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お孫さま、おあずけ

 ルフの素材はプレリアトでは買取しないことになった。ステップバイソン四体、ジャイアントワイルドボア、灰まだら、大物が立て続けに一箇所で捌かれると流通事情に影響が出る。相場が乱れることは極力避けたい。それに揚羽屋での買取とはいえ、プレリアトの店にそれだけの売上が計上されると色々支障もある。

 そんな感じで、解体はギルドに依頼するが素材は別の店で買取してもらうことになった。緊急討伐依頼報酬として一羽につき金五千、合わせて一万。日本円に換算して一億、すごい額だと思ったが騎士団を動かすことになるとこの程度で済まないそうだ。魔物に兵を割かれ手薄になる守りの為に退役した騎士を一時的に呼び戻したり騎士団そのものの移動費、武器防具の損傷、負傷で済めばいいが犠牲者が出た時の遺族への慰労金等々。なので緊急討伐依頼の報酬は大抵が冒険者ギルドと街や国との折半だそうだ。今回セルジュやサイラスも同行していたのだから立派に受け取る権利はあると思ったのだが、同行しただけで討伐に参加したとはいえないと、受け取ってもらえなかった。サイラスにはまだお孫さま手当てが出るだろうが実際巣の傍まで付き添ってくれたセルジュが報酬無しとはどうにも納得出来なかった。






 ギルドにルフ二体を預け、宿へ戻る。サイラスとはギルドで分かれたし、信次もそのまま店に寄るとのことで戻ったのは自分とセルジュだけだ。

 ちなみに信次は射籠手をしっかり持っていった。店に寄るのももしかしたら紋の刺繍を施す手筈かもしれない。

「セルジュさんも一度さがってもらって大丈夫ですよ? 着替えたり休憩したり」

「ありがとうございます。失礼して、着替えだけ済ませてまいります」

 湯を使っている間にセルジュは戻っていた。

「ご朝食をお持ち致しましょうか?」

「んー、さっき命を奪ったところですぐ食べる気にはならないから、なにかお茶をいただけますか?」

「すぐご用意致します」

 セルジュが淹れてくれたのはシンプルなハーブティーだ。レモングラスと、あの葉も混ざっていそうな風味だ。

 今日このあとの予定を考える。

 一度、店に顔を出さなければ。持ってきてくれた食材は店にある筈だ。さすがにすき焼き鍋はないだろうからスキレットで代用するか。確保出来た卵は十個。中は一般的な鶏卵と違いはないそうだ。卵黄と卵白、カラザ。魔物によって殻の外見に差があるそうで、ルフは灰色をベースに白や臙脂がまだらに混ざる。今回確保した卵のサイズだと卵黄はギリギリ片手で持てるか持てないか、ハンドボールくらいの大きさがあるようだ。幸いにも収めてしまえば時間の経過は無視出来るので一度に使い切らなくても悪くなることはない。

「ルフの卵、殻にも用途があったりしますか?」

「高級魔物卵の殻は多くは観賞用に保管されます」

 金を積めばおいそれと買えるものではないこともあり、記念に取っておく場合が多いそうだ。高級ワインのラベルを置いておくようなものだろうか。

「保管以外ですと、鮮度にもよりますが殻の内側の膜は大変希少な魔力回復薬の、外殻は栄養補助剤の原料のひとつとして珍重されております」

 膜を使うのは新鮮な場合、外殻は鮮度は関係ないとのこと。

「なら殻も捨てずに引き取ってもらうことにします」

「是非そうなさってください」

 本当は、今日の夕食にでもすき焼きをと思っていたのだが、信次に声を掛けたら縋って断られた。大旦那さまが若旦那と食べたがっていたのを手前が先にご相伴に与るわけには、と。

 そういうわけで、すき焼きはおあずけ、後日ひとりで食べることにした。ただ、いつでも生食可能な卵が調達出来るわけではないし、自分が持っていてはうっかり使ってしまうかもしれないからとひとつは信次に渡すことにした。央京の本店には一斗缶サイズの卵を入れていてもさほど響かない容量の、時間経過のない収納箱があるそうだ。どうせならルフの肉や素材もある程度渡したいと思っている。ルフの羽毛は保温性に優れ、高級寝具や防寒着の中身に最適だとか。

 ほわほわした羽毛ではない、風切り羽根の部分は色々な装具に使えるそうだ。

 実は信吉にセルジュへの報酬を相談して現物支給としてこの風切り羽根を一羽分提供することにした。ルフの風切り羽根は馬鎧の素材になるそうだ。青藍の馬鎧をオーダーするからセルジュのグランドエクウス、ヴィナスの分も一緒にと、強引に受け取らせることに成功した。馬鎧が完成する頃にはセルジュの宿との契約期間も終了の筈、旅に合流するかどうかは別としてヴィナスに馬鎧があることは邪魔にはならないだろう。






 お茶のおかわりをもらう時、菓子を用意しようかと訊かれたので見繕ってもらうことにした。食べる気にならないと言った時には訊いてこなかったのはセルジュの気遣いだろう。

 提供されたのはフルーツタルトだ。鮮やかなフルーツの下にはきちんと焼かれたクレームダマンド。今作ってくれたばかりなのか、フルーツのツヤツヤした輝きはゼラチンではなくシロップの照りだ。

 いただいていると信次が戻ってきた。わざわざ挨拶しに来てくれたので、着替えだけでなく湯を使うなり横になるなり休んでくれと言っておいた。

 言っておいたが、やはり本店の大番頭ともなるとそう日程に余裕があるわけでもないようで。






「では、若旦那の次の行き先はシャンということでよろしゅうございますか?」

 今後の予定を詰めさせられた。気儘にふらついている身にそうそう付き合わせるわけにもいかないので地図を見ながら旅程を決める。

「そうなるのかな? シャンにあるって聞く麺類も気になるし、こちらでの高地を経験しておこうと思っただけで、そう深い理由じゃないんだけれど」

 プレリアからシャンに入り、山脈を越えてサントルへ向かうつもりだ。

「ここ、プレリアトからですと……この街道を進んでここで国境を越えて、」

 信次が持つボールペンの尻が地図の道を辿る。

「高地とは、このシャンビー山脈のことでよろしいんですよね?」

 シャンの国土を斜めに突っ切るように聳える山脈、名前は知らなかった。

「うん、砂漠と山とを選んで、青藍の足を考えても山かなって」

「でしたらこの位置にうちの支店がございます。まずこちらへお寄りください」

 信次が示したのは、国境を越えて少し進んだ山の麓だ。

「こちらがトンルゥという街、この街から山へ入ると下山するのはこちら」

 トンルゥからは山を越えやや北に出る。

「こちらはシィルゥ。ここにも支店がございます。個人的な理由でこの二店には、あまり関わりたくねぇんでございますが……」

「ん? どういった店なんだい?」

「それぞれの店の主は双子の姉妹でして……いえ、忘れてください」

 疑問は残るが、よく自分が見なかったことにしてもらうので、忘れてくれとまで言われれば。

「シャンビーの山越えとなれば相応の備えが必要です、以前拝見した打飼袋の中に防寒着があったように記憶しておりますが」

 確認したいと言われ、打飼袋から出して信次へ渡す。外はなにかの革のようで、裏地はこれまたなにかわからない毛皮のロングコートだ。防水性と保温性は高そうだが。信次は裾を何度か捲って確認していた。次に、同じく内側が毛皮のブーツと手袋も。中が同じだとわかると信次は外側や縫い目を確認していく。

「これなら馬に乗っても支障ないでしょう。ですが念のためこの上に羽織る外套をご用意致します」

「この上に?」

「薄手のものですが上にすれば雨風を防げます」

 肩から下方向へ、裾が広がるようなジェスチャーをされてなんとなく信次が言う外套の形がわかった。マントというかポンチョというか、そういったものだろう。青藍用の装備と合わせてトンルゥの店で受け取れるように手配するとのこと。

「アトである程度仕立てたものをトンルゥへ送ります。仕上げは向こうの技術者にさせます。お着きになる頃には仕上がっているかと」

 山で使うものだから、現地の技術の方が合っているだろうとのこと。この辺りの判断は信次に任せる。

「信次さんの方の予定を聞いておきたいかな、恐らくだけれど私の所為でここまで来ることになったんだろう?」

 シャワーの試作を持ってきたなんて口実に過ぎない。不確かな存在になりかけていたのを信吉が報告して跳んできてくれたのだろう。

「手前はアトでの用が済み次第、ポトの店に顔を出す予定でございます」

「用が済むのはいつくらい?」

 信次はにっこりと笑ってから。

「若旦那の外套をトンルゥへ送り出す頃には」

 揚羽紋を監修する気満々だった。


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