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お孫さま、宿題提出

 ついでだからと店に寄ってカジキもどきの身を受け取ろうと思ったら店ではなく港の方へ案内された。並ぶ倉庫のひとつ。

「解体するのに場所いりましたし、収納箱もこっちのが性能いいですからね」

 アルフが手を軽くあげれば作業員が手を止めて奥へ走っていった。

「ん、今走っていきましたから準備してくれるでしょう」

 歩いて奥へと進む。倉庫には意外と荷物が多かった。コンテナのような箱や布が巻かれ縄で十字に縛ったものや、樽が数段積まれている。

「邪魔しちゃったかな」

「いえいえ、寧ろ早いうちに収納箱空けてもらえると午後の荷で助かります」

 倉庫にある荷は大半が今朝のもの、収納箱に入りきらなかった外に出していても品質に影響しないものばかりだと。普段から収納箱から溢れるらしいが今日は特別多いだろう。

 奥では拡げた布の上にどっしりと身の固まりが置かれていた。片側の背身だけで解体前の大きなマグロ一本分くらいはある厚み、長さは自分の身長より少しある。切り分けるには相応の刃物がいりそうだ。同じくらいの長さで腹身もあった。

「背と腹、両方ご用意しましたがよかったです?」

「えぇ。ありがとう」

 さっと手を翳して片付ける。

「え?」

「あ、」

「……若旦那、もしかして市場で買ったもの、その小さなバッグじゃなくて」

 笑って誤魔化した。

「この袋にもアイテムボックスの魔法は掛かってるんだ、いただきもので揚羽紋はあとから信次さんが入れたんだけどね」

 主に旅の道具が入っていると説明した。

「はー…………一応気を付けてバッグに入れるふりしてくださってたんですね?」

「うん……まあめずらしくても使い手は居ると聞いているから過剰に隠すつもりはないけれど」

 あまりに大きな身に、すぐに冷蔵庫へと同じノリでうっかり片付けてしまった。

「ま、そのまま用心続けてください…………でも触らずに入れちまうなんて」

 ちなみにアイテムボックスの魔法が掛かっている鞄は収納鞄やマジックバッグと呼ぶこともあるそうだ。






 カジキもどきの鱗を見せてもらい細い棘のような鋭さに驚いたり受け取った身を切り分ける為の包丁を新たに買い足したり。

 気付けばすっかり早朝ではなく午前といった時間帯になっていた。

 そのままアヴィルダが居る店へと向かう。

「早飛ばしだったね。書いたもんは持ってきてるかい?」

 アヴィルダの執務室で話す。アルフはどこかへ連れていかれた、午後休む為には処理しておくことがあるだろうと脅し混じりに。本当に番頭職であるチーフというよりは使い勝手のいい若手扱いだ。

「普通に紙に書いたもので大丈夫だと聞いていたんですがこれでよいかどうか」

 信次へ提出する宿題を取り出す、一応大学のレポートのように表紙は付けた。

「このサイズなら五十枚までいけるが何枚ある?」

「十枚ですね、表紙含めて十一枚」

「じゃあ平気だ。昨日までのあんたの報告書も一緒に入れさせてもらうよ」

 よかった、無駄に早飛ばしを使わせず仕事のついでにしてもらえて。

 自分が渡した紙束とアヴィルダが持つ数枚とが小さな筒に収められた。収納箱と同じ類の魔道具なのだろう。

「早飛ばしを知らないんだってね?」

「初めて見ます」

 小さな筒はまさに伝書鳩の足に付けるようなサイズ。

「こいつには開く相手を指定する魔法が掛けられるんだ。早飛ばしは色んな業者が請け負ってるが、中には送る文書を盗み見て情報を売るような連中も居る。札での通話が可能なあんたが使うこたないとは思うが絶対によそは使うんじゃないよ」

 通信の秘密はなかなか守られにくいようだ。

「覚えておきます」

「あと、今回みたいに表紙を付けるのはいい。次からもどんな文書か見えないようにね。捲って見ようとする奴が居たら奪い返しな、うちで使う早飛ばしは機密文書輸送だ、身内であっても中を見るのは御法度さ。一枚二枚だったら折ったりいっそ細く丸めちまうのでもいい。そして必ず目の前で、この筒に入れさせて、相手先の指定まで見届けるんだ。自分で閉じるのが一番いいんだけどね」

 アヴィルダは筒を閉じたあと、揚羽屋本店大番頭と指定していた。筒の錠前には小さな石が嵌められていて、それが赤くなる。

「石の色は、赤が施錠、緑が開封、色無しが開封後一時間経過した印だ。色無しになったらまた使える。指定した相手以外が無理に開いた場合、石は砕ける」

 一目瞭然、高性能な封印だ。

「うちには余分な筒がないからやれないが、アトならあるだろう。いくつか分けてもらいな。あんたが書いたもん扱う羽目になる他の店のもんの心臓が心配だから」

 信吉には話を通しておくから、と言われた。

「それで、アルフから聞いたがサントルへ行くって?」

「一月後に約束があるので」

「どういうルートで行くかもう決めてあるのかい?」

「うーん、実は決めてなくて……あまり離れると待たせてしまいますし」

 プレリアトに戻り、直接サントルへ向かえば数日で着いてしまう。早すぎるのも気を遣わせてしまいそうでよろしくない。

「アトでの解体とは違って遅れるわけにはいかないって?」

「事前に連絡を入れれば遅れることは許されるでしょうが、出来れば遅れたくないですねぇ」

「そりゃ相手が相手だろうし、まずかろうさ」

 もし来てくれなかったら、と窓枠に縋って涙ぐんでいたスターシアを思い出す。

「あんな風に泣かせてしまうくらいなら私が現地で待ちますよ」

 眠気覚ましか、珈琲を飲んでいたアヴィルダの動きが止まる。アルフとは違って口を開いてダバァと零したりはしなかった。

「………………確認だけど、」

「はい」

「中央の特別神司さんだよね? 迎えに行くのは」

「えぇ、広域特別神司のスターシアさんです」

「広域さんを、名前呼び……」

「?」

 この時は知らなかったが教会の中でも広域本部と呼ばれるところには花生まれの特別神司は数名常駐していて祈りや祓い等、務めを果たしていている。以前信吉に聞いた通りその中でも広域特別神司は大陸にただ一人。他の特別神司とはまったく立場が違うのだ。そんな神司を名前で呼ぶ者は、実は居ない。重郎ですら、一度も名を呼んでいなかった。度々思うのだがそういうことはもっと早い段階できちんと教えてほしかった。

「あんた、涙を見たのか」

「涙ですか?」

「いや、失言だった」

「スターシアさんの涙なら何度か。あれ? もしかして、あまりないことです?」

 アヴィルダは一度黙り込んでから、厳しい表情で口を開いた。

「特別神司殿は私的なことで感情は揺さ振られない。目の前で赤子が刻まれようが眉一つ動かさない、まあこれは喩えだがね」

「………………え?」

「ある程度は表情を見せるが、あくまでも表情だ。表面的というか、庶民が過剰な畏怖を抱かないよう表情は変わる。だが務めとなれば無を貫く。聖職者ってのは、原則不介入。どんな悪政だろうがどんな悪法だろうが政にも司法にも干渉しない、完全中立。世を動かすのは王族を含むただの庶民。特別神司には貴族やら平民やら身分制度は関係ない。感情に左右されない、先入観も、個人の事情もない、だが、だからこそ神の代弁者であれる」

 存外、スターシアの職務は重かった。

「そんな神司が涙を零した。相当な揺らぎが来ていた証拠だ。揺らぎってのは疑念でもあるし希望でもある。要するに、広域さんは自分自身の存在の根底を揺るがすくらいに強い想いを持ったってことだよ」

「私的な希望を抱くことはないから戸惑った、と仰ってましたが……」

「そんなことまで打ち明けられてたのかい……それなのにあんたって奴は」

 アヴィルダは口をへの字に曲げ、心底呆れたといわんばかりの目で見てくる。

 思い返せば、文庫でのあれ。

「いや、でもまさかあれが、そんな……」

 確かにあの時、スターシアはひどく狼狽えていた。

「ん?」

「なんとでも誤魔化せたのに……悪いことをしてしまった」

「若旦那、説明しな」

「お会いして三日目かな、涙を拭ったことがあって」

「は? 三日?」

「スターシアさんの謝罪を私が許して、その時に」

「広域さんが謝罪って、」

「そうか、確かにあれ以降だ、スターシアさんが私的な望みと口にし始めたのは。あれがそんなにたいへんなことだったなんて」

 本当に悪いことをしてしまった。あれがなければスターシアは変わらず教会で、広域特別神司としての務めを全うしていた筈だ。

 腕を組んで唸り始めた自分にアヴィルダが咳払いで呼び掛けてくる。

「お聞き。揺らぐもんは遅かれ早かれ揺らいじまっただろうさ。中央の方は特に、長くお務めだ、それでも一切揺らがなかったのに若旦那の前では違った。つまりはそういうことだ」

 よくわからないが結果は同じで遅いか早いかだけだということか。

 違うと言われても今更結果は変わらない、黙っておこう。

「ともあれ、遅れたくないならしっかり余裕を持って予定は立てな」

「そうですね」

 単独行動のうちに敢えて険しい場所を通るのもいいかもしれない。スターシアに行かせたくないような道。プレリアの近辺でいけば熱砂の国か山岳国家か。

「それと、神司殿のことは伏せた方がいい」

「あぁ、退任とかそういった組織的な事情に関わりそうですものね」

 それだけの身分なら後任者の選出やら退任手続きやらありそうだ。

「あと一月なんだろう? もう少しの辛抱だね」

 どうも、アヴィルダの言葉のニュアンスに引っ掛かった。

「あと一月というか、つい先日お話しした時に一月でと仰って」

「はあっ!?」

「え?」

 相当おかしなことを言ってしまったようだ。

「迎えに行く約束したのは、いつだって?」

「五日ほど前ですね、私が旅に出てすぐです。還俗だと準備に三カ月かかるけれど限定なら一カ月に短縮出来る、と……アヴィルダさん?」

 何故か、アヴィルダは顔を真っ青にしていた。

「い、いや、神司殿の本気っぷりにびっくりしただけさ。おいそれと他人に関わることもないだろうけれど重々気を付けておくれ。あんたになにかあれば下手すりゃ世界が崩壊しちまう」

「あはははは、大袈裟な」

 笑って流したが、アヴィルダの顔色が戻ることはなかった。


この時点で重郎からの財布:残 大1 金95 銀0 銅0

第二口座 金1830(デスマーリンの身を切り分ける大きな包丁 大7=金70)

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