでも好きな場所へ行って良いのでしょう?」

「それは承伏しかねますね」

「つまらない男。そんなにわたくしと遊ぶのが嫌? ……ああ、それとも一度でも寝たら、本気になってしまいそうでこわい?」


 アナイスはわざと煽るようなことを言ってくる。


「失礼ながら、たとえ同じベッドで寝たとしても、あなた様に指一本ふれない自信がありますよ」

「欲情させる自信がある、と言ったら?」

「その自信を砕く自信がある、と言ったら?」


 アナイスはくすりと笑って、「まあいいわ」と馬車に乗り込んだ。


「今日のところはあきらめてあげる。おとなしく予定通りに行動するわ」

「ではそのように」


 馬車の戸と鍵を閉め、ノエルは自身専用の白馬にまたがる。


 ――そういえば、あいつ、今日はやけにおとなしいな。


 ふとリュシールのことを思い出した。


 昨夜、酒場であれほど騒いでいた彼女だったが、本日はまだノエルの周囲に姿を現していない。

 昨日までは連日、執拗に付けまわされていたのに、急におとなしくなられると、気になってしまうではないか。


 ――まあ、いい。あいつもたまには忙しいんだろ。


 それよりも仕事だと、ノエルは腰に提げた長剣の柄にふれた。


 頼むから、厄介事は起きないでくれよ。

 そう願いながら、馬車の戸を軽くノックする。


「では出発いたしますが、よろしいですね?」

「ええ、もちろんよ」


 御者台に座る男に手を挙げて合図をすれば、たちまち馬車は動き出す。

 その横にぴたりと付く形で馬を走らせ、王宮の西門へと向かった。


   *   *   *


「まあ、ここが仕立屋? いつも王宮に呼びつけているから、こうして店をのぞくのは初めてね。あら……街ではこういった意匠のドレスが流行っているの。面白いこと」


 隣国に嫁いでからはなお、街に出る機会などなかったのだろう。

 アナイスは目をきらきら輝かせながら、あらゆるものに感動していた。


「ここがお菓子屋……これはなんという食べ物? これは? こちらには何が使われているの?」


 買い物をしたい、というわりには、結局、何を購入するわけでもない。


 きちんとわきまえているのだ、自身の身分や立場を。

 自らが着るには品位に劣るドレスや、原材料が明確でない菓子類。

 そのようなものを購入し、持ち帰っても、周囲を困らせるだけだろう。


 ――だったら、何が目的なんだ?


 ノエルはわからなくなった。


 買い物もしなければ、たんなる気晴らしのために外出したとも思えない。

 彼女は仕立屋、菓子屋、宝飾品屋、雑貨屋、はては金物屋にまで行き、それでもまだ王宮に戻ろうとはしない。


 ――なにか魂胆があるはずだな。


 と、その時だった。

 街の中心部に位置する公園の前で、気にかかる集団を見つけたのだ。


「あれは……?」


 総勢五人。

 公園の横に立つ聖堂のかげから、こちらの様子をのぞき見る男たち――身なりは良いが、あきらかに不審な者たちがいる。


「セドリック、先に行け。アナイス様から離れるなよ」


 命じて、公園の出入り口にある石像のかげに身を隠す。

 しばらくそうしていると、やがていくつかの足音がこちらにやってきた。


「噴水の方に向かわれたようです!」

「よし、私が直接、彼女に接触しよう」

「どうかお気を付けてくださいませ!」


 ――って、あきらかに王女を狙ってるじゃねえか。


「はい、そこでストーップ。とりあえず止まれ」

 腰に下げた長剣の柄を握りながら、ノエルは男たちの前に立ちはだかった。


「うちの王女殿下にいったい何用だ?」

 非常事態であるのに、つい不適な笑みがこぼれる。


「急になんだ!?」

「護衛の騎士か!」


 紺色の上質なコートをまとい、羽根飾りの付いた洒落た帽子をかぶった男が、この集団のリーダーなのだろう。

 帽子のおかげで顔かたちを明確に見て取ることはできないが、立ち姿からかなり身分の高い者であることが予想された。


「どけ! 邪魔をするな!」

「騎士などに用はない!」


 数人の部下――おそらく護衛の騎士であろう男たちが、主人を守るように立つ。


 ――おお、血気盛んで活きがいいな。


「この先に行きたいなら、邪魔をしないでやってもいいぜ? ただし、何が目的なのかちゃーんと教えてくれよな?」

 ノエルはくつくつと笑った。


「……言ったところで、どうせまた拒絶されるに決まっている」


「ん?」

 どういうことだ? と、主人らしき男の言に、首をひねった。


「どうせ彼女から、私を近づけないようにと命じられているんだろう?」


 彼女? とは、アナイスのことだろうか。

 わからなくて、眉間に皺を寄せたノエルだったが、すぐにはっとした。


「まさか……あなた様は……!」


 正気か?

 数人の部下のみを連れ、妻を迎えに隣国までやってきたというのか?


 ノエルは剣の柄から慌てて手を離した。


 しかし相手の騎士が。

「邪魔をするなら押し通させていただく!」

 鞘からすらりと剣を抜き、その切っ先をこちらに向けてくる。


 ――って、とりあえず落ち着けって。そんなギラギラされても困るだろうが。


 ノエルは降参の意を伝えるべく、両手を顔の横まで上げた。


「私はノエル・ド・アストレイ。ここラグランジェ王国の王立騎士団、近衛隊の長です。知らぬこととは言え、礼を欠き申し訳ございませんでした。どうか寛大な御心でご容赦を」


 左胸に手をあて、深々と頭を垂れる。


「しかし、なぜあなた様がここにいらっしゃるのか……まずは我が国においでになった理由を――」

 そこまで言って、ノエルはぎょっとした。


「わたくしのノエル様に、何をしているのよ!!」


 この場目がけて、勢いよく走ってくるリュシールの姿が目に飛び込んできたからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 3分の1ほど読みました。キーワードに女性向けとありますが、本当に女性向けか?って思えるくらいに男の自分でもめちゃくちゃ楽しんで読ませてもらってます!面白いです!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ