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お孫さま、骨を斬る

 宿にはカジキもどきの身を指定する量、切り分けて売った。切ってから計量し、キロいくらと話をつけていたそうな。もっと欲しいと嘆く料理長とこれ以上は無理だと譲らない経理担当。厨房では料理長が頂点とのイメージがあったのでなかなか面白い力関係だった。代金は帳簿上は揚羽屋に入るが宿代から引いてもらうことにした。信吉には手間を掛けさせただけになるが、僅かながらに取引実績という形で揚羽屋にも利があるとのこと。迷惑なだけでないのならいいが。

 店への道すがらお裾分けを入れて渡す器を買った。番頭へはすぐに小僧が走ってくれて、トーマスは今夜食べるのを楽しみに仕事をすると微笑み、サイラスは恐縮しきっていた。三名はそれぞれ、名前を書いたメモを添えて店の保冷箱へしまっていた。

「若旦那、一番簡単な食べ方ご存知です? 工程が少ない食べ方」

「生がいけるなら刺身が一番簡単かな」

「包丁を使うのが素人ということを考慮していただけると」

「なら焼きじゃないかな。ソテー。塩胡椒して、油を引いて焼く」

「お、それなら出来そうです」

「更に手を加えるなら両面焼いたあと油を拭いてから白ワインを、」

「それ以上は出来そうにないんでいいです」

「えー」

 どうやら信吉はあまり料理をしないらしい。

「バター醤油も合うと思うよ」

「なら切り分けて両方やってみます!」

 一枚を三分の一にしたがプレリポトの魚そうめんのトッピングで食べた切り身を考えれば八切れは取れそうだ。うん、やはりブロックの大きさに錯覚していた。






 さて。店に来たのは解体済みの四体を渡す為だ。重郎に送ってもらう分、自分が引き取る肉、青藍用の骨、その他買取分。

「青の分、有難く頂戴いたしまして、肉がそれぞれこちらに」

 ずらっと並んだ大きな肉の塊。カジキもどきで魔物肉のスケールは把握した気になっていたがそれを嘲笑うかのように、大きい。山だ、肉の山。引き取る時は一体ずつ渡してもらっていたから気にならなかったが途轍もない量だ。

「色々な部位を少しずつと、どこかがつんと塊でと、どうなさいますか?」

「種類がある方がいいかなぁ。焼きに向いている部分と煮込みに向いている部分とあるし」

 構造としては肉牛とほぼ同じだそうだ。内臓やスジ肉は処理に手間が掛かるので今回は遠慮しておく。全体の一割にも満たない程度の肉を引き取ることにしたが、元のサイズがサイズだけにそれでもかなりの量になった。

「うちの目利きも質のよさに唸っておりました」

 仕留めてすぐに手を翳して片付けて持ち込んだので、処理がよかったようだ。

「解体の職人さんたちの腕がいいんだろうねぇ」

「あそこの職人の腕もいいですがね、一番の理由は仕留め方でございますよ」

 そういえば聞いたことがある。傷を負わせて追い回し無駄に興奮させた状態では仕留めても肉に血が回って味が悪くなる、一息で仕留めたり、傷付けずに捕獲して落ち着かせてから仕留めれば比較的血抜きもスムーズで肉の臭みも軽減されると。ジビエ料理の特集かなにかだった。その時の話は猪肉で、臭いと言われるが最大の原因は殺し方だと。

「肉以外はいかがなさいます?」

「青藍にやる骨を見繕ってくれないかい?」

「実はもう目を付けておりまして」

 待ってましたとばかりに、信吉は得意げに微笑む。

「大きいものは武器や防具の材料に、細かいものは細工物に使われたりしますが、形や量から扱いに困る部分ってのもございまして」

 刃物を削り出したり細い骨はピンに加工したり、様々な用途に使われるそうだ。魔力を資源として使っていると認識していたが、魔物自体も資源のひとつなのだと改めて感じた。

「私では見てもわからないから、信吉さんの思うままでいいよ」

 両手で抱えるほどの籠に山盛り入った骨を見せようとする信吉を止めた。

「え? よろしいんで? この中から査定額伝えて選んでいただこうと思っておりましたが。扱いに困るとはいえ小物にしちまえるんで全部立派に売れますよ?」

「青藍が満足する方が大事だよ、有難いことに私はお金に困っていないし」

「ありすぎて困っちまう方ですもんね、若旦那」

 稼いでいる自覚はないが、魔物の値段はなかなか高いからだろうか。

「そんな、銭がありすぎて困るような若旦那に更にご相談なんでございますがね」

 青藍のおやつの葉を持っていたら少し売って欲しいとのこと。たくさんあるからあげようかと言ったら、店での品として扱うからそれはだめだと言われた。

「番頭の嫁さんが助かったことで揚羽屋は独自に薬葉を調達したんだと、少し噂になっちまいましてね」

「なら三十枚ほど買い取ってもらおうかな」

「そんなに! かたじけのうございます!」

「で、二十枚は差し入れに」

「え!」

 番頭が欠けている中で番頭代理が務まる信吉を自分につけてもらっている、店は手が足りない筈。トーマスも相当無理をしているのだろう。

「青の分いただくだけでもとんでもないことなのに!」

「じゃあ信吉さんに渡すから好きにお使いよ。ほら、牧場の子たちで具合が悪そうだったり、出産後だったり。勿論、トーマスさんにも」

「もおおお! 若旦那、ずるいですよ! そんな仰り方……」



 諸々計算してもらって、最終的に金三千となった。

「あれ? 金二千四百って言っていなかったかい?」

「若旦那、それは少なく見積もってもです。肉の質がとびきりようございました、そりゃ色も付きますよ」

 第二口座の方へ入れてもらう。

「それと、ポトのアヴィルダさんから連絡いただいてまして。こちら、早飛ばしの筒にございます」

 早飛ばし用の筒を五つ渡された。

「紙はお持ちでございますか? 罫紙の他、方眼紙もございますが」

 五十枚で一綴り。表紙にそう書いてある。

「あ、方眼紙があるなら欲しいな。無地と罫紙は持ってるから大丈夫」

 買おうと思ったら、揚羽屋の備品みたいなものだそうだ。よく見れば枠外に紋と揚羽屋内部方眼紙と小さく入っていた。罫紙や無地にもあるのかもしれない。

「販売分は、揚羽屋謹製ってなってるんです。内部ってつくのは店の者だけが使うことが許された紙でございます」

 見つかりにくい位置に透かしも入っているとか。表紙には通し番号。

「早飛ばしや文で名を騙られた時でも紙でわかるわけだ。この番号も合わせれば、どの番号が誰の手にあるか管理出来る」

「若旦那、そういうことは説明せずともすぐおわかりになるんですねぇ……」

 しみじみ言われてしまった。






 早速青藍に骨をやってみよう、と牧場へ移動した。

「あれ? 前に来たところとは別?」

 牧場の中で、向かう先が以前とは違う。

「主の居る預かりの馬なんかは売り物とは別の囲いでしてね」

 なるほど、確かに分けておかないといらぬ面倒が起きそうだ。

 青藍は、囲いを突き破ったり跳び越えたりはしなかったがべったりと貼り付いて待っていた。

「今回はおとなしく待っていたんだね、偉いよ」

 首を撫でてやると嬉しそうに目を細める。そんな青藍を遠巻きに見つめる金色の馬が居た。いや、馬でいいのだろうか。青藍ほどではないにしても、大きい馬だ。

「きれいな馬でございましょう?」

「ここに居るんならどなたかの馬だよねぇ」

「若旦那もご存知の方ですよ」

 金色の馬は、セルジュのグランドエクウスだそうだ。

「さてと、骨をやってみようか」

 手を差し出せば信吉が骨を一欠片乗せてくれる。来る前、店で骨は切ってきた。信吉が金槌で砕こうとするのでそれではロスも出るだろうし破片が鋭利で心配だと切った。ナイフや包丁では負けると思ったので刀でやってみればすんなりさくさく斬れてしまって、信吉が軽く悲鳴をあげていた。すごくいい刀だよねぇと言ったら豆腐じゃないんですよと怒られた。その言葉にプレリアトで豆腐が手に入るのかと淡い期待を抱いたがやはりヤマト国でないと売っていないそうだ。残念。

 青藍は骨をぱくりと咥え、がりごりとすごい音をさせて咀嚼した。

「うぅん……本当に骨を食べたよ……信吉さん、これはいったい」

「青藍は恐らく、成長しようとしております。その為に必要なのは骨。骨がないと肉が付きませんからね」

「あぁ、やっぱりカルシウムが必要ということか」

「かる……?」

「あー、骨の成分なんだけどこちらでは違う言い方かも」

 栄養学がまだそこまで浸透していなければ、カルシウムなんて言葉は未知の単語なのだろう。うっかりしていた。こちらではまだ漠然と、滋養強壮にいい薬草だの身体が温まるスパイスだの力がつく卵だのと経験から理解している者が多そうだ。信吉もまた経験と知識から青藍のカルシウム不足に考えが至った。

「この骨でよさそうです、ここの者に青藍にやるよう言付けておきます」

 滞在予定が未定なのでひとまず餌の度に骨の欠片を二つ三つ入れてもらうことになった。残った分は、旅先でやればいい。信吉の予想ではこの籠盛り分を食べれば足りるだろうとのこと。

「青藍の様子を見るに、近い内にあがりそうですがね」

「あがる?」

「若旦那、青藍は馬ではありますが魔物でございます。魔物は生まれたまま大きくなるだけで変わらぬものもあれば種の上位へ成長するものものございます。青藍、グランドエクウスがそれで、近々青藍はハイグランドエクウスにあがるかと」

 よくわからなかったが青藍は青藍のままだというので望むようにしてもらう。

「そういえば青藍の世話の代金は?」

「若旦那、ここから送り出した馬にございますよ? 里帰りみたいなもんです」

 アフターサービスということだろうか。それでも心付けぐらいはした方がいいのではと金を五枚、渡しておいた。



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