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お孫さま、贅について教える

憧れはするけど長く乗るよりさっさとおりられる方をよく選びます。

 弓は持っていなかったがなんとなく打飼袋に増えている気がして確認してみたらやはり。

「若旦那、いずこで弓をお求めに?」

 出発前に一緒に打飼袋の中身を確認した信次は新たな持ち物に、既にどこへ紋を入れるか目で探っている。

「いや、たまに増えるみたいなんだ」

「増える?」

 立派な和弓だ。矢は三十、水筒や財布と同じく減っても勝手に数が戻りそうだ。弓懸、和弓用のグローブだがこれもご丁寧に用意されていた。それぞれ信次に訊きながらどこに紋を入れるか決めた。

「若旦那ご自身が紋をお入れになるということは……」

「賜り物だねぇ」

 上手く扱える自信がなかったのでセルジュに相談すると、指導してくれることになった。夕方なら訓練施設も空いているそうなので、その頃に頼んだ。






 さて、頃合いとしては昼食時なのだが軽めに色々いただいたばかりで欲しいとは思わない。信次も今はいいとのことだった。ヤマトから長距離移動をした直後だ、胃が受け付けないのかもしれない。

「若旦那にひとつ、ご相談が……信吉、おめぇ手代として何役だ」

 上司の表情で信次が信吉へ問う。

「役付手代、三年目でございます」

 信吉も表情を引き締め、言葉を返す。手代と一括りにしてしまうが階級のようなものがあるようだ。

「そうか。こっから先は少なくとも支配役じゃねぇと聞かせられねぇ」

「へい。若旦那、失礼致しやす」

 丁寧にお辞儀をして信吉は部屋を辞した。気まずげに信次が口を開く。

「どれだけ馴染みがあろうとこればかりは揚羽屋内の決まりでございまして、」

「制限が掛かっているんだろう? 情報公開レベルというか、権限というか」

「ご理解がお早い。若旦那はあちらでそういったことにもお触れに?」

 信次は驚いてくれるが小さく首を振る。

「あちらではね、札での通話みたいなことは誰でも出来るくらい通信網が発達していて様々な情報に溢れていたんだ。勿論玉石混淆、嘘もありましたけどね。そんな世の中でしたから漏洩には繊細になりますし少しでも気を緩めればどこかしらから洩れて瞬く間に騒動になっていました」

 こちらではまだ聖職者による誓約があるだけ守られやすそうだ。

「なるほど………………では、遠慮無く」

 信吉に促され、ソファから大きめのテーブルへと移る。信吉が色々捗ると喜んだ会議が出来そうな応接スペースだ。

 テーブルへ拡げられたのはなにやら線が書き込まれた地図。

「若旦那が大物を立て続けに仕留めてくださったことで計画があれよあれよと進みまして。大旦那さまがお若い頃からの悲願ともいえます。まったく新しい乗り物でございます」

「これは………………鉄道かい?」

 信次の目は大きく見開かれる、一瞬言葉を失ったようだ。

「ご明察の通りで。ですが、何故」

「乗り物と言っただろう。馬車があって船もある、空路なら海の上も走る筈、ならひとつだ」

 信次は姿勢を正しつつ、平静を取り戻した。

「これまた話が早くて助かります。大旦那さまは馬車よりも安全な移動を目指しておいでで」

 地図を見れば書込された線が二種類あった。恐らくこれは敷設計画と、完了した線路。だが計画は中央大陸をぐるりと巡るような形で進んでいる、信次はいったいどんな狙いでこれを見せたのか。

「ご相談したいのは、客車についてでございます」

「構造はわからないよ? 列車はレールの上を惰性で走っていることくらいしか」

「惰性についてもご存知とは。若旦那はあちらで役者をおやりになりつつ学者でもいらっしゃったんですかい?」

「まさか。あちらじゃ誰でも知っていることですよ。それで客車の何を訊きたいのかな」

 構造でなければ、何だろう。

「客車の中のことを伺いたいんです。どういった椅子だったのか、床は、天井は、窓は、馬車との違いがよくわからず……内装も出来ましたら」

 なかなか範囲の広い質問だ。地図を見る。線路は長い、大陸横断、寧ろ周遊か。

「もしかして、寝台列車かな?」

「そうです! あぁ、ご存知でよかった! 大旦那さまの仰る、乗り物内で寝るというのがよくわからないのでございます」

 疑問は理解した。だが少し困った。

「うまく描けないだろうけど思い出せる限り描いてみようか」

 先日手に入れた方眼紙を使って、極力スケール感が伝わるよう図を描いていく。まずは人間、その隣に車輌の大まかなサイズが伝わるよう長方形を。



「基本的に複数の車輌を連結させるんだ。それほど乗客が多くない路線なら、一輌だけで運行する場合もあるけど」

 信次が紙に控え始めた。図を待つだけでなく話も拾っていくようだ。

「寝台列車……そうだなぁ……」

 確か残っていたのは日の出を冠する列車だけ。他はクルーズトレインと呼ばれる移動よりも旅の内容を重視した高級客車だ。

 まずは日常的に運行されていた日の出を冠する方。値段に応じて違いがあった。

 カーテンで仕切られただけの二段ベッドを連ねたような比較的安価な車輌。壁でしっかり仕切られた個室タイプ。こちらも確か上と下とがあった筈だ。乗車経験がないのでニュース映像なんかで見た記憶を掘り起こして描いてみる。信次が手許を覗き込むが説明しなければいまいち伝わらないだろう。

「顔の傍はさすがに衝立になる程度の仕切りはあったと思うけど、基本的に全体が繋がった空間じゃなかったかな。乗ったことがないから詳しくはないんだけど」

「はー……文字通り、寝台を据えるわけですか……」

「それだけじゃないよ。水もしっかり積んでいて、シャワー室もあった筈」

「シャワー! 移動する乗り物にまで、シャワーを?」

「それだけ長い時間乗っているわけだしね」

 確か、窓際にカウンターテーブルのようなものを配して座れる車輌もあった筈、でなければ二段ベッド客が断食を強いられる。

 数枚描きあげた図を信次は手に取り、掲げるようにして眺める。

「それらとは別にまだあるんだけど、さすがに描けないかなぁ」

「別に、で、ございますか?」

「今描いたのは合理性を追求した車輌。別に、贅を凝らした寝台列車があって」

「ほう……それは、是非ともお教えいただきとうございます」

 信次の目が光ったような気がした。



 だがやはり詳しくはない。鉄道好きの話に付き合い色々聞いたり、話題になっていたので雑誌で見たりはしたが。

「車輌の外観も洗練されていて……」

 いわば、列車のファーストクラス。

「乗客をもてなす乗務員が多く居てね、楽器の生演奏とか、茶を点てたり、調理も動いている列車でするし……」

 一つの車輌で上と下にわかれることもなく、完全な個室が基本。最上級の部屋になるとまるまる一輌使ったり。

「居間、寝室、浴室とその一輌を贅沢に使うんだ」

「一輌まるまるを……」

 他にも、列車の端の車輌、最後尾に外に出られるスペースを据えてあったものや外をゆったり眺められるよう設けられた展望車輌も説明した。

「あくまでも私が居た国で走っていたもの、だけれどね。他の国にはもっと色々な列車があったと思うよ。こうした贅沢な列車も元々が違う国で古くからあったものだし」

 描けたのは、一輌における部屋と通路の割合くらいだ。



「こんなところかな」

「若旦那……この信次、今、煌めく財宝を目にした気持ちでございます。特にこの贅沢な車輌……寝台列車がいまひとつ、掴めずにおりましたが、動く宿と考えればよろしいのですね」

「おじいさまがこちらへいらっしゃった時期を考えると、ちょうど寝台特急が走り出した頃じゃないかな。速さを求められての運行だった筈。そのあと、あちらでは移動手段も発達して速さを誇るものが多かった」

 運行を始めた直後くらいだったのでは。新幹線はいつだったか。こういう時に、己の世界の狭さを痛感する。

「とっきゅう……? 等級でございますか?」

「特別急行の略称だね。すべての駅に停車するのではなく、特別に急いで先を行く運行形態というか。反対にすべて停まるものは各駅停車や鈍行と呼んだり」

 まだ始めるところなのだから急行も鈍行もないだろうが。

「寝台列車は減ったけれど、完全になくなりはしなかった、不便を楽しむというか旅情を味わったり、夜寝ている間に移動出来ることで旅程の都合がいい、とかね。だが多くは贅沢さを売りにしたものに転向したんだ。清掃や備品の補給などで客に出ていってもらう必要がある、途中停車した駅で客をおろし土地を案内し観光させその間に諸々の支度を済ませて、また客を列車へ戻す」

 乗る前から特別なもてなしがあったとも聞く。専用改札、専用通路、過ごし方の事前説明に、専用サロン。

「土地に金を落とすことにもなります、上手い仕組みですね」

「でもそういった旅が出来るのは限られた富裕層だったけれどね、若しくはとても列車旅が好きなひとたちとか」

 贅沢な車輌を使った旅は緋一枚でも足りない話すと驚かれた。

「勿論座席というか部屋のグレードでも違うけれどね。まあ宿の部屋と同じだよ。値段の分手厚くてね、観光するにしてもすべて支度されていてどこかで待たされることもなければ普段見られないようなところを見せてもらえたり、特別なお土産をもらったり」

 いわば団体旅行だ。個人でふらっと立ち寄るのともまた違う。

「なるほど……いやこの計画で贅を尽くすという視点は初めてで」

 勉強になる、と信次は頻りに頷いていた。

「でもね、本当の贅沢って、上等なものに囲まれているだけじゃないと思うんだ」

 信次が纏めた内容や自分が描いた図を見て思う。

「あちらでは豪華な寝台列車が何日も掛ける始発駅から終着駅までその気になればほんの数時間で行けてしまう。こちらでの空路は、生き物に一人か二人が乗ってになるんだろうけれどあちらでは三桁の人数が一気に空を渡れる。そういう乗り物があった。おじいさまもご存知だろうけれど、おじいさまがいらした頃よりもずっと手軽な乗り物だった。上空で夜を一度越せば大抵の海は越せた。そんなだから、」

 しまった、信次がきょとんとしている。上空で夜を越すのがわからないようだ。金属製の大型の乗り物が空を飛ぶのだと説明した。

「凄まじい技術でございますね……魔法のない世界だと伺っておりましたが」

「魔法みたいに色々出来るけれど魔法じゃあないよ」

「しかしそのお話を伺って納得致しました。不便を楽しむ、の意味を」

「そう。大事なのはどこに主を置くかだと思うんだ。効率や合理性、利便性なのかはたまた特別感、快適性なのか。本当の贅沢はそれらを選べることかもしれない。私みたいな若輩者が言っても説得力はないだろうが」

 地球とは進化や発展の仕方が違っていてもこちらでは中世の雰囲気が濃い。まだまだ物の豊かさが満ちていないのだ、その辺りをクリアしてから求められるようになるのが心の豊かさの筈。

「正直なところ、私は今でも戸惑っているんですよ」

「若旦那?」

「こちらに来てからというもの、私は私の都合で何事も出来てしまうけれどそれに慣れなくて。さっき信次さんは今は休んでいるところだろうと言ってくれたけれどまさにこちらに来て以降、私は休みだ。でも情けないことに私は休みの過ごし方を知らない」

 信次は黙って聞いてくれている。

「こうすべきああすべき、そうしたお手本のようなものは知っていたけれど実際に休みの過ごし方なんて教わるものじゃない、自然と身につくものだろう? あちらでは時間が出来れば本を読むのは当然として、書や絵を嗜んだり、舞踊、三味線、鳴物、お香も学んだかな」

 他にも、自分がその時関わっていない演目を流しながら車を走らせたりもした。気分転換になったし、のちにその演目に関われた時の予習にもなった。

「でも、本当に休めたかと言われると自信を持って頷けない。どれもこれも芝居や伝統に繋がるものだった。余暇を過ごす、とても難題だ。でもね、初めてひとりで野営をした日、私はとても素晴らしい贅沢を味わったんだ」

 思い出すだけで自然と頬が緩む。

「それは、いったいどのような……」

 信次は少し身を乗り出す。わかってもらえるだろうか。

「草を踏んで歩いた」

「あ、歩い、た……?」

「そう。気儘に足を止めて、この辺りでいいかと夜を越す場所を選んでね、食事も好きにして。まだ日のある午後、何の構えもなく歩いたんだ。すごく、素晴らしく身勝手だと思わないかい? あんまり身勝手で高揚というか興奮というか、あぁ、楽しかったというのが一番しっくりくるかな」

 一歩、二歩、踏み締める度に感動した。

「それが、若旦那の贅沢でございますか」

「勿論恵まれているからこそ、衣食足りてのことだと理解はしているよ。でも誰に判定されることもなく歩くなんて、あったかなぁって……だからさっき話した豪華寝台列車の贅沢さは華美な装飾、豪華な食事だけでは計れないと思うんだよ」

 信次は少し考えてから、頷いた。

「ゆっくりと、時間を過ごすことを楽しむ」

「うん」

「確かに、既に財がおありの方々にはなによりもの贅沢やもしれませんな」

 わりと伝わったようだ。



「しかし、鉄道の計画か……動力は何になるんだい? 石炭?」

 蒸気機関なのかと思ったが。

「魔力でございますよ」

 常々魔物や魔素、魔力は資源だと思ってはいたが、ピンとこない。

「魔石を使用致します」

 いわば魔力はエネルギー、魔石はそれを蓄えている物質。

「あぁ、だから、大物を仕留めて、に繋がるのか」

 仕留めた魔物の魔石はどれも大きかった。アヴィルダにいらないのかと言われて使い方がわからないからと断ったが全店に魔石収集のお達しもあったのだろう。

「強く大きな魔物から採れる魔石は極上のもの。魔力を使い切っても砕けることもなく再利用が可能でございます。これまではこの充填作業に難儀しておりましたが思わぬ解決策が見つかりまして」

「へー、充填作業に適した高魔力地帯が見つかった、とか?」

「ほぼ正解でございますよ」

 そこに置いておくだけで空の魔石に魔力が満ちるそうだ。

「これまた都合のいい場所が見つかったものだねぇ」

「実は、若旦那のお部屋でございます」

「ん? 私の部屋?」

「央京で数日お過ごしだったお部屋でございます」

 客間の次に用意された、寝起きしていたあの部屋だろうか。

「特別な雰囲気に満たされていると感じ聖職者の方に見ていただいたところ清浄な力が無限に湧き出ているとのことで……」

 ならあの部屋は今は魔力充填室になったということか。

「敷地を少々整理致しまして、若旦那のお部屋は新たに建てておりますので」

「建てて?」

「はい。建てて」

 増築ではなさそうだ。央京に戻った時、一棟建っていそうだが今は忘れよう。

「私は本当にはた迷惑な存在だねぇ……あ、ということは、この宿」

 既に二日は過ごした。

「大喜びでございましょう。魔力が回復するかはともかくとして、少なくともこの宿が不運に見舞われることはないでしょう。若旦那がお出になったあとの部屋は、代金も跳ねあがる筈」

 マイナスしかない迷惑ではなさそうでまだよかったが。


ツイのフォロワさんのおかげで違う色のお馬さんにも乗せられたし

片方しかお迎え出来ない子を貸していただいて、図鑑は無事完成しました!

嬉しい! 有難い!

これからは集まりきらないだろうと諦め半分でちまちまと伝説集めます。

なので引き続き不定期です……すみません。

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