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お孫さま、麺を啜る

 出し殻のアサリと残ったヒラメのあらはとりあえず収納した。あらはまた出汁を取ってもいいし、あら汁で食べてもいい。アサリは佃煮風に炊いてもいいだろうし他にも用途があるかもしれない。思い付くまで捨てずに取っておこう。

 テーブルの上に手の平サイズのものをいくつか並べて、視認するだけで収納してしまうのを防ぐ訓練だ。制御出来れば手を翳さなくていい、魔物が続けざまに来た時には便利だ。

 黒金一枚、白金一枚、ハーブの瓶、宝石一粒。握り飯、おやつの葉一枚。最初は見事に全部片付けてしまったので仕切り直し。何度か繰り返せば慣れてくる。

「まだ制御が甘いな……」

 並べるのではなく寄せ集めてごちゃっと置いた。その中から見えている一部だけ片付けていくようにする。

「うんうん」

 次第に精度はあがっていく。まったく同じ硬貨や葉が密集して置かれていても、任意のものだけを抜き取ることに成功する。

 ここまで出来れば不用意な収納での事故も起きにくいだろう。



「おはようございます、若旦那……」

 木刀を用いた素振りと青藍への餌やりを終えた頃、アルフがやってきた。憔悴を隠そうともしない表情に徹夜かと訊いたら、仮眠はしたと言われた。

「船なら当たり前ですからね、見張り当番が回ってくるの。しっかし三十過ぎればけっこう辛いですね。今日は午後休もらってます」

 第二口座開設は問題なく完了したとのことだ。

「荷物と馬そのままで、朝は外で食べ歩きにしませんか。朝市の名物もあるんで」

 それは楽しそうだ。

 家の掃除を兼ねて留守番は連れてきているとのこと、少しだけ待ってもらい汗を流してさっぱり着替えてから出掛けることにした。

「あ、そうだ。手持ちも少しはあった方がいいだろうってボスが」

 ドアを開ける寸前、立ち止まったアルフから金百枚を渡される。

「なので口座には金一千九百、送りましたんで」

 十分、元は取れるので解体費用はいらないと言われた。

「ありがとう、細かいのが少なくなってきてたんで助かりますよ」

「………………若旦那、一般的に、金一枚は細かくないです」

 失敗した。

 アルフの言う通りだ、金一枚は一万円に相当する。こちらではまだまだ上があるからうっかりした。

「若旦那、ほんと、ほんっと、気を付けてくださいね、店の者以外が居るところで銭の話をしたり簡単に物をやったりしちゃだめですからね!」

 徹夜明けのテンションでお説教されてしまった。






 朝市は昨日見た市場の外で行われていた。威勢のいい掛け声と、行き交う人々。

「まずはおすすめ、徹夜明けに滲みるポト名物行きましょう」

 アルフに連れられ到着したのは丼のような深めの器で提供される食べ物の屋台。

「スリミヌードルです。ヤマト出身のご夫婦が一年くらい前に始めた店で、今じゃすっかりポトの朝市での定番です」

「おはよう、アルフさん。おや、ヤマトからのお客さんかい?」

 馴染みらしく、アルフはにこやかに話し掛けられる。

「おはようおかみさん。うちの大事なお客さん、ヌードル二つもらえる?」

 アルフが払おうとするのでさすがにここは出した。

 一杯銅五枚、合わせて銀一枚。

「今日は特別にデスマーリンの焼きが乗せられるけどどうする?」

「アルフさんが声掛けてくれたから競りに参加出来て助かったよ!」

 屋台の奥で焼き台に立つ男がいい笑顔で言った。

「うちはギルドじゃないからね、お得意さまは大事にするさ」

 話から察するにギルドの場合は公平性を求められるのだろう。だが揚羽屋は民間企業、常日頃取引しているところに声を掛けたところで責められることはない。

「滅多に入るもんじゃないからね、おすすめだよ」

「ではお願いします」

「値段訊かなくていいのかい? 同じだけもらうことになるけど」

「かまいませんよ」

 追加で銀一枚支払った。

「アルフさんはフォークで、お客さんはお箸の方がいい?」

「はい」

 それぞれ受け取り、アルフに従って屋台の前から少し離れる。

「馴染みのないスタイルかもしれませんが立ったまま食べるんですよ」

 ジューススタンドの店先や立ち飲みスタイルのバーにあるような小さめの、高いテーブルがあちこち出ていた。ひとつを使って、器を置く。

「いい匂いだ」

 昆布と鰹の出汁、棲んだスープに沈む白い麺。切り身のあぶり焼き、水菜らしき緑の細い葉。

「いただきます」

 手を合わせて、まずはスープから。続けて麺、やはり練り物だ。

「あぁー……滲みる……このスープが徹夜明けにほんと滲みる……」

「うん、美味しい。温かい魚そうめんは初めてだけど合わない筈がないね」

「あれ? ご存知でした?」

「ここでじゃないけれどね、冷たいのをいただいたことがあるよ」

「そうなんですよ、夏になるとこれが冷たいメニューになるんです、単に冷やしただけじゃなくて具とかスープも違いますけど、冷たいのも美味いんですよ!」

 トッピングの切り身はどうか。

「ん、素焼きに近いのかな、薄く塩だけしてある」

 その分、優しい出汁を邪魔しない。香ばしさもあっていい。

「ご自分で仕留めた魔物の味はいかがです?」

「あれ? これ、昨日の?」

「そうそうデスマーリンなんて討伐されませんよ。昨日のですよ」

 鮮度がいいうちにと、身は早朝競りに掛けたそうだ。声を掛けられず競りに参加出来なかった店もあるとか。だが、そういう店は普段から揚羽屋を使っていない。その辺りの義理、不義理にアヴィルダは厳しいそうだ。

「信頼関係がなきゃ海の上ではやってけませんからね」

 魚っぽい魔物もこうなると単なる魚だ。牛っぽいものも猪っぽいものも、自分が知る牛肉や豚肉と同じ使い方が出来そうだ。

「こういう肉質なら知っている調理法で大丈夫そうだ、安心したよ」

 小銭も入ったことだし追加で色々買っていこう。朝市は昨日見掛けなかった店も多く出ている。

「シャンの方だとまた違ったヌードルがあるそうですよ」

 プレリアト周辺には東にヤマト国、北西にサントル、西に熱砂の国デゼク王国があり、北にあってヤマトとも接しているのが山岳国家シャンだ。

「ヤマトのヌードルは主に海藻や鰹でスープを取るでしょ? シャンは動物の骨でスープを取るらしいんですよ」

 どうにもラーメンを思わせる。だがあちらでも馴染みのあるラーメンと、元々の国での料理とは差があった。こちらでもそうかもしれない。ラーメンか、拉麺か。

「お口に合いました?」

 店員が話し掛けてきた。近くのテーブルを拭きに来たついでのようだ。

「えぇ、とても美味しいです」

「お客さん、ヤマトのどちらから?」

「央京にある祖父の家に身を寄せております。今は見聞を深める為にあちこち旅をしておりますが」

「央京、あのお城立派よねぇ。うちの兄、海京で練り物扱ってますのでよかったらまたご贔屓に」

 海京、ヤマト国で央京より遙か南、海に面した街だ。

「お家で召しあがったことあるんじゃないです?」

「どこのとは言われなかったけど真薯のお吸い物や蒲鉾はいただいたなぁ」

 美味しかった記憶はある。

 蒲鉾があるなら竹輪もあるかもしれない。いずれ海京にも行ってみたい。



 魚そうめんのあとはアルフの欲望赴くまま、串に刺して塩焼きにした魚だったりグリルした肉をその場で欲しいだけスライスしてもらったりクレープのように粉を焼いたものだったり。色々食べ歩いた。勿論いくつか持ち帰り用も。

「野営用ですか?」

「えぇ、天幕があるのでそれなりに調理出来ますがプロの料理には敵わないし」

「わかります、塩加減とか絶妙ですよね!」

 朝市では持っていなかったスパイスも買えた。頑張ればカレーが作れる。固形のルーには敵わないだろうがそれっぽい風味のものならなんとか。近隣の農家も参加していて野菜も色々買えた。

 ハーブ類も乾燥したものではなくフレッシュのものが買えた。特に生のバジルをたくさん買えたのは有難い。フードプロセッサーなんてないだろうから手で刻むかすり鉢を使うかだ。だが生憎山葵はなかった。ヤマトでしか需要がなく国内生産、国内消費で終わってしまうそうだ。代わりではないがホースラディッシュを買う。

 そしてパスタ。魚そうめんがスリミヌードルとして名物になるくらいだ、他にも麺類があるかと思いアルフに訊いてみたら朝市ではなく常設の市場の隅にある店を教えてもらった。昨日見落としていたようだ。概ねあちらと似たラインナップだ。ロングパスタとショートパスタがあって、細長いもの平たいもの、短く尖ったもの貝殻型リボン型、らせん状にねじられたもの。ラザニアまであったのが嬉しい。

「若旦那、随分食材の種類買い込みますけどそんな色々お作りになるんですか?」

「んー、色々という認識が少し私は違うのかもしれない。ただ買ったものは全部、どういった用途で使うのかは知っているよ?」

「じゃあこのクリクリッとしたパスタはどう使うんです?」

 貝殻型、コンキリエだ。

「よくソースが絡む形だから、細いものと同じように具とソースを掛けて食べたり小さい方はスープに入れたり」

「この板みたいのは?」

「味付けした肉とまろやかなソースと、それを重ねていくんだ。あ、そうだった、ベシャメルソースを作るなら小麦粉もいる。アルフさん、ありがとう」

「次は粉、扱ってるところですね?」

「はい。あと出来れば乳製品も欲しいけれどそれはプレリアトの方が?」

「そうですねぇ、こっちでも買えますけど牧場が近いのあっちなんで」

「なら今日は少しだけして、あちらに戻った時にまた買い物しよう」

 あと、バリエーションがぐっと広がる卵。

 こちらでの卵は種類があった、まずは通常の鶏卵。鶏が産むが、養鶏場のようなものが一応あって、区切った範囲での放牧、所謂平飼いらしい。棚のような場所に詰め込まれているのではなくてよかった。

 次にそれほど強くない魔物の卵、その中でも鳥型と、それ以外とで分けられる。基本的に食材での魔物卵といえばこの、それほど強くない鳥型の魔物の卵を指す。魔物にも卵生と胎生があるようでそこは概ね自分の常識と変わらなかった。

 そこそこ強い魔物の卵、これは高級魔物卵と呼ばれ普通の魔物卵とは明確に差がつけられている。まず大きさ。鶏卵を基準にすると普通の魔物卵はその二倍程度、高級魔物卵は更にその二倍、鶏卵の四倍程度。殻の色も無色ではなく模様があってそれによって親の魔物が特定出来るそうだ。大きい分、味が落ちるのかと思いきや味も栄養価もあがるので、価格も跳ねあがる。滅多に市場に出回ることはなくもし売りに出たとなればちょっとしたお祭り状態になるそうだ。

 最後が、凄まじく強い魔物の卵。まず目にすること自体ないそうだ。これに分類される親の魔物はいずれも出没すれば国を挙げて討伐隊を組む厄災クラスだと。

 今回は鶏卵をメインに、普通の魔物卵も試しに買ってみた。

 買ったものはすべて打飼袋へ収めるていで、収納した。


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