お孫さま、飲茶のコース
確実に、しつこく書きすぎた感…
あー、食べに行きたい。
神罰騒ぎで昼の予約は全キャンセルとなったそうだ。そのつもりはなくとも結果的に貸し切ることになった。
ゆったりと、間隔を空けて椅子とテーブルが並ぶ。ロビースペースにあった椅子は籐のものだったがこちらはもう少し、モダンというかシックというか。黒を基調とした内装、壁や調度品に見られる赤や金も派手派手しくなく落ち着いている。
ひとつの席へと案内された時、ふと気付いた。
「そういえばお店でいただくのって久し振りだな」
「どうかなさいましたか?」
何気なく零した呟きをクァシンはしっかり聞いていた。
「いや、お店での食事って久し振りだと思ってね。プレリポトで屋台の食べ歩きはしたけれど」
「プレリアトでの食事はどのように……?」
「………………あはは」
「個室か、お部屋だったんですね?」
クァシンは眉間に皺を寄せる、誤魔化されてはくれなかった。
「あの、外の店で食べるのが初めてというわけではないからね、央京に着いてすぐ食事をしたくて通りを行くひとに聞いて一人で入ったこともあるから」
銀一枚の焼き魚定食。
「若旦那さま………………」
クァシンはゆっくりと、何度も頷いた。その表情にあるのは憐れみというよりは諦めか。
「最後の、監視のないお食事だったのですね…………」
「いや、ですから監視だなんて話じゃなくておじいさまが私を案じてくださるのは私が至らぬ故のことで」
「確かに、若旦那さまの知識や教養は偏っていらっしゃいます。私もそれなりには箱入り娘と呼ばれて過ごしてまいりましたので多少はわかります。ですが目のあるところでは逐一報告させるだなんて、過保護にしても行き過ぎです」
クァシンの表情に、つい笑ってしまった。
「若旦那さま?」
「いや、プレリアでは逆だったものだから可笑しくて」
「逆とは……?」
「私の方がおじいさまは過保護が過ぎるんじゃないかってあちらの番頭さんたちに話していたんだ」
「えっ」
自分が、重郎に抵抗するような発言をしたことが意外だったようだ。
「だって私は二十も半ばなのに、おじいさまのなさりようときたら。私だって少し度が過ぎるんじゃないかと思いますよ」
「なのに、甘んじて受け入れていらっしゃる……?」
「おじいさまのお気持ちもわかるからね」
椅子に腰掛けることで話を切りあげた。
「先程の騒ぎで食材や調理器具の状態が万全とは言い難く。飲茶のコースとさせていただきました」
「へぇ、それは楽しみだな」
やっぱり、シノワズリ。どんな料理が出てくるだろう。
信吉が報告してくれているから虫は出ないだろう、比較的安心していられる。
「…………飲茶のご説明をさせていただくつもりだったのですが」
「あ、」
シャンには初めて来たのに何故知っている、となるか。だがもうクァシンはそれ以上踏み込むことはなかった。引き際は心得ているということだろう。
「料理のご説明や給仕に関しては代わりますので、一旦失礼致します」
「はい」
クァシンが一礼して去り、ついてくれたのは騒動のあとにいち早く我を取り戻しドアを開けたりしてくれたスタッフだ。
複数の小皿や小さな壺を手際よくテーブルにセッティングしていく。小皿には、ザーサイと思しき漬物や辛みを足す調味料か赤いペースト、針生姜、取り分け用に使うらしき空の皿も数枚ある。壺の方は酢と醤油だと説明された。
「白牡丹でご用意致しました」
茶の名前だ。急須のような小振りのポットのようなものを置かれる。器は小さなぐい吞みサイズの茶杯。店でも似た器で出てきた。簡単に茶を味わう時は、香りを聞く長手の器は省略らしい。
「こちらをお飲みになったあと、二煎目をお淹れ出来ますのでお声掛けを」
ならばポット的なものの中に茶葉はないのだろう。一度出し切ってからこちらへ注いだ。煎茶では器に少しずつ注いでそれぞれの濃さを均一にするが中国茶は一度大きなものへ移してから器へ注ぐことでそれをする。つまりその段階のものがこのポット的なものか。
「前菜でございます」
まずは前菜として五種盛り合わせ。
大きな皿にちょこんと二種、その皿の上に更に器が載って一種、小鉢に二種。
「蒸し鶏の香味ソース和え、満天楼秘伝ダレ焼き豚、若豆のおぼろ豆腐仕立てと、葉野菜のサラダ、イカと白身魚とスープでございます」
蒸し鶏に絡まるソースは葱と生姜の風味が利いている、ソース自体にも刻み葱がたっぷりだ。焼き豚のタレは蜂蜜かなにか、しっかりとした甘みで外側カリッと、内側しっとりと仕上がっている。若豆は枝豆のことらしく鮮やかな色合いでおぼろ豆腐というより粗めのムースのようなものだった。葉野菜は季節で変わるらしい、今回はレタスに似た野菜だった、しゃきしゃきとした歯応えに仄かな苦み、ごま油ベースのドレッシングが合っている。スープは細く切られたイカと、崩れきらない程度の白身魚、他にもキクラゲやニンジン、卵も入っている。酸味と辛みの加減がいい。
「海鮮で二種、まずは満天楼自慢、エビの赤ソースでございます」
いわゆる、エビチリだ。辛さはそれほどではない。物足りない客用に、あの赤いペーストがあるようだ。囓れば弾けるようなエビの強さ、纏うソースの味に負けていない。
「こちら、白身魚の胡椒蒸しでございます」
スープに入っていた魚よりもおおきな切り身だ。身の解れ具合から鱈に近い気がする。外側には黒胡椒が貼り付いているが身自体は仄かに甘みを感じさせる。淡泊ながらもピリッとした黒胡椒がアクセントになっていて箸が進んだ。
どちらもすごく美味しい。
「肉で二種、ワイルドボアの辛味炒めでございます」
ジャイアントと付かないワイルドボアがどんなものかわからない。魔物なのか、猪なのか。訊いてみると、小型の魔物だそうだ。辛味炒めとはいうが肉自体は赤くなっていない。たくさんの刻んだ唐辛子と、同じくらいの量の松の実に似た雫型のナッツが肉を覆っている。ナッツの油脂が唐辛子の直接的な辛さをカバーし食感もいい。
「お次が鶏のエビ味噌香味揚げでございます」
見た目は完全に唐揚げだ。衣か下味にエビ味噌を使っているのだろう。半透明のソースは塩と生姜風味。ソースというより、あんかけか。掛かっていないところはカリッと、掛かっているところは衣に更に味が入ってじゅわっと。
「ここから点心となります」
前菜のあと四皿食べたがどれも量は少なめだ。点心も少量ずつ出てくるだろう。茶は名前の通りの白茶、店で飲んだものよりもしっかりめの味わいだ、口に含めばリセットしてくれるので食事に合わせるならこちらの方がいい。
「小籠包でございます。こちらが通常のお味、こちらがカニの解し身入りでございます」
小さな蒸籠に白い小山が二つ。スープとは別のレンゲを用意してくれた。片方を箸の先で摘まみあげれば閉じ込められた汁が重いのか、小山のシルエットが歪む。レンゲに移し、箸先で少し割って旨味をいただき、まずそのままがぶりと、旨味がすごい。次の一口は針生姜を添えて酢と醤油を垂らして。
「蒸し餃子三種、岩キノコ、エビ、季節の青菜を使用した翡翠餃子でございます」
どれがどうと説明されなくても色でわかる。キノコの笠らしき黒が透けたもの、エビの赤が透けて薄桃色のもの、翡翠は文字通り鮮やかな緑色。岩キノコとは山の岩陰にひっそり生えるキノコだそうだ。シャンの名産品のひとつ。
「大根餅でございます。お好みで辛味をお足しくださいませ」
定番だろう一皿。焼きあげられた外側は香ばしく、中はもっちりとした食感だ。旨味が強い、大根の他に複数の海鮮を入れているようだ。二切れ出てきたのでまずそのまま、二個目は例の赤いペーストを足してみた。いい味変だ。
「川エビと黄ニラの炒めでございます」
蒸籠ではなく皿での提供。川エビは確かプレリアトでも食べた。あれは捕獲して脱皮を待って直後の柔らかい殻ごと調理されていた。こちらはしっかり殻は剥かれ小振りな身だけとなっている。シンプルな塩味なのだがそれがどうにもあとを引きぱくぱくと食べてしまった。
「餅米シュウマイでございます」
上部を水平に切られた小さな瓢箪のような形。皮で包んだあときゅっとくびれを作ったような。皮の縁に襞が作られ、味付けされた餅米を覗かせる。
「豆腐とカニ味噌を使った春巻きでございます」
こちらも皿での提供だ。こんがり、黄金色といえそうな揚げ色。囓ればさっくり噛みきれる。とろりとした具材、白い欠片が豆腐で、鮮やかな橙色がカニ味噌か。
「肉の饅頭でございます。ブラウンステップバイソンを使用しております」
いわゆる肉まんかと思っていたら、まったく違っていた。ふかふかの白い生地、裂け目から見えている肉はごろっとした角切りだ。甘辛くて、生地によく合う。
「季節野菜の塩蒸しでございます」
蒸籠の中に置かれた皿には野菜の小山。緑の葉野菜をベースに色々入っている。
「黒い襞状のものが蒸し餃子にも使用しました岩キノコでございます」
見た目だけでいえば、アワビを薄く切ったものに似ている。
「このあとニラ饅頭と汁そばをお出しして、甘味となります。もしも追加が必要であれば今日お出ししたものでしたら可能でございますので」
「いえ、十分です。ありがとう」
茶の二煎目をもらう。
「ニラ饅頭でございます」
透けて見えるほどの薄皮。緑のニラもどっさりだが、キノコ類と白身魚も入っているようだ。
「汁そばでございます」
麺だ。飲茶のコースだからかシンプルな麺。黄みがかったスープは澄んでいる、塩だ。中細麺に青菜が数枚横たわる。ベースは鶏ガラのようだ。麺の噛み応えから拉麺ではなくラーメンに近い。単体で麺を頼むと、五目炒めや塊肉が載ったりするものになるそうだ。
デザートは定番中の定番、杏仁豆腐とマンゴープリン。本当はもう一品あるのがコースのデザートだそうだが騒動で下拵えしたものがだめになって二品になったと詫びられた。
杏仁豆腐はしっかり濃厚。マンゴープリンも後味のくせはなく、美味しさだけを引き出していた。
「たくさんいただきました、ありがとう。ごちそうさま」
スタッフは丁寧に礼をして、クァシンと代わった。
「失礼致します。新しいお席に茶をご用意致しました」
食後にもう少しゆったりした席に移るのはあちらでもよくあることだ、ここでもそうらしく案内された席はソファだった。
「あぁ、きれいに咲いているね」
ガラス製のカップの中で、花が咲いていた。香りも予想通りのジャスミンだ。
「お寛ぎをお邪魔するかたちになりますが、のちほどこちらにてルフの足のお話をさせていただけましたらと」
「あぁ、その為に来たものね」
本来売却の話をしてから、昼食と宿泊の予定だったのに完全に順序が逆になってしまった。
「手代が残っておりますので同席させます。私だけではさすがに」
運営サイドも一名、別からやってくるそうだ。
「麺はいかがでございましたか?」
「美味しくいただきました。他にも種類があるんだって?」
「はい。違う風味のもの、麺の種類、色々ございます」
刀削麺なんかもありそうだ。
界渡りを多く求め、競争のようになった時代を経ての現在なので
かんすいも見つかっててわりと日本ちっく拉麺が浸透している感じで
見てやってください。
いつになったら食べに行けるかなぁ…年単位で無理だとは思いつつ。
ちなみに私は醤油も味噌も好きですが、塩も大好きです。
鶏白湯も好きです、生姜どさー。