元アイドル、歩く。
元アイドルの彼視点です。
米も食えて採取依頼もそこそこ多くてそれなりに稼げたので次へ行く。目的地は決めていないが、冒険者はギルドに出発と到着の報告さえしておけばわりと自由に彷徨ける。それでこその自由業だ。
乗合馬車の運行スケジュールが合わず、えっちらおっちら歩いて隣の町まで行く途中。時々、アルが釘を投げて蛇とかイタチとかの小さめの魔物を仕留めている。そのくらいなら解体も早いし剥ぎ取ったら穴掘って残骸埋めて、とそんな寄り道で小銭稼ぎだ。小さい蛇やイタチも皮とか売れるし、運がいいと小粒の魔石がある。もう少し大きいと肉も食えるらしいが、素人が解体した魔物の肉って処理とかどうなんだろう。臭みがすごそうだ。せっかく命をいただいて肉を食うんなら美味しく食べたい。
「今日の寄り道そのくらいにしてー。今のペースだと次の野営地まで無理」
「おう、わかった」
歩きである以上、野宿前提だ。
馬とかの騎獣が居ればまた話は違うんだろうが問題が三つあった。
まずは、おれは馬に乗れない。乗馬技術を学ぶところからになる。
次に、アルが重い。ガチムチ重量級だ。更に装備分考えるとこんなの乗せる馬がかわいそう。
最後に。騎獣を買ったり借りたりする金がない。多少懐はあったかくなったが、それでも馬だのロバだの買うほどはない。移動する数日無収入で到着当日くらいは宿に入って休む程度の宿代がある、万一の時の薬代や装備代の貯えを別にしてその程度のあったかさだ。それに生き物を連れればその世話代も掛かる。わりと動物は好きな方だから餌は粗末なものを最低限で、鞭打って無理矢理働かせるとか絶対に無理。たまにそういうのを見掛けるとバチあたれと心の中で呪っておく。アルも、そうした虐待行為は好きじゃないし元々歩くことも鍛錬だと移動は水の上以外なら自分の足を使っていたそうなので、徒歩旅に異論はなかった。
「こっちでさ、奴隷って居るんだよね? 名前で縛る首輪があるくらいだし」
なので、周囲に誰も居ないのを見越しての話題だ。
「国によってはあるぞ。まあ、どこも廃止になりつつあるが」
偽乳王女の国、ヴェッテはその奴隷制度がしっかり残っている国だった。
「へー、そうなんだ。人道的な世界になりつつあるってことか」
「……お前たまにちゃんと難しい言葉使うよな。人道的って」
「ちょっとぉ。それはさすがに失礼でしょ!」
アルの膝裏に蹴りを入れる真似だけする。本当に蹴っちゃうとオレの足が痛い。
「そんなだから疑われやすくなるんだぞ? バカの振りしてる間者かって」
「うー……」
そう言われてしまうと、反論出来ない。一応は高等教育までは受けてきたから、普通に人道的って言葉くらい使うし、読み書きも四則計算も出来る。因数分解とかなんとか方程式はもう記憶の彼方だけど。だがこちらでは、ある程度の街なら読み書き出来るひとは多いが、四則計算になると少し怪しい。
「こんなオレに無理のない背景ってどんなのがあるかな?」
「そうだな……」
アルは解体を終えた蛇の皮をその辺りに落ちてた枝で拡げた状態に固定して草を編んでぶらさげて持てるようにした。それを受け取って、棒の先に付けた。これで蛇皮五枚、イタチ三枚。それぞれ使えるようになったささやかな水魔法できちんと洗ってあるので血はない。
「以前、お前が語った母親のことも考えて」
「うんうん」
「母親が連れ込む男のうち、優しくて金のある奴から読み書きを教わったとかか。女の気を引こうとしてそのこどもに目を掛けてやるって奴は居るからな」
その設定が一番無理がなさそうだ。
「一人からではなく複数から教わっていたことにすれば、時々難しい言葉を知っているのも、そのわりには常識がないことも言い訳がつく」
うん、それで行こう。
「それで、なんだってそんなこと気になった」
「出自の設定は予め作っておいた方がいいっしょ」
「じゃなくて、奴隷」
そっちか。
「ほら、オレが捜してるひと」
「お前の拉致に巻き込まれたって奴か」
「うん。そのひとね、オレの四つ下なんだけど、」
何故かアルが顔を顰めた。
「え、なに?」
「お前より若く見えるのか……」
「いや。あのひとは歳相応かな。オレみたいに浮ついてないし」
「あぁ……お前そういうとこあるな、確かに」
「失礼! まあいいや、んで言いたいのは……そのひとめちゃくちゃ顔がいい」
アルはさっきよりも顔を顰める。
「顔がいい?」
「そ。古典芸能のプリンスって書かれ……呼ばれたりもしてた」
こちらには雑誌がない。新聞っぽいものはあるし本もあるが、ファッション誌や週刊誌といった定期刊行の雑誌がないのだ。なので言葉を替えた。
「芸能……こっちでも演劇はあるが、つまり役者か」
「あ、そこ言ってなかったね。そうそう、オレもそのひともおっきな範疇でいえば同業者で、オレはそのひととは違って単発採用で、ちょこまか色んなことしてた。歌ったり踊ったり道化師みたいなこともしたし真面目にお芝居もしたし」
役者ではなく道化師でもなく芸人でもないポジションはなかなか説明しづらいが便利屋みたいなものと認識された。
「その捜してる奴は古典っていうからには……」
「代々続くお家柄ってやつ」
「それはまた厄介な……」
「オレもそこそこ仕事抱えてたけどさ、あっちはもっとたいへんなことになったと思うよ。もうどうしようもないんだけど。で、そういったひとだからオレと違ってお上品だし、よく知らないところに放り出されたらそれこそ拉致されてたりって、心配になった」
「人柄はどうなんだ? 親しかったのか?」
「親しかったわけじゃないけどいいひとだよ? 疲れてへばってるオレにわざわざ自分でチョコ買ってきて、どうぞってくれたもん」
「餌付けされたか」
「うっさい」
「ともあれ、そう親しくもないのに疲れている者に菓子を買い与えようというのは確かに人柄的にも悪くはなさそうだ。お前が危ない橋を渡る必要があるのか、一度しっかり確認したかった」
「オレの所為でこっちに連れてきちゃったようなもんだから、せめて無事かどうかだけでも知りたいし、オレの手に負えなきゃ諦めるけどオレでなんとか出来るなら助けたいとは思う」
幸いにも、こちらにはアルが居る。Aランク冒険者はそこそこ発言力もあるし、血筋が血筋だけに教育もしっかり受けてきているから脳筋だけど脳筋じゃない。
「で、奴隷制度残ってるとこってどこ? あるなら一応網張っておきたい」
アルは腕を組んで考え込む。
「この大陸でなら、デゼクだ。あそこは上がヴェッテよりマシなだけで、権力者が強い国だ。ぼんくら貴族も増えているから、そのうち民衆が立つんじゃないかって話もある」
デゼク、確かフラッハの南東にある、暑い国だ。
「ならそっち方向の情報、気を付けとこう」
その日は、街道脇で野宿だ。複数の行商人が組んだ隊商と一緒になった。
「いやいや……丁寧な仕事で」
蛇の皮とイタチの皮がそこで売れた。ギルドまで持っていくつもりだったが革や毛皮を用いた小物を専門に扱う行商人が居て、アルの解体の丁寧さを褒めていた。ギルドに持ち込むより一割程度上乗せされた額だったので応じた。
実は、アルにはまだ話していないことがある。
インベントリだ。街を出る時に実はしこたま米と味噌と醤油を買い込んだ。勿論海苔とのり佃煮もだ。店から持ち帰る時は背負子で、一人になれた瞬間収納した。コンロもこっそり買ってある。だがインベントリのことを話せていないのであまり大っぴらに米を出せない。少しずつ、背嚢から取り出している、ていだ。
飯盒で米を炊き、干し肉を削ってスープにする。今日はボアの干し肉だから少し味噌を溶かしてなんちゃって豚汁だ。焼き豆腐が欲しい。
「おーい筋肉、飯だぞー」
「筋肉言うな! すぐ行く」
行商人と価格交渉のあと世間話をしていたアルを呼ぶ。飯盒は三つ、アルは軽く二つ半の米を平らげる。
「昼間話していたのは、妙な予感でもあったのか?」
「ん? なに?」
「………………さっきの行商人から聞いた」
アルは肉の欠片を口に放り込み、噛み締めて味わっていた。出し殻に近い肉でも噛めば味がする。
「デゼクの奴隷商のところに黒髪の、若い男が居るそうだ。妙な服を着ていてよくわからない話をしていると」
「え」
「界渡りのようでもあるがそれにしては大した力もなさそうなので、単に狂人だと言われて値引き中だとよ」
もとから干し肉以外の出汁がないから薄めの味で味噌の香りで誤魔化していたがそのスープの味も吹っ飛んだ。
「、……」
「まだ決まったわけじゃない」
「わかってる」
「次の街でデゼクに行ける依頼を探そう。依頼がある方が入国審査も通りやすい」
デゼク、徒歩旅ではきついのに。
「いいのか?」
「そう、話し合いで決めたろ。俺も、もし不当に虐げられている者が居るならほぼ他人とはいえ親戚がしたことだ、無関係じゃない」
頷いて、その日の夜はそれ以上話さなかった。
次の目的地は決まった。
熱砂の国。デゼク王国だ。