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お孫さま、約束が増える

「三日あるなら、海寄りの方の店にも顔を出してきます」

 店に戻って地図の更新を頼んだ。

 よく考えればGPSもないのにどうやって旅の行程を記録出来るのだろう。

 信吉に訊いてみたが大気には魔素という、元素めいたものがあって、それを察知して記録しているそうだ。魔素は魔力未満のエネルギー、魔素が濃くなり溜まって淀んで長年ぐるぐるして高魔力地帯となるとか。長年といっても三桁四桁ではなく五桁六桁の年数だそうだ。ただ、どうやって魔素を察知しているのかやどういった変化で魔力になるのか、あまり詳しいことはわからないと。魔道具職人ならわかるから呼ぶかと訊かれたが遠慮した。たぶん自分が聞いてもよくわからない。

「え? ほぼ、この国を縦断することになりますが」

 プレリアにはもう一軒、揚羽屋がある。なんとなくわかってきたが自分が教えてもらった店は各地の支社であり実際に商売をしている店舗は多すぎて地図にも表記されない。それこそ文庫の箱で絞り込みをしたみたいにしなければ。

 ここがプレリアト、海寄りの店があるのは港町プレリポト。

「あの子の足は強いんで十分戻ってこれると思いますよ? もし過ぎてしまっても受け取っておいてくださるでしょう?」

「えぇ、それは勿論」

 更新した地図を見て、どの辺りで野営したのかがわかった。思ったより遠くまで走ったようだ。どこで牛と猪が出たのか訊かれたので地図を見せたが、トーマスは眩暈を起こしていた。番頭が産休で居ないのに手代の信吉は牧場だ宿だギルドだと度々駆り出され、店主に負担が掛かってしまったのでは。






 時計はあっさり手に入った。すぐ隣が魔道具を扱う揚羽屋だった。厳密にいえば懐中時計は魔道具ではないがカラクリなので扱っていた。紅茶や珈琲は気に入ったものがあるなら飲んだことのあるところで訊く方が無難だと言われセルジュが居る宿へ向かった。途中、信吉のガイドでスパイス類を購入した。懸念事項だった路銀調達だが、魔物を斃して持ち帰ればそこそこの金額になるらしいので今後も襲ってきたものに関しては活用させてもらうつもりだ。

「他にもめずらしい植物や石なんかも買い取れますよ」

「私は目利きじゃないからなにがめずらしくて役に立つのかわからないよ。食用とそうでないものはどうにかわかるけれど。あ、そうだ、青藍が美味しそうに食べる葉があるんだ、プレリアに来て初めて見たんだけれど何の葉だろう?」

 青藍のおやつの葉はどういうものか信吉に見せてみた。

「……若旦那、これを、馬にやってるって……」

「美味しそうに食べるんだよ、おやつにしてる」

「そりゃ美味いでしょうよ……」

 薬膳にも使用される栄養価の高い葉らしい。

「食べさせても大丈夫なんだね、よかった」

「その葉一枚、店で買おうとすれば銀五枚は必要ですからね?」

「おや、そうなのかい? 意外と高かった」

「草原地帯の奥にある森に生えてますから、取りに行くのも命懸けで」

 産後にいいらしいので十枚ほど番頭さんに渡してもらうことにした。礼は不要とお願いをして。



 宿の受付で事情を話すと、セルジュがすぐにやってきて商談などしそうな個室へ通された。

「うちの宿で取り扱っております茶葉と珈琲でございます。お泊まりいただいた際お淹れしたのは……」

 夕食の前、夕食のあと、朝食時と出されたものを教えてもらう。それらは確かに美味しかったので購入を決めた。他にもセルジュの勧めで試飲しつつ何種類か購入する。

「よい買い物が出来ました」

「お引き立て賜り、光栄でございます」

「すみません、泊まるわけでもないのにお付き合いいただいて」

「うちの品をお求めくださるのですから、お気になさらず」

 量もあったので、合計で金七枚ほど。さすがは嗜好品、高い。

 概算だが時計が大二枚、スパイスが金三枚、茶葉と珈琲が金七枚、合計大三枚の出費。信吉によると解体に頼んだ牛と猪で金二千四百にはなるそうだ。

 個室で精算、品も運んでもらい打飼袋へ収めた。

「時に、若旦那さま。私、この宿との契約があと一カ月ほどでして」

「一所に腰を据えられているわけではないんですってね、バトラーさんは」

「はい、それで、ご相談なのですが」

「私にですか?」

「他でもない、若旦那さまに」

 しっかりと頷くセルジュ、何だろう。

「当初は、是非とも指定をと思っておりましたが、若旦那さまはおひとりで野営もなさる」

「はぁ」

 神からもらった天幕のおかげでしかない。だから単独で野営が出来るとはどうも言い難いのだが。

「私めをお雇いになりませんか?」

「え?」

「バトラーとはなにも宿だけに居るわけではございません」

「それは、お城とかお屋敷とか……」

 本来バトラーが居るのはそういった場所だ。

 宿に居るのはある意味それを模した、サービスの一環。

「主人と共に居場所を転々とする者もおります。あらゆるリクエストにお応えするべく私自身、別枠の冒険者ランクを所持しております。大陸を跨ぎ海を渡るような旅も対応可能でございます」

「えっ、冒険者さんなんですか?」

「魔物を見てみたいと仰る方もいらっしゃますので。その際、信頼出来る冒険者が都合よく空いていればよいですがそうでない時は私が対応するしかございません」

「わあ……大変なお仕事ですねぇ」

 冒険者のランクもいわゆる資格のひとつとして見ることが出来るのか。確かに、別枠での冒険者ランクを持っていればそれだけの技量と身上調査をクリアしたとの証拠にもなる。

「私は馬にも乗りますし、御者も出来ます。五つ星ではございませんが、グランドエクウスを所有しております。馬車を牽かせる際には若旦那さまの馬と二頭立てで牽かせることも可能です」

 御者の技術がない自分には有難い話だが、そう簡単に頷ける話でもない。

「そりゃあいい! セルジュさんなら安心だ! 若旦那は少し目を離すととんでもないことを為し遂げなさる、お傍で対処出来る者を置くべきです!」

 だが信吉は諸手を挙げて喜んでいた。

「え、そんなにひどいかい? 私」

「ひどいとかひどくないとか、そういうことじゃねぇんですよ! お会いしてからたったの三日でございますがね、常識を学ぶ学ばないの次元ではなくもう若旦那はこういうおひとなんだとこの信吉、思い知りました! 若旦那が変わる必要なんてないんです。若旦那と、世間の常識との橋渡し役を誰かがすりゃいいんです」

「うん、随分苦労させてしまったみたいだねぇ……」

「苦労じゃねぇんです、驚かされちまうんです、央京でもこんな感じだったんですかい?」

 笑って誤魔化しておくしかない。

「若旦那さま、先日のお話から察するに広域特別神司殿が還俗ではなく限定を選び旅にご同行なさるのですよね?」

「えぇ」

「となると、身の回りのお世話をする者が必要でございます。若旦那さまは何事もおひとりでお出来になるでしょうが特別神司殿はその身の神性により着替えひとつご自身だけではなさいません。限定をお選びになったからにはそうした身の回りの作業もひとつひとつ学ばれるでしょうが当面はご不自由なさるでしょう。神司殿は若旦那さまのお手伝いは固辞なさいます。理由はおわかりの筈」

「あー……」

 己の考えの浅はかさに呻いた。信吉はきょとんとしている。

「今回茶葉などをお買い求めくださいましたが、一杯飲もうとなった時」

「……私が湯を沸かして淹れるわけにはいかないんだね」

「さようでございます」

「失念していたよ。確かに、私がお世話をするのは許しちゃくれないだろうね」

「執事の嗜みとしてお邪魔になることはございません。いつでも風のように消え、影に佇み、お呼びとあらばすぐ馳せ参じます。また、元聖職者を父に持ちますので教会関係の事情にもそれなりに精通しております。更に、母は龍人、私もそちらの血を強く引いておりますので定命の理からは外れておりませんが一般的な人間より長寿ではあります」

 龍人、インストール知識にあったような。

「セルジュさん、龍人だったんですかい」

「はい、面倒なことになりかねませんので種族はあまり明かしておりませんが」

「龍人ってなんだい?」

「ドラゴニュートと呼ぶ者もおりますし、ただ龍とだけ呼ぶ者もおります。大した違いはございません。どちらの形態で過ごすのが多いかくらいで」

「へぇ」

「若旦那……へぇって……そんな、暢気な」

 信吉に呆れられるが、理由がわからない。

「いや、だって、セルジュさんはセルジュさんでしょう。種族で態度を変えるのもおかしな話です」

「皆が皆、若旦那さまのようなお考えだと暮らしやすいのですがね」

 セルジュは苦笑していた。

 宿勤めのバトラーであるのをいいことに龍を屈服させたいと無理矢理セルジュに詰め寄る心ない者も居るらしい。その為、種族を明かさなくなったそうだ。

「それで、いかがでしょう? 私をお雇いになりませんか? バトラーの仕事自体私にとっては半ば道楽というか趣味のようなものでして貯えはございますし給金は形だけでかまいません。月に銀でも一枚くだされば十分にございます」

「それはだめですよ」

 もし雇うとなっても信吉にしっかり相場を調べてもらわねば。

「いずれにせよ、ここでお返事するのは無理ですね。私だけで決めてしまうことは出来ません。先に約束した同行者にも話してみないことには」

「お迎えになるのは一月後なのでございましょう? 私もこちらの契約を全う致したく思っております。お迎えになる際、神司殿にお伺いしてみてはいただけませんでしょうか? そのお返事が否であっても私は本望です」

 信吉に頼んで、契約期間満了後はプレリアトの揚羽屋に居てもらうことにした。トーマスか信吉になら札で連絡出来る。






 買い物もすっかり終えたので早速プレリポトへ向かおう。店に預けていた青藍を引き取る。

「若旦那」

 街の門まで見送るとついてきていた信吉が少しトーンを落とした声で呼び掛けてきた。

「なんだい?」

「若旦那が、どういった御方であろうとこの信吉は、ただただ揚羽屋のお孫さまとしてこれまで通り、お慕い致します」

 さすがになにかは察したか。

「ありがとう。これからも、よろしく頼みますね」

「はいっ!」


一部サブタイトルを変更しました。

アイドル事務所所属の彼視点のサブタイトルを変更し、

「一方その頃。」とするのは別視点の閑話としていこうと思います。

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