お孫さま、生卵
どっかで空白行いれないと読みにくいのではと思いましたが
場面的に途切れなくてそのままです。
「信次さんはすぐ央京へ戻るのかい?」
お茶のおかわりと一緒に砂糖の粒が塗された摘まめるタイプのカラフルなゼリー菓子が提供される。とにかく食べさせようとのセルジュの狙いが見える。胃も喉もおかしくはないし二日程度の断食でそこまで心配されてしまうと正直心苦しい。
「いえ、プレリアトでの用が済みましたらプレリポトへ向かいます」
「そう……おじいさまや信次さんにもお裾分けをと思ったんだけれど」
この街での用事を済ませてから港街へ行って、更に戻るとなると数日掛かる筈。
「大番頭、今回やたらと上等な収納箱お持ちじゃありませんでした?」
信吉の言葉に信次が頷く。
「若旦那がお料理をなさると伺ったので、ヤマトでなければ手に入りづらいものをいくつかお持ち致しました」
「!」
もしかすると。
「何を持ってきてくれたんだい?」
ご丁寧なことに持参したものを一覧で纏めてくれていた。ざっと目を通す。
「たくさん持ってきてくれたんだね、嬉しいよ信次さん。ありがとう」
これの代金もきっちり経費で落としたそうだ。申し訳ないやら有難いやら。
「今後もヤマトでしか手に入りにくいものをご所望の折には、早飛ばしでご予定をお伝えくださいましたら行き先の店へと手配致します」
「そんな我が儘を通してもらっていいのかい? 店の迷惑には」
「ご予定さえ伺っていれば平気でございますよ。通函も使えますので」
早飛ばしとは別に、揚羽屋内部での運送システムがあるそうだ。会社勤めをしたことがないのでよくわからないが社内便とかがそういうものだろうか。
「今回持ってきてもらったものを私がいただいて、空いた箱にはなにか入る予定はあるのかな?」
「多少はございますが……」
「もし余裕があるならお裾分けを入れてもらえないかな?」
兎肉はそれほどめずらしいわけではないらしいので、それ以外の肉を少しずつ。熊肉は引き取った量が少なかったが牛っぽいものや猪っぽいもの、カジキもどきはかなりの量がある。
「余裕は勿論ございますよ。寧ろ入れるのは若旦那から大旦那さまへのお品物で」
重郎に送ってくれると言っていた分か。信次が来ているのだから別途送るよりも持って帰ってもらった方が確実だ。
「あとね、持ってきてもらった中に白菜と豆腐、蒟蒻、お麩まであるから先日引き取った緑のステップバイソン? あれをすき焼きでいただきたいんだ。生食可能な卵、どこかで手に入るかな?」
訊けば、高級魔物卵なら生食可能なものもあるそうだ。問題はサルモネラ菌だ、普通の魔物卵だとその危険性は高く加熱処理は必須だが高級魔物卵となると魔力の強さによっては菌の入り込む余地がなく、新鮮なものに限り殻の外側を洗浄すれば生食も可能だと。サルモネラ菌という名称は知らなくても経験上微細な何かが悪さするとは知られているようだ。そして魔力が強いから安全、というわけでもなく、毒があって肉も卵も食べられない魔物も居るそうだ。
「なかなか厳しい条件だね」
「あちらでは鶏卵も生でいけたんです?」
信吉の問いに頷くことも首を振ることも出来ない。
「衛生管理の状況によるとしか言えないなぁ。あちらでも、数カ国じゃないかな。おじいさまや私が居た国はかなり徹底されていて生食はめずらしくなかった。炊きたてのご飯に掛けて食べたり、おうどんに落としたり、擂ったとろろに混ぜたり」
だが二人共すき焼き自体は知っていた。
「大旦那さまが究極のご馳走だと仰ってました。若旦那がこの地へいらした際にも宴の膳にと大旦那さまはお望みでしたが生憎卵が都合つきませんで」
「あちらでもご馳走の部類だけれど、こちらでは卵事情で一層高嶺の花だね」
「そんな若旦那に朗報でございますよ」
信吉が軽く手を挙げた。
あの熊が襲った集落二つに、鳥型の魔物が巣を掛けたそうだ。
「ルフという、肉も卵も美味い魔物です。先日の灰まだらのように緊急討伐依頼となっております」
巣が二箇所なのは、番が二組居るのではなく一組の番が二箇所に分けて巣を掛け分かれて温めているとか。食事で交代しないのかと思ったが強い魔物の卵は食事で離れる程度では死なないそうだ。
「卵はどちらの巣にも確認されておりますので、討伐されれば多少買い取ることは可能かと」
「るふ……」
調べてみようと離れた位置に置いていた図鑑を転移で傍へ、パラパラと捲る。
「あった」
ルフ、ロック鳥とも呼ばれる大きな鳥型の魔物だ。高級魔物卵の中でも、別格の大きさを持つ。
「わあ、とても大きな魔物なんだねぇ」
翼を拡げれば建物を何棟か覆って余る幅だ。象を雛の餌にするとの記述もある、羽ばたきひとつでひとも家屋も飛ばされそうだ。高級魔物卵は鶏卵の四倍程度だと聞いていたがそれは頻繁に流通するものがその大きさとのことだ。鶏卵だって多少サイズの違いはある。魔物の卵も親によって多少違っていても不思議はないが。
「親がこんなに大きいなら卵も相当大きいんだろうなぁ」
ドラム缶くらいはありそうだ。
「でもこれを討伐って、かなり大掛かりになるんじゃ……」
大規模な戦闘が繰り広げられれば卵もだめになってしまうのでは。
「あの熊と同じケースなら、私が行っても……あれ?」
二人して、ぽかんと口を開けたままこちらを見ていた。
「どうかしたかい?」
「若旦那、今、」
「図鑑が……あっちから、こっちに」
「あ」
以前信吉の前で収納したものを離れた位置に出したことがあるからうっかりしていた。
「見なかったことにしてくださいな」
「はあ……あっ! 今のも驚きましたが、それよりもです、若旦那ご自身が討伐に出られると聞こえましたが」
いち早く我を取り戻したのは信次だ。
「うん。だって、討伐が主目的なら卵のことなんておまけだろう? 私は卵こそが欲しいから」
「なりません、そんな危険なことはっ!」
「そうだ、セルジュさん」
セルジュは冒険者のランクを持っている。ルフという魔物について訊いてみた。
「騎士団のような集団が相手にするような魔物でございます。少数精鋭で討伐した際はかなりの量の罠を張り巡らせて達成したとの記録がございます」
それでも一羽を相手に、だそうだ。
「番が害されればすぐ連れ合いを呼びます。揃った状態での戦闘は集団でも厳しいものとなります」
「翼で打たれればそれだけで吹き飛んでしまうだろうからね」
「はい、まず翼を封じるか、遠距離から仕留めるか。ですがルフは魔法への耐性がかなり強く相当強い攻撃魔法を浴びせない限りはびくともしません」
「じゃあ物理的に仕留めるしかないねぇ。強い魔法なんて使ったら卵が心配だ」
図鑑には弱点めいたものは書かれていないが、セルジュによれば顎の下は比較的柔いとか。嘴の付け根、顎の骨はアルファベットのUのようになっているものだ、そこを狙えば舌から延髄へ貫ける。
「卵があるから近付かせてはもらえないだろうし、遠距離からどうするか……」
槍を投げることも考えたがしたことがない、命中精度は低そうだ。
「射程の長い武器として一般的なのは石を使ったスリングか、弓矢でございます」
「弓なら少し触ったことがある。真似事みたいなものだったけれど」
「今回挑まれずとも遠距離での攻撃手段はお持ちの方がよろしいかと」
そうだなぁと考えていると。
「いやいやいやいや若旦那お待ちくださいっ」
さすがに信次が止めてきた。
「今日は行かないよ、場所を訊いて明日辺り行こうと思うけど」
「若旦那ぁあああ!」
慌てる信次をよそに、信吉は遠いところを見る目で、サイラスさんの予定訊いておきますねと諦めていた。