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お孫さま、忘れてほしい

にく。

 刀削麺、あった。湯麺、炒麺、拌麺もあった。

 トンルゥはヤマトに近いのでヤマト式にかんすいを多めに使ったコシのある麺が多いそうだがシャンでも山を越えた西側や北の方では昔の製法を守った柔らかめの麺が主流とのこと。他にも米粉を使った麺や油で揚げた麺もあるとか。ビーフンと、堅揚げそばか。

 どうやらシャンはあちらでいうところの、アジアの色々が混在しているようだ。ベースとして色濃く出ている影響で、シノワズリの印象が強い。






 クァシンと麺について話している間にユーチェンがやってきた。

「じゃあ、交渉事はお任せするんだから私の希望を先に伝えておこうか」

 クァシンに許される仕事は恐らくルフ素材の持ち主と交渉権を獲得することまでだろう。実際は、ユーチェンが交渉にあたる筈。

「金額にはあまりこだわりませんが、のちのひとに不利益になるようなことだけは避けてください」

「え? のちに不利益、でございますか」

 ユーチェンは頷いていたがクァシンにはピンと来なかったようだ。

「そう、私は正直なところ、額なんて気にしないけれど私のあとにルフが現れて、誰かが討伐した時に前回はこの金額だったから今回も、なんてことになったら」

「あ、」

「だから、極力相場通りに。その上で、私の我が儘を聞いてもらう代わりに金額は見てあげてほしいんだ」

「若旦那さまの我が儘と仰いますと?」

 ユーチェンもやはりボールペンを使っているのか、帳面にメモを取っている。

「今日厨房を覗かせてもらった時に、肉の下準備というか、肉掃除、肉磨きをしている途中を見たんだ。一朝一夕で身につくことではないとわかっているけれど一度見学させてもらいたくて」

 今度は二人共が理解出来なかった。

「私、今、枝肉ではないけれどかなりの塊の肉を持っているんだ、それをそのまま使ってしまうのが一番簡単だけれど出来れば美味しくいただきたいと思っていて。うろ覚えの見様見真似でしかないから一度説明を聞きながら見学したいなぁと」

「ルフの肉でございますか?」

 クァシンの疑問は尤もだが。

「一番たくさんあるのは確実にルフだけど、ステップバイソン四色とジャイアントワイルドボア、灰まだらって熊が少しと、」

 クァシンとユーチェンから制止が掛かった。

「ちょ、ちょっと、改めて若旦那さまの報告書を見させていただいてもよろしゅうございますか?」

 どうぞ、と二人に時間を許す。



「うわ、信吉さんが誇張して書くなんてと思っていたけどこれ全部事実だな」

「寧ろ淡々と報告だけに留めたんじゃないです? ユーチェンさん、うちでも一応ワイルドボアは扱いますけどあれ仕入れ値本当にいい値段するんですよ」

「知ってるさ。あれを一頭狩れたら四人家族が一カ月食える」

「ですが、ワイルドボア、ご存知なかったようで」

「え? ジャイアントワイルドボアを仕留めておいて?」

「そうです。だからたぶん、今も豚肉と牛肉を塊で持っているくらいの感覚では」

「あー………………」



 正解だ。だってそれ以外にどう考えるのか。



「若旦那……報告書によるとデスマーリンもお持ちとか……?」

 振り返ったクァシンに訊かれ、頷く。

「えぇ、売ったりお裾分けしたりしているからそんなにたくさんではないけれど」







 肉磨きの見学については交渉とは別に、満天楼が単独で希望として聞いてくれるそうだ。その代わりデスマーリン等々を店経由で満天楼が買いたいと。

「お手続きに関してはこちらで万全に致します」

「全部は無理ですが、そこはまた別のご相談で」

 料理勝負の運営委員が着いたとスタッフが知らせに来た。

 離れたテーブルで茶を飲みながら話が纏まるのを待つ。



「客が居るようだが、この場で……?」

 運営委員はクァシンの父親よりかなり歳上の男だ。こちらを見て訝しむが、すぐ顔を青くする。そちらを見ることもしないが視界の隅で二度見されたのはわかる、ルフ素材の持ち主とでも説明されたか。

 クァシンの父親と運営委員、店側の二人。交渉が始まった。

「失礼致します」

 食べた時に給仕をしてくれたスタッフだ。

「お出し出来なかった一品が焼き上がりましたので、お持ち致しました」

「わ、ありがとう」

 出せなかったデザートの一品は、エッグタルトだった。焼く前のものを床に叩き付けられてだめになったそうだ。

「満天楼ではパイ生地を使用しております。軽やかな食感をお楽しみください」

 指で摘まめるサイズのタルト、名はタルトだが器を模した土台部分はタルト生地ではなくパイ生地だ。

 さくさく、幾重にも重なったパイ生地としっかり濃厚な中身。

「これを台無しにされたのか、哀しいね。食べ物を粗末にするのは本当にいただけない」

 スタッフはうんうんと大きく頷いていた。






「本当にルフの足なのか? その額で?」

「今回のお話、我々は事務処理の為に代理であたっているだけのこと、ご不審なら店の正式なお取引とさせていただきますがその場合、最低でもこのくらいは上乗せされるとご承知おきを」

「ぐ……確かに、ルフの足ならそれくらいはするが」

 委員はユーチェンが提示した額を不審に思ったようだ。中抜きされない、直での取引はあまりのないのだろうか。そもそもルフの出現が稀だということをこの時は忘れていた。

「いや、そもそもあれは滅多に討伐されるものじゃない。相場らしい相場もないがこの価格は……」

「安くて飛び付けねぇってんなら、もうそこは恩情だと思うぜ? じーさん」

 戸惑う委員に話し掛けたのはクァシンの父親だ。

「あの若旦那さん腕っ節も強ぇし顔の造りも上等だが更に人柄も悪くねぇ。これが一店舗に卸すってんなら売却額も違ったんだろうが料理勝負だから、融通利かせてくれてんだろうよ」

「公益性を見て、ということか。うぅむ………………」

 ここは介入した方があっさり片付きそうだ。



 クァシンを呼んでもらうよう、控えていたスタッフに頼む。

 見えている聞こえている位置なのでスタッフがあちらのテーブルに近付いてすぐクァシンはやってきた。

「お呼びでしょうか?」

「運営委員の方は品を見ないことには不安でしょうから、場所さえあればどこかに出しますけど」

 クァシンはあちらの席に持ち帰ると頭をさげて、戻っていった。

 あちらのテーブルから視線が注がれるが気にせず茶を飲む。



「通常の討伐と違うのはまず経費が掛かっておりません。若旦那さまはほぼソロで討伐なさいました」

 ユーチェンの言葉を運営委員は訝しむ。

「噂には聞いていたが、本当に?」

「露払い程度の助力はあったようですが、ルフへの攻撃は若旦那さまのみが行い、二羽とも仕留めておいでです。プレリアトの冒険者ギルドの解体部門長と、うちの大番頭信次も見届けております」

「っ……」

 信次の名は重郎の次に強いのか、運営委員は改めて交渉相手を認識したようだ。「若旦那さまのご希望は、相場を乱さない、のちにルフ討伐者が現れた際に不当な廉売を強いられないようにとの一点のみ」






「そういえば、ルフの足ってどう使うんです?」

 スタッフに訊く、あちらのモミジ同様の使い方をするようだ。甘辛く煮込んだりカラッと揚げたりスープを取ったり。

「お話が纏まってルフの足を運営が獲得出来ればまた新たな調理法も生まれるかと思います」

 ご大層な。いや、これは自分の認識が違うのかもしれない。

「料理勝負って、もしかしてかなり大規模な催しですか?」

「はい」

 トンルゥでの開催だが、参加希望者はシャン全体からやってくるそうだ。

「予選を通過するのが十軒、本戦で三軒が勝ち抜けて決勝となります」

 本戦に出られずとも予選で出した料理を期間中特別メニューとして提供する店も少なくなく、料理人たちにはシビアな勝負も客にとっては年に一度の美食の祭り、特別メニュー目当てで多くの観光客がトンルゥへ来るそうだ。

「遠方から来た店が敗退しても臨時に仮店舗を出すことが確約されておりますので期間中は様々な味を一箇所で楽しめると評判で」

 まるでフードイベントだ。

「料理勝負の本戦ではメインとなる食材をひとつ運営が用意しそれを使って各々が腕を競います」

「なるほど。それは重要だ、メイン食材は質と共に量も必要になる」

「はい。ですが毎年高級食材を扱うわけではなく五年に一度、馴染み深い庶民的な食材を使うことが決まりとなっております」

 それはいいルールだ。その食材の新しい料理も生まれるだろう。

「前々回がその年でございました」

 その時はニンジンがメイン食材だったそうだ。

「本戦は三日掛けて行われ、決勝は三日間の仕込み日を経て一日で決します」

 十日後にメイン食材が発表され、やはり三日の仕込み期間を取るとのことで料理勝負を観戦するのは無理そうだ。






「若旦那」

 ユーチェンがこちらのテーブルにやってきた。

「話が纏まりました」

「そう。じゃあ、お渡しするところへ行きましょうか」

 器に残っていた茶を飲み干し、席を立つ。

「え? あの、金額のご説明は……」

「第二口座に入れておいてください。事務処理だけ正しくしてくださったら、もうそれで」

 だから交渉を任せている。なのに、交渉していた四名から無言で見つめられる。

「え? なに?」

「いえ………………本当に、売却額のことはどうでもよろしいんだなと」

「うん」

 肯定してから慌てて訂正する。

「いや、どうでもいいっていうと語弊があるけど、よいようにしてくれたでしょうからそれを信じます。私は相場を知らないし」

 何故か、妙な空気が流れたままだ。

「ユーチェンさん、諦めが肝心です」

「クァシン、もしかして、あれって本当の話か。銭勘定を白でなさるっていう」

 肩書きとしては番頭と手代でクァシンの方が上だが、実際は逆か同等のようだ。

「はい。金一枚、小銭感覚でいらっしゃいます」



 白で勘定したのは一度だけだし、金の単位を小銭扱いしたのは二度だけだ。

「もうそれ忘れて欲しいです……」



現在お孫さまの(中身が増えない)財布には

 大2 金89 銀5 銅0

ありますが、口座の方は信吉に相談した通り、気にしないようになりました。

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