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お孫さま、ひらひら

出発準備です。

 信次の言葉通り、本当に午後になって外套が届いた。店に届いた錠前付きの箱を信吉が部屋へ持ってきてくれた。錠前は早飛ばしの封印のような仕組みだ。中身が外套だと思うと随分な箱だが、重郎が愛用していたものとなるとただそれだけで、なにかしらの価値が生じているのかもしれない。



「手前を指定しての施錠でございますので、開けさせていただきやす」

 信次が解錠、収納箱ではないので実物がそのまま入っていた。灰色に藍、確かに落ち着いた色合いだ。まだら模様でもなく飾り気もない。本当にシンプルで、落ち着いた品だ。だが何故か仕立屋は箱の中を見た瞬間小さく飛びあがりなにか着想を得たのかすぐ出ていった。染めるには難しそうな色合いだから、デザインの刺激になったのかも。

 信次が箱から取り出し、肩へと掛けてくれる。裾は膝下、長いがレインコートのような役割だと思えばこんなものか。

「おや」

 だが信次は意外だったようだ。

「大旦那さまがお召しの頃には足首のちょいと上くらいの丈だったかと」

 なら、重郎は若い頃とそう身長が変わっていないのだろう。七十を超えれば腰が曲がらずとも背は縮んでいくことも多いが。

「端から見て不恰好でなければかまいませんよ。この長さがあれば十分用は足りるだろう?」

「そりゃ勿論。しかし、ここまで背丈が違うとは思わず」

 少し離れて自分を見ては首を傾げる信次、座っていると身長差はわかりづらい、央京では気付かなかったのだろう。だがこれは、自分が悪い。

「あはは、あの家の者にしては、私は伸びちゃったから」

「伸びる?」

「背がね、すくすく伸びちゃって。これ以上伸びないようにっておばあさまからは頭に籠を被せられたりもしたんだけれど、伸びちゃってねぇ」

 こちらでもそういった迷信があるかはわからないが。

「えぇ? 背が伸びるのを厭うんですかい?」

 信吉は素直に疑問だったようだ。背が伸びる、子の成長は喜ばしいもの、それは勿論そうなのだが。

「歌舞伎役者に上背はいらないからね。他のひととのバランスも取れないし舞台のセットだってそうだ。ひとり伸びちゃった若造に合わせるなんてことは出来ない」

「はぁ……?」

 信吉はぽかんと口を開けていた。信次から役者云々は聞いていなかったか。

「私はね、新米の役者だったんだ」

「へ? 若旦那が、役者? いえ、初めてお目に掛かった時から麗しいお顔立ちをしていらっしゃるとは思っておりましたが……」

「おや、ありがとう。とはいえ、歌舞伎では顔は塗っちゃうんだけれどね」

 美醜の認識にさほど違いはなさそうだとは思っていた。時代や文化によって美の意味も価値も簡単に変わってしまう。特に褒めそやされたこともなければ、口汚く罵られたこともなかったので平凡な外見なのだろうと、正直気にしていなかった。

「その、かぶきってのは……?」

「こちらにも戯曲やお芝居はあるみたいだけれど歌舞伎はないからわからなくても仕方がないよ。あちらの、私が居た国での古い演劇さ」

 この説明で納得しなかったのが、信次だ。

「若旦那は何百年と続く伝統芸能を担うお家の、ご長男でいらっしゃった。大旦那さまの弟君も、若旦那の父君も代々継がれていく名をお持ちだった。若旦那はそういった名跡をお継ぎになる前にこちらへいらしたんだ」

 重郎からある程度は聞いたか。だが生まれだけのこと、自力でなにか成し遂げたわけでもないし、こちらに来たからには繋ぐ伝統も継ぐ名もない。

「信次さん、家の話はそのくらいで」

 あまり詳しく出すと重郎の過去にも繋がる。頭を低くし一歩さがる信次に小さく首を振っておいた。咎めたわけではない。

「私くらいの背丈の役者が他に居なかったわけじゃない。膝を折ったり、なるべく仕草や角度なんかで誤魔化してはいたけれど素の状態で並ぶとどうしても頭ひとつ出ちゃうこともあって。だからおじいさまの背丈は家としては正しい背丈なんだ」

「はー、つまり、若旦那は元いらっしゃったところでも、すごいところのお孫さまだったと」

 信吉の言葉に苦笑する。

「あちらでのおじいさまも確かにすごい方でいらっしゃるけれど私は孫というよりその家の若造、諸先輩方に色々目を掛けてもらっていた、駆け出しの下っ端さ」

 おじさま方の相手役をさせていただいたり大きな役をいただいたりはしていたが先を期待してくださってのこと。五十六十洟垂れ小僧と呼ばれる世界、自分は所詮駆け出しの下っ端も下っ端、なにもかもがまだまだ未熟な小童だ。

「? 信吉さん?」

 だが、何故か信吉は瞼を半分おろした、じとっとした目でこちらを見ていた。

「若旦那がご自身を下に仰る時はそのお話、一割も信憑性ございませんからね」

「えぇっ、なんで?」






 信憑性がない理由はさっぱりわからなかったがともあれ背が伸びすぎて困ったという点については理解されたようだった。

「山へ登るだけでなく平地を行く時にも風除けとしては優秀でございますよ」

「あぁ、それはいい。青藍の好きに走らせると本当に風になったみたいに速くて」

 付与がなければ着物も笠も傷んでいただろう。

「若旦那……あのグランドエクウスを、自由に走らせることがおありで……?」

 何故か信次と信吉の顔が強張っている。

「うん? あぁ、方向は従ってくれるし、周囲に誰も居なければわりと」

 信吉が信次へ若旦那の移動速度に合点がいきました、とかなんとか話している。どうやら、青藍の足が強いのは確かだがそもそも普通はグランドエクウスを好きに走らせること自体がないようだ。その速さに、騎乗している者が耐えられない。

「若旦那も仰ったように風みたいに速いんで普通の装備じゃあ保ちません。ですがあまりに重い鎧だと今度は好きに走れません」

「鎧だとその重量もあるけれど風の抵抗も受けそうだね」

「なので、青藍はほんっとにいい主人を持ちましたよ。騎乗して尚、速度を緩めず走れるんですから」

 信吉は本当に生き物に強いし、好きなのだろう。考える視点が青藍だ。

「では、こちらの外套はこのまま若旦那へ」

「ありがとう。おじいさまにもよろしく伝えてくださいな」

 純粋に、この外套は上等な品物だと感じた。見た目ほど重くなく、手触りも悪くない。留め具に細かな傷はあるがそれ以外傷みはないし、留め具の傷も重郎が着ていた証だ。これ以上傷んでしまわないよう、賜った着物と同じ付与はしておこう。人差し指と中指を揃えて、軽く摩る。本来の付与はどういった準備で行われるのか知らないが自分の場合はこれで大丈夫だと感覚でわかる。

 羽織って、身を捻り裾のひらめきを確認する。このくらいの動きでこのくらいの揺れ。しっかりと留めておけば青藍に乗って走っても平気だろう。

「ところで、外套が届いたならそろそろ出発の支度をするべきかな」

 旅に出たこと自体忘れてしまいそうなくらい、のんびりしてしまった。

 ルフの解体が済むのは今日と聞いている、このあとギルドで引き取って。重郎へ渡してもらいたい羽毛やら肉やらを信次へ渡して。厨房に頼んでいる出汁類を受け取ったら、用事は全部片付いたことになるか。

 セルジュに都合を訊ねる、出汁類の材料は確保してあるとのこと。余計な仕事をさせるのだから余裕を見てもらいたくて、三日後に受け取れるよう頼んだ。

「手前もそろそろ身が空きませんで、明日午後、ポトへ向かいます」

「アヴィルダさんやアルフさんによろしく言っておいておくれ」

 クリスティアたち聖職者一行を連れていくそうだ。あちらで用事があるとか。

「じゃあ私もそろそろ持ち物の整理をして不足がないか確認しよう」

 射籠手の紋入れは済んで戻ってきているし、青藍の馬鎧の注文は既にされていてギルドから直接、解体終了を待たず一番に作成する職人へ渡されているとのこと。三日の猶予があれば出発までには間に合うそうだ。悪いがヴィナスの分は後回しにさせてもらったと。

 税の話も聞いたし、登山用の装備も聞いた。食材の手配は済んでいるし、あとは諸々受け取って、渡して、終わりだ。

「サントル殿をお迎えになった際には必ずや私めのこと、重ねてお願い致します」

 スターシアへ訊いてくれと、セルジュからしっかり念を押された。

「あと、靴職人の手配が整いまして」

 ギルドでルフを引き取ったあとは、部屋で靴職人による採寸だそうだ。こちらも本格的に作ってもらうのは出発後となる、採寸や歩き方を見たあと足型を取らせてそれを元に合わせてもらうしかない。客としては本当に非協力的で申し訳ない。

「あ、靴の時は踵の内側に紋を入れさせますんで!」

 信次は抜け目なかった。まだ足の甲の部分にといわれなくてよかったが。


すみません、例のゲームの色違い六つ尻尾ちゃんピックアップくるとは知らず

金曜は追い掛けてました……まだ追い掛けますが! だって可愛い!


年内に仕事納まりそうにないですが会社自体が閉まるので全部うっちゃって

三が日は家に居る予定です、少しでも書き進められたらなぁと思ってます。


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