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お孫さま、涙を拭う

 スターシアが読んでいた本を一緒に見せてもらえることになった。

 取り囲むようなローブ姿と騎士、司書の男は戸惑っていたが自分はそう気にならない。ひとの目に晒されることには慣れている。

 だがそうではなかったらしい者が司書以外にもう一人。

「人払いを」

 スターシアはあまり聞かないような、冷めたトーンでローブ姿の一人に言った。軽く目線を遣るだけ、振り向くこともしない。命じることに慣れた風情。

 ローブ姿は一礼して追い出しに掛かる。渋る騎士には命じられたローブ姿がなにかしら耳打ちし、司書の男には軽く許可を取り。深々と頭をさげてドアを閉め切る。貸切状態になってしまった。



「誠に申し訳ございません」

 二人きりになると、スターシアはいきなり頭をさげてきた。

「私の振るまいが目立ってしまうと自覚はしているのですが、桐人さまの御前では自制が利かず……」

「よしてください、ご身分の特殊性は私なりに理解しておりますから」

「ありがとうございます……」

 眉を寄せつつも安堵を滲ませるスターシアの眦には光るものがあった。思わず、懐から手拭いを取り出し零れて頬を濡らす前にとそっと拭った。そこまで近付いて初めてわかったが、スターシアの瞳はとてもきれいな紫色をしていた。長い睫毛の先まで髪と同じ白銀、整った顔立ちも相俟って傾国の、と謳われそうな美貌だ。

 と、まあそんなことを考えたのは一瞬のことで。拭ってすぐ手拭いを戻した。

「え? あの、桐人さま、」

「はい」

「いま、もしや、わたくし、」

 涙が零れた程度で泣いただなんて言うつもりはない。

「私は、なにも」

 見てはいないし、してもいない。そういうつもりで小さく首を左右へ振った。

「桐人さま……」

 この時、もう少し特別神司のことをよく知っていればスターシアの狼狽の意味がわかったのだが自分は不勉強だった。花を生まれに持つ特別神司は感情の揺らぎで涙を流すことはない。表情も変えるし気持ちも抱くが、私心が表に出てくることはない。出てくるとしたら、その在りように綻びが生じている証だ。

 そんなことは知らないものだから、見なかったといえばスターシアは庇われたと感じるし落涙の事実を胸に刻んでしまう。灯りの加減でなにかがついていたように見えたとでも誤魔化しておくべきだったのではと、のちのち思うことになる。



「少しでもお役に立てることがないかと色々見ておりました。揚羽屋の力の前には特別神司の出来ることなどささやかなもので……」

 今見ていたのは界を渡った者が書いたものを纏めた散文集だそうだ。

「あちらの言葉なのか、読むことも叶わないものが多いのですが……」

「この辺りは日記のような日々の記録、ここはこちらの世界で初めて知った料理のレシピ、この数行ずつ書かれているのは好きな物語の一節を抜き出しているみたいですね」

 記録の方は界を渡って生活基盤を整えてから始めた旨とそれまでの苦労が綴られ、レシピは見知らぬ食材への興味が書き連ねてある。数行ずつの方は見たことのある文章が多い。心に残る名言集のような感じか。

 多言語理解の作用か、ドイツ語で書かれた記録もフランス語で書かれたレシピも、英語で書かれた名言集もそれぞれ日本語を目にするように理解出来る。

「どんな物語ですか?」

「あちらの世界でも時代を超えて愛され、尊敬される作家の作品です。書いたのは作家と同じ国の者でしょう」

 呪われた運命に抗おうとして結果定められた通りになってしまう悲劇や、周囲の確執の所為で想い合う二人が結ばれず命を絶つ悲恋、復讐の連鎖の末語り部を残し主要登場人物が皆死んでしまう話。

「少し悲観的になっていたのか、物語の人物よりマシだと自分を慰めていたのか。悲劇ばかりを選んでますね。喜劇も書かれた作家なのですが」

 名言集からいくつか選び引用元を自分が知る程度の簡単なあらすじで聞かせた。

「こちらでも戯曲を書く者は居りますが、そこまで複雑なものではありません」

 戯曲がある、それはなかなか興味深い。

「あちらでもこの作家の作品は特別ですよ、私がお聞かせしたのはあくまでも上辺だけ。私程度では到底理解したとは言えません」

 スターシアは随分敬ってくれるが役者としても人間としても自分なんてまだまだ。

 そういえば悲恋の方でこんな一節があった。薔薇と呼ばれるあの花はどんな名で呼ばれようがその甘く馨しき香りは変わらない。

「………………」

 名前が変わろうが、自分は変わらない。名言集にも取りあげられていた。これを書いた者もまた、己以外のすべてが変わる戸惑いを抱えていたのだろうか。

「桐人さま?」

 大実業家の孫として、神託にあった者として。周囲は無条件に心を寄せてくれる。血の繋がりもある重郎を除いて、彼らが見ているのは果たして本当に自分だろうか。世界が変わり名前が変わり、それでも自分は変わらない。まだまだ修業が必要な、役者としては駆け出しに過ぎない若造だ。

「…………いえ、すみません。少し考えてしまって」



 気を遣ってくれたのか、話題を変えて魔法の講義を少ししてくれることになった。

「純粋に、傾向として魔法は万能な奇跡だと界渡りの方の多くが勘違いなさいます。魔法はけっして万能ではなく勿論奇跡とは異なります。途方もない幸運が重なった末の偶然か、神の御業を奇跡と言います。魔法は望む結果を得る為のただの技術であり手段です」

 髪を乾かした魔法を例にすると。

 時間が経てば髪は乾く。まずこれが結果だ。

 風も火も自然に在るもの。これが手段。

 つまり、結果を求めて技術を用いそれを為す。髪を乾かすのと考え方は同じだ。

「魔法を属性で大まかに分けているのは、どういった自然の力を借りるのかに由来します」

 収納箱を筆頭に、魔道具に使われている魔法はどうなのだろう。訊けば仕組みに魔法を組み込める職人が居て初めて魔道具が出来るそうだ。

「アイテムボックスに組み込まれている魔法は、属性では括りにくい特殊なものに分類されます」

 物体を小さくするわけでもないのにたくさん入る。物理法則を無視した箱。

「ならば、そういう魔法があるということですか」

「えぇ。使える者は感覚的にこなすようで術式や展開方法などひどくあやふやで、詳細は長く不明なままでしたが近年解析が進み魔道具として使えるように」

「革命的だったことでしょう……備蓄から物流から、あらゆるものが変わる」

 スターシアは満足そうに頷く。

「はい。ですがアイテムボックスは貴重でとても高価な品物ですしその魔法自体も使い手の力量によって持てるものに制限があったり様々で。無論、力量による差はどんな魔法でもいえることです」

 同じ楽器を使っても演奏者によって音が違うように同じ魔法でも使用者の技量に左右される、と。

「アイテムボックスの魔法に関しては、うまく術式を発展させれば物を移動させる転移も可能になるのではと現在研究が続けられています」

「物を移動……物質の転移……」

 入らない筈の容量を収める、まるで箱の中に別の空間があるような。

 それこそ、次元の狭間ではなかろうか。三方向の拡がりで三次元、そこにプラスされるとしたら。

「まだ夢物語の段階でございます」

 寧ろ、転移の方が簡単では。

「確認ですが、手の届かない位置から手の届く位置へといった本当に短い距離でも移動したら転移となるのですか?」

「え? えぇ勿論……私は研究者ではないのであまり詳しいことはわかりませんが」

 ならやはり転移の方が簡単そうだ。ぼんやりと宙を見ながら考える。

「物体の位置を空間的な座標で捉えて、その点を動かす……あぁ、なるほど」

 ふと目にした机の端に積まれた山の一番上から一冊、手の中へ。

「こういうことか……」

「えっ?」

「………………あれ?」

 見なかったことにしてもらった。





気付いてませんが、お孫さまも収納の魔法は使えます。

アイドル事務所の彼のおかげで使えるんですが、必要にかられたことがないから

試したこともない。

たぶんそのうち気付きます。

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