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お孫さま、討伐者

 解体処理場に行くと前にも見たエプロン姿の職人が笑顔で待っていた。

「よう! 今回もまたステップバイソンだってな!」

 嬉しそうに待っていてくれるのが心苦しい。

「生憎と今回は皮に傷があるんです。森の中での遭遇だったので、狭くて」

 場所を指定してもらい、ソフトランディングを心掛けて出した。

「こりゃあ………………」

 職人はしげしげと眉間の傷を見つめる。

「骨にも穴が空いてしまったかと」

「一突きか?」

「えぇ」

「ならこれはこれで相当めずらしいから寧ろ価値が上がる」

「そうなんですか?」

「ステップバイソンの眉間貫くような奴ぁいねぇからな!」

 職人は豪快に笑った。

「俺ぁ明日から面倒な会議だの書類だのと格闘せにゃならんからこいつは今日中にやっちまう。こんないいもん、他の奴らに回せるかってんだ」

「教材としては先日ので足りました?」

「おう! ありゃ本当に助かった、新人たちも目ぇ輝かして記録してた。勉強して解体の腕が上達してくれりゃ俺も楽できっしな。ありがとよ」

「よかった。では残りを出しますね」

「あ? 残り?」

 熊っぽいものを緑の巨躯の横へ出す。斃した時は色まで見えていなかった、日のあるところでみれば本当に灰色だ。

「は、灰まだら………………」

 職人は固まってしまった。

「若旦那、少しと仰いませんでした……?」

「大きいけれど数はないから、少しだろう?」

「このサイズ、少しの範疇じゃございませんよっ!」

 信吉にいつもの調子が戻りつつある。よかった。

「こないだのと同じようなところで遭遇してね、放っておこうかと思ったんだけど青藍も居るし騒がれたら安眠妨害だし」

「夜中に仕留めたんですか!」

「明け方かな」

 職人が熊っぽいものを見ながら手をあげていた。

「なんでしょう?」

「傷が見当たらねぇし、顔の向きがおかしいんだが」

「あぁ、試しに素手でやってみたので首を捻りました」

 信吉だけは悲鳴をあげたが、職人もサイラスも、沈黙してしまった。

「折れるか砕けるかはしていると思うんでその辺の骨は使えないかと」

 職人は視線を熊に戻す。やはり骨はそのまま残る方がいいのだろう。苦しめず、それでいて外傷なく仕留めるには魔物の構造を勉強する必要がある。図鑑を大事に読もう。

「若旦那ぁ若旦那ぁ熊相手に素手だなんて危ないことなさらないでくださいまし、この信吉、わりと図太い性格のつもりでおりましたが若旦那とお知り合いになってからというともの心臓がいくつあっても」

「ははは」

「笑いごとじゃございませんって!」

 職人が、壁際に控えていた外商担当の職員を指で呼ぶ。



「二パーティー、十一名で討伐隊組んでどうなったんだった?」

「討伐失敗。五名が再起不能、四名が重傷、比較的軽傷の二名も骨折と魔力が枯渇状態でベッドの住民です。再起不能の五名に関してもランクを落としての登録ならなんとか冒険者として生活出来るかもしれませんが、本人たちの選択次第ですね。傷を癒すには時間もお金も掛かります」

「………………こいつか?」

「特徴は目撃情報と一致しています」

 職人とサイラスの間で視線の応酬。無言の遣り取りでなにが決まったのだろう。

「討伐隊はこいつを無傷で逃したのか……」

「そこだけ報告と違いますので、確認しておきます」

「サブマスターにも話通しとけ」

「はい」

 職人がサイラスと信吉に近付く。

「緊急討伐依頼の対象だ、冒険者じゃなくても適用される。どうする?」

 サイラスが信吉を見、信吉は頷く。すっかり話は纏まっているようだ。

「匿名を条件とします」

 サイラスが答えた。解体依頼とは違う内容の遣り取りだからだろうか。

「わかった。奴が片付いたって事実の方が重要だからな」

 職人は深い溜め息を吐いていた。



「お話、一段落しました?」

「あ? おぉ、話は済んだが……」

 職人と職員が話している間に青藍が仕留めた方の兎っぽいものを出しておいた。

「他の奴らならこれで十分立派な成果だが、お前さんにしちゃ随分と可愛いサイズだな」

 兎っぽいものは大型犬サイズ、牛や熊とは比較にならない。

「これは青藍がやったんです」

「仲間が居たのか」

「いえ、馬です」

「馬ぁ?」

「グランドエクウスという種類だそうです」

「そりゃ馬ってか、馬っぽい魔物だな!」

「みたいですね。馬体は大きいですが懐っこくて可愛いですよ」

「グランドエクウスが……懐っこい……?」

 何故か怪訝な表情をされてしまった。

「こいつらは若い個体だからおとなしく従ってるのを見て大方普通の馬と間違えて襲ったんだろ」

「兎が馬を襲うんですか」

「これも魔物だ。ファングラビットっていってな、ひとも魔物も動物も襲うが強い奴には近付かねぇ。グランドエクウスなら逆に逃げるくらいだ」

 青藍に乗っていてあまり魔物に遭遇しない理由を知る。

「若いからまだ肉もやらけぇだろうな」

「あれ? 食用ですか?」

「おう、ステップバイソンやジャイアントワイルドボアほどじゃねぇがな、高級な部類の美味い肉だ。お前さん確か、料理するんだろ?」

 少し考える。あちらでも兎の料理はあったが馴染みがなく調理法が浮かばない。

「どうやって調理したらいいのかな……兎の肉は触ったことがない」

「多いのは煮込みか焼き、挽肉にしちまうってのもあるなぁ」

 さすが解体職人、使い道も知っている。比較的調理しやすそうな部位を引き取ることにした。

「ならモモだな! 味の違いもあるだろうから一本ずつにしとくか?」

 大きいので一本でもかなり使えそうだが、お任せした。

「信吉さん、この兎もお金になるかな?」

「なりますとも!」

 主に肉と毛皮が高値らしい。

「よかった、青藍にご褒美を買おう」

「あ、でしたら若旦那、ちょいとご相談が……」

 信吉から解体した魔物の骨を少し青藍にやってくれと言われた。

「そうだ、今朝もね、魚をやってみたんだけど身は食べなかったのにあらはすぐに食べたんだ。歯応えが欲しいのかな」

「歯応えってわけじゃねぇんですが、今の青藍が欲しがるのは骨かと」

「ふうん?」

 カルシウムが欲しいということだろうか。ともあれ、用意出来ないものではないから解体してもらったものから青藍にやる骨を信吉に見てもらおう。

「お、ならこないだの、出すぜ?」

「はい。お願いします」

 職人が収納箱から先日の四体を一体分ずつ出してくれた。一旦自分が引き取り、店に戻って改めて提供することになった。ギルドにも素材を卸せと言って信吉から冷ややかな態度を返されていたギルド長が異動で居なくなったので、買取話もなくなったとか。

「喉から手ぇ出るくらい欲しいがな、今は書類を増やしたくねぇんだ」

 解体部門のトップである職人と副ギルド長の二人で回している中、可能な限り、業務を減らしたいと。






 灰まだらと呼ばれていた熊は近隣の集落を二つ壊滅状態にして、緊急討伐依頼というものが出ていたそうだ。受注の手続きなしにとにかく早急に対処すべき魔物、魔物の指名手配のようなものだろうか。報酬の他に、冒険者のランクアップなどが褒賞としてあるそうだが旅人に過ぎない自分には関係無い。報酬だけ口座に入れてもらうことにした。

「プレリポトのアヴィルダさんに第二口座を手配してもらったんだよ」

「そういや若旦那、さっき職員も言ってましたがデスマーリンを仕留めたって」

「アルフさんと釣り堀に居たんだけど、入ってきちゃってね」

「そんな軽く仰るような代物じゃございませんよ……」

 信吉は溜め息を吐いて肩を落とすが、サイラスは聞こえていないことにしたのか黙って穏やかな笑みを浮かべていた。

「あ、そうだ。あれの身を分けてもらってるからお裾分けしたいんだけれど。あと釣り堀でクエとか仕留めたんだけどどこか持ち込み食材で料理してもらえる店とかあるかな?」

「セルジュさんにご相談してみては。たぶん宿の食事で出してもらえますよ」

「あぁ、それはいい案だ、今日じゃなくてもいいから頼んでみよう」


いつもの調子に戻ったように見えて、お孫さまはまだ不安定期抜けてません

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