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一方あの頃。 サイラス

 初めてお目に掛かった時からその雰囲気は違った。まるで周囲が浄化されるかのような清々しさに只人ではないとは思っていた。ステップバイソンとジャイアントワイルドボアを一撃で屠る剛の者には見えなかったがなにを為し遂げても不思議はないと見ていた。だが絡んできた無礼な酔っ払いが現実を知って青ざめたのを飲み過ぎで具合が悪くなったと思っていたり、強盗紛いの暴言は普通かと訊いてきたりどこかずれていた。

 その事情を知って、すべてに得心した。



 ギルドへのお伴二度目のことだ。街の外で男女二人組の冒険者と関わったと聞き予感はしていた。案の定ギルドでは男女が揉めていた。男は明確な違反行為で捕縛されていたが女はまだ喚いていた。こういう時は別室に放り込んでおけと思ったがギルドマスターの不正が明るみになり問題が一気に炙り出されている為部屋が用意出来なかったのかもしれない。女は目敏くこちらを見つけた。

 番頭代理を務める手代が若旦那へ耳打ち、声を発するのでもなく頷くのでもなく瞬きでの返答に慣れた風情を垣間見た。

 女は無礼にも若旦那へ近付こうとするので身を割り込ませて妨げる。

「邪魔なんですけど? そのひとに話があるんです」

「こちらにはない」

 一瞥することもなく言い放つと女は喚いた。

「あんたにじゃない! 後ろに居るひとと話したいって言ってんの!」

 手代が職員と話を進めている。

「サイラスさん」

「はい」

 手代の、なすり付け行為をしてきた片割れという言葉に気まずげな女を無視して若旦那の方へ振り向く。

「なすり付けってなんですか?」

 お強いあまり、なにをされたかすらおわかりでなかったようだ。舞い落ちてきた木の葉を払った程度の認識だろうか。

 説明するとすぐにご理解いただけた。世には疎いが、ご聡明なのだ。少し言葉を足せば大抵のことは把握なさる。

 手代と職員の話がつき、解体処理場へ移動しようとしたところでまた女が邪魔をした。行く手を遮る女が忌々しくすら思えてきた

「退きなさい」

 威圧をほんの少し込めて言い放てば女は一度怯んだが、諦めが悪かった。

「あなた、すごく強いしいい馬にも乗ってる、高ランクなんでしょ?」

 女の言葉は、若旦那にはそよ風ほどの影響も持たない。耳に届いている筈の声、視界に入っている筈の姿、いずれも完全に無いものとしている。

「私、もうすぐBにあがれる、私と組まない?」

「黙りなさい」

「あなたには言ってない!」

 ようやくこちらに噛み付いてきた、職員も荒事担当が動き出した。始末をつけてもらおう。

「こちらの方は冒険者ではない、見当違いな誘いをして迷惑を掛けるな」

「冒険者じゃないなんて、また嘘でしょ? 海に行くって言ったのに、今この街に居る、こんな短期間で戻ってこれる筈ない。ステップバイソン一突きで倒すようなひとが冒険者じゃないって、そんなの、」

 醜い笑みだ、己の勝ちを疑わない笑顔は職員に両腕を拘束されて崩れた。

「失礼致しました」

 女は荒事担当に連行され、別の職員が謝罪する。それすらも若旦那は意識の外に置いた。対応は店の者に、その姿勢を貫いてくれる。お仕えする側としてはとてもやりやすい、周囲に誰ぞ置いての生活が身についている。

「上を排除しても緩んだ空気は戻せていないようだ。命を救われておきながらここまでの無礼を働くとは」

 職員は再び謝罪するが、若旦那は手代の名を口にすることで先を促した。急かすでもなく、不愉快を責めるでもなく。

 だが、やはり世慣れぬ、お優しい方であった。

 幾度か遭遇した無礼に戸惑っておられたのであろう、世の普通を問われた。

 それがきっかけで、若旦那は少しばかり胸の内を明かされた。跪く自分に世話を掛けると労いの言葉をくださった。この、ただのハイエルフに過ぎぬ存在をお認めくださった。



 だがその直後。緊急討伐対象の通称灰まだら、ホリビリスグリズリーを、素手で討伐したと言われて意識が飛びそうになった。通称が出来るのは、それだけ手強く長く生きた魔物の証拠。普段確認されるホリビリスグリズリーとは違う。プレリア北西部、サントルとデゼクの国境沿いに続く山脈、その山の奥で暮らしていた筈の灰まだらだがヴェッテの愚行で魔素が乱れ山を下りてきた。アト周辺では、集落が二つ潰されただけだが山からそこに到るまで被害がなかったとは考えにくく現在も調査が続けられている。一部の森はやはり木々が薙ぎ倒され、数人分の遺体も発見されている。そんな灰まだらをお一人で、視界も悪いだろう明け方、寝間着のまま素手で斃してしまわれた。

 あの時の班長の視線は、かなり堪えた。

『マジか、なぁお前んところのボン、マジで言ってんのか、試しにって、灰まだら相手に試しに素手でやるなんて、どんな戦闘狂だって自殺行為だぞ、おい、優男にちゃんと常識ってもんを教えたのか』

 そのくらいの訴えは含まれていただろうと思う。

『無理です。わかるでしょう、諦めてください』

 そう、視線で返したのも伝わった筈。

 緊急討伐依頼の達成について、手代とは相談せずとも考えは一致していた。

「匿名を条件とします」


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