お孫さま、山を下る
皆さま、お好きな具はなんですか?
「やあ、晴れたなぁ」
昨日までの荒れっぷりが嘘のようにすっきり快晴だ。とはいえ道はかなり緩んでいるだろうから今夜も青藍の蹄の手入れは入念に行わねば。
晴れてしまえば天幕を見咎められる、さっさと支度をして片付けた。しっかりと装束も登山仕様にして。青藍の馬鎧もそろそろ馴染んだ頃だろう、不壊や最適環境維持、自浄、衝撃吸収などの付与をしておく。
山小屋の入口で壺焼きの器を返し、なにか言われる前にさっさと出発した。
「イカと……ケチャップ、なければトマトから作ればいいか、あと……」
今度買い物出来る余裕があれば欲しいものを挙げておく。天幕の冷蔵庫の中身は別途、回収してから天幕は閉じた。どういうわけか野営セットに組み込まれた木がすくすく生長しているので時間の経過が停止されない可能性を考慮した。どこかで野営することがあれば、続きをしよう。
「にんにくと生姜はかなり使ったからなるべく補充したいな……」
肉があるのだから勿論すき焼きもいいが普通に焼き肉も食べたい。塩はあるが、部位によってはやはりタレ味で行きたくもある。ウスターソースがうまくいったら次はタレにチャレンジしてもいいかも。
食べ物のことを考えて現実逃避している理由、青藍だ。予想通りというか下りも道を行かずまっすぐ進む。
鵯越のあれでもあるまいし、駆け下るのはそろそろやめてほしい。
「青藍、もう満足したろう?」
雨上がり、誰も居ないのをいいことにまたぴょーんと道を飛び越える。
「他の登山者を見つけるか、装備を改める広場までだからね」
理解したのかしていないのか、青藍は楽しげに山を下る。トンルゥ側にあったのだから反対側にも装備を調える場所がある筈。結局、その広場までは誰とも会わず途轍もないスピードで山を半分下ってしまった。
ここで朝食も抜いていたので早めに休憩もする。朝、天幕を出る前に握り飯だけ作ってきた。具は梅干しと、トンルゥに入る前に作っていたマグロの角煮。これにアサリの出汁に味噌を溶いて即席味噌汁にするつもりだが、まずは。
「ほら、お見せ」
青藍の蹄を確認。ぴょーんとしていたから思ったほどではなかったがやはり柔い土がかなりめり込んでいる。それを取り除いて、足回りもサッと洗って乾かして。
「いいかい? ここからゆっくり、だからね」
不承不承といった様子だが、大丈夫だろう。
「街に着いたあと、サントルへ向けてたくさん走ってもらわなきゃならないんだ。その時に力を出しておくれよ」
納得したようだ。
さて、朝昼兼用の食事だ。
椀にアサリの出汁を適量、温かいうちに片付けておいたのでそこへ少量の味噌を溶く。啜りつつ、握り飯を囓る。出汁の味わいと、口の中で解けていく米粒。
「すっぱ……!」
こちらでの梅干しは容赦なく酸っぱい。あちらでよくあった蜂蜜を使ったものはまだないらしい。酸っぱい食品なのだから酸っぱくていいのだが、覚悟していても強烈だ。白い米部分を慌てて囓る。マグロの角煮の方は安心出来る。次から無難に鰹節にしておこう。
簡単に朝昼兼用を済ませる。
青藍も僅かな草を見つけては好きに食べていたようだがおやつの葉と林檎、水をやって、少し休んで出発だ。
「それにしても、すごい景色だなぁ」
登る時はどうしても向かい合うのは山の斜面だが下る時は逆に斜面を背にする。
靄が切れ、覗かせる森の緑、先に続くシィルゥの街、更にその向こうに、目指すサントルがある。
「……」
まだ一月にすらならないしそれほど広い範囲を動いたわけではない、だがわりと好き勝手に動いたつもりだ。サントルで、スターシアと合流すれば。
この旅はどう変わるのだろう。
「………………いや」
考えたところでわからない。それに、セルジュだって加わる可能性もある。幸い二人とも、自分には好意的どころか崇拝じみた好意しかない。崇拝の部分を抜いてくれるかは今後の関係性次第だろう。出自がどうであれ、ただの物知らずの若造と認識してもらえれば。
シィルゥの手前は森に覆われていてトンルゥよりも距離がありそうだ。
「さあ、行こうか。青藍」
山を下っていくと季節を逆に戻っていった登りとは違い、名残の冬から芽吹きの春への移り変わりを楽しめた。岩場では乾き切る前の朝露が煌めき、木々には若い葉が輝く。綻びつつある花、のちの実りを思わせる枝。雄大な景色の中に、確実に在るささやかな巡り。青藍も落ち着いてゆっくり下ってくれるので誰かを驚かせることなく進むことが出来た。
「俺たちがしんがりだと思っていたがまだ居たか」
日も暮れる前。傾斜は殆どなくなり、森を抜ければシィルゥだろう位置で、声を掛けられた。森の、まだ浅い位置。シィルゥからいえば山へ抜ける森の果てか。
「ここからシィルゥにはまだかなりあるぞ。日が落ちた森に入るのは余程の急ぎでない限りはやめた方がいい」
「無事森を抜けられたとしてもその頃には受付も閉まっている」
最初に声を掛けてきたのは剣を佩いた男、先へ進むことに警告してくる。受付の時間を気にするのはもう一人の、また別の男。こちらも剣を佩くが先の男の剣より長さがある。
見れば彼らは仲間のようで、二人の更に後ろには女二人と老人が居る。日が暮れ始めた頃、近付いてくる気配に警戒されたようだ。
焚き火を囲む三人のうち、女の片方が軽く手を挙げる。
「天気の所為でみぃんな足止めを喰らったのさ。私たちの前にかなり居たから森を抜けたところで受付前の広場に空きはないと思うよ」
街に入る検問所と同じようなことが、山への出入り口でも起きるようだ。
もう一人の女、かなり若い、十五をやっと過ぎたくらいの女は両手を振り回す。
「お侍さんもよかったらここで夜を明かしていきなよ! ここから先、森を抜けるまでまともな広場はないよ! 一人で居るよりずっといいよ!」
若いというより幼いようだ。
五名から害意は感じない。純粋に善意からの声掛けのようだ。警戒と同時にもし助けが必要な場合は、といった空気が読み取れる。よくない展開になったとしても五対一、若い男二名はそれなりに腕に覚えもあるのだろう。
少し考え、距離をとって青藍からおりた。
がっつり宣言出ているエリアではございますが勤務状況は変わらず、
GWもひたすらに暦通りでございます。
昔は暦の色関係なく出勤だったので暦通り休めるだけでも有難く。
しっかり寝て、なるべく書けたらなぁと思ってます。




