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元アイドル、働く。

元アイドル視点です。

ちょっとだらだら書きすぎた感…

 アルには洗い浚い吐かされた。鑑定魔法なんて聞いたことがないと最初はすごく疑われたがアルに見えている本名全部読んだらちびりそうな殺気で睨まれた。誰に聞いたどこの間者だと首掴まれて、そのまま折られるかと思ったくらい。でもすぐ冷静になってくれて助かった。曰く、オレみたいなのを間者として使っているならその国は馬鹿だし策として装っているにしては不自然すぎる、と。聖職者に魔力を放つ、聖職者の容姿を褒める、一発アウトの即首チョンパになっていても不思議がないそうだ。アルに庇ってもらえてオレめちゃくちゃラッキーだった。

「国名を姓に持つのは王族だの皇族だの、そういった一族の出だ」

「ふんふん。で?」

「お前な……俺が路地に潜んでた国、忘れたか?」

「偽乳王女の国」

 アルは吹き出していたが、突っ込みはなかった。だが、疑問を返されなかったということはアルも知っていたのだろう、あの偽乳を。

「今揉めに揉めてる国、知ってるか?」

「ヴェッテとかいうアホな国。ちっさいし、海とフラッハに挟まれてるのになにを粋がって………………あ、ヴェッテ」

「何代前かはよかったんだ、地道に北の海の恵みとフラッハとの交易で国力はそう大したことなくとも、戦もなく落ち着いた、周囲から毒にも薬にもならんと評判の長閑な国だった。だがその王が病に倒れると王子がまだ幼かったことだけを理由に王族の端くれでしかない家がしゃしゃり出てきた、簒奪だ」

「さんだつって、つまり、継承権とかそういうの無視した乗っ取り?」

 アルは頷く。アル自身はその、乗っ取られた側の血筋だそうだ。偽乳王女とは、何代か遡れば親戚だろうが限りなく遠い親戚、つまり他人だと。

「だが、お前、言うに事欠いて、偽乳王女って……ぴったりすぎだろ……ぶふっ」

「あ、アルも思ったんだ? あれもうちょいなんとか工作しなよってくらい出来が悪いよね。まだ革袋に水入れた方がよっぽどおっぱいだよ」

 この世界、ゴム風船はなさそうだった。なので革袋に水、とした。

「てことはアルって世が世なら王子様だったの?」

「さあな、古い話だから。俺のじーさまのじーさまのじーさまの、まあ何代か前がその幼い王子だったってだけだ。だがそういう家系だから名前にヴェッテが入る。不名誉すぎるのといつどこで暗殺者の目に留まるかもわからんから名乗らんが」

 冒険者ギルドの登録もアルデバランとだけ。オレもアキラだけだし、名前だけで登録する奴は結構居る。

「安心しろ筋肉よ、オレは五文字以上の名前は覚えられない!」

「自慢げに言うな! それに五文字なら俺の名前無理じゃねぇか!」

「大丈夫、ンはフィーリングっていうか略しても問題ない問題ない」

「あと筋肉言うな!」



 そんなこんなでお互いの正体を明かしたうえで、仲間として続けることになったわけだが。

「これは?」

 アルがキノコを見せてくる。美味そうに見えるが。

「だめ。ソックリダケ」

「くそ……三連続か」

 今日は冒険者の仕事で、キノコ狩り。いやちゃんとした採取依頼だ。採取依頼は意外と美味しい仕事だ。採取出来れば確定で報酬と実績が入るし採取場所で魔物を狩れればそれも収入になる。そもそも、魔物が出ないような場所での採取なら誰も依頼なんかしない。魔物が出るようなところだから、依頼になるのだ。

「めげるなめげるな、役割分担だよ。筋肉には筋肉を活かす仕事がある」

「筋肉言うな」

 アルが枝からこちらを狙っていた蛇を仕留める。よしよし、教えた通りの仕留め方だ。以前のアルはぶったぎったり、頭を握り潰したりしていたがそれでは素材の買取価格が下がる。蛇皮は高いし、毒袋がある場合潰してしまえば他の素材も毒に汚染されて使えなくなる。勿体ないがすぎる。

 なので言った、顎の骨のない位置を狙って貫け、と。投擲用のナイフなんて金の掛かるものではない、渡したのは大きめの釘だ。アルは渋い顔をしていたが、いざ使い慣れてくれば嵩張らなくていいと気に入ったようだ。

 さて、キノコだが。

 必要なのはマシロダケと呼ばれる白いキノコ。マッシュルーム激似の、美味しいキノコだ。ちなみにマッシュルームにしては大きめ。直径が五センチくらいある。ちなみにマシロダケの仲間でチャイロマシロダケってのがある。おいネーミングと思ったが、マシロダケが流通しきったあとで発見されたそうで今更白い方をマシロダケから名前を変えるのもな、となったらしい。棘のある虫の棘無しが見つかって棘無し棘虫みたいに名付けられたけどその仲間で棘のあるのが見つかったからまた棘有り棘無し棘虫みたいになった感じの。あそこまでややこしくはないが。

 ちなみにチャイロマシロダケは完全にあれである、ブラウンマッシュルーム。

「やっりぃ、でっかいのみーっけ! あ、アルの足元のはソックリダケだぞ」

「お前ほんっとーに便利だな……」

 ちなみに、総称してソックリダケと呼んでいるが、こいつは毒キノコ。きつくはないが、三日程下痢が続くし、なにより美味しくない。日本じゃ毒キノコだと知りつつ食べるってひとたちが居たが、こちらでは、クソマズのソックリダケを食べる物好きは居ない。ごくたまに、虫下し代わりに少し囓る程度。虫下しなんて言葉、こっちに来てから初めて聞いた。寄生虫を出す薬だそうだ。要は、下剤だ。これでだめならきつい薬を飲んで腹の中で虫を殺すらしい。オレは鑑定で生水の安全性も確認出来るが、面倒臭がって川の水そのまま飲む奴も多い。アルは出が出なので、ちゃんと一度沸かして飲むか、街で水筒を買っていた。街では水魔法か水の魔石で飲み水を作っている。毎回買うと馬鹿にならない金額だが安全には代えられない。現在は、オレが頑張って水魔法を習得したので水代は浮いている。魔法の適性該当無しも頑張れば便利な程度には使えるのだ。

 このソックリダケの嫌なところが、見た目が一定しないことだ。近くの美味しいキノコそっくりに生える。胞子の状態で周囲の状況を色々察知しているのだろうが詳しくは知らない。知ったところでそれが美味しくなるわけでもなし。味も症状も同じってことで、全部引っくるめてソックリダケと呼ばれる。

「よかったねー、オレ居なかったら七割くらいソックリダケじゃない?」

「あぁ……だが少しはソックリダケも混ぜた方がいいだろう」

 ソックリダケに惑わされずマシロダケのみ採取すれば、どうやって見分けたかを絶対問われる。本物とソックリダケの見極めは専門の職人、ぶっちゃけ料理人なら香りで判定可能だそうだ。料理人やってました的にごまかすことも考えたが、正直ご家庭のあり合わせやっつけご飯ならともかく、本格的な料理は無理だ。自分への鑑定が出来れば所持スキルがわかったのだが生憎と無理だった。

 鏡に映る自分を鑑定しようとすれば鏡の鑑定結果が出るし、水もガラスも同様。手の平ならどうかと思えば。


 右手

 分類 アキラの身体の一部

 役割 疑似恋人


 ここまで見えた時点で叫びそうになった。疑似恋人って、いやだってそんなの、しょうがないだろう。下っ端アイドル、恋愛する余裕も時間も自由もない。本気でくっそ疲れて寝たいのに眠れないって時に無理矢理眠ろうして、ちょこっと、してしまえばそのあと来る俗にいう賢者モード的な落ち着きですんなり眠れたりする、だが談じて恋人ではない。

 そんなこともあって、オレ自身を鑑定しようとするのはやめた。いつか会えたら鑑定してもらうつもりだ。オレに授けたくらいだから、あのひとも使える筈。






 依頼は無事達成した。ソックリダケ混入率二割という輝かしい結果で。ギルドの職員からすごいですねと言われるので平均を訊いてみると大抵三割から四割くらいソックリダケが混ざっているそうだ。

「二割に抑えられた理由は、お二人は見分け方とかご存知だったり?」

「まさか! 勘だよ勘!」

 二割で怪しまれると思っていなかったので迂闊だった。

 アルに上から頭を掴まれる。

「こいつ、食い意地が張ってるから。料理人じゃなく料理食いだがな、美味そうかそうじゃないかで当たるらしい」

 アルのフォローで職員に納得されて終わった。

 オレ、いつの間に食いしん坊キャラに。



「お前があの店に通い詰めて米食ってるの、みんな知ってるからな」

「うあーー、マジで? オレ目立つのだけは気を付けてるのに!」

「遠く離れた故郷の味に遭遇したんだなって大半ははしゃぐガキ見てる目だった、安心しろ」

「それはそれで安心出来ないよ? オレ三十過ぎてるのに!」

 何故かアルの顔が強張った。

「お前の里は歳の数え方が違うのか?」

 界渡りであることは隠しているので、里という言い方をしている。

「三百六十五日で一年ですがなにか」

「一歳は一年か?」

「そうだよ」

「………………………………詐欺だ……」

 アルが茫然としていたが気にせず言ってやる。

「オレの里、よその里のひとからよく言われてたよ。年齢詐欺だって」

「三十過ぎてんならもう少し落ち着け!」

「そっちー!?」



 さて。依頼を完了して今日と明日食べて眠れるくらいの額を手に入れたら、次はお楽しみだ。

「やっほー、おねーさーん!」

「あら、今日は早かったのねぇ」

 おにぎりを売っている店のおねーさんとは顔馴染みになった。寧ろ、閉店間際に行くと売れ残りだけどって焼きおにぎりにして渡してくれるレベル。だがそこにはラヴの気配はないのだ。なにしろオレとおねーさんを繋いでいるのは。

「じゃじゃーん! 見て!」

 ギルドには提出しなかった特大のマシロダケ。おねーさんは鋭い目つきで香りを確かめる。

「うん……これは、正真正銘マシロダケだ! しかもおっきい!」

 キャーと喜ぶおねーさんに、オレもキャーとはしゃぐ。

「仕事終わったらこれ焼いて! これ焼いて!」

「今日早番だったからもう少しで終わるよ。そうだ! アキラくんがうちのお店をたくさん利用してくれるから新しく取り扱えるようになったものがあるんだ」

 おねーさんがカウンターの下から出してきたのは、黒いものが詰まった硝子瓶。

「あ……? なんだそれ?」

 アルは思いきり顔を顰めるが、オレはわかる。

「うおおおおお! のり佃煮!」

「あ、やっぱりわかった? アキラくんならわかるかなって思ってた!」

「売ってください! おいくらですか!」

 つい敬語になってしまう、だってごはんがごはんがすすむやつ。

「ちょっと待って、試食出来るからそれから決めて」

 小さな匙に掬ってくれる。ぱくり。

「んまぁい! 白ご飯欲しい!」

 内緒ねと小さく呟いて、おねーさんはこっそりと俵型のミニおにぎりをくれた。塩も振っていないただの白飯、そこにのり佃煮がのっかって。

「最強、優勝、これはもう世界取っちゃう美味しさ」

「ほんとアキラくんて面白いなぁ」

 おねーさんはけらけら笑ってくれるが、アルの顔はドン引きのままだ。

「お前……そんな毒沼みたいなもんよく食えるな」

「ちっちっち、これだから筋肉は」

 筋肉関係ねぇだろとすかさず入るが話を続ける。

「よぉっく見たまえ。伸ばして、透かして。これは黒ではなく緑なのだ」

「あ?」

「お前だって海苔は知ってるだろ? 海苔」

「ああ、シート状にした、米を包むやつだろ?」

「原材料はあれと同じ、海藻なんだよ。それ以上は訊くな、オレは美味いことしか知らない」

 アルからの残念な奴を見る目はともかくとして、美味さを手っ取り早く知るにはやっぱり食べるしかない。ミニおにぎりは二個あったから、一個は泣く泣く、こういうのを断腸の思いっていうんだっけか、渋々のり佃煮をつけてアルに食わせた。

「……おぉ、なるほど。美味いな。ショユ? だったかの味がする」

「醤油ね、しょうゆ」

 アルは米にも醤油にも抵抗がない。そこは文化というか習慣の差なのか米の飯を忌避する者も居る。馴染みがなければ小さな粒々の集合体を気味悪がるのも、まあわかるといえばわかる。

 以前少し事件があった。食文化の違いを認めることが出来ず米を食う者を侮辱し目の前でおにぎりを地面に叩き付け踏み躙った奴が居た。どうも、オレがAランク冒険者のアルと組んでいるのをやっかんでの行動らしいが米への狼藉を許せる筈もなく。しかも、おねーさんにも暴言吐いて、おねーさん震えてたけど、毅然と言い返して。そいつは店の中から道の反対側まで吹っ飛んだ。オレが蹴り飛ばした。

 実はそれがきっかけで、おねーさんと仲良くなれた。本当なら一発で冒険者資格剥奪のだめな行動だったが、その時店に居た皆の米に対する愛は同じった。

 祖国を感じられる主食を侮蔑を込めて粗末に扱われれば誰だって冷静では居られない、と。

 お店のひとと周囲の客が味方してくれた。そしてそいつが馬鹿だったのが、このお店、国を跨ぐ大きな商会が経営しているお店で世界中にあるその商会の関連施設全部で出禁になった。オレはわからなかったがアルによると、社会的な抹殺と同じだそうだ。そんなすごい商会があるとは。

 のり佃煮は向こうの感覚で見ればちょっと高かったが買えないこともない値段でサービスするよとの言葉に乗せられ瓶五本買った。一本サービスで計六本だ。

「オレのお米ライフが充実する……」

「ご飯、上手に炊けるようになった?」

「オレはね、わりと。アルはよく水入れすぎておかゆにしちゃってる」

 お店では米に親しんだ客だけに、飯盒と生米を売ってくれている。これで外でも白ご飯が食べられる。オレはあっちで飯盒を使ったこともあるがアルは初めてだ。おかゆにするかお焦げが出来るかで日々練習中。ただオレが口酸っぱく絶対に途中蓋は開けるなと言ったから、米に芯が残るといった生煮えだけはない。

 おねーさんの退勤を待って、おねーさんちに行く。

「こいつに付き合って色々食ううちに、前までなんとも思わず食ってたもんが食えなくなった」

「舌が肥えたってことだね。アキラくん、詳しくなさそうなのに美味しいものへの嗅覚すごいもん」

「ありゃ嗅覚じゃない、野生の勘だ」

 アルの愚痴におねーさんが笑っている。オレをだしにして口説いているわけじゃない。だっておねーさん、彼氏持ちだしそこは線引きしてる。その証拠に、オレ、おねーさんの名前知らない。ちゃんと親しくなるつもりがないからだ。この街には米を売っているお店があるから居座っているだけだ。オレの目的は一応人捜しだが最終目標はほどほどに働きほどほどに生き、誰も虐げず誰にも虐げられず、老衰で死ぬ、だ。

「え! 嘘!」

 おねーさんが驚愕の二文字がぴったり似合う顔でオレを見る。

「………………歳下だと思ってアキラくんて呼んでた……」

「へ?」

「うわ、すみませんでした。アキラさん」

「ちょっと、なに急に」

「でも三十過ぎてその肌艶は気になります、ケア、なにしてるか教えてください。アキラさん」

「筋肉! オレの年齢は機密事項!」

 アルが時々こうしてオレの秘密を勝手に漏らすのは、オレが迂闊だからだ。いざ本気でやばい時にポロリした時に、オレが不審者扱いされないように、界渡りとはばれないようにの保険だ。だがせめていつなにを漏らすかは相談しろよとは思う。

「なにが機密事項だ、意味わかって言ってんのか」

 おねーさんがさん付けで呼んだのはジョークで、それでも本当に歳下だと思っていたから呼び方についてはリクエストを訊かれたけど今まで通りでと返した。

「意外とおっさんじゃんって思われるのけっこう辛いんだぞ?」

「いやアキラくん、私も思うよ。三十過ぎてて落ち着きなさすぎ……」

「おねーさんまで!」

 そうこうしている間におねーさんの家に着いた。庭付き二階建ての家に下宿している。部屋には勿論入らない。庭で待っているとおねーさんが七輪を持ってくる。

「おまたせー。にんにくあったから少し刻んできたよ」

「天才!」

 アルはピンと来ていないが、醤油瓶とバターを入れている壺がおねーさんの手の小さな手提げ袋から見えている。つまり、巨大マッシュルームのガリバタ醤油だ。美味い予感しかしない。

「宿にはキッチンがないからなー」

「アキラくん、コンロ買わないの?」

 おねーさんのいうコンロとは、七輪のこと。

「宿の庭でもコンロくらいなら使わせてくれるでしょ」

「んー、炭がいるでしょ、外での野営だと炭が出来るまで待てないしコンロ自体が嵩張んのに、炭壺まで持ち歩くわけにもいかないし」

「あー、そうだねぇ……ん、あったまってきたね」

 マシロダケは生えていた面を切り落とす、石突きは横へ倒せばきれいにぽきっといく。これはこれで美味しいので厚めの輪切りで焼くつもりだ。

 網にバターを塗って、まずは笠の伏せて。ある程度したらひっくり返して、ここからは絶対に返さない。

「うおー……マッ、マシロダケのジュースが溜まってく……!」

 危うくマッシュルームと言い掛けた。危ない危ない。

「そろそろにんにく入れるね」

 キノコの旨味汁の中に泳ぐにんにく片。

「うああ、凶悪……」

「まだまだこれから……うん、いい頃合い。ここで更に……!」

 完全に焼ける寸前でバター投入、そして醤油。

「美味そうな香りだな……」

 アルの呟きにおねーさんと二人、無言で頷く。

 おねーさんは絶妙な焼き加減で網から皿へシュッと、汁を零さずに移動させた。皿の上で切り分けてくれる。滴る汁、流れ出るにんにく片。

「いっただっきまーっす!」

 おねーさんとオレは箸、アルはフォーク。

「んっっっま! あー、最高!」

「美味しー! ほんと、この香りもだけど歯触りっていうか、しっかり厚みがあるから噛み締めた時が気持ちいい。すっと歯が入るね、すっと」

「……こんなでかさのマシロダケ、金に換えろと思ったが、うん、美味い」

 笠を味わっている間に輪切りにした石突きも焼いていく。

「こっちも歯応えがよくって、美味しいよねー」

「おねーさん、これ味付けはどーすんの?」

「さっきのお皿に載っけちゃえばいいかなって」

「あー、旨味エキスも掃除しちゃえるしね」

 笠を食べ終わる頃には輪切り石突きも焼けた。三人でまた舌鼓。

「幸せだ……」

 思わず呟いた一言におねーさんは温かい目を向けてくれる。実は色々誤解されていた。



 米に喜んだこと、米を踏み躙られてぶちぎれたこと、美味しいことに貪欲。そこまでなら単なる食い意地張ったヤマト国出身者で通っただろうがひょんなことからヤマト国に行ったことすらないとバレた。ギルドに提出しそびれた余ったキノコの話をお店でしていて、よかったら焼いたげようかと声を描けてくれた。仕事終わりおねーさんの下宿の庭で、プチバーベキューになった。その時おねーさんが持ってきたのが七輪。三人だからこれでいいよねって。おねーさんが出してくれた肉と、オレたちが持っていた色々なキノコ。すごく美味かったんだけど、オレがうっかり七輪を初めて見たと言っておねーさんがフリーズした。おねーさん曰く、コンロはヤマト国ではかまどがない家では唯一の火の口だと。かまどの有無は関係なく大抵家にはあるそうだ。それを初めて見た、つまりヤマト国出身ではない証拠だ。

 嘘を吐くなら真実に混ぜて。オレはさらっと、あっちでの身の上話をした。

 父親は見たことがない、男は色々出入りしていた、母親は男とどっかに消えた。ガキの頃だから詳しくは知らない。そのあとはガキでも出来る仕事をしながら今に至る、と。親のどっちかはヤマト国出身なんだろうが今はもうわからない。何度か母親が米を炊いてくれた、でもそのうち端金を置くだけで、数日おきにしか帰ってこなくなった。今から考えたら、母親は米を炊いてくれたのではなくて炊けている白ご飯を買ってきていただけかもしれない。どっちにしろ今はもう関係ないし思い出すつもりもない話だよ、と。

 実際は家には炊飯器もなかった。コンビニか、レンジ神。パックご飯って偉大。

 そんな感じで話し終えたらおねーさんは同情するとか憐れむとかまったくなくてじゃあコンロの使い方から教えるよって、言ってくれた。もしかしたらおねーさん似た境遇なのかも知れない。憐憫で腹は満たされないのだ。その日は宿に帰って、アルにどこまで本当の話だと訊かれたので、親がご飯くれたのが嘘と言った。最初から端金だったよ、と。奥歯に苦い葉っぱが挟まったような顔をしていたがそこはふくらはぎと背中のマッサージでチャラにした。キノコ狩りは座ったり立ったりの繰り返しで地味に身体が辛いのだ。



「美味しいって、幸せだよねー」

 おねーさんのにこにこ笑顔にオレは頷いた。本当にその通りだ。

 親のことなんて思い出したところでなんにもならない。オレは今目の前の人生を生きていくだけ。親は親、オレはオレだもの。

「そうだ、アキラくん。彼がね、のり佃煮見てアルさんみたいな顔するんだ。でもアルさんみたいに試してくれたりもしないの。なにかいい食べ方知らない?」

 おねーさんの彼氏さんは、ヤマト国出身じゃない。食文化の違いは認めているが無理な食べ物もある。ねばっとしたもの全般口に運ぼうとしないとか。

「トーストに塗ってチーズも上から掛けてもっかい焼いて、ってのは? あんまり金なかったからオレはしなかったけど、ガキの頃にヤマト国出身者でそれ食ってるとこみたことあるよ」

「えー! パンに合わせるの?」

「うん、どっかの国じゃ魚をペーストにしたやつパンに塗って食うらしいけどまあそれのアレンジみたいなもんじゃない? しょっぱいし」

 おねーさんはまず自分でチャレンジしてから、彼氏さんに出してみるそうだ。

「今日も焼いてくれてありがとねー! 」

「焼くだけで食べさせてもらえるんだからおあいこだよー」

 おねーさんの下宿先の庭を出て、宿へ向かう。

「今日はキノコ狩りで足パンパンだ、銭湯寄って帰ろう」

 銭湯との呼び方はヤマト国出身者がよくする呼び方。正式名称は、公衆浴場。

「お前風呂好きだな」

「うちの里じゃ毎日最低一回は風呂入ってたよ。水資源が豊かだったし」

 ちなみに今日の収入は。

 マシロダケ採取依頼。達成報酬 銀五。

 達成報酬は少ないがそれは買取額が別だからだ。

 採取したマシロダケが金七と銀二、銅四。採取中討伐した森蛇が金十二と金九、金十一と銀二。やはり皮に傷が少ないと高い。

 合計金三十九と銀九と銅四。本当は金十で大一となるが武器防具の代金くらいでしか使わない単位だ。一般的には金で勘定していく。区切りがいいので大になった収入は全部貯めている。それこそ武器防具を買う為の積立だ。なので今日は金九と銀九と銅四。しっかりした夕食とアルの酒代で金三は消える。あとは宿代があれば束の間やっていけるが、武器防具は新調するだけでなく、手入れにも金が掛かる。冒険者は自由で気楽な仕事に見えるが実はそういったマネジメントの部分を疎かにするとたちまち金欠で動けなくなってしまう。アルはそういう冒険者を何人も見てきた、だからオレが多かった収入分は貯金すると言い出して、こいつとならやっていけると思ったらしい。話が逸れた。武器防具は本格的なメンテナンスでなければ銀一でやってくれるが支障があった場合はその銀が金になる。ひどいと大にも。

 そんなこんなで金三と二人分のメンテナンスで銀二を引けば金六と銀七と銅四が本日の労働の対価だ。ちなみに宿は十日分前払いしてある。払った時はきつかったけれど宿から八日分払ったら二日分割り引くよと言われ、頑張った。なので、あと五日は大丈夫。金六銀七銅四もあれば風呂には十分入れる。もっとも不特定多数が利用する銭湯だが。

「俺も風呂は嫌いな方じゃないがな。宿の手前で寄っとくか」



 今の宿の契約が終わったら、さすがに移動しようと思っている。あのひとを捜す旅だ。アルには、知り合いも界を渡った可能性があるとだけ話している。

「早く風呂付きの部屋に泊まれるようになりたいなぁ」

「そうだな」



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