お孫さま、初めての積極的討伐 2
戦闘描写はほぼなくさくっと串打ち……ではない
職人の言葉でこの状況を生み出したのが例のパーティーだと確信する。
「さっきの野営地で、連中が唐辛子玉を作っている痕跡があった。大方それ使ってしくじったんだ」
唐辛子玉。
胡桃の殻なんかを利用することが多いそうだが投げれば割れるよう細工した玉へ粉末の唐辛子等を詰めたもので、大抵は魔物から逃げる時に煙幕代わりに使われるそうだ。目や呼吸器が唐辛子の刺激でやられるので魔物は深追いしてこない、と。だが使い方を誤って魔物へ直接ぶつけてしまえば逆効果。致命傷ではないが滲みるような攻撃をしてきた敵と認定され怒らせる。わざと怒らせて思う行動を取らせて仕留めるのならいいが、そういったことが出来るのは小さめの魔物だ。間違ってもルフに使うものではないし、そもそも初心者や素人が持つ補助的な道具だそうだ。非戦闘職が街道を行く時に携えたり新人冒険者が安全に帰還する為に使う。慣れた冒険者になると専門の店でしか買えない、安全性と討伐の達成確率を高められる、麻痺する成分が入ったものを使うとか。
彼らは、それを買う金にすら困ったのだろう。ルフは大きな魔物だ、必要になる玉の数も多い筈。僅かな金を惜しんで市場で買える唐辛子を自分たちで粉にした。
「あそこで動いたな、誰か居るぞ」
倒れた木と瓦礫の間に誰かを見つけたようだ。職人とサイラスで引っ張り出す。
「うぅ……助かった……」
「そいつは話次第だな」
呻く男に職人が投げたのは辛辣な言葉だ。だがその怒りは尤もだ。ギルド運営に必要なのはまず所属する冒険者たち。功を焦り無謀なことをして命を落とすのは、職員としては許せるものではないだろう。
そんな風に考えていたら。
「若旦那、なにやら感心していらっしゃいますが班長さんはお達しを守らなかったことに怒っているのでございますよ」
信次に言われた。
「運営組織が禁じたことを身勝手な理由で破るんだ、もし外部との連携を予定していたとしたらギルドの信頼にも影響します」
なるほど。確かにそうだ。
「あと、今回の場合は若旦那がその連携先の外部ですからね?」
「私かい?」
「えぇ。ただでさえ若旦那に対してギルドは失礼続きだ、あの班長さんの頭が破裂しそうなくらいの怒りもわかりますよ」
確かにギルドでは面倒が多かった、不躾で無遠慮で横暴で。でも全員がそうではないので登録するつもりはないが、個が集まるのだからどこも一枚岩とはいかないよなぁと思うだけだ。
職人による聴取でタレコミの裏が取れた。件のパーティーの一員で、主犯格。
「五名中二名は刻まれたとのことだ、まあこいつの盾にされたってことだな。他の二名はわからねぇとよ」
怪我人だが職人は容赦なく縛り上げていた。どうも、仲間を盾にした事実が審議不要の犯罪行為になるそうだ、あちらでの現行犯逮捕に近いか。放置すれば今度はこちらを囮にして逃走を企てるだろうと。
「灰まだら討伐ん時も相手方はこいつらの行動を不審がってた。大方適当な言い訳作って相手方を盾にしたんだろ。あっちの被害は甚大だ」
それでも尚、借金を抱えたのは彼らだった。冒険者は保証がない職業なのだからある程度貯えはしておくのかと思ったがどうやら逆の考えをする者が多いらしい。明日死ぬかもわからない、明日の為に金を残すよりも、今日を満足させる為に金を使う。宵越しの金は持たない、なんて言い方だと伊達かもしれないが現実ではそう褒められた行動ではない。
「親の目を眩ましたあとでこっそり卵を盗むつもりだったらしい」
意外にも彼らの狙いも卵だった。だが、計画がお粗末すぎやしないだろうか。
対峙するのを避け卵を盗み出すことだけが目的なら、香りのする木でも燃やして視覚と嗅覚、両方を撹乱させればよかったのでは。怒らせるよりずっと安全だ。
「呆れる理由だがな、借金返済を目論んで、揚羽屋に持ち込むつもりだったとよ」
ルフ討伐の有力候補は自分たちが仕留められなかった灰まだらを仕留めた者だと予想はしたそうだ、そいつになにもかも持っていかれると思って先手を打ち、卵を巣から盗んで最近食材を買い集めている揚羽屋に売り込もうとした、と。冒険者がギルドを通さないのも問題行動だったと思うが、その辺りはまるっきり無視しての行動のようだ。
「貴重な卵を持ち込めばお抱え冒険者になれるって夢まで見ていたらしい」
意外と揚羽屋お抱えは冒険者の中では割のいい仕事なのだろうか。
「揚羽屋が食材買い込んでるって情報集めるくらいなら、もうちっと頭働かせろ。おめぇらは、灰まだら討伐者で揚羽屋の若旦那のルフ討伐を邪魔したんだ」
職人の言葉に猿轡まで施された男は青い顔で信次を見る。
「俺がでけぇ熊倒せるような猛者に見えっか?」
信次に睨み返されて男は慌てて目を伏せる。
「迫力は十分じゃないかい?」
「若旦那、冗談はおよしになってください。手前も商人ですからある程度の自衛は出来ますがね、熊は無理でございますよ。商いも戦いも対人が専門でさぁ」
笑顔で言うが、つまり信次は対人戦に慣れているということか。商人なら、旅の途中で危険な目にも遭うのだろう。護身術を身に付けていて損はない。
「行きますよ? 私がぼんやりしていた所為で二、三日無駄にしたようですし」
男を連行して街に戻ろうとする職人に、少しびっくりした。だってまだここでの用事は済んでいない。
「だ、だが、ルフがあの様子じゃ」
「怒りで動きも大きい、隙も多そうです。他の皆さんはここで」
待っているよう頼むつもりがセルジュは頷かなかった。
「では私が残ります。班長と大番頭さま、私より前には出ませんように。風向きを操って気配を隠します」
サイラスが残ってくれる。風の魔法で唐辛子の粉と、ひとや馬の匂いを飛ばしてくれるそうだ。
「そういえば、唐辛子の粉が撒かれたなら卵は……」
「割る前に洗えば影響はございません」
サルモネラ菌すら寄せ付けないのだ、唐辛子の粉が付着した程度で中身に影響はないそうだ。よかった。
しかし、この問いはサイラスや信次を呆れさせた。
「若旦那……本当に、卵が狙いなんでございますね……」
「すぐ手に入る生食可能な卵があれくらいだって聞いたからね」
サイラス、職人、信次、主犯の男を置いて巣へ向かう。青藍もヴィナスも怯える様子もない。
「露払いはさせてくださいませ」
「お任せします、私がルフを狙う間に出来れば卵を」
「畏まりました」
セルジュが先陣を切り、怒り狂うルフの羽ばたきをものともせず先へ進み勢いを殺いでいく。その間にルフの動きを見て癖を学ぶ。
今、と思った瞬間矢を番え、放った。一羽の顎下から脳髄を貫通。近付く殺気、反射的に矢を放つ。もう一羽も仕留めた。
咄嗟に仕留めたもう一羽は、呼び出された番の片方だろうとのことだ。サイズがサイズだけに倒れ伏すと厄介だ、瓦礫は増えるし地面はへこむし砂埃も舞う。その前にさっさと片付けた。視認で片付けてしまう方法を練習していてよかった。
「おや、意外と小さい?」
卵は五個ずつ、十個あった。親の大きさから考えればドラム缶サイズかと思っていたが卵にしては巨大だが、一斗缶サイズだ。
「ルフの卵は成長致します」
セルジュによると、産卵時の大きさはひとの片手にぎりぎり乗る程度のサイズで殻ごと成長していくそうだ。詰め込まれた魔力を使って殻ごと大きくなり最終的にこのくらいになると手で示されたサイズはやはりドラム缶だった。
「小さいほど中の魔力量は高く、栄養価も価格も桁違いです」
「これは?」
「最高級といって支障ないでしょう」
ドラム缶サイズまで成長してしまうと中で雛が形成されているそうなので、まだ小さめのうちに確保出来てよかった。
「卵の状態で成長するってことは、このまま持っているだけで大きくなってしまうのかな?」
「親の魔力と反応して成長が起こります。親が居ぬ今、その卵はもう成長せず孵ることもございません」
「うーん、こういう時しみじみ思うけれど、ひとというのは残酷だねぇ」
しばらく口を開けてぽかんとしていた職人がやっと復帰というか、我を取り戻し説明をしてくれた。
「そいつらは生きた人間の脳みそをまず雛に啜らせる、生きたまま頭割ってちゅーちゅーとな。そのあと心臓を抉って喰って、肉は放置だ。それに寄ってきた魔物を襲ってまた脳みそを啜って心臓を喰って。それを繰り返す。だからどっちが残酷かわかったもんじゃねぇぞ」
「あれ? 象を餌にするって図鑑には……」
「象の脳みそと心臓も食うがな、最初はひとだ。図体の割りに脳みそがでかい」
「あー、なるほど」
「いや……そこを、なるほどで済ませるお前さんも大概だな……」
何故か職人に呆れられた。
「だって脳が重いからこうして直立二足歩行なわけですし」
職人は初対面だろうに信次に、お前んとこの若旦那は学者かなどと訊いていた。