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お孫さまから、若旦那

 重郎の仕込みで信次は三味も歌もかなり達者だった。それに合わせて軽く舞う。国際的大企業らしいのに揚羽屋の大番頭をこんな風に使っていいのかと思いつつも重郎がふにゃふにゃになっていたので気にしないようにした。重郎がふにゃふにゃだと、信次だけでなく女中たちも嬉しそうだからだ。

 想像しか出来ないが、重郎は周囲にも己にも厳しい人物なのだろう。でなければ後ろ盾もなく常識も違う世界でここまで商売を大きくすることは不可能だ。厳しくなければ生きていけなかったともいえる。

 三味が最後の音を弾く、扇を閉じて頭をさげた。

「素晴らしい、俺は途中でこっちに来ちまったから到達出来なかった域だ」

「私なんてまだまだですよ」

「いやいや、俺にはお前の周りで舞い遊ぶ揚羽蝶が見えたぞ!」

「ありがとうございます」

 膝の向きを重郎から信次の方へ向ける。

「信次さん。ありがとうございました」

「手前こそお礼を言わせてください。本職でいらしたんだからお上手でなんてのはご無礼でしょうが」

「いえいえ。楽しんでいただけたのならよかったです」



 二晩を経て、かなり常識は吸収出来たと思う。気候はあちらとそう変わらない。だがこちらは魔法の力もあるし人類ひとり勝ちのような進化は遂げていない、到底人間が住めないようなところで生きる種族も居る。身内が居ることもあるだろうが最初に立つのがこの街でよかった。色々綯い交ぜではあるがベースは江戸風の街だ、馴染みやすくて助かった。

 着流し姿で店を覗けば皆忙しそうに動いていた。やはり何の商売をしているのかわからない。ふと、来た時に話し掛けた少年が壁際で控えているのを見掛けた。

「もし」

「! は、はい、なんでございましょうか!」

 あの時と違ってかなり緊張している。

「そんなに鯱張らなくていいよ。少し話し掛けても大丈夫かい?」

「勿論でございます!」

「もっと気楽にしておくれ」

「は、はいっ、申し訳ございません」

「うーん」

 叱っているのではないが、どうにも悪いことをしてしまった。手早く済ませよう。

「悪いね、なにも、特別な用じゃないんだ。私が来た時、君に訊いたことを教えてもらおうかと思って」

 少年はきょとんとしていた。

「あの……揚羽屋の、商売について、で、ございますか?」

「うん。あ、私のことは皆はなんと聞いているんだろう」

「はい、お孫さまと伺っております」

 長くその存在を知らされなかった双子の弟の孫、天涯孤独の身となり流浪の旅に出ようと家を引き払ったところ祖父の書き付けを見つけ、宛名を頼りに届けに来て初めて揚羽屋の主のことを知った。

 と、いうことになっているらしい。

「かなり無理がないかい?」

「内外問わずあの時店に居りました全員がその事実に誓いを立てております」

 スターシアの行動で色々ばれていそうだが黙っていてくれるようだ。例の神託も効いているのだろう。

「そうかい、私の所為で窮屈な思いをさせてすまないね。それで話を戻すが、まあそういった事情で私はあまり物を知らないんだ。揚羽屋が手広く商売をしていると知ってはいるがここには何の品物もないだろう? もしかして皆、商談をしに来ているのかな?」

「はい、その通りでございます」

「ありがとう、よくわかったよ」

「え、そ、それだけでよろしいのですか? 扱っているものだとか……」

「おおよそのところは想像がつくから」

 もう一度礼を言って奥へ戻った。

 国を跨いでの商売だから多岐に渡る筈。衣食住は基本として、流通や資源開発、政治的に独占されているのでないなら医療や教育、人材育成、私兵を持っていれば治安維持にも手を出しているか。

「……ま、そこまで詳しく知らなくていいか」

 本店なんて呼び方だからピンと来なかったが本社だとわかれば納得がいく。

 失礼します、と声を掛けられた。信次だ。

「あの丁稚がなにか不始末でも」

「いいえ。私が揚羽屋に来た時に話し掛けた子だったので気安くて」

「さようでございますか」

「あ。でもちょうどいい。信次さんにお願いすることではないかと思うのですが、教えて欲しいことが」

「いえ、どうぞこの信次に何なりと」

 髪を乾かす魔法は必須として、どういう魔法があるのか知りたいので教本などがないかと訊ねた。印刷技術のコストによっては書籍は高級品かもしれないが。

「あぁ、そういうことでしたら」

 図書館があるらしい。






「道を教えていただければひとりで行けますよ?」

「お孫さまをおひとりで歩かせたなどと大旦那さまに知れたら私が大目玉です」

 忙しいだろうにわざわざ信次が案内してくれた。

「桐人さまがお強いことは知っておりますが、平和な場所からいらしたこともまた事実。大旦那さまはご心配なのですよ」

「うーん……どうもおじいさまは私のことを、ご自身がいらした時と同じ年頃か、もっと幼いとお思いのようだ」

「あのお歳で初めて出来た、お身内でございますれば」

「確かに高齢で子を持つと過保護になるとは聞きますね」

 五分も歩かないうちに図書館とやらに着いた。



「信次さん、もしかして」

 揚羽蝶の紋が掲げられている。

「はい。大旦那さまがお作りになりました、揚羽屋文庫でございます。知は力だと仰って読める読めないに関わらずあらゆる国の書をお集めに。今も続いております」

 国会図書館か。

 案内はここまででいいと言うと揚羽紋入りの木札を渡された。飾り気はなく手の平サイズのシンプルな木の板だ。美しい木目、丁寧に鑢が掛けられている。

「こちらをお見せくだされば、揚羽屋の紋を掲げる場所ならどこでも自由にお使いいただけます」

「へぇ、ありがとうございます」

 会員証みたいなものだと思って受け取った。紋に指先が触れた瞬間、明るく光り紋の色が変わった。黒一色から鮮やかな揚羽蝶の翅に。

「札が桐人さまを覚えました」

 個人を登録したというか、アクティベートしたといったところか。

「きれいですね、これも魔法ですか?」

 まるで螺鈿細工のような、虹色光沢が美しい。

「魔水晶をはめ込んであります。この色彩は大旦那さまと若旦那さまだけにございます」

 魔とつくからには普通の水晶とは違うのだろう。色に意味があるのかと思ったがその前に。

「若旦那?」

 満面の笑みの信次に確認する。何故呼び方が変わったのか。

「騙し討ちのようになってしまって申し訳ございません。この札をお持ちになったことで桐人さまは名実ともに揚羽屋のお身内さまとなりました」

 図書館の会員証ではなく揚羽屋の身分証だったようだ。

「これまでは大旦那さまだけがもつ揚羽の煌めきでございましたが、桐人さまにも顕れました。やはり、思った通りです」

 どうやらこの色合いで揚羽屋の中での身分がわかるらしい。

「、……継ぎませんよ?」

 承知していると信次は苦笑した。諦めきれないのだろうがこればかりは譲れない。

「私が継がせていただいても若旦那さまには変わらず、揚羽屋の若旦那さまで居ていただきたいのです。私では揚羽が煌めくには至りません」

 魔力の垂れ流しは抑えられている筈だが信次にはあまり関係なさそうだ。重郎の隠居まではまだまだ時間もありそうだし、そのうち醒めてくれるといいが。



信次「計画通り……!」

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