お孫さま、うっかりが過ぎる
みなさまのご健康とご多幸を
本当に、これに尽きます。みなさまご無事でいらっしゃるでしょうか
けっして、一万円相当を小銭だと思っているわけではないのだ。ただこちらではもっと上の単位があることと、自分が買い物する時は大抵が金か大になるので他をあまり考えないというか。銀を使ったのはこちらへ来て最初に食べた焼き魚定食、そのあとはプレリポトでの市場や屋台でだ。あの時は実際に足を運んで色々と見て買い物したのが楽しかった。あちらでも食材を手に取って選んで買うのはいい気分転換になっていた。二回目のプレリアト滞在以降は旅をすることもあって量も多く調達は店任せになったので全部口座からの払いだ。トンルゥでの滞在期間は短いがどうだろう。
「機会があれば行ってみたいなぁ、嶺京」
かんすいが多めのヤマト式の麺と聞いたのでヤマトのどこで麺が食べられるのかクァシンに訊いてみれば、シャン国境と接する位置にある、央京から見て北北西、嶺京という街にあるそうだ。そこはヤマト食材での麺も豊富で、シャン流に骨から出汁を取るスープも多いとか。味噌ラーメン、ありそうだ。しかし、スターシアと合流してからラーメンを食べたいから嶺京へ行くと言い出せるだろうか。
いや、そもそも目的らしい目的もないのだから、そのうち機会もあるだろう。
実は既に納品した帰路だ。
料理勝負の運営団体が持っている倉庫へ納めてきた。どう話を纏めたのかルフの足一羽分、モツ一羽分、肉一羽分の売却となった。それもこれも、あの神罰騒ぎが影響しているそうだ。
倉庫は運営事務局のような場所も兼ねているそうで、大変な騒動になっていた。
あと一歩のところまで来ていたが満天楼の主に十年連続勝利を掻っ攫われていて今回こそ悲願、と優勝候補筆頭だった店が起こした犯罪。スターシアのことは当然伏せたままだが揚羽屋重郎の孫を害そうとした事実だけで即夜逃げレベルだとか。その本人が暢気な顔でのこのこと現れたのだからまた騒がれた。クァシンたちには心配されたが、騒々しさに囲まれることはそこそこ日常茶飯事だったので平気だと頷いておいた。
まず。
トンルゥの有名店がしでかしたこと。
そして。
次はいつ遭遇出来るか見当も付かないルフが、大した損傷も無く存在している。
この二点の事情で、足だけではなく肉や内臓も含めてメイン食材をルフとして、大々的に告知して料理勝負を盛り上げよう、ということになったそうだ。
交渉成立は被害者である揚羽屋の孫と円満解決している証拠との意味合いもあるそうだ。一歩間違えば、シャン国内から揚羽屋が撤退することもあり得た事態だとユーチェンから耳打ちされた。そうなると今度はシャンという国自体が国際社会で難しい立場になるとすら。
「なにしろ、若旦那さまは大旦那さまのお孫さまでございますから」
「あー………………」
そちらの意味でもはた迷惑な存在だったのかと改めて思い知った。
「落としどころの難しい交渉でございましたがこれで多少なりともトンルゥが持ち直してくれればいいんですがねぇ……」
運営側は当初、足だけと考えていたからその数倍の出費になったそうだが。
「既にお祭り状態だったね……」
運営の殆どが、料理人か元料理人、若しくは食材の卸だとかの商人たち。損傷のないルフの肉を見る目は、輝いていた。
料理勝負に食材として使える量は決まっているそうだ。各店舗で特別メニューとして出す場合は別途買うことになる。
「参加者は一定の量までは優先的に販売されますが、残りは競売に掛けられます。入札は料理勝負の参加者に限りませんので殺到することでしょう」
競売での売上は慈善事業への寄付の他、次の料理勝負の運営費なり食材調達費になったりするそうだ。
「半分減って私は有難いですけどね」
今回提供したのは、ルフの雄。雄は雌よりやや味が濃いが雌の方が肉が柔らかいそうだ。産卵で体力が消耗している雌よりも雄の方が高いのではと思ったが、巣を二箇所に掛けて卵を温めるルフにその辺りは関係がないそうで雌の方が高いとか。それは、産卵する前の卵の有無。さっぱり知らなかったが、卵になる前の卵は薬の材料になったりかなりの栄養食だそうだ。卵の殻も捨てない方がよさそうだと話をした時に聞いたが、あれと同じようなことらしい。使い道は多岐に渡る。卵の前の卵なんて調理法も浮かばないからそのうちどこかで誰かの役に立てられればいい。
「それにしても、この通りは食べ物屋さんも多いし、屋台も多いんだねぇ」
大きな鉄板で炒飯を焼きあげる屋台、たっぷりと葱を混ぜた生地を油に浮かせて半月に折ったものを売る店、とろみのある汁と提供される麺線らしきもの、焼いた腸詰め、水餃子、魯肉飯、なにかの串焼き、揚げた串物もある。本当に色々ある。出来上がって次々売れていく、調理過程を見ているだけでも面白い。
「若旦那」
クァシンの呼び掛けに首を振る。
「さすがにお腹がいっぱいだから買いませんよ。でも夕飯には考えるなぁ……」
タレの滲みた白飯の上に載る豚肉、ぷりぷりつやっつやの水餃子。こちらに来て以来本当に奔放で、つい食べ物に興味をそそられてしまう。クレープのような薄い生地を焼いて具を包むというのは、形態や中身は変わってもよくある食べ物らしくプレリポトでは肉だったが、トンルゥでは肉の他に野菜が多い。
「屋台もいいけれど、市場とかあったら見たいかなぁ。トンルゥで有名な食材って何だろう、岩キノコ?」
正解だそうだが、あれはどう扱えばいいのかわからない。
「………………」
「ユーチェンさん、どうかしました?」
黙りこくったユーチェンにクァシンが話し掛ける。
「いえ、部位ごとに分けられてはおりましたが本当に損傷が少な、いえ無傷とすらいえるくらいでございました。ルフは魔法が効きにくいのが定説で、どう戦ったらあんな状態のいいものがと……」
「ルフの仕留め方ですか? 弓ですけど」
「は………………?」
ルフを弓で仕留めたケースは聞いたことがないそうだ。
ならばそのまま、聞かなかったことにしてもらおう。
店屋が並ぶ道を通り抜けようとしていて、人集りが出来ていた。クァシンがすぐ周囲に話を聞いている。さすがは満天楼の娘というべきか、周囲の店舗からひとが出てきてたちまち事情がわかった。
この先にある店で黒金を出して品を買おうとしたが黒金は日常では見ない通貨、本物か調べてから売るという店側と、疑うのは失礼だと立腹する客とが揉めているそうだ。食べ物屋が並ぶ中でそんな大金が何故と思ったが、小売もしているが基本業務用に食材の卸をしている店だそうで、高級食材を大量に買い付けようとして、黒金が出てきたそうな。周囲に聞き取るだけでここまで詳細にわかるとは、どんな勢いで口論しているのやら。
衛兵が仲裁にきたタイミングで人集りが割れて合間から問題の黒金が見えたが、あれで間違うのかと少し意外だった。
「偽造通貨行使ってどのくらいの罪になるのかな」
衛兵の聞き取りが始まったので少し静かになった、普通に話し掛けてもちゃんと聞こえそうだ。ユーチェンに訊く。
「人生を棒に振る程度には重罪でございます」
「そう、じゃあ大変だ」
「若旦那?」
客が黒金と称して店員に突き付けているもの。
「作ったおひとは実物を見たことないんじゃないかなぁ。ここから見て私にだってわかるくらいだ、口座の管理をしてるところへ持っていけばすぐわかるでしょう」
少し離れていたが店と客にも聞こえていたようで客からは睨まれ店の者は慌てて黒金として出されているものを布で強く擦っていた。
「黒くなった!」
店の者が黒く汚れた布を掲げる。擦られた方は灰色、石材か。
「色塗っただけだ!」
一気にざわつく、客は走り出す前にがっちりと衛兵に肩を掴まれていた。衛兵が落着したと人集りを散らし始める。
「やあ、これで通れますね」
「若旦那……どうしてそう……」
クァシンはこめかみに指先を添えて唸っていた。通れるようになったのは通行人だけでなく、店の者もだ。駆け寄り笑顔でお辞儀をしてくるが敢えて明後日の方を眺めてクァシンやユーチェンに任せる。
「クァシン」
衛兵がクァシンに声を掛けた。地元出身、知人のようだ。クァシンは小さく頭をさげ、少し離れた。
「偽金って、よくあるのかい?」
「まさか。大昔、裏の国家事業として偽金を作ろうとした国があったそうですが、すぐ頓挫して国自体が崩壊したそうで」
「裏の国家事業とはまた、夢見がちな国だったんだねぇ」
「えぇ、まさにそのような国王だったと記録に残っております」
世界共通の通貨、発行はどこがしているのだろう。今度訊いてみよう。
「あ、戻ってまいりますね」
クァシンが衛兵を置いて戻ってくる。なにか頼まれたのか、困惑した顔だ。
「どうかしたのか」
「それが……」
あの衛兵はクァシンの幼馴染みだそうだ。ユーチェンが話を聞いて首を振る。
「若旦那さまがお優しいからって、少し弛んでいないか。番頭なんだぞ、お前は。それくらいその場で断ってこい」
「はい……」
クァシンが衛兵の元へ戻り、また話している。ユーチェンの案内で、クァシンを置いて道を通る。
「ちょっと詰め所まで来て見分け方を教えるくらいのことなのに」
「店を挙げて、丁重にお迎えせねばならないお客さまです。お優しいからつい私もお伺いしてみるくらいはと思いましたが冷静になれば考えるまでもなく」
通り過ぎる際に聞こえた内容で事情はわかった。さすがにお門違いだ。衛兵から視線を感じたがいつも通りに。なにか言われたようだがクァシンが強く口調で言い返していた。すぐに別の衛兵がやってきて、その衛兵を連れていったようだ。
追い着いたクァシンからまた詫びられる。
「あんまりいい関係の幼馴染みじゃなさそうですね」
「私が揚羽屋で役職についているから、面白くないんですよ」
父親に対して足や手が出るクァシンだ、幼い頃はさぞ活発だったのだろう。
勝手な想像でしかないが、なんとなくあの衛兵とクァシンの関係性が窺える。
「あれの上司が真っ青な顔をしておりましたので、店に謝罪に来るでしょう」
「謝罪で済むのか? あの衛兵……」
クァシンとユーチェンはまだ話しているが自分が加わるべき内容ではない。店に謝罪に来るなら店に任せるだけだ。
店の軒先で大きな蓋が持ちあげられる、湯気のあと現れたのはみっちりと並んだ小籠包たち。蒸しと違ってぎゅむぎゅむと詰め込まれた焼き小籠包だ。その隣ではふかふかしたものを山積みにしていて、注文を聞いてはそれを手に取り切れ込みを入れて豪快に具を詰めている。更にその隣はジューススタンドというか茶と果汁の専門店のようだ。奥には薬草茶もあるらしく雰囲気が違う。
「わー……」
野菜たっぷりの炒麺、乳白色の氷を削って作るかき氷。解した肉をこれでもかと盛る屋台、下は麺か米か選ぶようだ。
プレリポトで買った屋台飯は自分が食べるより行きずりで困っているひとに渡すばかりだ。自作のものをさすがに見ず知らずの者に食べさせるのは気が退けるし、出来合いのものはそういう面で便利だ。少し買い足すのもいいかも。
「ユーチェンさん、若旦那さまが」
「あっ」
クァシンの友人がやっているという小さな店に案内された。甘味処のようなものらしい。奥の区切られたスペースへ通される。ユーチェンも居るから店の接待だと思われたか。
「屋台料理をお買い求めになりたい時も、必ず我々にご相談ください」
「地元の者なら平気な食材でも、若旦那さまには合わない場合もございますから」
「はい」
おとなしく頷いておく。
「ここは、あれとは別の、ちゃんと仲のいい幼馴染みがやっている店でして、使う食材はほぼ彼女の両親が育てているんです。足りないものを買う時もうちを通しているので安心です」
身内贔屓ではなくここなら使っている食材もしっかり吟味されているからという理由らしい。
「若旦那、本当に絶対にお一人で出歩かないでくださいましね。一本、筋を変えただけでお目に触れさせるわけにはいかないものだらけでございますから」
下拵え中で動物の頭やなんかがあるのかと思ったら虫だそうだ。
「うーん……他の方が食べるのを否定はしないけれど、私は遠慮したい」
そうだった、ヤマトやプレリアよりもシャンの方が昆虫食は本場の筈。四本足で食べないのは机と椅子だけなんて話もあちらではあったくらいだ。
「でしょう? 調理前のものが大量に蠢いてたりしますから」
「出歩かないよ。道もわからないし」
クァシンの脅しかもしれないが、素直に応じておこう。
「豆腐とはまた違った、甘みのある食べ物です」
出てきたのは汲み豆腐のような、掬って器に移されスープに浸されたもの。
「豆花だね」
「え? ご存知で?」
うっかり。
「えーと……これとはちょっと違うけれど、いただいたことはあります」
だが記憶にあるの豆花は上に小豆が散らされていただけだがこれは、仄かに透き通るなにかの団子が入っている。食べてみると、すごくもちもちしていた。豆花も地域差や店舗毎に違うそうだ。甘い汁も豆花自体もあっさりしていて美味しい。
一杯が銅六枚、三杯で銅十五、銅一枚分まけてくれる。銀二枚で払おうとしたがユーチェンに立て替えておきますと言われた。
「ひとつ疑問なんだけど、どうしてあの衛兵さんは私に教わろうとしたんだろう。私なんて一通行人で、見るからにトンルゥの住民じゃないのに」
「若旦那さまのお言葉で、黒金を実際に見たことがある方だと思ったそうです」
かなり安直な理由だった。
「それこそ、口座を管理しているところで教えてもらえばいいでしょう」
実物だって見せてもらえるだろうと思ったら、それは無理だそうだ。
「金枠用に用意はあるでしょうが、だからこそ出さないでしょう。もしそれでもというなら手続きを踏むことになって、手数料も取られる」
金枠用、例の問答無用で借りられるあれか。ユーチェン曰く、金枠用以外に黒金なんて置かないそうだ。大きな額を纏めて引き出す時は、額によって何日前までに定められた書面での申請と身分証の提示が必要だとか。行ってすぐにあるわけではないと。
そうなるとあの金枠、思ったよりも特権めいたものでは。
「まあ、私に説明なんて出来ないけれどね。実物を見せるくらいしか」
何故か二人から沈黙される。
「お持ちなんですかい……」
まったく同じ呟きを信吉にもされたことを思い出した。
「金一枚が小銭な筈ですよ……」
「不用意に人目に触れさせることのないよう、気を付けてはいます」
自分の迂闊さが原因なので、忘れてくれと言ったのにとは詰れない。
「プレリポトからの報告書には若旦那さまは大旦那さまからのお小遣いの類は受け取っていないとありましたが、それだけの財をお持ちで何故旅に……」
ユーチェンが余計なことをとクァシンを窘めるが疑問をそのまま残しておくのはあまりよくないだろう。それこそ、余計な詮索を生むかもしれない。
「旅に出るから、ですよ。一切合切引き払って出たんですから」
「あ、」
設定を思い出してくれたようだ。
「刀もあるから行く先々で働いて路銀を稼ぐつもりだったんだ」
「……と、いうことは、若旦那さまの刀は元々お持ちの……?」
ユーチェンには集落で会っている、旅装束を見ている筈だ。あの時の一式は元々持っていると言うと、意味深な溜め息を吐かれた。
「引き払われた一切合切とは、隠れ里そのもののことでございましたか……」
「ユーチェンさん?」
クァシンがユーチェンに問う。自分も、どうしてそういった結論が出たのか疑問なので言葉を待った。
「お召しものも刀も国宝クラス、それを日常使いなさる。黒や白を普通にお持ちでそれらは大旦那さまからのものではなく元々お持ちだとなれば」
なんだか、すごい誤解が生まれているような。
「考えてみれば大旦那さまのお身内さまがお暮らしだったんだ、隠れ里と言われて勝手に鄙びた里を想像するが、外と隔てられていようが鄙びていたとは限らない」
「あ………………なるほど、それなら……」
「いやいやいやいや待ってください、ちょっと冷静になって」
詳細を話すつもりはないし、持っていても自分のものだとは考えていないからと落ち着いてもらう。
「スターシアさんと合流したら馬車を買うだろうからその時にはお世話になるかもしれない、けれど基本的に使うつもりはないんです」
考えてみればこの発言ではなにを否定したのかよくわからない。だが二人は突然出てきた人名にきょとんとして、続く合流したらとの言葉でわかったのか、ハッとした表情で顔を見合わせていた。
「あ、馬車で思い出した」
青藍の代金、口座に返しておかねば。最初の口座はボールペンとシャワー絡みの口座だ、分けておきたい。第二口座の残高に余裕があればと処理を頼んでおいた。
「今日の代金だけでも賄えますよ」
金五千以上の取引だったようだ。
「あと、お小遣いというのかわかりませんが私が持っていた財布は派手だったので落ち着いたものをおじいさまにお願いしたことはあります。あまり使う場面もなくずっと懐にあるままですけれど。旅をするのなら細かい方がいいだろうと最初から少し入っていたので、お小遣いらしいものといえばそれかなぁ」
それは、小遣いではなく餞別だと言われた。
「………………大旦那さまの仰る細かいが少々怖いんですが」
クァシンの呟きにユーチェンも小さく、あっ、と声を出した。
「えっと、大が五枚と、」
この時点で、もう十分ですと制止されてしまった。
豆花を美味しくいただいて、満天楼へ戻る。このあと、見学と満天楼へ売る肉の交渉だ。
「刀でお稼ぎになるおつもりだったということは若旦那さまは以前から魔物をよく仕留めておいでで?」
ユーチェンはやはり弓で仕留めた話から、気になっているようだが。
「まさか。プレリアで初めて見ましたよ」
生憎と武勇伝は持っていない。
「え」
「演武を見せるとか、護衛や用心棒的な仕事があるかなぁと思ってました。まあ、それも私の世間知らず故です。魔物がお金になると知ったので今は遭遇したものは路銀に替えてさせてもらってます」
「ルフが路銀……」
「あれは生で食べられる卵が欲しかったからですよ。ルフ本体はおまけですね」
何故か、それきり二人は黙り込んでしまった。
例のゲームのミルククラウンなあの子の色違いレイドが来るとは思わず
投稿出来るくらいの量は書いてあったのに、整理や推敲が出来ずで遅れました。