お孫さま、噂を聞く
墓穴に墓穴を重ね続けるお孫さまです。
店主がフカヒレを売り込む原因は自分にあった。
料理勝負のメイン食材、発表はまだだが噂になってしまったそうだ。
「ルフなんて、生きている内にお目に掛かれるチャンスは二度と無いでしょう」
「あー……」
納品した時のお祭り状態はすごかった、浮き足立って情報が漏れたかと思ったがユーチェンによると、こうした噂が出回るのは例年のことらしい。実際の発表で、ガセだったなんてこともあるが今回ばかりは信憑性が高い。隣国プレリアでのルフ討伐、素材を持つ揚羽屋桐人とは友好関係にあるとの情報拡散。少しでも早く噂を流さねば国際情勢に影響する。
「なるほどねぇ……」
「運営はルフのなにを得たのかまではわかりかねますが、今回の競売は一世一代の大勝負になります」
いつもは料理勝負や競売目当てに来る客を相手に高級食材を売って稼ぐが、今回ばかりは違う。店主も参加する。そうなると先に仕入れた高級食材をはかさねば。競売での資金も心許ないし、不良在庫になりかねない。
「お恥ずかしい話ではございますが、そうした事情もあり偽金騒動でケチがついたこともあり」
被害は未然に防げたが、偽金を見抜けない店と犯罪者に舐められたのだと評判に響くそうだ。
「わあ……なにも悪くないのに、なんて……」
居たたまれなくてユーチェンを見遣る。その難しい表情にこうした店がここだけではないのだと悟る。
「ユーチェンさん、もしかして、競売に関してたいへんなお店は多いのかい?」
少し顔を傾け、こっそり訊いてみる。
「………………………………手前が把握しているだけでも、数軒ございます」
中には既に借金してルフを手に入れるかと本当に人生を賭けた勝負をする店すらあるそうだ。昨日の今日でその決断をし、ユーチェンの耳に入っているのか。
「あぁ、それはいけない」
まさか、ルフを引き取ってもらったことでこんな影響が出ているとは。予定通り足だけならこうはならなかったのだろう。
「されど、シャン全体のことを考えますれば」
トンルゥの商店数軒よりも、ということか。重郎が動かずとも重郎の孫を害した国として他が忖度してしまうだろうことは予想出来る。
「ユーチェンさん。あまり日にちはないけれど手配をお願い出来ますか?」
これだけでユーチェンは察したのか、目を見開き顔を強張らせた。
「よ、よろしいので? 非は完全に、かの店にございますのに」
さすがに時間が掛かるだろうしどこのなにがだぶつくのか自分ではわからない。
「馬車の購入資金が残ればかまいません。とはいえ天井は決めた方がいいか……」
ルフを提供した代金と、満天楼と遣り取りした代金の合計額までとした。つまりトンルゥで稼いだ金はトンルゥで落とすことになる。
「青藍の代金を引いてもらったあとだけど足りるかな?」
「十分過ぎるほどにございます。それに、お口座には元々それ以上おありでございましたし」
よかった。
「では、あとで一覧だけください」
ユーチェンは噛み締めるような表情で、畏まりましたと深く頭をさげた。
「私個人の買い物なんてたかが知れているでしょうけれど」
しかしフカヒレか。フカヒレ。兎に続いて扱ったことのない食材だ。オイスターソースがあってもうまく使えるだろうか。だがこうなったのならいっそ形のままのものだけでなく解したものも頼んでおこう。
「手前が把握しておりますのはそれぞれが大店です。そこが店を畳めば、雇われ、卸業者、多くが路頭に迷い……」
「あ、干し貝柱」
ユーチェンがまだ話していたがうっかり声に出してしまった。
帆立の貝柱らしきものが山になっていた。重さか籠盛りかで売っているようだ。
「わー、これ、おいくらだろう。スープにしても、米と炊いても美味しい筈」
だが素朴な疑問はある。フカヒレといい、貝柱といい、シャンは地図上では海に面していないし山岳国家とすら名乗るほど山推しなのに何故こんなにも海の食材があるのだろう。そうユーチェンに訊いてみると。
「シャンは確かに海に面してはおりませんが、海から続く河川が南北それぞれから続いておりまして」
「あぁ、山があるからこそ、川があるのか」
シャンの北側はデュルハルト帝国、南はプレリア共和国。それぞれに特色のある海の恵み、シャンまで運ぶにも保存性の高い乾物は適しているとか。
「……若旦那、ナマコは……?」
「いただいたことはあるけれど調理はしたことがないよ。生も干しも」
ナマコは食べられるのに芋虫は無理なのか突っ込まれたら返答に困るがナマコも好きだからというわけではなく出されたから食べた程度だ。
ユーチェンはなにか走り書きして、店主に断りを入れ小僧に紙片を渡し揚羽屋へ走らせた。
「手前やクァシンには荷が勝ちすぎます、信世さまの案件となります」
「信世さんの仕事を増やしてしまったか……」
「滅相もございません。寧ろ、トンルゥの経済をどう建て直すか、考え倦ねていたところで」
乾物のエリアを抜けて、生鮮食品を見せてもらう。布が掛けられている一角は、虫を置いているそうだ。好んで目にしたいものではないが、そこまで気遣われるとなんだか徹底した虫嫌いだと思われていそうだ。
肉類は持っているから省いてもらって、野菜や果物を見せてもらう。
「わー、黄ニラがある。こっちはニンニクの芽かな」
他にも株で見るとそうでもないが葉の形は小松菜に似たターサイらしきものや、菜の花の茎にホウレン草の葉を付けたようなカイランっぽいものもある。時期ではないが保存しているものを出してくれたそうだ。
「空心菜も夏だよね、確か」
「えぇ!」
冷凍したものではない、フレッシュな野菜だ。
「生のキクラゲや岩キノコもございますよ」
日保ちを気にしなくていいとなると、店主の勧めも幅が拡がるようだ。
「岩キノコは触ったことがなくて」
基本的に他のキノコ類と同じで、火を通して使うそうだ。
「キノコ類って冬場が旬だと思ってたんだけれど」
考えてみれば、信次から受け取った食材もそれほど季節感はなく、便利に揃えてくれていた。白菜だってキノコ同様秋から冬にかけてのものの筈。
「若旦那、収納箱でございます」
時間経過がなかったり著しく停滞するような効果を持つ収納箱なら、旬の時期に収獲したものを保管しておける。そうした高性能の収納箱は大店のステータスでもあるそうだ。
「なるほどねぇ……」
そして当然その保管に掛かるコストは売値に乗せられると。
「若旦那の里では違ったのでございますか?」
「んー、ある程度の保管技術はあったけれど時季外れのものは基本的に油を焚いて温室で栽培したりしてたかなぁ」
「そ、それはそれで、凄まじく費用が掛かりそうですな……」
「まあ、旬のものをそのまま保管出来る方がずっと美味しいんじゃないかな」
さて、ある程度の買い物はお任せすることになってしまったしどうしたものか。
「休憩とお味見を兼ねて茶でもいかがですか」
店主の勧めで休憩することにした。
茶も出されるが目を惹いたのはフルーツ類。外皮を割られたマンゴスチンは中の白い果肉をこんもりと見せ、ライチやランブータンもごろごろ器に盛られている。まずいただいたのはマンゴスチン。白い果肉を、添えられていた先が二叉になった竹串で刺す。甘くてさっぱり。種は皮の中へ、竹串に乗せて戻した。次にライチ。手で皮を剥く。この時点で果汁が滴る。
「こちらを」
ユーチェンがすかさず濡らした手拭いを渡してくれる。
「ありがとう」
軽く手を拭いて、無作法だろうがそのまま囓る。本当に瑞々しいし香りもいい。実はこのライチの種の周りにある薄い皮がなかなかうまく取れず、仕方なく竹串の先を口に含んで出させてもらう。種と薄皮は剥いた皮の中へ隠す。
続いてランブータンも同様にいただいて。
「ん?」
口許を懐紙で押さえていると店主はまたにこにこしていた。
「特にご説明するまでもなく正しくお召し上がりになったので喜んでいるのかと」
「え」
「ヤマトの方と伺っておりましたのに、本当に色々とご存知で」
どうやらマンゴスチンやライチは地元の者ならともかくヤマトの者には馴染みがないらしい。
店主はちゃんと説明しようとしてくれたらしい、だがその前に自分が手を伸ばしあっさり食べてしまった。試すつもりではなかったが結果的に試すことになったと詫びられたが、いや、これは休憩だと気が緩んだ己の食い意地の所為だ。
「ヤマトにはヤマトの果実がございますから」
ユーチェンによると果物は収納箱を使ってまで輸出する旨味があまりないとか。それなら乾物を運んだ方がずっと利益があると。それなのに食べ方を知っているということは。
「フカヒレで掘った墓穴にまたはまったようだね……」
特別に取り寄せて食べていたり乾物と同等の値で買っていたことになる。真実はまったく違うが明かせない以上、誤解を解く術がない。
「……揚羽屋さん、二年前のお話、まだよろしいでしょうか」
感動しきりの店主がユーチェンに向かって姿勢を正す。
「揚羽屋は結局はヤマトの店だと、凝り固まった考えでおりましたがここまで品を知ってくださるヤマトの方がいらっしゃるとは」
「では、」
「はい……五代目店主として、決断しました。どうぞ、うちを傘下に」
なんだかまったく違う話が進んでいる。
ユーチェンは店主の手を取り、二人は頷き合った。
「なればこそ、改めてご紹介させていただきましょう。先日、遠目からでも偽金を見抜き初めてシャンにいらっしゃったのに当地の食材にもお詳しいこちらの御方は揚羽屋重郎がお孫さま、うちの、揚羽屋の、若旦那さまでいらっしゃいます」
「なんと……紋をお召しだから本店の関係者の方だとは思っておりましたが、」
「先程、若旦那さまはルフの競売に身代を傾けそうな店の援助として手前に食材の買い付けをお命じに。その予算は緋では届かず白で勘定するほどで」
「そんな……!」
二人の間で話がなにか進んでいるようなので放置して、茶を楽しんだ。
二人の話も終わり、店を出ようとしたところで店主から質問があった。
「ヤマトからお出ででしたら、もしや伴に護衛のお侍をお連れでは」
「いえ、私一人です」
「伴はない、と?」
「えぇ」
「なんとまあ……いえ、さようでございますか」
どうしたのかと思ったら。
「うちの娘二人が先日、乗合馬車にてトンルゥへ戻る際にさるお侍に助けられたと申しまして」
乗合馬車が強盗の襲撃に遭ったそうだ。
「惚れ惚れするほどの、鮮やかな刀さばきだったと」
「へぇ、腕の立つお侍だったんですねぇ。いや、腕が立つからお侍か」
そんな単純な気付きに店主と二人で笑い合う。
「謝礼も受け取らずに行ってしまったとかで」
「しかし街道で襲われるとは物騒だね、私も気を付けなくちゃ」
「えぇ、ご用心くださいませ」
「………………」
何故か、ユーチェンは妙な顔をしていた。
店を出て、満天楼に戻る。そこに信世も来ているだろうから、買い付けについて打ち合わせするらしい。どういうものがNGかは自分も出来れば伝えたい。自分が使えないような食材だとさすがに困る。
「本当のお侍かぁ、どんな御仁なんだろうねぇ。遠目からでも見てみたいな」
「えっ」
ユーチェンは足を止めて驚く。なにか言ってしまっただろうか。
「あ、お侍を見たいっていうのは余程のマナー違反かな?」
「いえ、いいえ、そういう意味ではなく、……若旦那………………」
「ん?」
「わ、若旦那も先日乗合馬車をお救いになりましたよね?」
見習いの少年が研修資料を渡さず暴行を加えられていた、あれか。
「たまたま居合わせたからね。誰も通り掛からないと思って犯行に及んだんだろうけど、青藍はのんびりと歩いても普通の馬よりも速いから」
「さっきの、店主が申しましたお侍とは、若旦那のことでは……」
「え?」
これはまた、びっくりだ。
「あはは、まさかまさか。鮮やかな刀さばきって時点で違いますよ」
ユーチェン「この時、もっと切実にあれはあなたさまのことでございますと言っておけば……!」