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お孫さま、山の上天幕 1

タイトル思い付かず唸っていたんですが

山の上 と連想したらふと、とある宿泊施設を思い出しました。

 歌舞伎役者の鏡台は継いでいくものでもあるが、偉大な先祖を持つとその親戚も数多く。諸先輩方が受け継いだあとに自分が持てる鏡台はなかった。なので自費で購入した。特注品、大事に使い手入れをしていけば百年保つといわれた品だ。

「……」

 あちらの鏡台がこちらへ渡ったのか。

 己の記憶を読まれ再現されたのかはわからない。

 いずれにせよ、この鏡台は紛うことなく、己の鏡台だ。



 なにもせず、ただただ鏡の前で二時間ほど座り込んでいた。思った以上に衝撃が大きかったようだ。

 この鏡台の前で、色々な役になった。

 武士、大工、女中、男にも女にも、人外にも。

 もうどれも演じることはない、顔をすることもなければ毛振りをすることも。

 さすがにリアルに毛振りをすれば気が触れたとしか思われない。あれは、板の上だからこそだ。しかし地毛が長くなってしまったので、一度やってみたい気持ちも実はある。だが地毛はただストンと長さが同じで毛振りをしてもあの波打つ感じは得られない。頭の方から末端に向かって伝わっていく毛の動き、一度スローで録画してみて知った。

「あぁ、なんだ」

 どうやら、心配するよりずっと割り切ったというか、折り合いがつけられているようだ。少し不安だった、こんなところで信次が駆け付けるような具合になれば、次こそ行動の自由はなくなるだろう。

 今はしないが、いつか機会はあるかもしれない。

 毛振りはともかく、顔をするくらいのことは。






 さて、感傷に浸るのは十分にした。

 ここ数日、濃い食事が続いたのであっさり済ませたいが山小屋メニューは今日のうちに食べてしまうべきか。時間の経過は無視出来ても一晩で天候が回復すれば、明日食器を返す。

「……今夜はこれだけでいいかも」

 壺を塞ぐパイ生地、中のシチュー的なもの。洋風とも中華風とも言い切れない、トンルゥの山小屋風とでもいうのか。肉のコクや醤油の風味もあるが野菜の甘みにオイスターソースや花椒の香りもあった。蓋をしていたパイ生地自体も自家製か、このソースに合う。これだけでもうしっかり主食とおかずだ。

 手持ちのワインと一緒にいただいて、一度外に出たのだからと湯を使ってから、就寝した。普段の野営と違うのは使った湯を捨てなかったこと。この場所に花畑が出来てしまうと妙な噂が立ってしまうかもしれない。ただ捨てないのであれば湯をどうするか迷った。溜めたままか、回収してしまうか。考えた末、回収することにした。アサリの出汁で試せていたから大丈夫、不思議と収納してしまったあとで、その収めた物が干渉し合うことはない。残り湯の処理方法はまた今度考えよう。











「わあ」

 翌朝、更に風雨は強くなっていた。時計を見ればまだ早朝だ。このあと晴れても道はぐずぐずだろう。青藍の足を考えるとあまり柔い道は行きたくない。

 ともあれ今日も動けなさそうだ。

 まずは青藍。敷地内は自由にさせて、飼い葉と水、ニンジンを添えた。おやつの葉は、木と相談しながら食べているようだ。何故ならもしゃもしゃと食べ始めたと思ったらその枝を食べ尽くすわけでもなく次の枝へ行く。重なる葉を除去して満遍なく日光に当たるよう、木自身が計算してそれを青藍に伝えているような。そして青藍は木の裏、見えない位置で排泄しているようだ。敷地の端でもあるので自分は行かない。踏んでしまうことはなく特に臭うこともないので好きにさせているが、もしかしたら木にとっては肥料になっているのだろうか。若しくは魔物避け。よく野生動物が縄張りや強さを示す為に点々と排泄するあれだ。弱い動物は逆に巣穴を特定されないように排泄物を隠すが、強い動物は侵害行為を嫌がって排泄物で主張する。ハイグランドエクウスの排泄物はそこそこ強力な主張なのではなかろうか。

 青藍が彷徨く分には見られても誤魔化せるが自分は無理だ。この殴り付ける雨の中、いや、時々固形もあるようだから霙か。ともあれ今の天候で身を晒すのはそれこそ気が触れたか苦行を求める修行僧だ。

 おとなしく、青藍の世話以外は天幕の中で過ごすことにする。

 厩から戻るとバスタブの中でざっと身を濯ぎ使った湯は片付けて、まずは朝食。

 あっさりしたものが欲しい。簡単で、軽めに。あちらでならば、かけ蕎麦とか。

「蕎麦……蕎麦か」

 考えると、食べたくなってきた。

 材料はあるし簡単なそばつゆなら作れるかも。

「昆布と、鰹節、醤油に………………うん、いけそうだな」

 かえしを用意するような本格的なものではなく、今食べるだけのつゆでいい。

 少しの昆布とたっぷりの鰹で出汁を取り醤油と味醂を足す、アルコールを飛ばし味を見て。

「うん」

 いけそうだ。具は、考えていないが特に欲しいとも思わない。

 普段なら天ぷら、肉、とろろ、卵、油揚げ等考えるが今はとにかくシンプルさが欲しい。葱だけでいいか。小口切りより蕎麦に揃えて細長く、繊維に沿って切る。つゆに放り込み、信次が央京から持ってきてくれた中にあった蕎麦を茹でた。

「あ、意外と形になったな」

 丼に注いで、きちんと蕎麦だ。途中、味変の要領で鰹節と梅干しを一粒。

「うん、美味しい」

 思い付きで適当に作ったが、成功だった。つゆはまだあるのでまたしよう、次はがっつり具を考えて。



 朝食後。

 ゆっくりするつもりではあったが、手持ち無沙汰も極まる。映像なし音楽なし、本も図鑑しかない。となると、出来るのは。

「んー……」

 持っている食材と睨めっこだ。中華系の料理は色々買う羽目になったから、旅のお伴になりそうな常備菜や調味料作りをしようか。

 デスマーリンはあれの代用になるだろうか。ちょっと肉質が違うだろうが系統は似ている、やってみる価値はある。

 チャレンジするのは、デスマーリンの身で作るツナ的なもの、だ。

 缶詰にはしないのでツナ缶とはいえない。要はオイル煮だ。だがあれは調味さえしてしまえばそれほどいじらなくていい。焚き火のながら調理で十分だ。だったらその調味、下拵えだけしておこうか。今度野営をする時にながらで出来るように。

「あ、そうだ」

 満天楼で色々仕込んでもらった中にラードがある、あれを使ってリエットはどうだろうか。リエットも煮込み段階はながら調理でいいのだが煮込んだあと寝かせる工程がある。

 デスマーリンのオイル煮の準備と、リエットの煮込みまで済ませよう。

 あと、時間が出来たら是非試みたいものがあった。ソースだ。

 ソースといっても料理に使われるあれではなくてフライに掛けたりするあれだ。黒い色のしゃばしゃばの、中濃ソース、ウスターソースといわれるものだ。お好み焼きに使うもったりしたものも欲しいがしゃばしゃばのソースが出来ないうちは、お好みソースは無理だろう。ソースが出来れば、とんかつが食べられる。

 塩で食べるのもいいが、やはり基本はソースで食べたい。せっかく上等な豚肉があるのだしロースカツやヒレカツを楽しみたい。

 さて、オイル煮の準備だ。

 とはいえ、準備だけなので簡単な作業しかない。切り分けた身に塩を振って少し置く。これで塩味が入りつつ、水分が程々に抜ける。身に浮いてきた水分はさっと拭いておく。ペーパータオルがあれば便利だが、さらしで代用している。パルプの製品はまだそこまで拡がっていない。主に筆記用。次に障子紙や襖、つまり建具に利用されている。他は提灯や行灯といった照明器具。もしかしたら他にもあるかもしれないが、あちらのように気軽に便利に使い捨てされるような紙は、こちらではまだ見ていない。

 リエットで使うことを考慮しつつ鍋を選んで身を入れる。黒胡椒を粒ごと数粒、にんにくは皮を剥いて芽を取ってからスライス、ローリエは軽く火で炙って香りを立たせてからぞれぞれ投入。オリーブオイルをひたひたくらいまで注いで。

 ここまでして、片付ける。

 あとはこの鍋を焚き火をした時にながら調理すればいい。とろとろの火で二十分程度煮ればいいだろう。そのくらい短時間で済むなら今似てしまってもいいのだが先にリエットもやってしまいたい。逆にいえば、その短時間ではこのあとやろうとしていることには忙しないのだ。

 ジャイアントワイルドボアのバラっぽい肉で作るリエット。まずは、角煮程度のサイズに切り分け、塩胡椒。馴染ませている間に玉ねぎとにんにくを刻む。鍋に、ラードを。

「んー、どのくらい入れたらいいかな……」

 バラっぽい部位で作るからその脂も考え、匙で一掬いとちょっと、鍋に落とす。溶けて透明になっていくラードへ玉ねぎとにんにくを。さっと混ぜてラードが行き渡るようにして、肉も参戦。しっかり混ぜて、全体を炒める。玉ねぎとにんにく、そして焼き飛ばすことによって、臭みも失せる。更にタイムとローリエに助太刀を頼む。リエットは、脂ごと食すかなり重い食べ物だ。感覚としてはツナマヨに近いかもしれない。肉の焼き色は旨味になるが、玉ねぎは色付かないうちにひたひたになるよう水と白ワインを注ぐ。水だけでもいいのだが、大きな魔物の猪だったので念には念を入れて、臭み消しだ。

 ここからは煮込む。ひたすら煮込む。水位が下がってくるので肉が乾かないよう時々、煮汁を掬っては掛ける。その間にソースの材料を見繕う。

「うろ覚えなんだよなぁ……」

 フルーツたくさん、甘み、スパイス、その辺りだ。必死に、かつて手にしていたソースのラベルの原材料名を思い出そうとする。ある程度は味的にもわかるのだ、林檎は絶対、玉ねぎも。

「あ、そうだ」

 リエットの様子を見つつ、ソースの材料を考えつつ、忘れないうちに信次へ連絡しておこう。



 信次は大抵すぐ出てくれる。挨拶と、話していても平気かの確認。午前も忙しいだろうに時間をもらうのには理由がある。

 以前ブレーキについて伝えたが。

『あのね、車輌を複数繋げるでしょう、それぞれの停止や減速って、運転士さんが操作する感じかな?』

『えぇ、勿論でございます。乗客が居る場合はそれぞれの車輌に一人か二人、配置するつもりですが操作することはございません』

 現在ある程度敷けた線路を使い主に揚羽屋内の貨物輸送で試運転中とのことだ。もうそこまで進んでいるとは。

『複数の車輌を運転士が居る機関車が動かすんだよね』

『、えぇ』

 信次が何故言葉を呑んだのかはわからないが、この時は気にもしていなかった。のちに知るが機関車という単語自体がなかったらしい。運転車輌、牽引車、色々と候補があがる中、遭遇した機関車という単語。これで名称が決定したそうだ。

 さすがにそれは、気付けない。

『止めたい、減速したい時にブレーキを掛け……えぇと、装置を』

『言葉を替えず、ブレーキでようございますよ。前回のお話で学びました故』

『うん、ごめんね。その、ブレーキを掛けると思うんだけど』

『はい』

『こちらではどういう構造で作られているのかわからないけど、それってさ、逆に出来る?』

『逆……で、ございますか?』

『うん。えぇと、なにも操作しない状態がブレーキが掛かっている、停止が働いている状態に出来るかなって』

 信次からは理解出来ない旨の疑問が伝わってくる。

『動かす時に、ブレーキを解除する……感じ』

『はあ……』

『山を登っていて思い出したんだ。鉄道にもし坂道があったら、もし連結が不意になにかの事故で解除されてしまったら。ブレーキの掛けられていない車輌は惰性や重力で進み続けるから』

『あ……!』

『ブレーキが掛かっている状態が、車輌の素の状態なら操作から離れても止まってくれる』

『あー! これは、盲点でございました!』

 どうやら伝わったようだ。

『これで、操作を外れてしまった場合は自動でブレーキが掛かる』

『自動! そうか、なにも自ら動くだけでなく止まることも、あー!』

 随分と感心してくれるがこれはもっと早くに思い出して伝えるべきことだった、本当に心苦しい。

 さて、鉄道車輌に関しての話はこれでいいとして。現状を軽く伝えておく。

『せっかく心を砕いて予約の手続きをしてくれたユーチェンさんには悪いけれど』

『………………いえ、さすがに誰も予想出来ない事態でございますよ』

 事情を話してこれも理解してもらえた。

『それで、天幕の方は……?』

『賜り物ですからね、まったく問題なく』

 寧ろ、敷地内は天候の影響を受けていない。

『ユーチェンさんの不手際じゃあないから、そこだけは本当に』

『えぇ、えぇ、承知しておりますよ』

 ユーチェンが山の天候を知って慌てることになるだろうから、信次の方から連絡しておいてくれるそうだ。

『それで、若旦那は天幕でどのようにお過ごしに?』

『お鍋見てる』


例のゲームの、色違い氷ペンギンレイド、

何十体と倒しても、四時間ちょっと掛かっても遭遇すらしなくて、

挫けそうだったところ本体外装を清掃して

「お迎え出来たら二話頑張る所存」と臨んだら直後一体目で

遭遇してお迎え出来たので、明日も投稿出来るよう今ガリガリしてます。

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