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お孫さま、名付け

 祖父によく似た人物はやはり祖父ではなく、ただ限りなく祖父に近しいひとではあった。

「お兄さまがいらっしゃったことは存じておりますが……詳しいことは」

 小さく首を振ると祖父の兄は何度も頷いた。

「神隠しなんて詳しく伝わることはないだろう、家も家だ。騒ぎになる。それで、あいつは」

「はい。おじいさまはひいおじいさまの名を継いで四代目としてご活躍です」

「そうか、うん……そうか、よかった」

 旅装束を解き、障子の向こうの部屋にて向かい合っていた。

 正面に祖父の兄である揚羽屋の主、傍らに番頭、そして白銀の人物。それ以外は部屋から出された。人払いをする中でこの二名を入れるということは彼らは信頼に値するということだろう。恐らくこれからの話は、真っ当にこの世界で生きてきた人々にはあまり聞かせられない内容になる。

「して、この文は?」

「必ず助けになる筈だとこちらへ参る際に託されました。あと、城を見ろ、と」

「もう見たか?」

「えぇ、よくぞあそこまで」

 城を見て、同じ日本から来た誰かがこちらに居るのだと複雑な気持ちになった。簡単に安堵と括るには状況が特殊すぎた。その誰かも突然だったとしたら、家族と離れそれまでの人生で築いた大半を諦めることになった筈。

 同じ境遇の者が居たと無邪気に喜べない。

「俺がこっちへ来た時にはあれが関西にある城だとは思ってなかったんだ……まだガキだったしなぁ」

 映像作品では江戸城の代わりによく用いられていた。無理もない。

 祖父の兄はひとまず書簡に目を通した。難しげな表情で何度も何度も目線が動く、それほどに珍妙な内容なのだろうか。

「………………委細承知。慎んで、お受け奉る」

 祖父の兄がそう呟いた瞬間、書簡は光を放って消えてしまった。

「あの……私は内容を知りませんが、どのようなことが書かれていたのでしょう」

「お前がこちらへ来ることになった流れだな、あと身の振り方には最大限の助力をせよと」

 揚羽屋として得ている情報でも、界を渡って誰ぞ奪おうとした誘拐事件の犯人は制裁を受けたそうだ。あまりよろしくない評判の国だとか。既に自分とは関係ない、狙われたアイドル事務所の彼が無事その国から逃げのびていることを願うだけだ。

「旦那さま、では……この方は、比喩や義理ではなく、まことの、」

「あぁ、俺の弟の孫だ」

「!」

 番頭は腰を浮かせ、白銀の人物は口許に両手をやって驚いていた。思ったよりも大きなリアクションで戸惑う。

「俺はこの歳だが未婚でな。配下は多いが家族は居ない。下手にこどもを残すのはまずいんじゃねぇかと思ったんだ」

 その懸念はわかる。生まれ出でた世界の違いはどんな弊害をもたらすかもわからない。

「揚羽屋殿のご意志を伺いたい」

 白銀の人物が言った。何故か追い詰められたような、どこか険しさすら漂わせる表情だ。

「この尊き方を後継になさるおつもりでしょうか」

 尊き方というのがよくわからないが自分のことらしい、慌てて首を左右に振った。

「まさか!」

 祖父の兄も大きく頷いた。

「だろうな、俺もそのつもりだ」

「そんな! 大旦那さまのお血筋です!」

 反対したのは意外にも番頭だった、余所者が居なければ店は彼が継ぐのではないのか。警戒されるのならまだしも何故。

「詳しく言ってなかったが俺が生まれた家は代々役者の家なんだ。こいつは商いのことなんざ欠片も学んじゃいねぇ筈だ」

「そんなこと、今から大旦那さまがお教えすればよろしいじゃありませんか!」

 わかった。番頭は、揚羽屋主人を尊敬しきっているのだ。だから、継ぐなら血の繋がりがある弟の孫にさせたい。

「お待ちください。尊き方のお気持ちがまず第一。それにいくら揚羽屋といえども尊き方を独占するようなことは、」

「あの、」

 これ以上ヒートアップしないうちにと軽く手を挙げ、発言権を求めた。

「そろそろお名前くらいは……」

「あ」






「うちの番頭、信次だ」

「信次でございます。いずれは若旦那さまと呼ばせていただきとうございますが、今はお孫さま、と。以後お見知りおきを」

 番頭、信次は深々と頭をさげた。こちらも名乗ろうとしたが、祖父の兄の目線で口を閉じ会釈に留めた。この時詳しい説明は省かれたが本店の番頭は普段大番頭と呼ばれる為彼を気軽に番頭さん、信次さんなどと呼べる者は居ないのだとか。

 そういうことはなるべくきちんと教えてもらいたかった。

「こちらは教会の……」

「広域特別神司、スターシアと申します。尊き方のご来臨、誠に嬉しく存じます」

 厚意というか好意というか、プラスな感情はひしひしと伝わっていた。

「尊き方というのは……?」

「神託にて御身の事情は得ております。神がそのご尊容に採用なされたと。ただ、いずこへご来臨なさるかまでは明かされておらず、教会関係者一同、力を尽くしてお捜ししておりました」

 半年前のことだそうだ。

 突如神託が下った。それまでは輪郭すらも見ることが叶わなかった神が顕現した。この姿形をした者を見て象ったと。



 百と八十の夜を経て、その者は地におりる。その者に使命はなく何人もその者になにかを課すこと罷り成らん。与えし自由は神が保証せしもの。著しく侮辱せし者、著しく妨げし者は覚悟せよ。その者はひとの身であり我を形作る源。丁重に扱え。



 思わず唸ってしまった。あの空間で会った神が半年前に時を遡って神託をしたのだろう、内容がかなり大袈裟で不親切だが詳細で明確な神託は有難みもないか。

「教会のご説明をさしあげた方がよろしいでしょうか?」

「いえ、少し時間をいただければたぶん」

 予想した通り、インストールされた知識からぐんぐんと理解していく。

 教会。この世界に神は神のみ。土着信仰はあれど唯一神を侮ることも疑うこともない、世界中で共通した宗教が信じられている。故に教会といえば誰にでも通じる。

「簡単なことはわかりました」

「え?」

「こちらへ来る前に、こちらの一般常識のようなものを頭の中に備えられまして。ただ意識に直接流れ込んでくるような感じなので少し疲れるのです」

「なんと、ではご説明出来ることは是非、口頭でさせてくださいまし。言葉で知るより尊きお力の方がよき場合のみ、お使いになった方が」

「ありがとうございます」

 追加の説明をしてもらった。

 教会に属する者には大まかにわけて二種類居るそうだ。

 聖職者と、それ以外。聖職者は主に神司のことを指し、それ以外の部分は護衛の者、神司の世話役、事務方、渉外担当等々。通常の神司は主に神殿詰めの者をいう。スターシアが名乗った特別神司はその生まれから特殊で、まず、人間ではなかった。

「いずれお招きしとうございますが、教会が持つ土地の一部に大聖域とされている場所がございます。そちらは神の地上での庭と認識され、そこに咲く花から、私は生まれました」

「花から?」

「はい。最古の記録は創世の頃に遡るそうですが、その頃より大聖域は存在し花を生まれに持つ者は原初の神職であったと」

 特別神司は最も神の意向を伝える身分、他のなにとも縁を結ぶことなく存在する平等な者でなければならないとの考え方だと。

 同時に、特別神司は定められた聖域から出られないそうだ。物理的に出ることは可能だが神の庭で生まれた命が外の野に触れることは禁忌とされている。あまりに現実的ではないのであの布が作られたらしい。動かせる聖域、あの布を踏めるのは特別神司だけであり特別神司は布の上以外を歩けない。飛び出して土間に平伏そうなんて、絶対にやってはならない行為だった。

「あとで私は叱られるでしょう、でも尊き方の御前にて抑えることが出来なかったのです……」

 唇を少し尖らせてこぼすスターシアは、拗ねる少女のようでもあった。



「最後は俺だな。揚羽屋主人、重郎だ」

「え?」

「俺の名前じゃないって?」

「え、えぇ」

 祖父の兄の名ではない。寧ろ祖父の名前の一文字が入っている。

「お前も名乗る名前は変えろ。界渡りの本名は魂に紐付けされやすい、自分だけのものにしておけ」

「はい……」

 とはいえ、名跡を継いでもいなかったのでどうしたものか。重郎の名には祖父が居る。こちらへ来た当初、その名前は支えになったろう。

「姓はよいのですか?」

「位持ちが名乗る程度だ。結婚しても付け足すだけで変えない。位のない庶民なら国名以外の地名を使うこともある。国名を名に使うのは統治者だけだ」

 庶民の多くは姓を持たず商人の生まれなら屋号をそのまま姓のように使うらしい。

「姓を削る場合は生まれを捨てる時だな。勘当された子だったり、犯罪者の親との縁切りだったり」

「なるほど……揚羽屋の揚羽は、もしや家紋からですか?」

「そうだ」

「…………ならば、桐人はいかがでしょう」

「きりと、桐に人か。揚羽屋桐人、悪くない」

 重郎は満足げに頷いた。

「お孫さま、いえ、桐人さま。おめでとうございます」

「尊き方の名付けの場に立ち会えて、光栄でございます」

 信次とスターシアが続けて祝いを述べ頭を垂れる。

 まさか、自分に名前をつけるところから始まるとは思わなかった。

「桐人、俺を呼ぶ時はおじいちゃんだ、いいな?」

「えっと……さすがに、それは」

「唯一の肉親になるんだ、遠慮は無用だ」

「遠慮ではなくて、普段から祖父のこともそう呼んでおりませんでしたので……」

「そうか。ん? さっき店でおじいさまと言っていたな……よし、それでいこう!」





◇◇◇◇◇◇


 揚羽が飛ばぬ国はないとすらいわれる揚羽屋。一代にして身代を築きあげた主、重郎には秘密があった。十を過ぎた頃に突然この地に放り出された、界を渡った者だった。それは英雄譚にあるような美しい話ではなかったと聞く。望んで界を渡る者は居ない、界を渡った者を望む者は居る。禁術を行い重郎をこちらへ掠ったのはどこぞの国だったが重郎はあっさりとその手で思惑を打ち破り報復をした。当時を知る者もあまり多くは語らない。本人も苦労に苦労を重ねてジュウロウになったと、一足す九になぞらえて笑うばかりだ。そんな重郎が望んだのは、生まれ故郷に似た文化だった。彼と同じ望みを持った界渡りは多かった、皆それぞれに土地を見つけ己が故郷に近しい街を作った。それが落ち着いた頃、気付けば揚羽屋は各地に店を出していた。皆が便利なよう取り計らっていたらいつの間にかこうなっていたとは重郎の言葉だ。世界中の揚羽屋の大元である本店にて大番頭を務め、十年経った日。後継はお前に定めたと重郎から言われた。

 だが、今、重郎の孫ともいえる青年が現れた。

 こちらの世界で荒事も乗り越えてきた重郎は偉丈夫といった風情だが孫の桐人は美丈夫だった。重郎の弟もそのようなひとらしい。

「お前の初舞台はいくつの時だ」

「八歳です」

 役者の仕事と両立して学問も修めたという。仕事で休みがちではあったが、六歳から十六年、学び舎に通ったと。ならば揚羽屋を継げるだろうと再度頼み込んだが桐人は聡明な分、理路整然と諭してくれた。商人と役者の違い、世界の違い、親族経営の欠点。界を渡った自分も誰かを娶って子を成すつもりはない為将来的に同じ問題が起きる、その時によい後継者が居る保証なんてない、だから今重郎の判断を覆すのは得策ではない、と。

 さすがに折れた。

 ここまで言っていただいたのならば、お受けせねば。

 だが引き換えに、桐人を全面的に支援する約束は取り付けた。代替わりを経ても揚羽屋のお孫さまで居てほしい。

 神司からのじとっとした視線は気付かないことにした。



「プレイヤーの名前を入力してください」 な、部分。

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