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お孫さま、プレリポト出発

短めです。

 アルフの家に戻り、支度を調える。保冷庫の昆布締めを忘れずに回収した。

「しかしこんなにたくさん食べ物買われるなんて、報告にはなかったですよ?」

 それでも大店の御曹司にしちゃあ金の使い方が地味ですが、と付け加えられる。我ながら好き勝手に買ったつもりだがこれで地味と言われてしまうと、派手な金の使い方とはいったい。

「ほら、私は央京では働かせてもらえないから、手持ちが本当に少なくてね」

「えぇ? 大旦那さま、小遣いくれないんです?」

「小遣いをくれなんて言えるわけないよ、言ったらどんな額を渡されると思う?」

 逆に問い返せばアルフは表情を落として首を振った。

「説明なしに金枠の口座開いちまうくらいだから考えたくないです」

「貯えを少しずつ切り崩して旅をして、行く先々でなにか仕事が出来ればいいなと思っていたんだ。私は一人だし、刀もあったから。でも最初に向かった央京で」

「大旦那さまのことを知った、と。そこから孫馬鹿が始まったんですね……」

 うんうんと頷くアルフ。まだ本店とプレリアトしか知らないがここプレリポトの店は生粋の揚羽屋従業員というわけではないからだろう、一定の線引きはあっても軽口が心地いい。

 神からの財布や黒金がみっちり詰まった箱だのは、無いものと考えるがいつ何時どういった事情で必要になるかわからない。それこそスターシアと合流して馬車を買うとなれば金一千や二千では足りないだろう。だからあの金は正確な額は伏せて住まいを引き払って作った貯えとすることにした。揚羽屋の孫の設定もそうだし、事実とさほど違いもない。向こうでの預貯金があの途方もない額だというつもりはないが。

「確かに私は物知らずだけれど、過保護すぎると思うんだ」

 立ち寄る店の者に報告書を提出させるなんて。余計な仕事を増やしてしまう。

「んー、でもなんていうか、大旦那さまは間違っちゃいませんよ。僕から見ても、若旦那って色々危なっかしいですもん」

「信吉さんにも似たようなことを言われたんだが、そんなにだめかい?」

 常識を学ぶ学ばないの次元ではないと言われたことがある。

「だめなんじゃなくて、放っておけないんですよ。これが自分の身の周りのこと、なんにも出来ないひとだったらまだこんな心配になりません」

「え? どうして、普通逆じゃあないのかい?」

「普通ならね、逆ですよ。でも若旦那の場合、中途半端にお出来になるでしょ? あ、この場合の中途半端は世間慣れしてないって意味です。やたらと難しいことはおわかりになるのにこどもでも知ってるようなことを知らないと仰る。そりゃあ、心配になりますよ」

 アルフが言わんとすることはなんとなくわかる。自分の世話を自分で見られないなら普通に生活するだけでトラブル続きだ、誰か傍仕えが必要になる。だが生活が出来てしまう場合、野放しだ。

「うーん……つまり私がもっと外を知ればおじいさまを安心させられるのかな?」

「若旦那」

 何故か、アルフは妙な笑顔をしていた。生温かいというか、諦観というか。

「うん?」

「これ、僕の単なる勘なんですが」

「うん」

「若旦那が色々旅して五大陸全制覇とかしようが、大旦那さまは変わらないと思いますよ」

「え? どうして」

「そういうもんなんですよ、親みたいな存在ってのは」

「あー……」






 どれだけ学ぼうが、どれだけ成長しようが、どれだけ実績を積み地位を得ようが愛してくれる親のような存在からの眼差しは変わらない。それは、アルフがずっと感じてきたもの。アルフ坊やなんて呼ばれているのだ、彼はいつまでも彼女たちの仲間であり息子のようなもの。ある意味幸せで、ある意味残酷だ。

「また来てくださいねー!」

 アルフは一度自宅まで戻ったのにわざわざ門まで見送りにきてくれた。

「次お越しになる時にはデスマーリンの素材で作った僕の魔法媒体お見せ出来ると思いますんで」

「それは楽しみだ。札での連絡が出来るから必ず事前に知らせますよ」

「絶対ですよー」











 青藍を走らせる。丸一日以上厩に居させたのが申し訳なくて、好きに走らせた。一応確認だけしたいからとプレリポトに入る前に野営したところには寄らせたが、やはり花畑が出来ていた。

「おやつの葉が採れるから、またあそこで夜を明かそうか」

 青藍は嬉しそうに短く嘶いた。



 以前一度野営したところには日が暮れる前に着けた。花畑があるので位置を少しずらして天幕を張る。青藍の鞍を外し水を飲ませてから自由に草を食ませる。

「おやつの葉の木がどうなったか見てくるよ」

 一声掛けて、森へ入った。

 半分の葉を収獲してしまった木は、一日でまた青々と茂っていた。

「よかった……随分と生命力の強い木のようだ」

 こちらの植物が全部そうなのか、この木だけがそうなのか。はたまた異常なことなのか。わからないけれど半分も摘んでしまったから気になっていた、よかった。今回はどの葉も金の粒子を纏っていない。だがここだと主張するかのように粒子を纏うものが木の傍に生えていた、膝下くらいに伸びた苗木だ。

「これを持っていけ、ということだろうか……?」

 まるで呼応するかのように木がざわざわと葉を鳴らした。風かと思ったが、今は無風だ。

「植木の知識はないんだけどな」

 ひとまず根を傷付けないよう高さと同じくらいの半径から少しずつ土を掘った。さすがにスコップなんて持っていないのでその辺りにあった平たい石を使ったが、いくらも掘らないうちに苗木は勝手に倒れてきた。不審に思いつつゆっくりと持ちあげてみると、あっさり抜けた。

「うーん……」

 園芸についてはまったくわからない。何か巻いて縛っていたなと朧気な記憶で、手拭いを一枚取り出し根が抱える土ごと掬うように巻き付けて、適当な蔓を摘んで巻いた手拭いが外れないよう数カ所ぐるりと這わせて縛った。どうにかこれで持ち運びは出来るだろうか。一応水をやった方がいいかと水筒の水を布の上から掛けてやると、苗木の小さな葉は生き生きツヤツヤ、輝いた。

「どうしたものかな……素人が巻いただけではいつまで保つか……」

 プレリアトに着いたら信吉に相談してみよう。植木鉢でなんとかなれば、青藍のおやつの葉がどこへ移動しても手に入ることになる。

 日が暮れてしまう前に薪を拾って天幕へ戻ろう。






 火を焚いてプレリポトでの買い忘れに気付く。

「焼き網………………!」

 プレリアトに着いたら、焚き火用に煉瓦と焼き網を買おう。網は野菜用、肉用、魚用。火箸も必要だ。

「炭壺も欲しいな……」

 消し炭があれば便利だ。大きな火を焚かなくても調理が出来る。

 ダッチオーブンにトライポッドがあればもっといい。いっそファイヤーピットがあれば毎回地面を焼き固めてしまうこともなくなる。天幕の中のキッチンは未使用だが野営らしい料理ではない時に使おうと思っている。今はまだ野営自体が新鮮に感じるのでもう少し焚き火と親しみたい。

 トライポッドやダッチオーブンはスターシアの一行が野営で使っていたから、物自体はある筈だ。だがファイヤーピットはわからない。地面の保護なんて感覚が、こちらに根付いているかどうか。

「アルフさんちでクエの処理をするのも忘れてたな……」

 プレリアトに戻ってどこかへ持ち込んで調理してもらってもいいかもしれない。仕留めた時はホイル焼きも考えたが、こちらでアルミホイルを見ていない。信次に訊こうにもさすがにアルミニウムの作り方は知らない。化学に詳しければ簡単なのかもしれないが。

 今夜はプレリアトで買ったハムとパン、プレリポトで買った野菜を使って簡単にサンドイッチにしてしまおう。そして持っている食べ物を今一度確認しよう。

 オイルとビネガーとスパイスがあれば、簡単なドレッシングが作れる。爽やかな酸味にスモークサーモンが食べたくなってしまった。玉ねぎの皮を剥きスライス、一度水にさらしてドレッシングと和える。パンはバゲットを使う。玉ねぎ、ハムの上にフレッシュバジルをちぎって、挟んでぎゅっと手で押さえた。

「うん、美味しい」



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