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お孫さま、切実に欲しいもの

「いくらおじいさまが過保護だとはいえ、大袈裟ですよ」

「わかってません、若旦那……これっぽっちも、わかっておられませんよ」

 釣り堀から市場へ戻り、昆布を買いに行ったがカジキもどきを退治した御礼だと金は受け取ってもらえなかった。昆布が手に入るのはヤマト国以外ではプレリポトぐらいだそうだ。ここで手に入ってよかった。あと、塩釜焼き用に塩も買った。

 店に戻り青藍を引き取って今夜の宿として借りるアルフの家へと向かっていた。

「むざむざなにかされるつもりもないけれどね、私になにかした者全員に仕返しをするような暇、おじいさまにも信次さんにもありませんよ」

「そりゃ、お二人ともお忙しいでしょうけど」

「あるとすれば、元々そういう迂闊なおひとだということじゃないかな? なにかするまでもなく自滅するような」

 アヴィルダも言っていた、この身に纏う数多の揚羽紋に気付かない者は所詮その程度。無視してもいいと。

「あー……それはまあ、確かに」






 アルフの家は、魔法の練習をすることもあり庭があるそうで青藍もそこに泊めてもらえるとのこと。店の裏に繋いだままだと脱走して追い掛けてきそうだったので助かった。

「前の住人は馬に乗ってたみたいで辛うじて厩はあるんですが僕が乗らないんで、使ってなかったんです。藁とか飼い葉とか、今支度させてます」

「世話を掛けます」

「しかしほんと立派な馬ですねぇ。五つ星のグランドエクウス、初めて見ました」

 実は青藍を連れていくのも誰かにさせると言ってもらえたが誰も青藍の綱を引けなかった。青藍の綱を引けた信吉は青藍なりに信頼しているのかもしれない。

「ところで、今回みたいなことはよくあるのかい?」

「釣り堀にデスマーリン?」

 頷くと、アルフは大袈裟なくらい首を左右に振った。

「あんなの来るところに釣り堀なんて作りませんし、そもそも港自体作りません」

 ならどうして、と疑問が顔に出ていたようで。

「半年くらい前に界渡りの禁忌をやらかした国がありましてね、その所為で魔素の流れが乱れに乱れて、魔物の分布も乱れてるんですよ」

 基本的に野生の魔物は自分が好む魔素の流れに身を置く為、生息域がある程度は決まっているそうだ。だがその流れが乱れてしまって、普段居ない筈のエリアでの出没が数多報告されているとか。

「まあ何年かすれば落ち着くと思うんですけどね、色んな研究家が予想出してますけど数年から数百年って幅ありすぎだし根拠もまちまちだし。現場で実際に魔物と遭遇する者にとっちゃ予想なんて何の責任も取っちゃくれませんし。結局は自分で肌で感じたのをこれまでの経験と照らし合わせて自己判断するしかないんですよ」

 草原で野営した時に牛っぽいものや猪っぽいものが立て続けに現れたのも、そういった事情からだろう。よかった、あれが平常通りでなくて。

「あそこです」

 アルフの家は店から少し歩いた高台にあった。

「まずは庭に」

 煉瓦造りの一軒家、単身者の一人暮らしにしては広い。庭に回る。

「お一人ですよね? 随分立派な……」

「最初、家庭持ちの従業員が入る予定だったんですけど嫁さんが妊娠して高台では辛いってことで空いちゃったのを、身軽な僕が入ったんです」

 元々は港にも店にも近いところで下宿していたそうだ。急遽入居予定がなくなりこちらの家主に申し訳がないからとすぐ動ける者が入ったと。

「なので、家も庭もファミリー向けになってます」

 庭もそれなりに広かった。木刀で素振りも出来そうだ。

「お、ちゃんとやってくれてる」

 厩には新しい敷き藁、飼い葉桶には干し草の他に豆や麦、ニンジンが入っていて水の方もたっぷり。青藍を繋ぎ、あとで来ると言い聞かせて干し草の上におやつの葉を一枚乗せ家の中へ。男の一人暮らしにしては片付いていると思ったのだが。

「ちょっ……」

 アルフは顔色を変えてあちこち確かめていた。

「なんか僕んちじゃないくらい掃除されてるんですけど……」

「え?」

 どうやら厩の支度をしに来た店の者が家の中も徹底的に掃除していったらしい。

「シーツは新品、ソファのカバーも床のラグも違うし、風呂とトイレは消毒されたみたいです」

「私物は無事かい?」

 一部屋に纏めて置かれていたそうだ。

「大したものはないですけどね、酒とか服とか靴とかくらい」

「ならその部屋にはしっかり施錠しておくれ」

 疑われる云々よりも落ち着かない。そう伝えるとアルフは一室に鍵を掛けた。

「あと棚とかベッドの下とかはちょっと仕込んでるものがあるんで触らないようにしてください」

 棚を見遣る、棚板の裏にダガー、二重底の部分もある。なるほど。

「定番の枕の下は?」

「さすがに片付けられてました、って、え?」






 船乗りには自衛手段も必要だったろう。おかしなことはなにもない。

「世間知らずかと思いきや、恐ろしいくらいわかってたりするから、もうこっちは振り回され通しですよ!」

 そんな言葉を残してアルフは店に戻った。ボニーとやらに絞られるのだろう。

 青藍の世話のあと、小さなアサリを水に浸けて砂の残りがないか吐かせる。早朝街に入ったからまだ夕方前だ。カジキもどきの騒動で昼を食べ損ねていたが空腹は感じていない、夕食を早めればいいだろう。しかしアルフも昼抜きになった筈だ、申し訳ないことをした。

 潮風にあたったことでどうにも全身がべたついて感じる。浴室は、こじんまりとしたバスタブが置かれていた。揚羽屋のチーフはかなりの高給取りらしい。宿なら金三枚からやっと浴室ありの部屋だ。

「うーん……」

 個人の住宅に入ったのは初めてだがここにもなく高級宿でもなかった。こちらに来てからは一度も見ていないのでやはりなさそうだ。

 教わった方法で湯を張り、身体を濯ぐ。髪を乾かし、さっぱりしてからソファへ落ち着き札を手にした。

 声を出さずに、信次を呼ぶ。

『信次でございます、若旦那』

『今、平気かな』

『勿論にございます、今はどちらに?』

『プレリポトにおります』

『えっ! プレリポトでございますか? いずこへお泊まりに』

 プレリポトの宿問題は信次も把握していたようだ。

『アルフさんのお宅へご厄介に。ただご本人は夜勤へ駆り出されたけど』

『あぁ、ようございました。そこは若旦那がお立ち寄りになれるような宿がございませんで』

『安宿に泊まって心配を掛けるくらいなら外で野営するよ。その方がよほど快適で安全だろうからね』

『えぇ、えぇ、ご面倒でしょうがそうなさってくださいまし。大旦那さまもご安心なさるでしょう。ところで、今回のご用件は……?』

『あぁ、ひとつ思ったものがあって。こちらに既にあるのかを確かめたかったんだけれど』

『! どんなものでございましょう』

 念話だからこそ伝わる、信次の雰囲気が変わった。

『シャワーです』

『しゃ?』

『シャワー。あぁ、ということはなさそうだね? 雨のように、細かい飛沫を降り注がせて身を濯ぐもので、見あげるくらいの位置に設置したり長い管を使って吹き出し口にだけその器具を取り付けて手持ちにしたり。それらが基本的なタイプで、頭上で広範囲に設置するものはレインシャワーとも呼ぶんだ』

『あぁ、夏の暑い日など、驟雨に晒されるのは着物のことを考えなければ気持ちのいいものです、つまりはそういったものを浴室に備える、と』

『えぇ、それを水でも湯でも出来るように。べたつく潮風にあたって思いました。シャワーを浴びたいな、と。でもこちらでは見なかったし、天幕にもなかったからないのかなと。おじいさまがあちらにいらした頃はそれほど普及もしていなかったでしょうが』

『若旦那さまにはあって当然のもの、と……』

『無い方がめずらしかったかな。風呂桶がなくてもシャワーはあるといった浴室もあったくらいだし』

『なるほど。機能を考えれば便利そうですね、広範囲の水撒きにも使えそうだ』

『あ、水撒きならシャワーではなくスプリンクラーといって、水に圧を掛けてより広範囲に水飛沫を撒く散水機があったよ。天井や地面に設置するんだ。灌漑設備、防火設備としても使われていたね』

 圧を掛ける方法はよく知らないと付け加えておく。まあ出る先が小さければ水の量で圧は掛かるだろうが。ホースから水を流して、口を押さえてひしゃげさせれば水は細く強く迸るのと同じ。

『素晴らしい。こちら、是非ともやらせてくださいませ』

『悪いね、私が欲しいだけなんだが』

 また図を描くことになった。店同士の間では早飛ばしで文書の遣り取りが出来るそうだ。打飼袋には筆記具を入れてくれているとのこと、簡単に纏めて明日にでも送ってもらおう。

『こういったことは逐一、時間帯などお気になさらずご相談くださいませ』

『ありがとう』

 念話を終える。

 ないと言ったのが神に聞こえたかどうかはわからないが次に天幕を張った時にはシャワーが備えられているのだが、この時点で気付く術はなく。

「さてと」

 宿題は発生したが気になることは片付けた。ここのキッチンを借りて、野営時に便利なもののを作っていこう。


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