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一方その頃。 央京

「初めての通話」のあたりと、「約束が増える」あたりの本店コンビサイド。

 初めての通話が信次宛てだったことは少々、いやかなり不服だったが内容が内容だけに吹っ飛んだ。桐人が広域特別神司殿からの限定の申し出を受けたと聞こえた瞬間、騒然となった。



「旅に出て二日目で、とんでもないことになったな」

 やっと一段落したところだ。恐らく桐人は限定がどういったことか、きちんとは理解していない筈だ。

「えぇ、えぇ、さすがは若旦那さま。思いも寄らぬことを起こしてくださいます」

「今回ばかりは神司殿の揚羽屋に対する挑戦にも思えるがな」

「でもそれはご本人もでございましょう。たったの一月でございますからねぇ」

「まったくだ……あの御方はどんな茨道を越えるおつもりなんだか」

 準備期間にはぎりぎりだがこちらはまあどうにかなるだろう。しかし一カ月とはまたとてつもない短さだ。広域特別神司とは、神を除いて教会のトップに等しい。本来なら最短でも還俗で一年、限定で半年。限定相手によっては数年掛かることもめずらしくない。

 還俗は聖職者ですらなくなる為言葉は悪いが縁切りのようなものだ。以後、この者の行動に教会は一切関与しませんという。だが限定は違う。聖職者でありつつ、野に下る。直近で限定を選んだ話は数百年前にあっただけの筈だ。しかし、それも事情が変わり還俗となった。なんでも限定とした相手が種族の長に選ばれてしまい子を残す必要が出来た為と。

「サントルの店には内密に報せを出します」

「うむ、俺に孫が出来たと知った連中がこぞって縁談を持ち掛けてきたのもこれで一掃出来るな。一月の辛抱だ」

 連中が欲しいのは揚羽屋の名だが、実際桐人を見れば本人を欲しがるに決まっている。見目麗しく、物腰も穏やか、常識には疎いが聡明で。だめだ、桐人を褒める言葉なら幾らでも出てきそうだ。

「えぇ、どんなご身分の方も敵いませんからねぇ」

 桐人に来ていた縁談の多くは王女、皇女の類だ。その次に公女、そして豪商の娘連中。どんな相手を持ってきても、広域特別神司には敵わない。

「しかも下手なところと紐付けもされねぇと来た。まったく、上出来すぎるなぁ、うちの孫は」

「特別神司殿ですからねぇ、それも中央の。誰も正式に否とは言えないでしょう」

「言い出す奴は阿呆だ」

 そう吐き捨てながら、女中が持ってきた茶を一口、喉に落として考える。

「あれは、なまじ才があるからだろうなぁ……」

「大旦那さま?」

「桐人は、あれは、空っぽだ」

「なにを仰います」

 信次の言うこともわかるが違うのだ。

「俺の生家を考えればわかる。生まれた時から道は決まってんだ。選択肢が、あるようでない。それでいて特別神司みてぇに存在が違うわけでもねぇ。あっちじゃあ神の欠片なんてもんは存在しないんだ。修行した僧は居るがな。色んな宗教だってある、神は唯一じゃねぇ。同じ人間なのに生まれた家の違いだけで道が違うんだ。桐人は優しい子だ、周囲の期待を察して抗うなんてことしてこなかったんだろう。才があろうが財があろうが、てめぇで望んで、選んだ道じゃねぇ。ガワばっかりが立派になっちまって、心の方が置いてけぼり喰らってんだ。てめぇが不自由だって自覚するにゃな、自由を味わったことがねぇといけねぇんだ。生まれた時から既に足枷が付いていて、その幅でしか歩けなきゃあ走れることにもそれ以上に足が開くことにも気付けねぇ」

 望まれ求められたから努力した、そして出来た。

 その結果も己なのだと桐人自身が気付ければ、もう少しあれの自己評価もあがるだろう。

「………………若旦那さまには、のびのび暮らしていただきとうございますね」

「あっちのしがらみはこっちにゃ関係ねぇ。俺はあれを最大限に甘やかすぞ」

「勿論です」






 翌々日。

「大旦那さま、プレリアトの店から早飛ばしが到着致しました」

 信次から早飛ばしの文を受け取る。

 早飛ばしとはいわば伝書鳩を高速にしたものだ。鳩ではなく鳥型の魔物を躾けて使っている。アイテムボックスの魔法を施した小さな筒に文を入れて飛ばす。筒を開けるには指定された合言葉が必要になる。通常、早飛ばしは専門業者を使うが、それでは機密も守りにくく揚羽屋を含め国や大店は自前で早飛ばしを持っていた。

 内容を確認する。

「桐人だ」

「若旦那さまからで?」

「いや、桐人がな」

「はい」

「魔物を四体屠ったそうだ」

「は?」

 桐人はプレリアトで最高級の馬を手に入れた。馬の方から桐人に懐いたというのだからさすがというかなんというか。プレリアトで一泊したあと足慣らしがてらに街の外へ出て単独野営を行ったらしい。

「おひとりで野営だなんて、危険ではございませんか!」

「野営した翌朝、魔物と遭遇してそれぞれ一撃で屠ったらしい」

 にわかには信じ難いが、信じ難いことをしでかすのが桐人だ。

「大層お強いことはわかっておりましたが、若旦那さまがいらした土地は武で闊歩するような場所なんでございますか?」

「まさか! どれだけ発展したかはわからんが桐人の様子からするに治安はよく、拳の交じる喧嘩すらしたことなんかないだろう。鶏を絞めることもない筈だ」

「それでは、血を見るなんて」

「初めてだろうなぁ……だが、あれは強い子でもある」

 梨園は才があるくらいで乗り切れる世界ではない。

「芯が強くなきゃ残れねぇのがあっちだ。狼狽はしただろうが大丈夫だ、桐人は」

「それで、なにを仕留めなさったんで?」

「ステップバイソンの青と赤と茶、それとジャイアントワイルドボアだそうだ」

 プレリアの草原の中でも高魔力地帯で肥えたものが見られるステップバイソン。生息域が被ることで争いになるワイルドボア。

「………………若旦那さまに魔物についてもっとお教えしておけばよかった」

「青が正真正銘最初の獲物で、それの皮と角を記念としてこちらに寄越すとよ」

「それは……状態によっては大旦那さまの外套を仕立てられるのでは」

 ステップバイソンの毛並みは短く、なにか纏うものを仕立てるのには最適だ。

「どうだかなぁ、最初に斃した魔物だからどんな状態か。まあ、どんな端切れでも嬉しいさ」

「他には何と?」

「一泊した宿で会った執事が旅の同行を申し出たらしい」

「おぉ、伴をお付けに。これは安心だ」

「だがこれも一月後だ、神司殿に伺ってからだと。その執事は……」

 文を見直す。まったく本当に上出来だ。

「……龍人のセルジュだ」

「なら神司殿もご許可なさるでしょう」

「あぁ、どんな権威も弾き飛ばす特別神司殿と、知と武を併せ持つ龍を伴にすれば旅の安全性は高まる」

「文は以上でございますか?」

「いいや」

 たっぷり意味を含んで言葉を止めたことで信次もなにか悟ったようだ。

「桐人に暴言を吐いた奴が居るらしくてな」

「おや、まあ、それはそれは」

 我ながら悪い笑顔だと思うが、信次のそれも負けず劣らず。


もう一話、閑話挟みます。

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